彼女
ある日、バイトを終えて10時半頃に家に到着すると、ドアの外でもわかるほど大きい女性の声が聞こえた。
なかなか甲高く、若い感じがした。
「彼女か…」
確かに今朝、
「今日の帰りは11時くらい。まさるは?」
「たぶん今日は何もないし、7時くらいから帰ってますね」
とやりとりしたのだった。
失敗だった。
佳境に入っているのか、まだこれから突入するのか、正直経験の浅い僕にはわからなかったが、ここで家のドアをガチャリと開けるのはまずい。
……いや、あんなに叫んでれば、わからないか?
……いや、やっぱり悪い気がする。
僕はトボトボ引き返し、家で食べようと思っていたサンドイッチを頬張った上で、ファミレスに入った。
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「まさるくんってさ、彼女いるんだよね?」
「いや、それが最近別れたんですよね」
「え、そうなの?」
耳を疑った。何も気にしていないまさるは、引っ越してきてから毎朝お馴染みのシリアルを出してきて、ガツガツと食べ始めた。
「そもそもこの間まで一緒に住んでたんですよー。でもなんか、親厳しくて同居バレて。別れさせられて、挙句あいつ実家戻ったんすよね。栃木の」
「え、その、元カノさんはそれからは栃木からこっちまで学校通い?」
「そう、今は。大宮の大学で宇都宮からまあ1時間?前はバイト先が一緒で付き合う運びになったんですけど、まあもちろん辞めましたよね。僕は今も池袋のそのお店で働いてますけど」
「なんか大変なんだね」
昨晩の声は誰だったのか。牛乳をすすり終えると、彼はテーブルにあった葡萄をつまんだ。
「ゴミ箱からコンドーム見つける親って、相当っすよね。前は大学出たら結婚とか言ってたけど。事実上別れて、今はこれからどうするのかって感じで」
「事実上って、まだ関係続いてるのか。てか、親は別れたって思ってるってことは、まさるくん目付けられてるんじゃないの?」
「あー。でも誰と付き合ってたかとかわかってないみたいで。血上るとそういうの関係なくなっちゃうみたいで。とにかく何、結婚前は処女性を保つとか?残念ながら、ご承知の通り、もう処女じゃないんですが」
笑ったまま、まさるはドアに向かった。
「タイミング良いところで元カノの話聞き出してくれましたね、先輩!今日は実は、帰りませんっ。彼女のお姉ちゃんの家に、泊まりっす。お姉ちゃんはなんと、出張!」
「あ、へえ。え、ってホントに別れてるのそれ?」
「うーん、なんでしょうね。ま、じゃ、行ってきまーす」
彼はファッション性の高い、おしゃれな野球帽を被って出かけていった。
「気をつけてな」
どうしたら、あんなイケメンになれるんだろう。
食器を片付けていると、僕はあることに気づいた。
今晩は1人。そう、1人ということは、誰かを連れ込もう。
僕は闇雲に、そう思った。
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