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妄想女性とイケメン毒舌男  作者: 海埜 ケイ
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妄想女子VS女子高生たち



 偶然という言葉がふさわしかった。

 いつもと同じワーキングスタイルに、昨日と同じイレギュラーを見つけてしまった。


「……マジかよ」


 帰りの乗換駅のホームで、昨日の失礼千万男にまた会ってしまった。

 彼も同じ乗換駅だったようだ。

 電車が来るまで後五分以上はある。

 私は彼から視界になる位置に立ち、スマホをいじりながら電車が来るのを待った。


「ねえねえ、あの人。めっちゃ格好良くない?」


「うん! モデルさんかなぁ? それか読モ?」


「あ~~、分かる。そんな感じだよね!」


 私の横に立っている女子高生たちが、彼について好き勝手に話をしている。


(うんうん、分かるよ。私も昨日、その人と口を利くまでは、どこぞの王子様かと思ったくらいだもん。顔だけはいいよね、“顔”だけは)


 私はスマホを見ているフリをして、彼女たちの会話に耳を傾けて楽しんでいた。

 若い子の想像力ほど、面白いものはない。


「うちのクラスの男子、いい男いないんだよね~」


「女子は綺麗系多いよね? やっぱ、ファンデとかこだわってるせいかな?」


「ええ~~、リップを気にしなよ~。カサカサ唇だと、キスするときの相手のガッカリ感、マジウザいからさぁ」


「理香は経験済みだっけ?」


「まあ、彼氏三人目だし余裕っしょ。麻帆は?」


「この前告られたけど保留~。髪型がめちゃダサなの」


「うっわ、見た目を気にしないのはヤバいよ。ステータスとかガタ落ちじゃん?」


「やっぱ、止めとこうかぁ~~。………あんなの見たら余計にそう思うわ」


 チラリと、麻帆と呼ばれた子が彼に視線を向けると、理香と呼ばれた子は「あ~~、分かる!」と拳を握り、ガッツポーズを作った。


「あたしもあんな人を彼氏にしたい! 年上で、イケメンで、社会人何て、どんだけステータス高いっつーか、優良物件なんだよ!」


 二人はきゃあきゃあしながら盛り上がる。


「ねえねえ、写メ撮らない?」


 麻帆がスマホを取り出し、目配りする。

 麻帆の言いたいことを察した理香は、ニッと口端を上げて麻帆の横に並んだ。


「いいねぇ~、写メろ、写メろ。てか、アプリ使おうよ~」


 不審に思った私がチラリと二人の様子を見ると、案の定というか、二人は彼が映るようにカメラ設定して並んで立っている。


(あれだけ大きな声で会話していたのに、あの人は気付いていないのかな?)


 私は彼にジッと視線を向けるが、彼は目を閉じたまま俯いている。

 もしかしたら電車が来るまでの間、眠っている可能性が高い。

 私が悶々している間にも、理香と麻帆はアプリを立ち上げて定めている。


「それじゃあ、撮るよ~。はい、チー……」


「あのっ!」


 声を掛けた直後、理香は画面をタップしてしまったが、撮れた写真はブレブレで誰が誰だか半別ができない状態になっていた。

 理香と麻帆は不満気に私を睨みつけた。


「おばさん、何? 友達とのツーショットを邪魔しないでくれる?」


「おばっ……」


 確かに、私は女子高生の二人より十も年上だ。だからって、“おばさん”はないだろう。


「てか、おばさん。すっごくダサくね? スーツにしたって、もう少しマシなの着ろって話しだしぃ」


「髪型もポニーとか、学生じゃないんだし、髪下ろして巻けって感じぃ。化粧もしてないスッピンとか、その年でよくできるね? 恥ずかしくないわけ?」


 スーツは営業と違ってお客様の相手をするわけでもなく、むしろ倉庫系の事務作業なので汚れても良い安物のスーツじゃないとすぐ汚れてダメになるし、髪型は朝早い職場だから簡単に且つ顔に髪が掛からないものとしてポニーなだけだし、化粧は薄いがちゃんとしている。

