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第1話 クラウス・ブラウン

 この世界には魔物と人間と亜人(あじん)が存在しており、人間と亜人は共存関係である。

 そしてレベルを上げる事によって身体を強化する事ができる。

 また様々な方法で習得できる魔法とスキルと言った強力な力を使いながら、人々を襲う凶暴な魔物との戦いを続けていた。


 そんな時代、クリスプ王国の最北端に在るアイール村で、俺は老人の身体を持って産まれた。

 老人の身体と言っても、最悪な事に身長は赤ん坊のままで、見た目だけが老人と言う何とも気味の悪い姿だったらしい。

 その事はすぐに村中で噂となって広まり、奇病や呪いと囃し立てられ、俺は村中の人々から忌み嫌われる存在となってしまう。

 俺のせいで両親も偏見的な目で見られ、村人との接触を出来るだけ避けるように、村の隅でひっそりと暮らす様になる。

  

 その事実を俺が知ったのは、物心がついた四歳を過ぎた頃だった。

 俺の家族は、村人から距離を置かれているので、生きているだけでも辛かった筈である。

 けれど両親はその事実を俺には悟らせなかった。

 俺にとっての二人は、いつも笑顔で優しい母さんと、優しく厳しい父さんだ。


 アイール村は二百人程度の小さな村だった。

 だから少し出歩くだけでも、必ず村人と接する事となる。

 村人達は俺が視界に入ると、いつも気持ち悪そうな視線で俺を見つめていた。


「どうして皆は俺を変な目で見るの?」


 そんな疑問を何度か母さんに訪ねた事がある。

 その度に母さんは涙を浮かべ言葉を濁していたが、子供の俺には母さんの気持ちを察する事は出来なかった。


 そんな生活が続き、俺は五歳となった。


 年齢と共に身長は伸びているのだが、姿は七十歳を過ぎた老人のままだ。

 その頃になると、子供達も外で遊び回る様になり、俺を見つければ馬鹿にする様になる。


「あっ!! 化け物がいるぞ。 さっきからヨロヨロと歩いてて、一体何をしているんだ?」


 ある日、俺が村の中を歩いていると、数人の子供達がニヤニヤと薄汚い笑みを浮かべながら、俺を指差しからかってきた。

 カチンときた俺も負けずに言い返す。


「俺の名前はクラウスだよ。年齢だって変わらないじゃないか!?」


「おいみんな聞いたか? 俺たちと年も変わらないだってさ。だったら教えてやるよ。お前!! 子供のくせに爺さんみたいな姿しているだろ!? たとえ子供だったとしても、見た目がジジイで気持ち悪いから化け物って呼んだんだよ。悪いのかよ!! 悔しかったらかかって来いよ」


 他の子供も合わせて笑い出した。


「俺は化け物なんかじゃない!!」


「ぎゃはは。化け物が怒ったぞー!! 何だよ。文句があるなら、かかってこいよ。立っているだけでもフラフラしてる様な体で、俺に勝てると思うなよ」


「いいぞ。やっちまえー」


 四人の子供たちに周囲を囲まれ、四方から罵声を浴びせられた。

 俺は悔しさの余り、その場に立ちづくし歯を食いしばる。

 

 (年上のくせに一人相手に四人で取り囲んで、偉そうに文句を言う事が楽しいのか?)


 俺がリーダーの少年を睨んでいると、苛ついた少年が突然、俺を突き飛ばしてきた。

 咄嗟のことでバランスが取れずに、小石まみれの地面に倒れ込む。

 地面についた手に小石が食い込み、痺れる様な痛みが走る。

 

「なっさけねーの。やっぱり見た目通りの弱々のジジイじゃねぇか。わかったら、二度と俺達に逆らうんじゃねーぞ」


 地面に伏していた俺に向かって、手を叩いて音を出し、全員で音頭をとりながら、更にからかってきた。

 

 年上の少年達と喧嘩をしたって、勝てない事はわかっている。

 悔しくて瞳には涙があふれ出す。


 何とか立ち上がり、反撃しようとしてみたが、後方の死角にいた別の少年から背中を蹴られ、バランスを崩してまた倒れる。


 子供達は、俺の情けない無様な姿を見て、腹を抱えて大声で笑う。

 その無慈悲で容赦の無い笑い声が、俺の心を深くえぐった。

 

 その後も袋叩きが続いていると、離れた場所から透き通った声が聴こえてきた。


「アンタ達!! クラウス君を取り囲んで何をやっているのよ!!」


 すると金髪のロングヘアーをなびかせながら、一人の少女がズカズカと勢いよく近づいてきた。

 彼女の名前は【マリア・ベロニカ】、村長の娘で、俺と同じ歳の女の子。

 容姿は可愛く、こんな醜い姿をしている俺にも、分け隔てなく接してくれる優しい性格の持ち主だ。

 

