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第10話 リベンジ!

 目前に広がる雄大なアイール山脈に視線をむけると、麓から水平線に広がる小麦色の草原が広がっていた。

 この場所は春になれば、花々が咲き乱れ美しい花畑へと姿を変える。


 山脈の向こう側を知っている者はこちら側には居ない。

 一つの仮説では大海原が広がっているとか、また別の一説では魔物達の楽園などとも言われている。


 真実を知っているのはこの世界を創った神のみだろう。


 季節は冬の終わりへと移り、今日から一ヶ月間続く地獄の繁殖期を乗り越えれば、春を告げる暖かい風と共に平和な日常が戻ってくる。

 それはこの世界に生きる全ての人々が理解している事だ。

 

 そんな地獄の初日、俺は草原のど真ん中にたった一人で立っている。


 初めての繁殖期は舐めていたせいで、逃げだす事しかできなかった。

 たった一人で繁殖期を戦い抜くなんて無謀と言えるだろう。

 

 辛い人生なんて諦めてしまえば楽なのだが、俺は諦めたくは無かった。

 例え誰もが諦めるような無理難題であろうと、ほんの少しでも可能性が有るなら挑み続けるつもりだ。

 

 あの女に復讐するまでは決して逃げる訳には行かない。

 その想いだけで、俺は繁殖期を乗り越えてきた。


「そろそろだな。それにしても、こんな事を俺は一体いつまで続ければいいのだろう?」


 悪態をつきなら大きく背伸びをした後、入念に関節を伸ばし身体をほぐしていく。

 

 準備体操をしている間でも、俺はずっと前方の一点だけを見つめていた。

 

 視線の先には漆黒の巨大な穴が一つ空いており、目をいくら凝らしてみても穴の中は見えない。

 その不気味なまでに黒い穴は、全てを飲み込んでしまいそうな、怪しい雰囲気を醸し出していた。

 

 この大穴は、数多く存在するダンジョンの入口の一つだ。

 ダンジョン内では魔物が産み出される。


 ダンジョンの内部は魔物が徘徊する危険な場所だが、鉱石や宝石などに分類される貴重なアイテムも発掘される。

 また魔物を倒すと強さに応じたドロップアイテムを落とす。

 ドロップアイテムは商店やギルドで高値で取引される。

 

 結果、人間や亜人の冒険者達は高価なアイテムを求め、魔物達は近づく獲物を求めて、互いの命を掛けた戦いを地上やダンジョン内で日々繰り返している。


 魔物は知能面で言えば、人間や亜人より大きく劣る単純な生き物だ。

 しかし本能だけで生きている分、性格は攻撃的かつ凶暴。

 また徒党を組んで襲ってくる魔物もいる為、油断すればベテラン冒険者達でも簡単に命を失う。

 

 そして今は繁殖期と呼ばれる、一年間で最も危険な時期。


 繁殖期の間、ダンジョン内では通常期の何倍もの数の魔物が生み出され続ける。

 通常期であればダンジョンで産まれた魔物は、ダンジョンから出る事は余りないのだが、この繁殖期と呼ばれる一ヶ月間だけは違っていた。

 ダンジョンの許容を超えた数の魔物が生み出され、ダンジョンから魔物が大量に溢れ出てくるのだ。

 更に理由は判明されていないが、繁殖期の間は魔物達の凶暴性が増しており、手当たり次第に人間を襲う。

 周囲に獲物が見つからなければ、同族の魔物と言えども互いの本能に従い共食いを始める。

 共食いのお陰で、繁殖期が過ぎれば自然と魔物の数は減り、適正数に落ち着く事が唯一の救いだろう。

 

「待ちに待ったこの時期がやっとやって来たんだ。今回こそ絶対にレベルを上げてやるからな。細工は流々、仕上げを御覧じろってんだ」


 ダンジョンの入口から二十メートル程度離れた場所で立つ俺は、拳を握り締め力強く宣言をする。

 だがその言葉を聴く者は誰も居ない。

 この宣言は自分自身に対する戒めであり、また一人で絶望的な戦場へ向かおうとしている今の状況から、逃げ出さない為の暗示でもあった。

 