 濃い化粧は化粧直しに時間がかかるし、そもそも化粧が苦手なのであまりやりたくないだけだ。ここは反省しても良いと思う。

 私が黙っているのをいいことに、里穂と麻帆はどんどんと畳みかけてくる。


「それに、その鞄の人形って何? ひよこ? キモくない? 歳考えた方がいいよ?」


「いやいや、麻帆ちゃん。このおばさんは自分がまだ若いって思い込みたいだけなんだよ」


「そっかぁ、可哀想に……」


 クスクスと嘲笑する二人に、私は何も言えずにいた。

 理香と麻帆と比べれば、確かに私は年老いているが、自分が若いと思い込んで、鞄にひよこの人形を付けているわけではない。

 これは妹がお土産で貰ってきてくれた大切なひよこだ。

 この二人に笑われる筋合いはない。


(なのに、何でだろう。……なんて言い返せばいいのか分からない)


 説明して理解してくれるだろうか。それともより馬鹿にされるだろうか。

 考えれば考えるほど、負のループにハマっていく私に救いの手が差し伸べられた。



『電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください』



 駅のホームにアナウンスが流れ、理香と麻帆はハッと列に並び直した。


「やっと電車が来る~」


「マジ長かったしぃ、変なババアに絡まれるし、マジ最悪~」


「それな~~。マジ、ババア死ねって感じぃ~」


 ケタケタ笑う二人の背中を眺めながら電車に乗り込むと、私はずっと下を向いていた。

 とても疲れた。

 仕事をする以上に疲れてしまった。

 何でこんなことになったんだろうと考え直すと、明らかに自分悪くない。になる。


(盗撮する二人を止めようとしただけなのに、精神攻撃を受けて終わるなんてなぁ)


 当の本人は気付いていない様子で電車に乗り込み、女子高生二人組も電車に乗る。

 このまま一本、乗り過ごすことも考えたが、他人のせいで自分の時間が消えるなんて以ての外だ。私は一番最後に乗り込み、扉の前に立った。

 これで同じ車両でも、あの三人とは接点なく終わるはず。

 スマホを取り出して、SNSを立ち上げた私の背後から、カシャリと音がした。振り返ると、見知らぬおじさんの肩からスマホのカメラ画面が見え隠れしている。


(まさか、アカ名撮られた?)


 普通、そこまでするかと思ったのと同時に、自信過剰かもしれないとほんの少しだけ思ったが、私の行動は止められない。

 おじさんに一声掛けてから、麻帆の肩を掴んだ。


「いい加減にしてください! 盗撮は犯罪なんだよ?」


 私の言葉に、車内にいる人たちの視線がこちらに向く。

 ざわめき立つ車内で、麻帆と理香は一層、不機嫌になり私の手を払った。


「うっわぁ~~、冤罪だ。冤罪だ。名誉棄損で訴えるよ~」


「……触られた、キモッ。最悪だし」


 軽蔑や汚いものを見る視線を向けられ、私は固く拳を握った。

周囲の視線は、明らかに私を責めている。私が悪いことをして、冤罪を掛けられそうな少女たちに哀れみの視線を送っている。

 私は悪くないのに。


「じゃあ、今撮った写真をすぐに消して。そうしたら、貴女たちが何を撮ろうが、もう何も言わないから、私のアカ名を撮った写真を消しなさい!」


「まだ言ってる。何も撮ってねぇーし」


「証拠もないのに人を犯罪者扱いするなんて酷い……」


 泣き真似をする麻帆に、理香は「あ~あ、泣かした」と大袈裟に煽りを入れると、周りの人たちはヒソヒソと、私を責める陰口を言い始めた。

 無数の針の筵にされる。

 こんなことなら、何も言わなければよかった。

 見ざる、聞かざる、言わざるに徹して己の保身に走っていればこんなことにはならなかった。


(けど、そうしたら、私は自分を許せない)


