静かなアヴァンチュール - 2 -
1度だけ、ユキと別れ話をしたことがあった。
9月のある朝。
理由は、ごくつまらないことだった。
「なんでチケット取ってくれるっていったのに、忘れたの?まさるって私のことあんまり考えてないでしょ?」
ユキの好きなアイドル歌手グループのチケットを、まさるは取り忘れていた。というか、気づいた時には完売していたのだ。
「悪かったけど、でも人気なんだから、発売時刻にアクセスしても取れないこともあるって言ってたよな。お前」
「お前だって!ヒドイ。怒ったらユキっても呼んでくれない」
それから黙りこくったユキは、しばらくしてテレビ電話を切り、掛け直そうとしても受話しなかった。
「もういいか」
まさるは、SMSで『別れよう』とだけ送った。
その日の夕方。
高校時代のダチが、横浜のゲームセンターでナンパに付き合えと言っていた約束をすっぽかし、1人になったまさるが行ったのが、パシフィコの海が見えるデッキだった。
赤くなった空と静かな海を見つめる、白い帽子の女性がいた。
周囲にたくさん人はいたし、家族連れや恋人達に溢れていたが、そこに彼女はたった1人だった。
シックなすみれ色のワンピース、小さい何かのブランドのバッグ。
景色に溶け込んだ彼女は、どんな表情をしているかはわからなかったが、遠くから見てもとても綺麗だった
まさるは、理由のわからない心の高鳴りを横に、彼女の目の前を通り過ぎようとしていた。
「あの、」
彼女が言った。
「なにか、落とされました?」
本当はなにも落としてなかった。彼女の手にあったハンカチは、見るからに可愛い花柄のオンナ物だった。
「隣、いいですか?」
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ハンカチを使わなければならなかったの彼女の方だった。
理由はわからない。しかし、彼女は泣いていた。
硬く握りしめた白い手に、そっと手を重ねてみると、少しだけ口許が緩んだように見えた。
言葉はいらなかった。
それより海風と遠いカモメの声だけが、彼らを癒していた。
何時間経っただろう?
陽がすっぽり隠れた後、やっとまさるが口を割った。
「よかったら、お茶か、お夕食でも行きませんか?」
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