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第19話 グルじぃ

 どうしても冒険者になりたかった俺は、周囲がどう見ているかなどはお構いなしでギルド職員の女に食い下がっていた。


「俺は魔物とだって戦える。問題が無いなら冒険者にしてくれ!」


 俺がそう言うと受付嬢は苛立った表情を隠さずに、フンっと鼻を鳴らした後、声を荒げ叫びだした。


「ザック! ハインズ! いるんだろ? こっちに来な!」


 すると、冒険者の人混みの中から二人の男が現れた。

 どちらも背が高く筋肉質な男で、歩くだけで存在感を感じさせる。

 丸坊主の男は大剣を背中に背負い、もう一人の長髪の男は長剣を手に持っていた。


「ザック! このじいさんと小娘をギルド会館から追い出しな! 仕事の邪魔で仕方ない」


「へい。姉さん、このじいさんを追い出せばいいんですね」


 その指示を受け、ザックと呼ばれた丸坊主の男が動き出した。

 まずは俺を掴もうと太い腕を伸ばしてくる。

 俺も言いなりになるのも癪だと思い。

 その腕をスルリと掻い潜った。

 ザックは掴めると予想していたが、結果はスルリと避けられ、実体の無い空気をつかみ、体のバランスを崩して転倒してしまう。


「ザック!! お前はじいさん如きにあしらわれて恥かしく無いのかい! 私の顔に泥を塗ったら承知しないよ」


 ザックは転んだ拍子に床で頭を強く打ったのか? 苦痛の表情を浮かべながら片手で頭をおさえた。

 その様子を見た周囲の冒険者達が、クスクスと笑っている。

 すると残りの長髪、ハインズが名誉挽回しようと、俺に飛び掛って来た。


 今度は最初から本気の様で、結構なスピードを出しているが、まだまだ遅い。

 攻撃を避ける為に、リディアを抱かかえた俺が攻撃を余裕であしらっていると、良い考えが頭を駆け巡る。


「なぁ!! もし俺がこの二人を倒したら、冒険者になってもいいよな? この二人は今、冒険者なんだろ?」


 俺がそう告げると、受付嬢は怒り狂った表情を浮かべ、二人に対して激を飛ばす。


「お前達、今度はしくじるんじゃないよ! もし下手を打ったらクランから追放だ」


 軽い脳しんとうから復活したザックは、俺を捕まえようと再び襲い掛かかる。

 ハインズもザックに動きを合わせて、本気の形相で突っ込んできた。

 二対一と言う不利な状況にも関わらず、俺は二人の攻撃を軽々と掻い潜っている。


「それで本気か? 全然遅いぞ! これならパープルフロッグの方がまだ速い」


 一向に俺を捕まえる事が出来ない二人の行動は、捕まえると言うよりも、殴りつける動作に変わってきていた。

 俺はザックの拳を軽く躱すと、カウンターの要領で腹に拳を叩き込んだ。

 加減が解らないので、取り合えず半分以上は力を抜いてみたのだが、ザックは嗚咽を上げながら膝から床に倒れ込む結果となる。

 残るハインズと呼ばれる男に対しては、背後に回って膝辺りに蹴りを叩き込むと足を押えたまま動かなくなっていた。


 その様子を見ていた周囲の冒険者達から、俺に向けて祝福の拍手が起こる。

 何人かの男は指笛をならし、ロビーの冒険者達のボルテージを上げていく。

 だが俺はそんな称賛など気にする事無く。

 もう一度、受付嬢に声を掛けた。


「実力は示したぞ。お前の知り合いの冒険者よりも俺は強いんだ。だから俺を冒険者にしてもらうぞ」


「ぐっ本当に使えない奴等だよ」


 受付の女は苦虫を噛み潰したような顔で、歯軋りしている。

 俺と受付嬢の睨みあいが暫く続き、痺れをきらした受付嬢がカウンターを跳び越そうと動き出す。

 その時、違う方向から別の女性の声が響き受付嬢の動きを止める。


「エルザさんは何をする気ですか! 貴方は罰則を受けて今は冒険者ギルド職員です。もしこのお方に手を出すようならギルド長に報告しますよ」


 その声を発したのは一番長い列を作っていた受付嬢であった。

 金髪の長い髪を頭で束ね。

 ポニーテールの様に背中へ流している。

 整った顔と華奢な体が男心を擽る感じだ。