 俺にとっては、唯一の友人でもある。


「またクラウス君に酷いことをして!! あなた達は四人もいるのよ? 寄ってたかって一人を虐めて、男として恥ずかしくないの?」


 男勝りの強気の言葉を発しながら、少年達を押し退け、間に割って入ると俺を庇う様に両手を広げる。

 

 賢く真面目な性格をしているので、村でマリアちゃんは大人から厚い信頼を勝ち取っている。


 そんなマリアちゃんに睨まれ、年上とは言え、流石の少年達もあからさまに怯んだ表情を浮かべている。

 もし告げ口されれば、自分達が親に怒られるのは明白だからだ。

 そして逃げる様に捨て台詞を放つ。


「もう飽きたな。みんな、こんな年寄りの事はもう放っておいて、あっちに行こうぜ」


 もう十分楽しんだという感じで、リーダーの少年がそう呟くと、他の少年たちも渋々と離れていく。

 少年達が離れた事を見送ったマリアちゃんが俺の方に振り返る。


「もう。クラウス君もあんな奴等の相手なんてしなくていいのに」


「俺だってそうしたいけど、あっちから来るから仕方がないんだ」


「それも困ったものねぇ。また何かされそうになったら、私に言ってきて、私が絶対に助けるから。私だけはずっとクラウス君の味方よ」


「うん、ありがとう。だけど、どうして…… 気味の悪い見た目の俺にマリアちゃんはいつも優しくしてくれるの?」


「それはクラウス君が優しい人だからよ。実は私、知っているの。クラウス君は優しくてとても強くなる人だって事をね」


「俺が強くなる? こんな気味の悪い存在なのに?」


「大丈夫。精霊さんもそう言っているから…… 実は私は精霊さんとお話しができるのよ。あと人間の心の色も分かるの。キラキラ光っている人は心の綺麗な人で、悪い人は曇っているのよ。クラウス君は七色の虹の様に光ってて、とても綺麗な色。だから優しい人だって私だけが知ってるの。だけど私のこの力は秘密にしないといけないの。だから誰にも言わないでね。二人だけの秘密よ」


 恥ずかしそうにそう告げると、可愛くウィンクをした。

 その可愛らしい仕草に、俺の心もドキンと大きな音を鳴らす。


 気持ち悪い見た目の俺にそんな嬉しい事を言ってくれる人など、マリアちゃん以外出会った事がなかった。

 彼女が支えてくれていたから、俺は今の絶望的な日常にも耐える事が出来ている。


「うん。誰にも言わない。二人だけの秘密だ」


 彼女の言う事はどんな事でも信じるし、疑わない。

 それが俺が返せる唯一の出来ることだ。

 

 こんな見た目に産まれた事を、今日まで何度悔やんだのだろうか?

 涙を流して悔しがり死にたいと思った事は、五歳の段階で軽く百回は超えている。


 産まれてから、ずっと泣き続けて来た。

 惨めで辛い日常を精神が崩壊するギリギリのラインで、必死に耐え続けている。


 俺の身体は老人と同じで見れた物では無かったが、頭は回転も速く、勉強は大好きだった。

 

