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第14話 亜人の少女

 馬車の中に入っていた全ての魔物を倒した俺は、襲われていた女性の元に駆けつける。

 俺が馬車の中へ飛び込んだ時点で、女性は既に襲われていたので怪我もしているだろう。

 手当を急がないと大事になるかもしれない。


「しっかりして下さい。大丈夫ですか?」


 襲われていたのは三十歳前後の女性で、首元から肩にかけて噛み付かれており、既に意識はなく呼吸も荒い。

 右の鎖骨辺りから大量の血が流れていた。

 

「酷い怪我だ。早く処置しないと手遅れになるぞ!!」


俺は近くに散らばっていた綺麗な布を拾うと、ポーションを直接傷口にふりかけた後、布で傷口を塞ぐ。


「今は手当て程度しかできないが、間に合えばいいけど……」


 次にポーションを口から少しづつ流し込み、飲ませて行く。

 ポーションにはランクがあり、高級ポーションなら大きな怪我でも治るらしい。

 だが値段も高く、普通の者では手が出ない商品で、上級冒険者や貴族様の御用達だ。

 もちろん俺が持っているのも普通のポーションだけで、この処置だけで彼女が助かるのかは分からない。


 この時ばかりは、一つ位は高級ポーションをザイルさんに用意して貰っておけばと心底後悔していた。


 暫く様子を見ていると、ぐったりしていた女性の口が少しづつ動き出した。

 良かった、ポーションが効いて来たのかもしれない。

 その後まもなく女性は薄っすらと目を開き、抱きかかえ治療をしていた俺を見つめる。


「あなたは…… 冒険者様ですか? 助けてくれたのですね…… 護衛の者達は?」


 その問いに俺は首を左右に動かして、彼女の問いの答えを返した。

 その意味を理解した彼女は、自身の背後に置かれていた大きめの木箱を震える指で指差す。


「あの木箱の中に私の娘が…… 隠れています。 私の命はもう長くはありません。お願いです…… 娘をラフテルへ…… ラフテルの寺院へ連れて行って貰えませんか? お礼として馬車の荷物は全て差し上げます。どうか、どうかお願いします……」


「木箱の中に娘?」


 彼女が指を差した木箱に近寄り蓋を開けてみると、中には銀髪の少女が眠っていた。

 少女の年齢は十歳位、幼い顔立ちをしていた。

 怪我をしないよう、ゆっくりと箱の中から出してみる。

 まず目を引いたのは、幼いながらも目鼻の整った美しい顔立ちと、キラキラと光る銀髪のロングヘアー。

 けれど俺が一番驚いたのは、彼女の頭に獣の耳が付いていた事だった。

 この世界に亜人が居る事は、知っていたが、実際に見るのは初めてだ。

 母親と名乗る女性には獣の耳など付いていなかった。

 きっと父親が亜人と言う事だろう。

 

 俺は眠ったままの少女を抱かかえ、箱から出すと母親の元へと連れて行く。

 母親は少女の頬を優しく撫でながら、愛する娘の無事を確認していた。

 少女がビクンっと反応すると、安堵の表情を浮かべる。

 すぐに少女が気付き目を覚ました。


「お母様……? お母様!!」


 少女は自分の頬を撫でる傷ついた母の姿を目の当たりにし、大きく取り乱す。


「リディア…… よく聞きなさい…… 貴方はこの冒険者様とラフテルの寺院へ行くのです。そして寺院でおじ様に会うのよ。わかった?」


 俺が連れて行くのが前提みたいに言われている。

 了承した覚えは無いけど、このシリアスな場面でその事を口にするつもりも無い。

 

 母親は泣き止まない少女の頭を撫でながら、今度は俺の方へ視線を向けた。


「冒険者様…… 助けて頂いた上にこんなお願いは図々しいと理解しています。ですが、どうか、どうか、お願いします」


 俺の手を握り必死に訴える母親の目を見ていると、どうしても断る事が出来なかった。

 子供を想う母の気持ちは痛いほど知っている。

 村中の人達から嫌われていた俺を、母さんは見捨てる事なく、ずっと守ってきてくれた。

 母さん自身も辛い目に合って居たにもかかわらずにだ。

 母さんは最後まで俺に優しかった。

 俺はその事を思い出し、観念した俺は少女の母親に大きく頷くと声を掛けた。


「ラフテルって言う寺院にこの娘を連れて行くだけでいいんだな?」


 娘を想う母親の真摯な願い。

 そして目の前で母親を殺され、悲痛に嘆く小さな少女の行く末を案じて、願いを受け入れる事にした。

 

 まぁ、少々遠回りしても俺の目的は変わらないから問題は無い。


 ラフテルの寺院など聞いた事も無いが、俺はどんなに遠くても、この少女をその寺院まで連れて行く事を決意する。


 母親も俺の言葉を聞き、安堵から涙を流し何度もお礼の言葉を告げる。


「リディア…… 貴方はこの冒険者様の言う事をちゃんと聞いてね。この人は信用できるわ。私の直感はよく当るのよ」


 母の言葉を聞き入れ、リディアと呼ばれた少女もコクンと頷いていた。

 その後、しばらくして母親は眠る様に息を引き取る。


「お母様……!? お母様ぁぁぁ~!!」


 母親に抱きつき、大声を上げて泣いている少女。

 俺はただ見ている事しか出来なかった。




★   ★   ★




 少女は母親の側で一晩泣き続けた。

 翌朝、街道から少し外れた沢山の野花の咲いている綺麗な場所に、亡くなった母親と護衛の者達の墓を二人で作る事に決めた。

 

 その前に馬車の荷物を一通り確認し、必要な物だけを袋に詰め俺と少女で分けて持つ。


 実際の所、貴金属や貨幣、後はリディアの洋服位しか持ち出していない。

 荷物が増えれば、移動速度が極端に落ちてしまうからだ。

 ここからアーデルの街までは歩きで何日も掛かる。

 小さな少女に重い荷物を持っての長旅は辛いだろう。


 荷物の整理が終わり、簡単な墓が出来上がると、最初に俺が手を合わせる。


(約束するよ。俺が貴方の娘を無事にラフテルへ連れていく。だから安心して眠ってくれ)


「リディア、君もお母さん達に最後のお別れを……」


 俺の後ろで呆然と立っている少女の背中を押してやると、少女も墓の前で膝を付き祈り、一心に捧げる。


 その凜とした姿は、幼いながらも強さを感じさせていた。


(母親が亡くなって、まだ辛い筈なのに本当に強い子だな。俺も母親との約束を守ってやらないとな)


 その後、別れの祈りを終え、立ち上がった少女に俺は手を差し伸べた。


「さぁ行こうか! お母さんとの約束通り、俺は君をラフテルへ連れて行く!」


 リディアはコクンと頷くと、俺の手をしっかりと握り返す。

 俺はリディアを引っ張りながら街道を歩き始めた。


 こうして小さな亜人の少女をラフテルに連れて行く俺の最初の旅が始まる。

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