Lv.4‐セツナの胸中
本当は、怖い。
知らない世界で、一人になるのも、だからと言ってラーイさんに駄々をこねるのも、両方怖い。
『…………』
「このマントはセツナ用に術を組み替えたから、有る程度の熱さ寒さの中では平気だ。
ただし、炎や水その物を弾く訳ではないから、そこは注意するように」
『…………うん、注意、する』
分かる言葉を拾って返事をすると、ラーイさんは私にマントを纏わせてくれた。
丈が長くて、少し擦ってしまう感じになるのは、この際しょうがない…よね?後で手直ししようかと思う…出来る範囲で。
そして"パチリ"とマントの留め金に例のブローチを使われ、私はそっとそれを撫でた。
本来のブローチの無機質の冷たさと、私が握った事でほのかに温かくなったそれに、私はこれが夢ではなく現実なのだと…再認識した。
ブローチのデザインは…というか、本体に使っているのは琥珀の様で内部に良く分からないが"花"が沈んでいた。
本来は何色か分からないが、飴色の中に沈む花は不思議な魅力に溢れていた。
「…討伐が終わって、向こうに一緒に帰れたら、ピアス型の翻訳魔具を付けて異民族のセツナでもここでの生活し易い様にしてやるからな」
『…?まぐ?』
「そうだ。魔法道具で、俺達ともっと話せるように…」
『もっとお話?出来るの?…ラーイさん、ありがとう』
私の前に膝をついて、同じ目線でラーイさんは話してくれている。
怖いし、不安だし…本当は我が儘を言って彼らに付いて行きたいけど、私はへにゃり笑顔を作って我慢した。
『ラーイさん…達と、いっぱい…色々とお話、してみたいのです』
…私…もしかしたら、泣きそうなのかも。声、震えてないよね?
ああ、でも、ラーイさんのマントに伸ばした手は…震えちゃってる…。
そしてラーイさんは、私の震える手を覆いながら、更にゆっくりと言葉をくれた。
「…一応、この小屋に結界魔法を施してあげよう。
これはな、セツナ、俺達以外は君がこの小屋に"入る"のを許可しないと入れない仕様だから、不用意に相手に許可を出したり、"いらっしゃい"等の呼び込む言葉を口にしてはいけないよ?」
私はラーイさんの言葉に一つ、頷いて表情を引き締めた。
それから、食料倉庫や台所、他も好き使って良いと言われ、シンさんとフェンさんは最後に私に赤く仄かに輝く石をくれた。
『温かい…』
二人の話しによると、この石は炎属性を含んだ物らしい。
属性はあるけど、"魔力"の純度が低いんだって。
だから色々な加工に使うに当たって、本来は弾かれる物を、こうして…まぁ、カイロ代わりに使っているそうだ。
コレは炎属性だから、仄かに温かいけど、水なら冷たいのだそうだ。夏場に欲しいかも…。
私は二つの赤い石を服のポケットに入れて、シンさんとフェンさんにお礼を言った。
これがあれば、夜の冷え込みやこの雪山での寒さでも更に大丈夫。
突然現れた私にこんなに良くしてくれる三人に、私はとりあえずお礼と好意の笑顔しか向けられない。
だから…機会があれば、いつか恩返し、したいな…。
そんな思いが自然と私の中に、ぽわん、と生まれた。
―…そうして彼らは、私が知らない"雹竜討伐"の続きに旅立って行ってしまった。
私は段々を小さくなる彼らの背中を消えるまで見続けて…
「………本当に、帰って来て下さいね?」
本当に消えてから、ポツリと本当に言いたかった言葉を零した…。
それから私は、山小屋で一人で比較的平和に過ごしていた。
たまに身体の中が冷たくザワつくけど、それは気持ちを抑えていればいつの間にか消えていた。
私の中を探って行く…変な感覚。何かの"切欠"を探している様な…。でも、それが何か分からない。
…そんな奇妙な身体の変化と付き合って過ごし、留守番を始めて五日目の夜、私はあるものを発見した。
「犬…?狼…?」
雪嵐の中、ヨタヨタフラフラと身体を左右に揺らしながら覚束無い、スラリとした雪色の四足の動物。
本来なら「怖い」と感じそうなのに、私はそんな感情が湧かず、その動物を見続けた。
夜の雪嵐の中、そこだけが小屋の明かりを受けて不思議と鮮明に浮かび上がっている。
近いのに、遠い場所から見ている様な、奇妙な感覚。…怖くない…。
―トスッ…
あ。倒れた…。動かない…。どんどん雪に飲み込まれてく…。どんどん…雪色に消えていく………。
「………助けなきゃ…死んじゃう…?」
……そうだ…。私がここで助けなきゃ、あの動物は死んでしまうかも…!!
い、いや、確実に死んじゃうでしょ!!?
そんな考えが一気に脳内に押し寄せ、私はアタフタと窓越しに再び問題の動物を確認した。
雪の中から見えている耳…。って、もう頭部しか見えないのか!
―ぷるっ…
…耳が、動いた。頭を持ち上げようとしてる…。
もしかしたら、今…鳴いた…?
「……死なせちゃ、ダメ、だ…!」
…大げさかもしれないけど、私はその考えに行き着いた途端、吹雪へ繋がる小屋のドアを開けた。