 勉強は一人で出来るし、やればやるだけ自分の力に変わる。

 だから必死に朝から夜まで、毎日勉強を続けた。

 努力の結果、子供ながらも俺は文字や計算を覚えた。


 身体的にハンデが在るなら、それ以外を伸ばして生きていくしか無いと子供ながらに考えたからだ。


 特に読書が好きで、元冒険者だった父さんが持っていた本を全て読破する程だった。

 主人公が活躍する冒険譚が特に好きで、強い憧れを懐き、何度も何度も数え切れない位に読み返した。


 その後も自分自身の醜い身体を恨み、何度も涙を流す日々が続いた。


 もしかしたら一生このままの生活が続くのかと諦めかけていたが、ある日を境に俺の運命は急速に回り始める事となる。




★  ★  ★




 一月一日。

 この日はこの王国に存在する六歳を迎える全ての子供たちが、初めて魔物と相対する日である。


 この世界には魔物が存在しており、魔物と人間達は互いの生存競争をかけて戦い続けている。

 魔物はダンジョンで産まれ、その内の一定数が地上へと這い出て、近くにいる人間達を襲う。


 村や街の中にいる時は、集団を恐れる魔物も襲って来ないので比較的に安全なのだが、街道を移動中は襲われやすい。


 魔物が危険な存在だと知る為に、子供が六歳になる年の一月一日に、実際に魔物を間近で見せる儀式を執り行う様、王国から指示が出ていた。


 アイール村の周辺にはゴブリンしか出現しない。

 なのでアイール村では、生け捕りにされたゴブリンを檻に入れて儀式を執り行う。

 儀式と言っても、防具をつけた子供たちが檻の傍まで行くと言う簡単な物。

 防具に守られているので、たとえゴブリンの攻撃を受けたとしても怪我をする事はない。

 この儀式は魔物の怖さを理解し、人間の敵だと認識させる為の行為なのだが、たまにトラウマを植え付けられる子供もいるとの事だ。


 鉄製の檻には、生け捕りにされたゴブリンが入っており、今は狂乱気味に暴れまわっていた。

 儀式が始められ、村に居る対象の三人の子供が並んでいる。

 その中に俺とマリアちゃんも入っていた。


 ゴブリンは俺達を目にした途端、更に激しく興奮しツメを立てて柵を揺さぶる。


 儀式の方法はゴブリンが暴れる檻の五十センチメートル手前の地面に書かれている円形の印まで進み、円の中で回れ右をして帰ってくるだけだ。


 五十センチメートル手前はゴブリンの腕がギリギリ届かない距離で、この円より近づかなければ、防具が無くても危険はない。


 最初の男の子が防具を身に着け、恐る恐る円の中に移動し、立ち止まった。

 ゴブリンは目の前にいる子供に気づき、檻から手を伸ばして掴みかかろうとしていた。

 口からは大量の涎を垂れ流し、興奮しっぱなしである。


「ひぃっ」


 少年は恐怖で顔が引きつっていた。


「よし。いいぞ戻ってこい」


 大人の声を聞き、少年は飛んで戻ってきた。

 次はいよいよ俺の順番である。

 俺は村人から嫌われているが、王国の指示は絶対であり、村人達も今回は何も言わずに参加させてくれている。



「次は俺の番だ。ちょっと怖いけど、マリアちゃん行ってくるね」


「私がついているから大丈夫だよ。何かあったら私が助けてあげるから」


 マリアちゃんは、俺の手を強くギュッと握ってくれた。

 それだけで不思議と勇気が湧いてくる。


 その後、俺は装備を身にまとい、円の中へと進んで止まる。

 装備が意外と重く、動きはぎこちなかった。

 俺の目の前にはゴブリンが必死に檻から腕を伸ばして、真っ黒な爪を振り続けていた。

 ゴブリンは魔物最弱と言われ、普通の村人でも倒す事が出来る位に弱い。

 強さにして野犬と同等程度だとも言われている。


 けれど野犬は獣を襲うが、人間は余り襲わない。

 しかしゴブリンは人間を好んで襲う。

  

 目の前には獰猛な真っ赤な目を最大限に見開き、涎を垂れ流しながら、ただ必死に暴れるゴブリンの姿。


(初めて魔物を近くで見たけど…… これは怖い)


 超至近距離からゴブリンを見た俺は、大きな恐怖を感じた。


「よし。いいぞ戻ってこい」


 背後から響くその言葉を耳にし、俺はホッと胸をなでおろす。

 そして振り返ろうとした瞬間、背中から強い衝撃をうけた。

 首だけ振り返ると、そこにはいつもの悪ガキの一人が、ニヤついた笑みを浮かべ、俺の背中を押している姿が見えた。


 装備が重くて振り回されていた俺は、流れる身体を制御できずに、そのままゴブリンが待つ檻へともたれかかる。


 そして気づいた瞬間にはゴブリンに腕を掴まれていた。


「ギャッギャッギャーッ!」


「ひぃぃっ 腕を捕まれたぁぁぁ!?」


 全身を装備に守られているので、焦らなくても怪我をする事はない。

 けれど初めての事で俺はパニックを起こしていた。

 すぐに引き離そうとしても、ゴブリンは力強く腕を掴んでいるので、俺の力では引き剥がせない。


「安心しろ。ゴブリンはすぐ引き離してやる」


「うわぁぁぁ。誰か、助けてぇぇっ!!」

 

 パニック状態で涙目になっていた。

 大人達も焦りながら駆け寄ってきた。

 だが誰よりも速く、俺の側に駆け寄ってきた人が居た。


「えっ!? マリアちゃん?」


 その動きは風の様に速く、余りの速さに大人たちも驚いていた。


「クラウス君。大丈夫だから、もぅ怖がらないで」


 マリアちゃんはそう微笑むと、俺の腕を掴むゴブリンの腕の上に自分の手を乗せた。

 するとその手からは光が発光され、そのままゴブリンを包み込む。


「ギャッ!?」


 ゴブリンは光に包まれ、キョトンとした瞬間、灰となって崩れていった。

 その事を目にした周囲の者達は一瞬唖然とし、そして騒ぎ始めた。


「おぉぉぉ。まさか、それは光の魔法じゃないのか!!!」


「嘘でしょ!? 光の魔法は勇者様にしか使えないって!?」


「だとしたら、マリアは勇者って事なのか!! 凄いぞ。この村から勇者が誕生したなんて!!」


 すでに俺の事なんて誰も眼中になく、光魔法を発動したマリアちゃんに全ての大人たちが殺到していた。

 マリアちゃんは大人たちにもみくちゃにされながら、必死に俺に手を差し伸ばしていた。

 そして俺も手を差し替えしたが、手を取り合える事無く、マリアちゃんは大人たちに連れられていく。

 

 数日後、王国中に伝令がまわった。

 伝令には大陸最北端のアイール村に勇者が誕生したと書かれていた。

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