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形見は勇者の吾妻形  作者: ウ
2/10

2. 棺の中身

ボーイミーツガール

玄関に戻るとカーガスの母親、ミリアンヌが待っていた。


「カーガス、あなたが悪いわよ。」


痛い言葉を違う形で立て続けに受けるに至りカーガスの顔が歪む。


「ああ、わかってるよ。あれはあそこで言う必要なんてなかった。」


「話を打ち切りたかったにせよ言葉を選ぶべきだったわね。エニアについてはあなたにも思うところはあるんでしょうけど……、黙って部屋を出た方がまだ良かったかも。」


心労を滲ませ言う母親を前にするとカーガスも畏る以外にない。


「甘えるなってのはその通りよ。本当どうするつもりなの、と聞きたいところだけどそれが答えられるならさっき言ってるでしょうね。話し合いはそのうち二人でじっくりやってもらうからもういいわ。それよりあなたの好きな力仕事を頼まれてちょうだい。」


納屋の方に視線を向けてミリアンヌが言う。


「さっきジュールが気づいたのだけれども、馬用の水桶が壊れてしまったようなの。そのうち修理するけどひとまず納屋に代わりがあったはずだから交換しといてくれる?新しいものへの水汲みもお願いね。」


「水桶な、分かった。」


体を動かせは少しは気も晴れるかと思いながらカーガスは作業着へと着替えに部屋へ向かう。あるいはそれを狙ってくれたのかともふと考えながら。



納屋に向かい、まずは作業道具置き場を探したガーガスだが目的の桶は見つからず裏手の倉庫側に向かう。念のため鍵を持ってきたことに満足しながら錠を外し戸を開けると埃臭い空気が舞った。

北側についた倉庫入り口から入る光は乏しいが南側の壁の高い位置にある小窓からは光が差し込み、空気に満ちる塵埃により光の軌跡がはっきりと見える。

古い家具や何が入っているかもよくわからない長櫃を基礎に埃のかぶった雑多な日用品などでできた山。カーガスはそれらを見渡し、その間の細道を歩きながら探していると壁際にそれらしきものを見つけた。

壁に立てかけられた桶は大きいが、母親の見立て通り無駄に筋肉を備えたカーガスであれば運べぬこともない。桶の周りのガラクタを退け、桶に抱きつくようにして持ち上げようと力を込めた時カーガスの指に鋭い痛みが走った。


「つっ……、しまったな。」


右手の指先には木の太いささくれが刺さっており、見れば木材の縁が大分痛みささくれている。彼が何の気なしに刺さった木を引き抜くと少量であるが血が雫となって指を伝った。痛みというより苛立ちに顔をしかめ指を軽く咥える。

何か桶を、掴む部分を覆えるものでもないかと辺りを見渡すと黄ばんだ布が目に入った。何か人の背丈ほどの大きさのものに被せてあるのだろう。ちょうどいいとその布を剥ぎ取るが、カーガスはその下から現れたものに目を奪われる。


それは棺だった。

黒く塗られた木材に厚みのある鉄材と鋲。ほぼ長方形の六角形でひどく堅牢そうなその見た目にカーガスは覚えがあった。単身魔領にて多くの砦を焼き、多くの将を打ち取り、ついには魔王と合い討った勇者トルエバ。その背に常にあった棺。つまりは勇者と血の繋がりしアルフレア家に伝わるまごうことなき勇者の遺品だった。

長らく薄れていたカーガスの記憶が蘇り、場所は定かではないが記憶の中で今より若い父親がカーガスと兄に語って聞かせる。


「お前たち、勇者様の二つ名は知ってるか。そう、”棺背負い”だ。なんとな、これはその勇者様が背負っていた棺正真正銘の本物だ!一応は勇者の親戚のアルフレア家に……ん?そうだウチが勇者と血が繋がっているのは前にも言っただろう!そして当然お前たちにも繋がっている訳だ。」


「まぁ色々面倒な経緯やらしきたりやらで預けられた勇者様のお品なんだが、残念ながら他のあれこれと違いこれははっきり言ってただの棺でな!ほら、中身も空っぽだ、ハハハ。でも凄いだろう?なんてったって“棺背負いの棺”だからな。」