 身を守る装備は、必要最小限の部位に取り付けられた革製の防具と、腰に吊るしている一本の黒い剣。

 後はパンパンに薬などを詰め込まれた、ウェストポーチ位だ。

 老人の俺にとって疲れやすいと言うハンデは重く、長時間戦っているとすぐに疲れてしまうので、あえて軽装備にしている。


 事前に仕掛けた罠をチェックしていると、ダンジョンの入口から黒い影が浮かび上がってきた。

 あれは魔物が群れて現れた時に起きる現象で、魔物が密集しすぎて遠くから見ると黒く見える。

 目測だが五十匹は超えているだろう。


「あの黒い塊は!? 間違いない魔物が出てきたぞ」


 笑みを浮かべ、ジュルリと下唇を一舐める。


 ゴブリン達は俺の前方二十メートル位の所で数を増やしながら、ゆっくりと移動を始めていた。

 まだ距離があるので、こちらには気付いていない。

 このままでは素通りされてしまうと考えた俺は、ゴブリンの注意を引く為に大きく息を吸い込み大声で叫ぶ。


「ここだぁぁぁ! ここにいるぞ~! 掛かって来い!!」


 だが距離も離れており、ゴブリンの耳には老人のしゃがれた声では届かなかった。

 毎度の事だと諦め、事前に用意していた笛を思いっきり吹いて音を出して注意を引く。

 笛の音は甲高く、音に気付いたゴブリン達も俺の方へ顔を向けた。


「ギュゥ、ギャギャ!!」


 獲物を見つけて興奮したゴブリン達は、その場で飛び上がり奇声を発する。

 そのまま一斉に五十匹全てが俺に向かって突っ込んで来た。


 幾ら魔物最弱のゴブリンとは言え、一度に五十匹を相手にするとなると話は変わる。

 普通なら十人前後のパーティーが連携を組んで戦う規模だ。


 けれど今の俺には仲間なんて居ない。

 今日までずっとソロで戦い続けている。


「こっちだよ。こっちに来い!」


 俺は手招きをしながらゴブリン達の誘導を始める。

 ゴブリン達は俺に向かって一直線に駆け寄ってきた。

 数秒でゴブリンとの距離が無くなっていく。

 十五メートル…… 十メートル… そして五メートルに差し掛かった瞬間、先頭を走るゴブリン達が一斉に姿を消した。


 後ろに続くゴブリンは急停止を行ったが、更に後ろから迫って来たゴブリンの圧力に押され、更に数匹が再び姿を消す。

 その後止まったゴブリンが足元に視線を向けると、そこには幅、深さ共に一メートル位の横に長い落とし穴が掘ってあり、先頭を走っていた十五匹位のゴブリンが落ちていた。

 穴の底には枝を尖らして作った槍を何本も設置しており、穴に落ちたゴブリンは串刺しになっている。


「毎度、同じ罠に引っかかってくれて、本当に助かるよ。じゃあ次に行こうか」


 幾ら知能が低いゴブリンと言えども、目の前に穴があるのがわかっているのに落ちる様な馬鹿はしない。

 今度は左右から二手に別れ、穴を迂回する様に両側から俺に近づいてい来る。

 それに仲間が穴に落とされた事を怒っているのか? 

 俺を見つけた時より大きな奇声を上げていた。


「ギィィィ! ギャッツギィー!」

 

 俺に向けへ発せられる罵倒のような奇声を軽く受け流し、腰の黒剣を引抜きゴブリンに向って構えた。


「そう怒るなって! 今度はちゃんと相手をしてやるからな」


 両側から一斉に飛び掛ってくるゴブリンに集中し、一番近いゴブリンを瞬時に見極めると素早く地面を蹴り込み、相手の懐に飛び込みながら首に向けて剣を滑らせた。

 攻撃を受けたゴブリンは首から青い血を噴出し、地面へと倒れ込む。

 間を置かずに、そのままの動きで次の一匹へと剣をすくい上げる。

 下から上へ切り上げられた剣を次は左右へ。

 次から次へと飛び掛って来るゴブリンを相手取り、一度も止まる事無く剣を振り続ける俺の姿を他の者が見たら、念入りに作り上げられた演舞を踊っていると思うかもしれない。

 

 それはゴブリンの動きを知り尽くしている俺だから出来る芸当だった。


 普通の冒険者が魔物と対峙したなら、まず視覚で情報を入手し、その情報と経験を元に状況判断を下し行動にでる。

 しかし相手も意思が在るため、結果は予想通りにはいかずに、戦闘は長引く事もある。

 

 俺と同じレベルの冒険者がゴブリンと戦った場合、一対一で勝負がつくのは平均で言えば数分を要する筈だ。

 しかし俺の動きには迷いが全く無く、最適化されている。

 全てのゴブリンを一度の攻撃で確実に倒し続けていた。

 