 その受付嬢の言葉を受け、エルザは渋い顔を見せた。


「あー胸糞悪い! あたしゃ気分が悪いから早退するわ。 ギルド長にはそう言っといてくれ」


 それだけ言うと、カウンターを乗り越え倒れている男二人を両肩に一人づつ抱き上げ、ギルド会館から出て行った。

 すれ違い様に見せた彼女の視線は、冒険者達の前で自分のクランが晒した恥で屈辱にあふれていた。

 また復讐に燃えている様な攻撃的にも受け取れる。


「申し訳御座いませんでした。騒動を途中からですが見ましたので、用件は解っています。冒険者になりたいのですね?」


「暴れてしまってすみませんでした。こんな俺でも冒険者になれますか?」


 俺が尋ねると彼女は笑みを浮かべた。


「先程の戦いも見ましたが、高齢なのにお強いですね。あの二人はこの街では期待の新人として、注目されていたのですよ。高齢者が冒険者になれない規則もないので大丈夫です」


 彼女の言葉にホッとした俺はもう一度彼女に告げる。


「俺を冒険者にしてください!!」


 そして俺は心の中で絶叫していた。 

 

(これでなれる。今日から俺は冒険者だ!!!)




★   ★   ★




「私は冒険者ギルド職員のマリアと言います。冒険者登録は別室で行いますので、着いてきて下さい」


 冒険者登録をするた為に、案内された部屋の広さは十メートル角と広い部屋だった。

 中央部分で部屋を丁度半分に別ける感じで、腰の高さのカウンターが設置されている。

 カウンターの天板と天井の間には鉄格子が取り付けられていて、こちら側からはカウンターの向こうへ行けない仕様になっていた。

 その手前にテーブルと椅子が設置されており、先ずはそこで冒険者の心得と費用を聞かされた。


 冒険者は自己責任で依頼中の怪我や死亡の責任は取らない事など、大体は予想していた内容であった。

 しかし幾つかは重い罰則も用意されている。


 一つはギルド発注の強制クエストの存在、この依頼が発注されれば、その街にいる冒険者は全員参加となるらしい。

 もし逃げ隠れした場合は、後で資格剥奪の上、強制労働処置となる。

 この後作成するギルドプレートで冒険者が何処の街に居るのかわかるので、嘘はつけないと教えられる。

 もう一つは一般の人への暴力や犯罪行為を行った事がバレた場合は、普通よりも重い刑罰が下される。

 だが悪い奴は冒険者にも一般の者にも存在し、相手を嵌める為に冤罪も作り上げられる事もあるらしい。

 なので起訴される場合は、冒険者ギルド側でかなり厳正な調査がされるから、普通に冒険者生活をする分には影響がないから安心していいと教えられた。


 最後に登録の費用は銀貨五枚。

 分割払いでも良いらしいが、手持ちが在るので払っておく。

 その後マリアさんは鉄格子の方へ移動し誰かを呼んでいるみたいだった。


「グルじぃさん居ますか? マリアです」


 マリアさんが鉄格子の前でそう言うと、カウンター越しの壁に設置されているドアの奥からガタガタと物音が聴こえる。

 その後しばらくするとドアが開き、中から俺より少しだけ身長の低い、筋骨隆々のじぃさんが出てきた。

 

 その老人は真っ先に俺に向かってギロリと視線を泳がせた。


「マリア、今日は何の用だ? ギルドプレートの再発行か?」


 俺を見てそう判断したのだろう。

 その判断はエルザと呼ばれていた受付の女性と同じ判断だ。

 マリアさんは【やっぱりそう思うよね】と言う感じの少々困った表情を浮かべ、手のひらを立てて左右にヒラヒラと動かした。


「いえいえ、違いますよ。冒険者の新規登録をお願いしたいのです。私の後ろに立っているこの人が登録希望者です」


「何じゃと? 後ろのじじいが冒険者に登録だと? その歳で今から冒険者を始めると言うのか?」


「はい…… その様です」


 マリアさんも返事に困った感じで肯定していた。


「ふんっ! じいさんの道楽に付き合っている暇はワシには無いぞ。その歳で冒険者になってどうする? そんな無駄な事をしている暇があるなら、他にやる事が山ほどあるだろう」


