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ナルな攻略対象がフェードアウト計画を立てる傍らで、じっと彼を見詰める王太子と彼の弟。

作者: 呉羽

続編を、と有難いお言葉をいただきましたが、どうにもこうにもこれが限界でした。

「―――兄上!」


 呼ばれ、振り返った。

 揃いの、けれども私とは違って父上に似たくせ毛の銀髪。それをふわふわと跳ねさせながら駆け寄ってくるのは弟で、私は振り返ったことを後悔しつつあった。





 私は、リォエイラ・シルヴェイシアス。“前”の記憶という、何とも奇っ怪なものを所有するただのフェードアウト予定の攻略対象キャラクターである。

 元々、私――“リォエイラ・シルヴェイシアス”というキャラクターは、自己陶酔しがちなナルシストとしてキャラ設定されていた。それは両親に愛されたいが故に発症したもので、ついでに言えば髪をいじる癖なんかもあったりした。それらは全て、“前”を思い出した今となっては不要な代償行為。故に、最近では髪をいじる癖もなくなり、鏡を見つめては時間を費やすということもなくなった。以前まで矢鱈と時間を掛けていた入浴や着替え、身嗜みもそろそろ適当になりかけている。何故ならただひたすら面倒くさい。びっくりするくらい面倒くさい。なんであんなに時間かけていたんだ? って真顔で問い詰めたいくらいには意味が分からなくて面倒くさい。

 ――なんてことを、弟が足を止めるまで延々と考えていたのはただの現実逃避だった。当たり前だが、何も知らない弟はきょとんと不思議そうな顔をして、黙したままの私に首を傾げる。


「兄上?」


 このまま呆けていてはせっかく追い出した天井に潜む使用人たちが舞い戻ってきてしまうかもしれない。そんなのは御免だ。

 にこり、いつも通りの表情を作って何でもないと誤魔化す。父上の性格を引いたのか、素直な弟は私の言葉を額面通りに受け取り、疑うことを知らない口調で「そうですか。」と笑う。

 有るような無いような罪悪感が疼いた。


「それで? 何か、用があるのかな?」

「あ、はい!少しお訊きしたいことがありまして……。」


 今のところ、フェードアウト計画はそれなりに順調と言えるだろう。その一とその五は今はまだどうにもなっていないが、それ以外はそれなりにどうにかなっているのが現状である。

 例えば、二と三の、王太子と弟とは最近あまり長話をしなくなった。会話をすると言っても、一言二言で切り上げ、長くても三言くらいまでにしている。最初の王太子は珍しくもポーカーフェイスのような笑顔を崩し掛けたが、それだけで、それ以降は私のやり方に沿う話し方をしてくれるようになった。弟とも、今のように質問以外では出来得る限り会話はしていない。かといってあからさまに避けるようなことはせず、今まで興味のない他人にしていたように一歩引いたところで話をするようになった。王太子はやはり気づいたのか、ほんの少しだけ眉を歪めていたが。

 計画四であるナルシストは辞めましょう、も特に問題はない。恙無く実行できている。むしろ計画に入れて良かった、入ってなかったら入れていただろう自分を思い浮かべる。

 六、八に関してはまだまだ余地が有りすぎるが、七に関しては成功している。だからこそ、成功した七をもう一度やる必要を無くすためにも、天井に潜む使用人が必要だと思われるような振る舞いは正すべきである。それに、天井から見張られていては平民、庶民と呼ばれる彼らの生活を学ぶ時間がごりごりと削られる。それは困る。私は喫茶店でアルバイトがしたいのだから。そして頂いた給金でパン屋に行き、花屋は通り過ぎて何の柵もないただびととして生きるのだ。

 そのためには、正体が怪しまれるようなことは出来る限り最低限にするべきだ。バレたくはない。私はただ、静かに、穏やかに、平和に。人の温もりや暖かみが感じられる場所で生きたいだけなのだから。その望みを叶えるには、この身分は分不相応。邪魔すぎる。どうせ家督は弟に譲るつもりであるし、そもそも継ごうだなんて思ってもいないし望んでもいない。―――私は、ただ。

 当たり前のことに笑って、当たり前のことに泣いて、愛情が欲しいと素直に乞う存在の側にいきたい。その近くで、きっと一生満たされないだろう渇きを癒したい。自分勝手だろう。こんなものは自己満足でしかないだろう。けれど、それでいいのだ。それで十分なのだ。

 せめて、五年。私は、平々凡々とした暮らしをしてみたい。

 その後ならば、いくらでも貴族としての役割を果たすから。せめて、五年程度。私は、静かな自由が欲しい。


「兄上? どうされました?」

「ああ、いや、何でもないよ。その件はね――……。」


 やはり、どうやら少しだけ長くなりそうな会話に、失敗したなあと私は天を仰ぎたくなった。


 





ーーーー



 リォエイラ――僕にとっては、兄上。その人が居なくなってしまう。

 言い出したのは、唯一兄だけに心を開いていた王太子だった。透き通るような白い肌は兄にも負けておらず、けれども兄よりは健康的な白を保っている。蜂蜜のような甘い色の瞳は、一心に兄だけに注がれていることを知っていた。


「……兄上が?」

「ああ。……気が付かないか。」


 兆候は、と言われ。ふと、最近、あまり話が続かないことを思い出した。迷いながらも口を開けば、王太子は呆れたような顔をした。やはり、気にしすぎか。

 そう、安堵しかけたのだけど。


「莫迦か、貴様は。どう考えてもそれだろう。」


 罵倒された。

 思わず返答に詰まり、無意識に眉を寄せた。そんな僕に呆れを滲ませた溜め息を吐き、王太子の側付きが淹れた紅茶を口に含む。そうしてティーカップを音も立てずに置き、気だるげに彼は足を組んだ。

