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*:.。.:*゜エピローグ*:.。.:*

*.○。・.: *


  Last episode


       エピローグ


           * .。○・*.


 卒業検定を終えた日から一月程が過ぎ去り、季節は本格的な冬に突入していた。

 雪の少ないこの地方においては、積雪を記録することこそ無かったものの、朝晩は冷え込みから下草の表面が霜に覆われ、時折は、重苦しい色の空から雪がちらつく日もあった。

 薄っすらと雪化粧をした窓の外に視線を向ける。私の元に辞令が届いたのは、そんな冷え込みの厳しい朝のことだった。


「……え? それは何かの間違いなのではありませんか?」


 早朝から教官室に呼び出された私は、受け取った辞令の中身に目を通し、思わずそうそう訊ね返していた。

 記載されていた配属先は、ディルガライス帝国の『第一近衛傭兵隊』。

 近衛傭兵隊といえば、帝国直属の騎士団と同じ部隊に所属しているエリート集団だ。そのうえ第一部隊ともなると、近衛傭兵隊のなかでも、指折りの実力者が揃う部隊だと耳にしたことがある。

 私には些か、荷が勝ちすぎているのではないだろうか。


「なんだ、この配属では不満かね? むしろ君の実力を、こちらとしては最大限に考慮したつもりなのだが」


 だがしかし、そう答えた教官の顔をみるに、嘘や冗談の類でもなさそうだ。

 これには驚くほかない。奴隷階級の出自である自分は、どうせ辺境の戦線にでも送られるものだと勝手に決めつけていたのだから。

 まさかこんな、由緒ある部隊への推薦を勝ち得るなんて、夢にも思っていなかった。

 これまで感じてきた、疎外感や劣等感は、ただの勘違いや妬み嫉みの類だったのだろうか。今更のように私は、その可能性に思い至っていた。

 当然のことながら、断る理由など存在しない。この辞令は、有難く受け取っておくことにしよう。


「ところで、ユーリ君」

「はい……?」


 用事も済んだしと、踵を返そうとしたところを呼び止められ、再び教官と向き直る。


「先日、レオニス君の私物を整理していたところ、こんな物が出てきたんだが」


 教官が、一通の封筒を差し出してきた。受け取って確認すると、宛先には『ユーリ・コサカ様』と書かれてあった。

 彼との別れから、ひと月ほどの時間を超えて届いた手紙。彼との出会いから、共に過ごした日々の記憶までが、色合いも鮮やかに蘇る。

 何が書かれているのだろう? 不安と好奇心。相反する二つの感情が、胸中でないまぜになっていく。


「ありがとうございます。後で確認してみます」


 今すぐ開けてみたい、という衝動を静め、私は教官室を後にした。


 自室に戻った私はワークチェアに腰かけると、なるべく丁寧に封書を開いていった。乱暴に破ってしまうのは、なんだか勿体ない事のように感じられていた。

 中には、彼らしく綺麗な文字で書かれた便せんが、三枚入っていた。


 * * *


 拝啓 ユーリ・コサカ様


 君がこの手紙を読んでいるということは、残念ながら、僕はもう、その世界には居ないのでしょう。

 文章を書くのは本来苦手なのですが、なにか起こってからでは手遅れだと思ったので、こうしていま、筆を取っています。

 まず、魔族の呪いについてですが、残念ながらこの国の神殿では解呪できないようです。

 このまま何事も無ければ、忘れてしまおうかと思っていました。ですがここ最近、僕の周辺で不自然な事故が何点か起きています。これも、筆を取った理由です。


 もう知っているかもしれませんが、僕は帝都カーザスに軒を構える、ハートランド家という貴族の生まれです。

 本当はもっと早く伝えるつもりでした。ですが、以前話をした時に君の出自を知ってしまったので、なんとなく──伝える機会を逸してしまいました。



(出自に関しては、不思議と驚きはなかった。最初に出会ったころから、彼にはそんな雰囲気があったから)



 勘違いをしてほしくないのは、僕自身は生まれが良いとか悪いとか、そんなことはどちらでもいいと思っていることです。……でも世の中には、そうではなく、出自を酷く気にする人種が居るのも事実です。

 実際、僕の両親が、そっち側の人間です。

 貴族なんて言っても華やかなイメージとは裏腹に、たいして良いもんじゃ~ありません!