 引き返せないなら進むしかない。すでに悪役なら悪役に徹するしかない。

 私は胃に溜まる黒い感情を抑えながら、言葉を発した。


「証拠は貴女たちが持ってるのに、私が持ってるわけないでしょ! そうやって被害者ぶって私を犯罪者扱いしてないで、そっちこそ証拠を見せなさい!」


「逆ギレとか」


「ババア、怖~~」


 理香と麻帆は、全くこちらの言葉を聞こうとしない。

 自分たちが正しい、間違ったことはしていないと、言葉が、身体が、態度が主張している。

 しばらく睨みあっていると、別の方から腕が伸ばされ肩をどつかれた。

 体勢が崩れ、私は電車の扉に後頭部をぶつけ、その場に腰を下ろしてしまった。


「……え?」


 見上げると、先ほどまで板挟みになっていたおじさんが、眉間に皺をよせ、彼女たちを守るように立ち塞がっている。


「いい加減にしろ。こっちは仕事で疲れているっていうのに、俺を挟んでピーチクパーチク喚くな鬱陶しい。大体、彼女たちは冤罪だと言っているだろう、自意識過剰にもほどがあるぞ。もう少し鏡を見てから物事を言えって話しだ」


 おじさんの訳の分からない主張に私が呆然としていると、周囲の人たちから「おっさん、よく言った!」「年増の妬みって恥ずかしいわねぇ」「電車の中で座り込むなんてみっともない」

「ダサッ」と、囁かれた。


(……もう、止めた)


 立ち向かうのも、言い返すのも疲れた。

 私の言い方が悪かったのかもしれない。場所が悪かったのかもしれない。

 私はグッと拳を握り、俯いて耐えた。

 泣くことはしない。泣くのは弱い人間だから。こんな卑怯な人間たちの前で泣くのは私のプライドが許さなかった。

 次の駅で降りてしまおう。まだ乗ったばかりなので地元に着くまで、後五駅以上はある。とてもではないが耐えられない。

 明日の帰りの電車の時間をズラしてしまえば、きっとこの子たちと会うことはないだろう。

 アカ名は仕方がないから変えるしかない。

 どう悪用されるか分かったものではない。

 大丈夫、すぐにいつも通りだ。大丈夫、大丈夫。



『次は、―――駅、―――駅』



 車内アナウンスが流れる。

 電車が駅に着き、私は逃げるようにホームへ降り立ち、――――引き戻された。


「は?」


 目の前で扉が閉まる。

 どういう状況だ、これは。

 ガタン、ガタン、と電車が動き出してしまった。

 また、あの子たちの嫌がらせだろうか。

 私は溜息を飲み込み、振り返ると目を剥いてしまった。

 信じられなかった。

 頭が追い付かない。


「それで、これがお前の言っていた画像か?」


 目の前に、昨日の失礼千万男が、私の肩を掴んだまま、麻帆から取り上げたスマホの画像フォルダを開けて私に突きつけているのだ。

 どう反応しろと?


