*:.。.:*゜見つけし物は、邪神の神殿*:.。.:*
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episode04
見つけし物は、邪神の神殿
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三日目の朝。眼が覚めると天候は生憎の小雨だった。
私の髪の毛は癖が強く、湿気のある日はいつも以上に外跳ねしてしまう。酷い寝癖でも付いているんじゃないかと不安になった。せめて櫛と手鏡くらいは持ってくれば良かったのにと、自分の準備の悪さを恥じた。
テントや荷物を手際よく二人で片付けると、マントのフードを目深に被りなおして歩き始める。出発してから間もなく、彼は言った。「おそらく今日の午前中には、目的地が見えてくると思う」
そうして歩き続けること数時間。彼の宣言通りに遺跡の入り口は見つかった。
その場所は、丘陵のふもとにぽっかりと口を空けていた。中は薄暗くて視界が悪いが、地下に向かって続く階段が見えた。
長年風雪に晒されたことで、入口付近には何か所か崩れた跡がある。その幾つかに簡素とはいえ補修された痕があって、学術的価値が出たことで、慌てて人の手が入りました感が如何にもでてる。なんだかオカしくなって、二人で顔を見合わせて笑った。
内部は漆黒の闇だ。足元を確認するのも大変そう。彼は持ってきたランタンに火を灯すと、左手で掲げながら慎重に階段を降りていく。先頭はレオニスが務め、私は彼の後ろに続いた。
空気はひんやりと湿気を帯びて肌寒い。すっかり濡れてしまった前髪が、額に貼り付くのが気になった。そっと指先で整えておく。
ややあって下層へとたどり着く。石畳の床に、靴音が思いのほか響いた。口元に指をあて、「なるべく静かに。魔物が潜んでいる可能性もあるから」と警告した彼に、「ごめん」と私は頷いた。
遺跡の床は所々に損傷が見られ、地面が露出していた。
石畳が剥がれている場所には、無数の人の足跡が残されており、なるほど――ここは、探索され尽くした遺跡なんだと改めて感じる。
壁は、床と同様石造りとなっていて、通路のようになった空間が、階段の前方と左方向に真っすぐ伸びている。
ランタンの灯りだけを頼りに、慎重に進んで行った。危険は少ない場所だとわかっていても、視界が悪く、物音ひとつ聞こえないとなると、心細さにもよく似た不安が募ってくる。
しばらく歩き続けた。
新しい区画が発見された、というその場所は、石壁の中央にぽっかりと穴が開いていて、奥の方に新たに通路が露呈していた。
石壁が動いたと思われる、擦れたような痕跡が床に残されている。壁を動かしたであろうハンドルが、痕跡の傍らに設置されている。
「なるほどな……そういう構造になってるのか」
呟きながら、レオニスがハンドルと周辺の床を観察していく。
「見て、何かわかるの?」
「まぁ大体はね。僕は遺跡探索の心得も一通りは持っているから。それにしても、頭で予測するのと実際に見るのとでは大違いだよ。……実に興味深い」
「レオニスって、色々物知りなのね」
素直にそう褒めると、彼はふっと相好を崩した。
「そんなことはないよ。まだまだ勉強が必要さ」
端正な彼の横顔を見つめ、見た目は悪くないんだよな、と改めて思う。
目鼻立ちが整っていて、スタイルもいい彼は、女性たちから人気があった。服装や立ち居姿から、良家の出自であることが自ずとわかるのだから尚更だ。
今回の、探索行に必要となった装備類も、すべて彼が揃えてくれたのだし、想像しているよりずっと、裕福な家系の出自なのかもしれない。
周辺の確認を終えたあと、さらに奥へと進んだ。
かび臭い匂いが立ちこめていて、臭いが体に移るんじゃないかと気にしていたのだが、やがて諦めた。
ひとつ角を折れ、目的の場所へと到着する。
隠し通路が有るんじゃないかと、レオニスが疑っていた区画だ。彼はしゃがみ込むと、再び真剣な面持ちで探索を始める。
「何か手伝うこと、ある?」と一応訊いてみたが、「いや、こういった場所には罠が仕掛けられているケースも多いからね。知識のない人間は触らないほうがいいと思う」とやんわり否定される。
まあ実際、その通りだろう。特に口を挟むこともなく、彼の声に従った。一応、周囲への警戒だけは怠らないよう気を払いつつ、彼の作業を見守った。
探索は、だいぶ難航しているようだった。
「この辺りだと思うんだが」
隠し通路がありそうな場所の目算を定めると、レオニスは付近の床を調べ始めた。先ほどと同じように、壁を動かすためのハンドルを探しているのだろう。
小さなブラシで埃を掻き出したり、押したり叩いたり、決して焦ることなく、慎重に調査を進めていた。
しかし、どれだけ時間をかけて調べても、手掛かりが見つかる気配は無い。「何もないのか?」と呟く彼の顔にも、次第に焦燥の色が浮かび始める。
「どうしようか? もう戻ろうか……?」
恐る恐る聞いてみたが、彼は無言のまま探索を続けていた。
ふと、レオニスが調べている場所とは対角の空間に、瓦礫が積み上がってる一角が在るのに気がついた。少し上の石壁が、崩れ落ちたようにも見える。
「レオニス、そこ。石壁が崩れたところの下に、何か埋まっているかも?」
私の言葉に気づいた彼が、慎重に砂利や瓦礫の撤去を始めた。瓦礫の下から、真四角に切開された窪みのような場所が見つかる。
四角い蓋になっている石をどかすと、回転式のハンドルが設置されているのが見えた。
緊張した面持ちで彼がハンドルを回すと、目前の壁がじりじりと動いていく。動いた壁の奥側に、空間が広がっていくのがわかった。
音が出ないように気遣いながら、私たちは軽めのハイタッチを交わした。
* * *
新しく見つけた通路の先は、簡易的な居住区のようだった。
古びて色が分からなくなってしまった絨毯が敷かれてあり、テーブルや戸棚、ベッドなど、生活用品が複数配置されている。それらは総じて痛みや損傷が激しく、到底使えるような代物ではない。
更に進んで行くと、やがて少し開けた空間に出る。
四角い形状をした、大広間といったところか。最奥の壁際に祭壇が設置されていて、手前に何列か木製のテーブルが並んでいる。ここから続く通路はもうないようで、実質ここで行き止まりとなっていた。おそらく、遺跡の丁度真ん中あたりなのだろう。
「邪神を祀った神殿跡か……」
壁に描かれている紋章を見つめ、レオニスが呟いた。
邪神というのは、光の神々とは対極に位置する存在であり、その教義は自由な生き方を説くものが多い。自由と言えば聞こえは良いが、『自分の欲望を満たすためなら、どんな手段でも尽くすべき』とも解釈できることから、往々にして、邪な考えを抱いている者たちの信仰を集める。
ゆえに、邪な神と書いて邪神。邪心を崇める信者たちは、その殆どが犯罪者といって差し支えなかった。
「この場所で、国家からの追跡を逃れながら、活動を続けていたんだろうな」とレオニスは言った。「残念ながら、これといったお宝もなさそうだが、この場所を見つけたことは、何か意義があるかもしれない」
羽根ペンを羊皮紙を取り出すと、部屋のスケッチを始める。
「この場所を最初に見つけたのが僕たちなんだと、照明するためさ」と笑顔で彼が説明した。
『道案内ご苦労さま。でも残念ね~どうやらハズレだったみたい』
――その時。
突如背後から響いた女性のハイトーンボイスに、全身が総毛立ち、背中を虫が這いまわるような悪寒を感じた。私とレオニスは、声のした方を恐る恐る振り返った。