*:.。.:*゜プロローグ゜*:.。.:*
あの頃の私は、自分の死に場所を探すための旅をしていたのかもしれない。
目的はなかった。
護るものもなかった。
大切に思う家族さえも、もちろん。
何よりも、自分の存在そのものが、疎ましく感じられていた。
でも、あの日から私は変わった。
傷つくことを、恐れたことはない。
自分の命が、惜しいと思うこともなかった。
それなのに今は、自分が死ぬことを、ちょっとだけ怖いな、と感じてしまう。
自分が傷つくのが怖いわけじゃない。私がこの世界から消えることで、自分以外の誰かが傷つくことや、大切な人を護れなくなるのが何よりも怖いのだ。
私が変われたのは、きっとあなたのおかげ。あの日――あなたと出逢う事ができたから。
◇◇◇
戦いの場特有の、張り詰めた緊張感があたりを支配していた。
木製の柵によって囲まれた、四角い砂地の中心で対峙しているのは、武器を構えた二人の若者。柵の外側には、多くの見物人の姿が見える。同じように若年層が多い彼らは、対峙している二人の一挙手一投足を見逃すまいと、固唾を呑んで見守っていた。
この場所は、トリエストという名の島にある、ディルガライス帝国領ドレイザの街。その郊外に存在していた、傭兵訓練所の一角だ。所属している傭兵らによる、模擬戦闘が行われていたのである。
二人の若者に、いったん視点を戻そう。
一人は、両手持ちの木剣を獲物にした、屈強な体躯の男。
もう一人は対照的に、小柄なハーフエルフの少女だった。ハーフエルフとは人間と森の妖精族であるエルフとの混血児で、体格は比較的華奢なものだ。程よく筋肉はついているものの、ご多分にもれず少女も体の線は細く、武器も体に似合った細身の木剣だ。
肩口で切りそろえた鮮やかな赤毛が印象的で、少女がステップを刻むたび、外跳ねした毛先が舞うように踊る。
しかし、快活そうな印象を伝えてくる容姿とは裏腹に、やや釣り上がったアーモンド型の瞳に光は見えない。
油断なく、二人は距離を詰めていく。
痺れを切らしたように男の方が仕掛けると、とたんに激しい攻防が始まる。木剣のぶつかり合う音が、何度も周囲に響き渡った。
力強い男の打ち込みを、刃を立てて少女が防ぐ。
時には、切っ先を逸らして巧みにいなす。
腕力にこそ恵まれていないようだが、少女のスピードと剣裁きは、なかなか堂に入ったものだ。
上段からの振り下ろしは、刃を斜めにしていなす。
強烈な薙ぎ払いは、バックステップをしてかわす。
しかし、数刻の戦いののち、強い打ちこみに手がしびれたのか、少女が木剣を取り落す。まさにその時、上段から振り下ろされていた男の刃は、勢いを殺しきれず少女の肩口をしたたかに打ち付けた。激痛に少女の顔が瞬間歪む。
この一撃で勝敗は決した。男の勝利を示す赤い旗が三本上がり、両手を突き上げ、彼は勝利の雄たけびを上げた。
一方でハーフエルフの少女は、無言で木剣を拾うと、踵を返して会場を後にした。まるで、勝敗そのものに興味がない、とでも言いたげに。
木製の扉を後ろ手に閉め、額に滲んだ汗を拭いながら、少女は「ふう」と小さくため息をついた。
これで戦績は、引き分けが三つの――全部で何敗になるのかな? 指折り数えようとして、少女は諦める。パッとしない戦績など、数えたところで意味はない。痛めたのが利き手側じゃなくて良かったな、と安堵しつつ、苦い顔で笑った。
早く自室に引き上げようと一歩踏み出したそのとき、別の声が少女を呼び止める。
「なぁ、お前」
背中からかけられた不躾な声。
怪訝な顔で振り返ると、そこに立っていたのは長めの金髪が印象的な青年だ。目鼻立ちは整っていて、青い瞳が放っている眼光も鋭い。
だが、少女が彼に抱いた第一印象は、『裕福そうな出で立ちの、いけ好かない男』というものでしかなかった。
これが、彼──レオニス・ハートランドと、ハーフエルフの少女ユーリ・コサカの、初めての出会いだった。
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