「は、はい。これです。私のSNSのアカ名が撮られた画像です」


 間違いない。私は自分のアカ名を誕生月の和名を捩ったものにしているため、ありふれた名前のようで少し特徴的だ。

 確認すると、彼は片手で操作し画像を一括消去した。

 麻帆が発狂する。


「なっ!! 何してくれてんの! 信じらんない!」


「信じられないのはお前たちの方だ。盗撮だらけの犯罪画像フォルダを作っている辺り、神経を疑う。データ消去だけで済んでありがたいと思え」


「はあ? わけ分かんないし! そもそも人のスマホ、勝手に取るとか犯罪じゃん!」


「すぐに返せば問題ないだろう。それよりも、お前たちの肖像権侵害の方が犯罪だろう。自覚を持った方がいいぞ、未成年犯罪者たち」


 麻帆は何も言い返せず口を噤んだ。そんな麻帆を理香は庇うように立つ。


「大の大人が高校生相手に大人げないんじゃないの?」


「犯罪に年は関係ない。それよりも、お前のその言葉、自分たちの犯罪を肯定している風にしか聞こえないが認めるんだな?」


 理香はカッと赤くなり俯く。麻帆は理香の腕にしがみ付き、視線を合わせると麻帆は左右に首を振った。

 理香は何か言いたげにしていたが、フンッと彼に顔を背けて、別の車両の方へ向かう。

 シンーーと静まり返る車内に、人々はバツが悪そうに顔を背けた。


(助かったの?)


 あっという間の出来事すぎて、頭が付いていけない。

 ぼうっとしていると、靴の爪先を突っつかれた。


「邪魔だ、立て」


 相変わらず偉そうな彼に、私は辟易しつつ彼のお陰で助かったので少し複雑だ。

 言われた通りに立ち上がり、私は一先ず頭を下げた。


「助かりました、ありがとうございます」


「礼はいい。ずっと耳障りだったからな」


 ツイッと視線を逸らされてしまい、私は作り笑いを浮かべていた。

 元々は、この人を助けようとしたのに、逆に助けられるなんて不覚だ。

 このまま助けられっぱなしも癪なので、思い切って尋ねてみた。


「お礼がしたいです」


「いらん」


「食事でも奢りましょうか?」


「毒でも盛るつもりか?」


「なんでやねん!」


 思わず平手の甲を、彼の腕に叩きつけると、彼は目を丸くさせて驚いてこちらを見下ろした。

 今のどこに驚いたのか分からず、私の方が驚いた。


「お前は…………、やる」


 何かを言いかけて、彼は私に名刺を手渡してきた。


(“朝夷 葵”…………朝夷!?)


 私がバッと顔を上げると、彼――葵さんは不機嫌そうな顔をこちらに向けている。


「あ、朝夷さん?」


「お前は?」


 肯定せずに質問を返すところは、育ちがいいとは言い難い。

 だが、質問の意図が分かる私は俯きながら答えるしか術はない。


「……朝日奈 緑です。あさひなの漢字は、朝に、太陽の日に奈良の奈です」


「……漢字は違うのだな」


「はい。同じならミラクルですね」


 そう、彼の名刺に書かれている名前を見た時、同じことを思った。

 苗字の読みが全く同じということ、さらに言えば名前も似ている気がする。

 きっと、彼も私と同じ思いなのだろう。

 彼の眉間の皺の寄せ具合がすごかった。


「不本意だ」


「同意見です」


「……変な奴だな」


「貴方は失礼な人ですよね」


 段々と会話が続けるようになっている。それだけ私の心が開いていっているのだろう。


(ここで、私か葵さんのどちらかが、相手に無自覚な恋を抱いたら面白いのになぁ)


 と、妄想を始める私に、葵さんは深く長い溜息を吐きて視線を逸らした。

 会話終了のようだ。

 私は改めてSNSを開いて時間をつぶす。

 葵さんは横でボーーッと窓の外を眺めていた。

 やがて、葵さんが下りる駅が近付いた。


「ありがとうございました」


 私が小さな声で呟くと、葵さんはこちらを見下ろし口を開いた。



『―――駅、―――駅です』



 アナウンスが葵さんの言葉を掻き消した。

 私が聞き返そうとすると、葵さんはさっさと電車を降りて人込みに紛れてしまう。


(……いい人だったのかな?)


 閉まる扉の向こう側に消えた葵さんの背中を思い浮かべながら、私はハッと思い出した。


(昨日の失礼な言葉の謝罪、聞きそびれた!!)


 次に会った時は必ず謝らせてやる。と私は謎の使命感に燃えるのだった。


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