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*:.。.:*゜引き分け狙いの模擬戦闘゜*:.。.:*

*.○。・.: *


  episode01


       引き分け狙いの模擬戦闘


           * .。○・*.


 トリエストと呼ばれる島がある。魔法と錬金術、異なる二つの文明によって栄えている島だ。

 かつて長きに渡って戦乱の時代が続いていたこの島も、複数の王国によって分割統治されるようになってから一時の平穏を取り戻していた。しかし、平和な時代が訪れたことに一息ついたタイミングで、新たな戦乱の嵐が吹いた。

 戦乱を起こした元凶は、島の西南部を支配していたディルガライスという名の帝国。

 前皇帝亡きあと、歳若い王子が皇帝として即位するや否や、トリエスト統一を掲げて侵攻を開始したのである。若き皇帝に率いられた軍隊は破竹の勢いで勝ち進み、瞬く間に西方にある都市国家群までを併合してしまう。

 争いも、飢餓もなく平和に暮らしていた人々は、突如始まった若き皇帝の侵略行動に恐怖し、忌まわしい戦乱の時代の幕開けを予感しなければならなかった。

 だが、帝国の快進撃も長くは続かなかった。島の西端を支配しているエストリア王国の激しい抵抗に遭い、いったん軍を引くことになる。かくして両国のにらみ合いが続くなか、島は再び平穏の時を迎えようとしていた。


 それでも、未だに高まる戦争への気運は、傭兵に対する高い需要を生み続けていた。

 傭兵とは、特定の国家や組織に仕えず、金銭など報酬のみを目当てに戦争に参加する者達の総称である。この時世を反映し、優秀な傭兵や剣士を育成する為の訓練所が、各地に誕生することになった。


* * *


 ディルガライス帝国領ドレイザの街の近郊に新設された傭兵訓練所。ここが、私の生活の場だった。

 訓練所では月に一回の頻度で、傭兵見習いたちによる模擬戦が行われている。その大会において優秀な戦績を収めることが出来れば、訓練所での階級が変動する仕組みとなっていた。

 最上位の階級まで上り詰めた者は、成績に応じて著名な傭兵隊への斡旋を受けるられる。あるいは、冒険者として紹介して貰えたりなど。実際に、傭兵隊に引き抜かれたり、冒険者として一本立ちしていった者を何人も見てきた。

 冒険者というのは、特定の組織や国に仕える事なく、様々な依頼を受けて報酬を獲得している者たちの総称だ。わかり易く表現するならば、「なんでも屋」といったところだろうか。依頼の斡旋が無いと生活費を稼げないので、彼らにとって剣の腕や名声は、とても重要な要素なのだ。


 ちなみに私、ユーリ・コサカの傭兵訓練所における階級は一番下。何故ならばこの私。模擬戦で勝ったことが、一度たりとも無いのだから。


 なお、本日の模擬戦は引き分けである。

 いや、正しくは、引き分けに『しておいた』の方が表現として適切かも。

 私の模擬戦の結果が、引き分けに終わることも、敗北で終わることも、なんら珍しいイベントではない。そのおかげで、私はすっかり無用者のレッテルを貼られてしまっていた。

 模擬戦が終ったあと、私は中庭の芝生の上で疲れた体を休めていることが多かった。背の高い木々が何本か植えられているこの場所は、涼を得られる木陰が多く、火照った身体を鎮めるには絶好の場所だった。また、普段から人通りの多い場所でもないため、考え事をするにも最適なのだ。

 今日のような相手は戦いにくい。

 まめが潰れた左手をじっと見つめ、思わず悪態が口をついて出る。

 勘違いしてほしくないのだが、私は修練そのものを怠っているわけではない。そのこと自体は、まめだらけの両の手のひらが証明していた。


「おい、ユーリ」


 またしても聞こえてきたのは不躾な声。これ見よがしにため息をついて振り返ると、案の定そこにいたのは、金髪の青年レオニスだ。


「私とあなたは、いつのまに名前で呼び合う関係になったのかしら?」

「名前というのは、その人物を呼ぶためにあるんじゃないのかい?」


 皮肉を述べたつもりなのだが、彼はまったく意に介さないらしい。目を丸くして、正論で返してくる。

 正直なところ、私は他人と積極的に関わり合いを持つ方ではない。

 だからこそ、ひと目につきにくいこの場所にいたというのに。彼はわざわざ、私のことを探して来たのだろうか。

 とんだ物好きがいたものね。

 再び、ため息が漏れてしまう。


「お前さあ……。今日も、手を抜いて戦っていただろう?」


 その言葉はあまりにも図星で、返す言葉を失ってしまう。これでは、無言の肯定をしているようなものだ。


「基本的な戦術としては、相手側に手を出させ、それをギリギリのところで受け流す。重症にならない程度に浅い打撃のみを当てさせ、自分からは最小限の手数でポイントを稼ぐ。結果として双方に有効打は少なく、引き分けを狙うという戦い方。……今日のは、こんな感じで合ってるだろう?」


 完全に見破られてた。ハッキリ言ってこれは悔しい。さして親しくもない会ったばかりのこの青年が、どうして私のやり口を把握しているのか? 思わず苦虫をかみ潰したような顔になる。

 強い相手に対しては早々に勝負を捨て、相手が格下と見たときのみ、有効打の数を調整して引き分けに持ち込む。それが、この場所に来てから私が続けている戦い方だった。


「……アンタには関係ないでしょ。それが、私なりのやり方なんだから」


 拗ねた口調で返しそっぽを向いた。


「まあね……別に構いはしないさ」

「だったら……!」


 放っておいてよ、と言いかけた私の台詞は、続いたレオニスの声で遮られた。


「けど、それだけの才能を腐らせておくのは、もったいないじゃないか?」

「才能なんて、別にないけど」

「それはどうかな? 才能の無い人間が、狙って引き分けになどできるものか」

「たまたまそうなっただけでしょ」


 強情だなあ、と憤慨する彼。才能なんて、あろうがなかろうがどっちだっていい。私はこのまま、才能を埋もれされておくつもりなんだから。


「まあ、いいや。でも、これだけは言っておく。中途半端な気持ちのまま取り組んでいると、そのうちよくないことが起きる。ここは訓練所とは言え、戦いをする場なのだから」


 そんなこと、わざわざ言わなくてもわかってるわよ。

 なにも、望んでこの場所にいるわけでもないし。

 言うのも憚られるような反論が、胸中で泡沫のように浮かんでは消えていく。

 何ひとつ言い返さない私に呆れたのか、後頭部をかきむしって彼が嘆息した。


「あまり厳しいことは言いたくない。が、その戦い方を改めない限り、お前、いつか死ぬことになるぞ?」


 深いため息、とでもいうのか、長く息を吐いたのち、用件は済んだとばかりに彼が背を向ける。襟足まで伸びた金色の髪が、ワンテンポ遅れてはらりと舞った。

 遠ざかっていく背中を見送りながら、私の(はらわた)は煮えくり返っていた。軽々しく彼が『死ぬ』という単語を口にしたことが、とにもかくにも気に入らなかった。


「な、なんなんのよアイツ! そんなの、余計なお世話なのよ。私には、私のやり方があるだけなのに」


 本気で戦おうとしないのも。階級を上げないように、コントロールしていることにも。ちゃんとした理由があるのに。死ぬことだって、まったく恐れてなどいないのに。

 私の弱さをあぶり出した気になって。わかったような口ぶりで建前論を並べ立てた彼のことが、とにかく気に入らなくてしょうがなかった。




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