 グルじぃと呼ばれた人はそう言い放つ。

 だがそんな事を言われるのは、旅を始める前から分かっていた。

 だから先ほど受付のエルザさんに言われた時も、怒りの感情など沸かずにどうすれば彼女を納得させられるか? その事を考えて俺は行動していた。


 俺はマリアさんの横を通り抜けると、彼女の前へ乗り出しグルじぃに向かって行く。

 そして俺とグルじぃは鉄格子を挟み一メートル程度の距離で睨み合う。


「老人が冒険者になる事が出来ないと言う規則は無い筈だ。それに俺は死ぬ為に冒険者になる訳じゃない。逆に生きる為に冒険者になるんだ」


「そう、そうなんです。先ほど彼は新人のルーキー二人を容易くあしらっていました。十分実力はあると思います」


 俺の後ろにいたマリアさんも、援護射撃で口添えしてくれた。

 なんて優しい女性なんだ。


 それを聞いたグルじぃはフンっと鼻で笑うと俺を見つめたまま、鉄格子に作られている小窓部分の穴から腕を差し出し、肘をつき腕を立てた。


「何だ、それ?」


 それを見た俺は意味が分からずそう呟くと、グルじぃの口角がニヤリと吊り上る。


「そこまで言うなら、力試しをしてやろう。ホレ、腕相撲じゃ。やり方位は知っているだろ?」


(要するに腕相撲をして実力を示せばいいのか?)


 俺が鉄格子の小窓の前に設置されていた椅子に座り、突き出されているグルじぃの腕をつかもうとした瞬間、マリアは俺の腕を掴んで止める。


「止めた方がいいですよ。グルじぃはドワーフ族なんです。いつも気に入らない人が現れると。こうやって腕相撲で相手を痛め付けているんです。腕が折れる人もいるんですよ。危険です! 絶対に駄目です」


「マリアは黙っていろ。おい、じいさん。怖気づいたら止めてそのまま回れ右をして帰ればいい。だが冒険者に成りたければ一勝負付き合って貰うからな」


 俺はマリアの掴む腕を残りの手で外すと、ゆっくりと肘をカウンターの上に置き、グルじぃの手を握り返した。


「これでいいか? さっきから黙って聞いていれば、上から目線で腹が立つじぃさんだな。俺が勝てば本当に冒険者になれるんだな?」


 俺の行動にグルじぃの予想が外れてしまったのだろう。一瞬渋い表情を見せる。

 

「ふんっ。威勢だけはいいようじゃな。勝てれば冒険者にしてやろう。勝てればの話しじゃがな!!」


 まだスタートの合図は出ていないが、既に勝負は始まっているのだろう。

 先制攻撃として、グルじぃの手が俺の手を潰そうと物凄い握力で握りつぶそうとしてくる。

 だが俺には余り効果がないみたいだ。


「マリアさん、合図をお願いします」


 俺が涼しい顔でそう言うと、グルじぃは悔しそうな表情を浮かべていた。

 仕方なく声を掛けられた仕方なくマリアさんは、【始め!!】と声を掛けた。

 グルじぃがジワジワと腕に力を込めて行くのが分かるが、俺の方はまだまだ余裕だ。

 腕の位置はスタート時と変わらない。

 次第に歯軋りを立てグルじぃの顔が赤く染まっていく。

 たぶん相当力を入れているのだろうか?


「ぐぬぬ~! お主何者なんじゃ。亜人でも無い癖に何て馬鹿力をしておるんじゃ」 


(おかしいぞ? 俺の方はまだ余裕があるんだけど。まぁどうでもいい。俺はこの爺さんに勝てないと冒険者に慣れない。ならば容赦はしない)


「俺もそろそろ行くぞ」


 俺はそう言うと、力を強めグルじぃの腕をカウンターの天板へ叩き付けた。


ドガァッ!


 グルジィの腕はその勢いを支えきれず天板をへし折り、カウンターの中まで押し込まれている。腕も普通では考えられない方向へ曲がっていた。

 一言で言うと普通では絶対に曲がらない不気味な角度だった。


(しまった…… やり過ぎた!!)


 俺はそっと手を離してみた。


「えっと…… なんと言うか…… 大丈夫か……?」


 グルじぃは渋い表情を浮かべ、歯軋りをして痛みに耐えている様子であったが、痛いとは言わない。

 そして俺の心配する声を聞くとフンッと鼻を鳴らして、何事も無かった様に穴から腕を抜き、腕をプランプランとさせたまま、出てきたドアの中へ姿を消していく。


(えっ!? じぃさん消えちまったぞ。これは…… もしかして、俺はやっちゃってしまった感じ??)


 俺は途方にくれ、頭を抱き無言で唸った。

 背後に立つマリアさんも、想像を絶する出来事に呆然と立ち尽くす。

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