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静かなアヴァンチュール - 2 -




1度だけ、ユキと別れ話をしたことがあった。


9月のある朝。


理由は、ごくつまらないことだった。


「なんでチケット取ってくれるっていったのに、忘れたの?まさるって私のことあんまり考えてないでしょ?」


ユキの好きなアイドル歌手グループのチケットを、まさるは取り忘れていた。というか、気づいた時には完売していたのだ。


「悪かったけど、でも人気なんだから、発売時刻にアクセスしても取れないこともあるって言ってたよな。お前」


「お前だって!ヒドイ。怒ったらユキっても呼んでくれない」


それから黙りこくったユキは、しばらくしてテレビ電話を切り、掛け直そうとしても受話しなかった。


「もういいか」


まさるは、SMSで『別れよう』とだけ送った。





その日の夕方。


高校時代のダチが、横浜のゲームセンターでナンパに付き合えと言っていた約束をすっぽかし、1人になったまさるが行ったのが、パシフィコの海が見えるデッキだった。


赤くなった空と静かな海を見つめる、白い帽子の女性がいた。


周囲にたくさん人はいたし、家族連れや恋人達に溢れていたが、そこに彼女はたった1人だった。


シックなすみれ色のワンピース、小さい何かのブランドのバッグ。


景色に溶け込んだ彼女は、どんな表情をしているかはわからなかったが、遠くから見てもとても綺麗だった


まさるは、理由のわからない心の高鳴りを横に、彼女の目の前を通り過ぎようとしていた。


「あの、」


彼女が言った。


「なにか、落とされました?」


本当はなにも落としてなかった。彼女の手にあったハンカチは、見るからに可愛い花柄のオンナ物だった。


「隣、いいですか?」




*******




ハンカチを使わなければならなかったの彼女の方だった。


理由はわからない。しかし、彼女は泣いていた。


硬く握りしめた白い手に、そっと手を重ねてみると、少しだけ口許が緩んだように見えた。


言葉はいらなかった。


それより海風と遠いカモメの声だけが、彼らを癒していた。


何時間経っただろう?


陽がすっぽり隠れた後、やっとまさるが口を割った。


「よかったら、お茶か、お夕食でも行きませんか?」



*******

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