第18話 冒険者ギルド
宿屋の店員に連れて行かれた部屋のドアが開かれ、室中の様子が視界に飛び込んできた。
正面の広い部屋と別室の二つが在り、正面の部屋の中央には大きなテーブルが置かれている。
壁には大きな窓と、有名な人が書いたのだろうか? 美しい風景画が描かれていた。
全ての家具が高価な物だと一目でわかる。
はっきり言って、俺には不似合いな部屋だった。
(マジか!? 断れないかな?)
そう思い、俺は咄嗟にリディアへ声を掛けようと視線を移すが、リディアは興奮して尻尾をフリフリしている。
なぜ分かったかと言うと、ローブの背中部分が勢い良く動いていたからだ。
それを見てしまっては、もう断る事が出来ない。
仕方ないと観念した俺は、苦渋の思いでこの部屋に泊まる事を決めた。
受付の女性の説明を受けると、食事は部屋まで運んでくれる事になっていた。
高級そうな宿だけあって、流石に行き届いたサービスである。
その後、俺とリディアが運ばれた料理を舌鼓を打ちながら食べた後にくつろいでいると、部屋のドアがノックされる。
俺はドアまで移動し、声を掛けながらドアを開く。
「はい、誰ですか?」
そこに立っていたのはザイル商店のムスカと呼ばれていた若者であった。
彼は俺を見るなり勢い良く頭を下げる。
「すみませんでした!! 旦那様が大変お世話になった方に、俺は大変な失礼を働きました!」
突然の事に俺も焦って固まっていた。
頭を下げたまま動かない若者と固まっている俺、しかし俺は次第に落ち着きを取り戻し、若者に声を掛け取り敢えず部屋の中へ入って貰う。
「そんな謝ってもらう様な事はされていないけど……」
「旦那様から聞きました。クラウス様は旦那様が駆け出しの商人だった頃からずっと、大きな商いを続けてくれた大恩人だと。クラウス様との取引があったから今のザイル商会が存在していると…… そんなお人に僕は……僕は」
そうなのか? 確かにザイルさんと俺は十年近くの付き合いだ。
二ヶ月に一度、村へ行商に訪れる度に貯まりに貯まった素材を全て渡していた事を思い出す。
「俺は気にしていないから、もう謝らないでくれ。それに宿も紹介してもらって俺も感謝していると伝えて欲しい」
俺の言葉を受け、若者もホッと胸を撫で下ろしている。
「クラウス様、有難うございます。後旦那様から伝言を預かっています。宿代は今までの感謝の気持ちで商会が支払います。何日でもゆっくりして下さいとの事です。それと他に困った事が在ればいつでも来て下さい」
まさに渡りに船である。
実際の所、宿泊料金が不安だった俺は、素直にザイルさんの好意を受け取り、お礼を告げた。
その後、若者に街の事を色々教えて貰った。
若者は何度も頭を下げた後、部屋を後にする。
(明日はいよいよ冒険者ギルドで登録だ。明日から俺の冒険者人生が始まるぞ)
「リディア、早くお風呂に入って今日はゆっくりと休もう」
リディアはコクンと頷くと、部屋に併設された風呂場のドアの方へ歩いて行く。
リディアが風呂から上がった次に俺が入り、一つのベッドに並んで眠る。
ベッドは二つ在ったのだが、リディアが一緒に眠りたいと言って来たからだ。
今までそんな事は言わなかったから少々驚いた。
しかし小さな少女が今日まで必死に頑張ってきたんだ。
一息ついて、寂しくなったんだと察し、俺は快く了解する。
やはりずっと寂しかったのを我慢していたのだろうか?