 そもそも僕は三男なので、おそらく家督を継ぐこともないでしょうけど。まあ、そんな事は些末な問題なのです。

 このまま黙っていても、騎士叙勲も受けられるだろうし、何もしなくても、家族と家が手に入るんでしょう。でも、そういったレールを引かれた人生なんて、つまらないじゃないか?


 それが、冒険者になろうと考え、家を飛び出した本当の理由です。親からは「勘当してやる!」とか言われましたが、望むところです! むしろそっちの方が、清々するというものです。


 冒険者になれたら何年か活動して、それなりに成功してお金を貯めます。そして、小さくても良いので、自分の家が欲しいですね。

 その家で、可愛らしい妻と暮らします。妻になる人は、同じ冒険者の人がいいですね。生死も苦楽も共にした間柄の方が、お互いを理解し合い、良い関係を築けるんじゃないかと思います。

 結婚後は、何か他の仕事や楽しみを見つけて、穏やかに生活したいですね。子どもは最低で、二人欲しいかな?

 そういったささやかな幸せに、憧れています。



(良いんじゃないかな。なんかちょっとだけ、妬けちゃうけど)



 申し訳ない、自分の話が長くなりすぎた。

 あの日、遺跡に向かうパートナーとしてユーリを誘ったのには理由があります。

 ひとつ目は、周りの人たちと、どこか距離を置いているような君が気になったからです。あの頃の君は、放っておくと今にも消えてしまいそうな危うさをはらんでいました。



(まったくその通りだと思った。この世界に希望なんてないと思っていたし、死ぬ事も怖くなかった。ただ死ぬのが、早いか、遅いか。その位にしか考えてなかった)



 今になって思うと、僕は少し焦っていたのかもしれません。両親に冒険者になるという覚悟を示す必要があったので、結果を出す事に急いていました。それに巻き込むかたちで、君に怖い思いをさせてしまったことを、本当に申し訳ないと思うのですが……。

 なので、誘ったのが君で良かったのかと問われると、少し自信がありません。

 でも、色々と君の話を聞けたことで、自分とは違う価値観があるんだと分かったし、何よりも君は、よく笑うようになった。

 君の笑顔を見る機会が増えたという事実は、僕の中でささやかな楽しみとなりました。



(この辺りから、彼の筆跡が荒れてきているのが分かった。何度か書いては消して、修正したような痕跡も見られる)



 これからも、たくさんの困難が待ち受けていると思う。でも大丈夫。今の君なら打ち破れます。

 僕が見ることが出来ない世界を見て。旅をして。色々な体験をして。そして……幸せになってください。

 君が幸せになることを、心から願っています。


 最後に、君を誘ったふたつ目の理由です。


 君のことが好きだから。

 私、レオニス・ハートランドは、ユーリ・コサカのことを、いつまでも愛しています。


 * * *


 もう居ないはずの彼の言葉が、驚くほど鮮やかに耳を打つ。

 便せんの文字が急に濁って、滴る涙がその文字を濡らしていった。


「……ずるい……ずるいよ」


 便箋がこれ以上濡れないよう、綺麗に折りたたんだ。しかし涙でインクが滲んだ箇所は、幾つか文字の判別が難しくなってしまった。


「そんなの、言葉にして言ってくれなきゃ伝わらないじゃん……」


 私はあなたが思っているよりも、もっとずっと、がさつで乱暴な女の子です。

 そのくせ心は弱いので、また直ぐにあなたと過ごした日々の記憶に、寄りかかってしまうことでしょう。

 ……それでも。私の想い出の片隅に、あなたを置いておくことを許してくれますか? ずっと忘れることができず、あなたと過ごした日々の記憶を引き摺ってしまうと思うけれど、そんな弱い私のことを、許してくれますか?

 私も、あなたのことが。


「ずっと前から、好きでした」


 ……ようやく、喉の奥から絞り出した、もう届くことのないその言葉は、すぐに私の嗚咽の波に飲み込まれていった。


 いつの日か、私も冒険者になろう。


 彼が見るはずだった世界と物語を体験して、それを誰かに伝えよう。


 私はそう、天国に居る彼に誓いを立てた。



 ~fin~


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