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「……れ…………!……い………………!!起き……!!」
私を呼ぶ声がする。それは、いつか夢見た王子様からの優しい囁きなんかじゃなくて、鬼母の喧しい叫び声だ。
「れい……!起き……さ……!!」
でも、私はその声には応じない。
起きたら地獄に送り出されるから。このまま起きなかったら、母の性格上学校に「体調不良なので休みますぅ」って言う感じの電話をするからだ。
「玲子!!起きなさい!!」
ああ、段々ハッキリと聞こえてくるようになったな。
意識が覚醒し始めていると言う事だろう。
でも、何故だろうか?
意識が覚醒するにつれ、お腹のあたりが痛くなってくる。それに何か、体がぐっしょりと濡れているような感覚が……ハッ、まさか私、この年でお漏らしを……!?
それは完璧にマズイ、高校生にもなってお漏らしなど……!黒鵜玲子、一生の不覚!!
……あ、でも、お腹のあたりが痛いってことは……。月に一度のアレかもしれない。
あれ?でも、でも、そんな痛みじゃない。
よく聞いてみれば、母の声も、何かいつもと違う。
切羽詰まってると言うか、焦ってる感じ…………?
なんか、騒がしい。
ウチは森方面にあるから、朝はそんなに騒がしくない。テレビの音って感じでもない。
それじゃあ、なに?
痛いお腹に、濡れてる全身。
母の切羽詰まった声、おまけにとてもとても騒がしい周り。
薄目を開けてみてみると身体は赤く、粘着性のありそうな赤い液体で濡れている事がわかった。――血だ。
それにここ、ベッドじゃない。硬い硬い、コンクリートの上だ。前には、大きなトラックがある。
――あ、私轢かれちゃった?
この状況下でかなり呑気な感じの考えだが、実際はお腹が、全身が痛くて堪らない。
痛い。痛い。痛い。
涙が出てきそうなほど、痛い。
嗚呼嫌だ嫌だ、夢なら早く覚めてくれ。痛い、痛いんだ、ねえ。
頭の中でそう、ずっと考えて、目の前が暗くなるのを防いでいた。暗くなってしまったら、私はきっと死んでしまうのだろうと思った。
だけどもう、無理だった。開いた目は瞼の重さに耐えられず、とうとう閉じてしまって。言葉を紡いでいた頭も、もう何も考えられなくなっていく。
死にたくない、なんて言葉も出せない。何も何も思えない。
薄れゆく意識の中で、最後に聞こえたのは。
紛れもなく、私自身の声だった。
何も言葉を紡ぐ事が出来ない筈だった口から、最後の最期に零れおちた言葉は。
「――――××××××」
これ以上無い程くだらない言葉で、これ以上無い程聞きなれた言葉だった。