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妄想女性とイケメン毒舌男  作者: 海埜 ケイ
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毒舌男から見た妄想女性



 車内で聞こえる騒音に、オレは眉を顰めた。

 連日の激務で満身創痍というのに、何故電車の中で寝かせてくれない。

 ゆっくり瞼を押し上げ、振り返ると、見知らぬ男が女性を突き飛ばしているところが見えた。


(……アレは、昨日の“モブ女“?)


 昨日、電車内で見掛けた地味な女だ。普段なら、すぐに忘れているところだが、あの特徴的な鞄には見覚えがある。


(学生でもあるまいし、鞄に人形を付けている奴、そうはいまい。それにしても……)


 オレは眉を寄せた。

 見ていて不愉快な光景だ。

 安っぽいスーツを着た男が、女性を攻め立てている。

 耳を澄ませると、どうやら女性は女子高校生に冤罪を掛けようとしているらしい。


(バカバカしい、そんな事をして、その女に何の得があると言うんだ)


 もし冤罪を掛けるなら、捲し立てている男を痴漢扱いした方が、まだ信憑性が増すだろうに、くだらない。

 しかし、車内は男の言葉に同調するかのように、女子高校生を擁護し始めた。


「おっさん、よく言った!」


「年増の妬みって恥ずかしいわねぇ」


「電車の中で座り込むなんてみっともない」


「ダサッ」


 わざと聞こえるように言っている人間たちも質が悪い。

 女性は両手を強く握り、俯いている。

 必死に耐えているのか。

 女性への中傷の言葉は次の駅に着くまで続いた。

 扉が開くと、女性は一目散にホームへ駆けだした。

 ここはまだ彼女の降りる駅ではないはず。

 嘲笑いが立ち籠る車内で、オレは気が付いたら彼女の肩を掴み、車内に引き戻していた。

 振り返る彼女は驚いた顔をしている。

 それもそうだ。降りようとして引き留められるとは思っていなかっただろうに。

 オレ自身も驚いてはいるが、あのまま彼女を電車から下ろしてはいけないと思ったからだ。

 呆然とする彼女を放っておき、オレは件の女子高生の片割れのスマホを背後から取り上げた。


「え!? ちょっ……」


 抗議の声を上げる女子高生を無視して、オレは画像フォルダを開け………後悔した。


(何だこれは、盗撮写真か?)


 ピントがズレているのもあれば、合っているのもある。しかし、どれも共通しているのは被写体の視線がカメラに向いていないのと全員が美形なことだけだった。

 更にスクロールしていくと、明らかに盗撮と分かる画像があった。

 最新画像の、人のスマホ画面の写真。

 オレはその画像を、呆然とする彼女に突きつけた。


「それで、これがお前の言っていた画像か?」


「は、はい。これです。私のSNSのアカ名が撮られた画像です」


 やはり盗撮だったらしい。

 オレはすぐに画面を操作して、画像フォルダの一括削除を行った。


「なっ!! 何してくれてんの! 信じらんない!」


 貫くような金切り声が耳元で響き、オレは思わず辟易した。


「信じられないのはお前たちの方だ。盗撮だらけの犯罪画像フォルダを作っている辺り、神経を疑う。データ消去だけで済んでありがたいと思え」


「はあ? わけ分かんないし! そもそも人のスマホ、勝手に取るとか犯罪じゃん!」


「すぐに返せば問題ないだろう。それよりも、お前たちの肖像権侵害の方が犯罪だろう。自覚を持った方がいいぞ、未成年犯罪者たち」


「大の大人が高校生相手に大人げないんじゃないの?」


「犯罪に年は関係ない。それよりも、お前のその言葉、自分たちの犯罪を肯定している風にしか聞こえないが認めるんだな?」


 女子高生たちはお互いに顔を見合わせると、背を向けて別の車両へと向かった。


(混んでる車内での移動は迷惑行為だな)


 オレは短く息を吐き、未だに座り込んでいる女性の靴をつま先で突っついた。


「邪魔だ、立て」


 女性はハッと我に返った風に立ち上がり、頭を下げた。


「助かりました、ありがとうございます」


「礼はいい。ずっと耳障りだったからな」


「お礼がしたいです」


「いらん」


 自己本位でやったことに、わざわざお礼をされる筋合いはない。


「食事でも奢りましょうか?」


「……毒でも盛るつもりか?」


「なんでやねん!」


 女性に平手の甲で腕を叩かれ、オレは唖然とする。

 あまりにも気安過ぎた。以前、痴漢を助けた女は、もっと媚を売るような下心のある目を向けてきたが彼女は違うようだ。


(その女には夕飯をご馳走になって、媚薬を盛られたんだったな)


 苦々しい記憶だ。

 女の手を振り切って、媚薬が切れるのを自室に籠って必死に待った。

 包丁で腕や膝を刺し、痛みで興奮を抑えて一夜を過ごしたのはまだ記憶に新しい。


「お前は…………」


 普通の女とは違うのかもしれない。

 そう口走ろうとして、オレは口を噤み代わりに名刺を差し出し「やる」と言葉少なく渡した。

 気の迷いだ。この女性に名刺を手渡してもこちらの不利益になることは起こらないだろう。

 もしなったとしたら、数倍返しをするつもりではいるが………。



 突然、彼女は顔を上げた。


「あ、朝夷さん?」


 名前を確認しているようだが、名刺に書いてあるのだからわかるだろう。


「お前は?」


 逆に尋ねると、彼女は何かを逡巡し、渋々といった形で答えてくれた。


「……朝日奈 緑です。あさひなの漢字は、朝に、太陽の日に奈良の奈です」


「……漢字は違うのだな」


「はい。同じならミラクルですね」


 両手を合わせて明るい笑顔を向ける彼女の意味が分からない。

 こんな偶然、気持ちが悪いだけだ。


「不本意だ」


「同意見です」


「……変な奴だな」


「貴方は失礼な人ですよね」


 本当に変な女性だ。オレに気があるわけでもないし、嫌っているわけでもない。


(関わらないことだな)


 オレは深く長い溜息を吐いてから、視線を窓の外に向けた。

 すると、彼女もスマホを取り出した。

 電車は駅に止まり発進する。

 何度か繰り返しているうちに、オレの降りる駅が近付いてきた。


「ありがとうございました」


 電車が駅のホームで遅速していく中、聞こえた言葉。


(そうか、こいつはただ……)


 オレは口を開いた。


「お人好しバカだな」

『―――駅、―――駅です』



 オレの言葉が聞こえたのかは分からない。

 だが、扉が開いたので、オレはさっさと電車から降りて改札口へと向かう。

 今日は疲れた。

 非常に疲れた。


(早く家に帰って眠りたい)


 それだけを考えて、オレは帰路に着いた。





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