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親の想い

一巻販売記念SSです

 エルドが旅立った日の夜。

 少し寂しくなったダイニングテーブルで、ミリアルドとミッシェは久しぶりに二人きりの時間を過ごしていた。


「ふぅ、エルドちゃん今頃どの辺りかな?」

「馬車も一緒だし最初の町に到着した辺りじゃないか?」

「あの町ねぇ。あそこでエルドちゃん誘拐されたのよね」

「あの時は驚いたな。誘拐されたこともそうだが、あいつがあそこまで強いとは思わなかった」


 自分にアンジュを守らせて、一息に周囲の荒くれもの達をバッタバッタとなぎ倒していく自分の息子の姿を思い出しながら、ミリアルドは苦笑する。


「エルドちゃん、昔から突拍子もないことするものね。いつの間にか立ち上がったと思ったら、知らないうちに歩き回ってるし」


 本来ならば、掴まり立ちや初めての二足歩行などは、親にとって記念すべき日になるはずなのだが、二人はその姿を見逃していた。

 狩りに出かけているミリアルドはまだ理解できるのだが、まだ赤ん坊のエルドと四六時中一緒にいたはずのミッシェまでもがその姿を見逃しているのである。


「あの時はビックリしたわ。気づいたら私の後ろに立ってて、スカート引っ張るんだもの」

「ははは、外までミッシェの声が聞こえてきたからな」

「もう、恥ずかしいこと言わないでよ」

「思えば、あいつには驚かされっぱなしだったな」


 初めて立ったかと思えば、二人の気づかないうちに立ち上がれるようになっており、外に出始めたかと思えば、いつの間にか教えてもいないのに魔法を使えるようになっていた。

 本来ならば、親が自身の魔法を見せて、簡単な物から少しずつ練習させるはずなのだが、エルドが言うには親の使っている魔法を見て、自分で調べたり村長の家にあった本で学んでいたそうだ。

 いったい何をどうすればそんなことになるのか、ミリアルドにもミッシェにも理解できない。

 かと思えば、鳥を狩ってきたと森のはるか上空を飛び、降りてくることのないコバルトコンドルを持ち帰ってきたときもあった。

 コバルトコンドルは肉食で臭みが強いのであまり食べることは無いのだが、その羽は太く丈夫で羽ペンや衣装の飾りに人気なのだ。

 あれ一羽で、ミリアルドの家は一カ月分の食費を手に入れてしまった。


「他の子の話を聞いてると、エルドちゃんって子育てって感じじゃなかった気がするのよね」

「確かにそうだな。聞いていた話だと、夜泣きや我が儘も酷いと聞いていたんだが」

「いい子だったものね。まあ、いい子と言えばアンジュちゃんんもいい子だったけどね」

「村長が言うには、エルドがあやしていたって話だが」

「さすがにエルドちゃんでもそんなことは出来ないわよ」


 フフフと笑うミッシェだが、その表情はどこか固い。


「出来ないよね?」

「たぶん……」


 ただ自信をもって出来ないということはできなかった。

 ただあいつなら、そんな言葉が脳裏をよぎる。


「まあ、あれだけしっかりしていたんだ。向うに行っても、さほど心配しなくていいのは助かるがな」

「そうね、それに半年もすればアンジュちゃんも行くんでしょ?」

「村長が言うにはそうらしい。今日から猛勉強すると言っていた」


 一週間ほど前、アンジュはエルドに告白しフラれていた。

 その話を聞いたとき、ミリアルドは息子を殴り飛ばしに行こうとも思ったが、アンジュをフッた理由を聞いて何とか思いとどまった。

 ミリアルドとしてもエルドの理由は確かに理に適っていると思う。だが、それはただ理に適っているというだけで合って、女性の想いを考えに入れていない。

 自分が王都からこちらに来るとき、ミッシェから告白されたことを思い出しつつ、ミリアルドは苦笑する。


『もし不幸になるとしても、私はあなたの隣で不幸になりたい。あなたのことで悲しみたい。だから私はあなたに付いていくわ。それが私の幸せだから』


 エルドはまだ女性の想いの強さを知らない。それがどれほど強力なものか、ミリアルドはミッシェの言葉で嫌というほど思い知った。エルドも後数年もすればアンジュによって知ることになるだろう。


 案の定、そんな理由でフラれたアンジュが、エルドへの想いを諦めることはなかった。

 いつの間にか仲良くなっていたアルミュナーレ隊の隊員の人たちに推薦されて、半年後のアカデミー後期入試を受けることになっていたのだ。


「急に二人も抜けちゃうと、村が寂しくなるわね」


 無邪気な子供と呼べる年代は、この村ではエルドとアンジュの二人しかいなかった。

 まだ子供はいるが、最近走ることを覚えた子と、ハイハイが出来るようになった子ぐらいしかいない。年が離れているせいか、以前見かけたときは上の子が下の子の面倒を見ている感じだったため、二人で遊んでいたエルドたちとはまた印象が違う。


「今妊娠しているのは一人だけだったか?」

「エーナさんだけね」

「村長的にはもっと頑張ってほしいところなんだろうがな」


 その村長の家から、村を出て行ってしまう子が現れたのだ。強くは言えないのだろう。

 ミリアルドはそう思っていたのだが、ミッシェは何やら含みを持った笑みを浮かべている。


「それなら大丈夫じゃない?」

「なんでだ?」

「ふふ。ルネさんがね、アンジュがいなくなっちゃうなら、もう一人作らないとって張り切ってたもの。あの気合の入り方は、村長さんも大変よ」

「それはご愁傷さまだな」


 ミリアルドは一瞬ルネと言われて誰のことか迷ったが、すぐにアンジュの母親だと気づく。

 ルネは、村長とバランスをとるように勝ち気の強い女性だ。彼女に迫られたら、間違いなく村長は喰われる。


「それでね」


 そう言ってテーブル越しに身を乗り出してきたミッシェ。その手はいつの間にかミリアルドの手に重ねられていた。そして気づく。ミッシェの表情にいつも以上の艶があることに。


「私も、もう一人ぐらい――欲しいかなって」



 その十か月後。この辺境の村に、空前のベビーブームが訪れたのだった。


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