 行儀が悪い。思いはしても、指摘するような真似はしない。そんなことが許されるのは彼の父親である国王や兄上だけだ。兄上の弟でも、僕は許されない。同じ従兄弟という立場であっても、王太子の捉えている感覚はまるっきり違う。僕だってそうだ。僕が教えを乞う相手は、もう兄上だけだ。互いが好きすぎる、未だ子どもを産んでいい間柄じゃなかった両親に頼る気はしないし、あからさまに僕へ鋭い眼差しを送ってくる王太子へ頼るつもりもない。

 だいたい、この王太子。少々粘着質だと思う。主に兄上に対して。

 他のことに関してはどうでもよさげなくせに、兄上に関することは並々ならぬ執着を見せる。正直、兄上は僕の兄上ですって言い放ちたいくらい、この王太子は兄上に執着している。


「……兄上が居なくなるなんて、いやだな。」

「全くもって同意だ。アレには、俺の右腕になってもらわねばならないのだから。」

「勝手に決めないでくださいよ。兄上は貴方のものじゃない。」

「知っている。だからこそ、立場で縛るのだ。」

「……臆病ですね。」

「煩い。……アレは、容易く俺を置いていく。何の躊躇もなく、お前に俺を押し付け、俺にお前を押し付けて自分は一人で姿を消すのだろう。」

「……兄上らしいや。」

「そうだ。が、俺はアレを逃がす気はないぞ。」

「だから、まだ早いって言う周りの反対を押し切って学園に入学したんですよね。」

「……ああ。少しくらい、何も腹に含まずに側に近づきたかったからな。まあ、この様ではあまり成果は出ていないようだが。」


 僕より一つ上の、王太子。彼は珍しくも困ったように弛く微笑み、組んだ足の上に頬杖をついた。蜂蜜色の瞳が僅かに翳っている。俯きがちになった王太子の金糸が白い頬に陰を作り、蜂蜜色はさらに翳りを帯びる。

 基本的に仮面のように笑みを保っている王太子は、兄に対してのみ本当に笑っていることがある。その横顔は常に楽しそうで、嬉しそうで。話せることが単純にしあわせなのだと物語っている。その時ばかりは彼を囲う雰囲気が特段に柔和で、それを察する周りの生徒たちは彼のしあわせを壊してしまわないように、邪魔してしまわないように一定の距離を作る。それを視認するたび、王太子も兄上も好かれているんだと思わされる。中には権力だとか将来のこととかを考えて、打算的に動いている人だっているかもしれない。むしろいない方が可笑しいだろう。

 けれど、王太子はそれでいいと言う。その打算が裏目に出ず、良い効果を引き出そうとしているのならば。貴族同士で繋がるために、十分に利用してくれて構わない、と。少しだけ楽しげに唇を歪めるその様子は、悪巧みをする魔王のようだった。兄上には決して見せないだろうその表情を見せられている僕は、ある意味で王太子の特別枠にめり込んでいるのかもしれない。考え、あまり嬉しくないことに気づいて気付かないふりで一度、瞬きをした。

 切り換える。

 どうするおつもりですか、と置いていかれることに怯える王太子へ投げ掛けた。彼は静かに目線を上げ、どうしたものかな、と嘯く。

 その、感情が。

 ただの友情ではないことを、僕は知っている。

 かといって、道ならぬ感情ではないことも、何となく分かっている。

 何とも言い表せない、そんな感情。王太子の兄上に向ける感情と執着は、敢えて言うのならば独占したいお気に入りのものへと向けるものだ。勿論、兄上は物ではないし、きっとそれだけではないのだろうけど。だけど、有り体に、敢えてありきたりの言葉で言い表すのならば、それが一番ぴったりくるのだ。


「……失いたくないな。」


 ぼそり。ころがり落ちたそれこそが、王太子にとって全てなのだろう。偽りのない、ただ一つの本心なのだろう。たったそれだけの、ことばにしてしまえば一言で収まってしまう、けれども彼が頭をフル回転してずっと考えている、こと。

 彼にとっては何物にも代えがたい、ただひとつのねがいごと。



 兄上、と、ここにはいない人へと語りかけてみる。勿論応えはない。それでも僕は続ける。

 きっと、容易には逃げ出せませんよ、と。

 粘着質に兄上に執着している王太子が本気を出して阻止すると思いますから。

 それでも逃げたいときは言ってください。

 僕を頼ってくれるのなら、僕は、全力で貴方のために動きますから。きっとそれは、王太子だって“そう”なんですよ。

 兄上が一人でどこかへ行こうとするから、誰にも、王太子にも言わずに行こうとするものだから。

 だから、王太子は兄上を邪魔することだけを考える。考えて、いる。

 優しい優しい僕の自慢の兄上。

 下手くそに笑った貴方の顔を覚えています。

 僕はまだ幼かったけれど、父上の腕のなから見下ろした貴方は、いつだって苦しそうでした。寂しそうでした。愛されたがって、喘いでいるようでした。

 気のせいかな。

 僕の気にしすぎですか?


 ―――兄上、どうか。

 せめて、一人で泣くことだけは止めてくださいね。もしも貴方が泣いているのを見つけたら、泣きそうなのを見つけたら。

 僕が全力で、貴方へ抱き着くから。




 だからもう、下手くそな笑顔で壁を作るのは止めてください。

お疲れ様でした。


読了ありがとうございます。

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