リディアは布団に入ると、俺の身体をギュッと抱きしめてきた。
そしてすぐに深い眠りに落ちていった。
それだけ疲れていた証拠だろう。
俺はリディアの頭を撫でながら、弱音を一度も吐かずに頑張り抜いた強い少女の寝顔を眺めていた。
★ ★ ★
早朝、朝日を受け目を覚ますと、隣にはリディアがまだスヤスヤと眠っていた。
俺は彼女を起こさない様、静かにベッドから降りると窓際に立ち、両手を頭の上で組んで大きく背伸びをする。
「今日、俺は念願の冒険者になる! 先ずは冒険者ギルドで登録した後に新しい職業を得るぞ!」
職業を得る方法は何種類かあるようで、戦闘系の職業は冒険者ギルドで取得でき、生産系は商業ギルド、神職は教会や寺院と様々な場所で関係の在る職業を得る事ができる。
俺は剣士や魔法戦士の様な戦闘系の職業に憧れているので、冒険者ギルドで職業を得る事になるだろう。
そんな楽しい事を考えていると時間が経つのも早い。
いつの間にかリディアも起きて来たので、俺達は朝食をとる事にした。
その後、受付の女性に冒険者ギルドのある場所が書いてある地図を貰い。
俺が冒険者ギルドへ向っている間、リディアには留守番をする様に告げる。
「嫌…… 私もおじい様に付いて行く」
首を左右に振りながら、俺の服を力強く掴んで離さない。
少し困っていたが登録するだけなら、特に危険な事も起こらないだろうと考えを改め直し、俺はリディアを冒険者ギルドに連れて行く事に決めた。
地図で確認してみると、冒険者ギルドはこの宿からそんなに離れていない。
リディアの歩く速度で向かっても、二十分程度で到着出来る距離だ。
俺とリディアは朝早くから賑わう街道を、観光気分で進み続け、大きな建物の前で歩みを止めた。
「ここだ。間違いない! 看板にも冒険者ギルドと書いてあるし鉄板だ」
いよいよ来たぞ!っと俺は期待を膨らませ、冒険者ギルドの建物の中へと入っていく。
冒険者ギルドの建物内は、外観よりも広く感じる。
建物の一階はロビーとなっており、受付カウンター以外はテーブルとイスが適当に置かれているだけの質素な作りだ。
けれどロビーは冒険者で溢れ返っていた。
どの冒険者達も壁一面に張り出された依頼書を見つめ、仲間達と大声で相談や雑談をしている。
「凄い活気だ。さすがは冒険者ギルド…… やっぱこうでなくっちゃな!」
冒険者達の熱気を当てられ、自然と俺のテンションも上がっていく。
キョロキョロと周囲を見渡しているだけでも、色々と気になる所ばかりで、あっちこっちと見て回りたいのだが、今回の目的は冒険者登録。
初めて入るギルドと言う事もあり、勝手の分からない俺は取り敢えず受付の女性に話を聞く事にした。
カウンターには等間隔で女性が立っていて、その前には列が出来ている。
一番長い列に並んでいる者達は、全員が壁から剥がした依頼書を持っている。
また別の女性の前では、大きな袋を抱えた者たちが並んでいた。
(これは…… たぶん項目によって並ぶ場所が違うのかもしれないな……)
俺が順番に受付嬢の事を見ていると、一番端に立つ女性の前には誰も並んで居ない事に気づく。
他の受付嬢は華奢で可愛い感じだが、その受付嬢は少し違う……
完全に殺気を振りまいており、周囲の者達を近づけさせない雰囲気を自分から出していた。
(一番端の人の前は誰も居なくて丁度いい。あの少しキツそうな女性に聞いてみるか)
彼女が発する殺気の事はお構い無しにそう判断した俺は、リディアの手を引きながら端の受付嬢の元へと歩み寄る。
受付の女性は肩から先が無い上着に、皮で作られたタイトな服を着ていた。
赤髪のショートヘアーと鋭い眼光。
引き締まった大きな体格をしており、女性の顔には細く長い傷があった。
俺に気づいた女性はその鋭い眼差しを上下に動かし、俺の頭から足先までを吟味する様に見つめた。
「じいさん、何の用だい? 此処は年寄りや子供が、遊びに来る場所じゃないよ! ん? よく見れば冒険者の装備を着ているね。ならプレートでも無くしたって訳かい? 再発行には金貨1枚必要だよ」
かなりキツい口調で、こっちの話も聞かずに愛想の欠片もない。
自分の考えが正しいと思い込んでいるタイプだろう。
リディアも彼女に恐怖を感じたのだろうか?
俺を盾にし、俺の後ろへと身を隠している。
「いえ、ここに来れば冒険者になれると聞いたので…… どうすればなれますか?」
「金貨が無いなら分割でもいけるみたいだよ……ん? おい、じいさん今何て言った?」
「だから、冒険者になりたいって言っているだ」
俺の返答を聞き、女性はあんぐりと口を開けたまま動かなくなっていた。
そしてほんの少しの時間が止まった後、腹から絞り出す様な大きな声で笑い出した。
「あーはっはっ! じいさん本気で言っているのかい? その歳で? いつ寿命で死ぬか分からない年齢の癖に、今から冒険者に成るだって!? 冗談じゃない、ギルドを馬鹿にしてもらっては困んだよ。本当に死にたいのなら他の方法にしてくれ」
その笑い声の大きさに、周囲の冒険者達も俺に注意を向けてくる。
「老人だと冒険者になれないのか?」
もしそうだとしたら困るが、ずっと重い焦がしてきたんだ。
確認しないと後には引けない。
俺は受付嬢にそう告げた。
「いや、老人が成れない決まりは無い筈だ。だけどね死ぬ事が分かっている者を冒険者に認定する程、私達も甘くないんだよ」
俺と受付嬢のやり取りを見て、周りの冒険者達は俺に対して指を指して笑っていた。
「なんだあの爺さん!? 砂漠の風のマスターと何か揉めてるのか? 確か彼女は何かの罰則で暫くの間、このギルドで奉仕活動の罰を受けているんだろ?」
「どうやら、あの爺さん冒険者になりたい見たいだぜ。見てみろよあの顔何歳位だ? 俺の親より歳くってるぞ。エルザの言う通りだな」
周りの野次や噂する声が聴こえる。
(だがそんな事は今は関係ない。規則が無いのなら俺は絶対に冒険者になる)