静かなアヴァンチュール - 1 -
まさるにとってのユキは、遊びだったのかもしれない。彼は本気だと思っていた自分の心を、次第にシフトしていた。
本当は、最初から本気ではなかったかもしれない。彼は、最近になってそう思い返す時があった。
見た目は可愛い、趣味も合う。悪いところは、ちょっとワガママなところくらい。
それでも本気になれなくなった理由とは…?
「ごめんね、まさるくん。待たせた?」
「大丈夫です。僕も今来たところですよ」
サチは、シングルマザーだった。
それなのに、1人でこうして週に1度まさるに会っていていいのか…。
それは、まさるがサチに言えないでいることの1つだった。
子供が保育園に行っていて、仕事が休みになった週の1日の息抜きは、至って普通のことであろうか。
少しでも長く子供と共に…。それは理想であって、それに縛られた母親はストレスで子供に暴力を振るう。ならば、息抜きも必要なのか。
シングルマザーの苦悩は、男の自分にはわかるまい。例え、自分の母がシングルだったと言っても。それより彼女は、弱冠18歳の自分に、何故こんなにまで興味を持っているのだろう。
まさるは彼女と待ち合わせする度に、同じ自問自答をするのだった。
「りゅうじ君は元気にしてますか?」
「ええ。今日の朝なんて、駄々こねてパンを倍食べたのよ!あれじゃ太るわ。でも元気!」
サチの一人息子は、今日も保育園に預けられていた。
りゅうじ君ができた経緯、シングルマザーを選んだ理由、真に迫ったことをなにも聞けないでいたが、まさるには彼女の子が不義の子だろうと何だろうと構わなかった。
「保育園の先生がね、りゅうじは最近リサちゃんとばっかり一緒にいて、『将来僕は、ママと結婚して、リサちゃんとも結婚して、3人で暮らす』って言ってるって。あの子ったら、頭ん中どうなってるんだろうね」
笑ったサチの目尻には、ユキにはない、少しの小さなシワが見えた。
そんなたわいもないことが、まさるの目にはなぜか魅力的に見えた。
「ママのことを先に言うってことは、ママの幸せを先に考えている…ってことですよ。きっと」
「あははっ。相変わらず上手いわね」
2人のデートは、横浜が多かった。出会ったのが横浜だったからだろう。しかし、今日の2人は珍しく六本木にいた。
「美術展なんてオシャレね。まさるくん」
「気分です。でも、平日で空いてそうだし、いいかなって」
「すごく素敵」
フランス印象派の絵が、海外から特別展示でやってきていた。絵を見る人々は、まるで遠い国に旅行しているような優雅な気分を味わっていた。
「サチさんは、いつか再婚されたりするんですか?りゅうじ君と…」
「え、うーん。今の同居人の、あのりゅうじと?うーん。どうかしらねー」
はぐらかすのが好きなようで、サチの真実は、いつも森の奥だった。
これが大人の女性というものか。
「そういうまさるくんこそ、彼女とか作らないの?大学とかいっぱい可愛い子に言い寄られるでしょ?」
「ないっすね。そんなモテませんよ」
ほんの一瞬だけ別れていた時に出会ったサチには、ユキの存在は明かしてなかった。
「モテたいなぁ」
「え、今でも十分モテてるわよ」
サチはまさると急に手をつないで、次の部屋へとリードした。そこには、愛し合う男女が描かれた大きな絵が置かれていた。
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