しばし棺を見つめるカーガス。


「懐かしい。しかしこんな所になぁ。」


小さいつぶやきは納屋の空気に消え、カーガスの右手が棺に触れた。指の傷も忘れ、思い出をなぞるように棺の蓋に手をかける。軋んだ蝶番の音と共にそれが開いた時。


カーガスには時が止まったように感じられた。実際に止まったのはカーガスの意識だったが。


棺の中は空ではなかった。一粒の宝石を納めた小箱のように、臙脂色の内張りに包まれ収まっていたもの、それは一言で表すなら少女であった。

しかしてただの少女では無い。思わず目を見張る。その美しさは尋常のものではなかった。

線の細い顎から始まる小さな顔。頬の輪郭をたどっていくとそれはやがてぬらりと流れる黒曜石の煌き、艶やかな黒髪に隠れる。額を隠す黒曜から覗くはその微細な刃の砂で描いたかのような眉。その下の閉じられた目を縁取る密にけぶる睫毛は闇色の霜柱を思わせる。

そんな硬質で暗い印象の中で、すらりと通った鼻筋の下、僅かに開いた小さい唇の淡い色づきのみが暖かみを感じさせた。それら美しい造形が白い顔の上でどこまでも完璧に並んでいる。


面から視線を下らせれば一糸纏わぬその身が目に入る。

それは細い首から肩へ、鎖骨から続く柔らかに垂れる双丘、そして滑らかな腹からくびれた腰へと少女らしいたおやかな線を描く。その肌は産毛や毛穴をも感じさせぬつややかな白さで、もはや居間に飾られている渡来物の白磁を思わせた。

そう、それはある意味美術品の様に、人とは思えぬ美しさだった。


そして何より少女の全容を異様たらしめているのは、手足が、その四肢が見当たらぬことであった。その脚は太腿が短く残る程度、腕は肩は残してほぼ根元からすぱりと断ち切られたかのように途切れているが、それでいてその断面に当たる部分は元から手足などなかったかのように白い肌で覆われているのみである。


(何だ、これは。人形いやもしや人か?)


呆けたように立ち尽くし、非現実的な目の前の景色にカーガスの意識は揺れ動く。

それは人形と断ずるには生々し過ぎ、人と断ずるには異様過ぎた。人ならば何とかしなければならないが、この奇怪に触れるのは躊躇われる。ここは一度誰かを呼ぶか。そう思えば丁度、


「カーガスー。まだ納屋に居るかしら。」


聞こえてくる母親の呼び声。思案に囚われていた意識を引き戻され、驚きと同時に棺の蓋を閉めていた。それは倒錯的とも取れる異様な中身に対する無意識の負い目故の行動だろうか。

慌てて振り返ると同時に入り口へミリアンヌの影が見えた。


「あらこっちに居たのね。桶は見つかったかしら。」


「あ、ああ。有ったよ。これで良いんだろう?」


慌てて大桶を布ごしに持ち上げて見せるカーガス。ええ、それよそれ、とカーガスの落ち着かない様子に少し怪訝な顔をしつつ、納屋へ入ってきたミリアンヌの目が棺に止まる。


「あら、それ勇者様の棺じゃない。こんな不用心な所に置いちゃってまぁ。」


その言葉にカーガスは思い返す。そうだ、確認せねばと。ほんの数瞬前のこととはいえ、カーガスはこうして独りでなくなるとあの異様な景色など早くも白昼夢であったのではないかという思いに囚われつつあった。


「おかしなこと聞くかと思うかもしれないが、この棺は空で中身なんて入ってないんだよな。」


「ええそうね。まぁこれを誰かが長櫃代わりに使ったりしてなきゃですけど。」


そう、そのはずなのだ。しかし先ほど見たものは、決してそうではなかった。


「じゃあ、ちょっと説明し難いんだが……、これを見てくれ。」


カーガスは今になって痛み始めた右手を握りしめ、左手を棺の蓋にかけた。ミリアンヌもカーガスのただならぬ様子に身を硬くしている。


そしてカーガスが唾を飲み込み蓋をそっと開いた時、二人の目の前には、


ただ空の棺があった。

次でタイトルに追いつきます

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