 それは俺が持つスキルの力と、今日まで数万匹と言うゴブリンを倒し続けてきた経験があってこそ。

 俺はゴブリンの全てを知り尽くしている。


 慣れた動きで地面を蹴りつけ、素早く死体などの障害物が無い戦いやすい場所へと後退する。

 その後も足場を確保しながら、俺は動きを止めずにゴブリンの群れを殲滅して行く。


 戦いが始まってから、たった三十分前後の時間で五十匹を超えるゴブリン達は全て死体へと姿を変えていた。

 ゴブリンの返り血が周囲に霧散し、辺りは生臭い血の臭いが充満しているが気にする必要はない。


 倒された魔物の死体や臭いは、五分~十五分程度の時間が経過すれば、土に解けて消えてしまう。

 一説に寄れば土に返り、その魂は再びダンジョンで生まれ変わると言われている。

 死体が消え去った後に残るのは売り物になる部位だけだ。

 なので死体が腐って疫病などを蔓延させる事もない。


「次が来るまでに時間があるな。今の内に体力の回復と剣の整備をしておくか!」


 ダンジョンの入口には新たな影が出来つつ在った。

 それは新しく生まれた魔物達が地上へと這い出て来た証拠でもある。

 影を見つめながら束の間の休息を手に入れた俺は、ウェストポーチの外部収納に差し込まれている青色の液体が入った試験管を引き抜くと、蓋を空けて一気に飲み干す。

 

 これはポーションと呼ばれる飲み物で、飲むと怪我が治ったり体力が回復する液状の薬だ。

 老人である俺の体は疲れやすく、消耗が激しい戦いでは小まめにポーションを飲み体力を回復しておかないと、疲れて動きが鈍くなってしまう。

 ソロの俺にとって体力管理は最も注意を払う事柄だった。

 

 体力を回復させた後は、文字が書いてある小型の砥石をウェストポーチから取り出す。

 その砥石を血まみれとなり、切れ味が鈍っている黒剣の刃にそって滑らすと、黒剣は鍛冶士に手入れを受けたかの様な輝きを取り戻した。


 この砥石は魔法石と呼ばれる代物だ。

 ダンジョンで採掘される特殊な鉱石に魔力を注ぎ、詠唱の代わりとなる魔法文字を表面に刻んでいる。

 これが在れば、魔法が使えない者であっても火を起したり、水がない所でも水を発生させたりも出来る。

 更にはランプの変わりに光を放ったりと、多種多様な効果を持つ魔法石がこの世界には存在していた。


 次の群れは何もしなくても俺の方へと近づいて来る。

 理由は目の前に転がるゴブリンの死体から発せられる臭いに釣られている為だろう。

 死体が消えれば臭いも無くなるが、今はまだ十分程度しかたっていない。


 自然と第二ラウンドが開始され、俺を標的と定めたゴブリン達が次々と襲い掛かってくる。


 新しいゴブリンの群れを別の落とし穴に誘導し、数を減らす。

 落とし穴を使い切った後はポーチから刺激の強い調合された粉を取り出し、風上から風下へと振りまき、ゴブリン達に吸わせる。

 粉を吸ったゴブリン達はその刺激に驚き、混乱し暴れだした。

 俺はその混乱に乗じて群れに飛び込むと、剣を振って、振って、振り続けながら殲滅を続けていく。


 死体が多くなり動きづらくなれば早めに戦場を移動し、少しの休息が出来ればポーションを飲み体力を回復し続ける。

 軽装の俺は生身の部分が多く、ゴブリンの攻撃と言えども一撃で大怪我に繋がる可能性があった。

 なので俺は基本、攻撃を受けるのは最小限に留め、基本は受け流すか避ける戦闘スタイルである。

 

 その後も俺とゴブリンの戦いは終わりを見せる事なく続き、朝から始まった戦闘もあっという間に日も沈みかけていた。

 ゴブリンの一団を殲滅させ暫く待ってみたが、新たなゴブリンはもう産まれて来ていない。

 それは今日、産まれたゴブリンを全てを倒した事になる。

 繁殖期に一日に産まれる魔物の数はダンジョン毎に決まっていた。


 次は一週間後で、その時は今日と同数程度の魔物が産まれてくる。

 一ヶ月間で計四回。

 この一ヶ月間を人々は繁殖期と呼んでいた。


「あぁ~ 疲れた!! やっと終わりか…… くっそぉぉぉ! とうとう今日はレベルが上がらなかったな。後、どの位だろう? ステータスオープン!」


 夕焼けに照らされた平地一面にはゴブリンの死体が所狭しと転がっていた。

 その数は百匹以上で、既に土に返ったゴブリンを入れると五百匹以上のゴブリンを一日で倒した事になる。


「次のレベルアップまで後80匹。ふぅ…… これで俺もやっとレベル4になれる。速くレベルを上げないと俺はいつまでたっても老人の姿のままだ!」


 レベルアップが近い事を知り、俺の表情も自然と笑顔へと変わる。

 気持ちを切り替えた後は、周囲に散らばっている収入源のドロップアイテムを拾い集めながら、一週間後にレベルが上がる自分を想像する。

 自然と笑みが浮かび、嬉しさを噛み締めながら上機嫌で鼻歌を鳴らしていた。

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