毒医者ライアー
「――あれ」
ゆっくり瞳を開けると、側には様々な器具と繋がっている合成樹脂バックに、ガラス瓶。
その先にあるチューブと繋がっている自分。
心拍数を計る、ぴっぴっと鳴る昔からのアナログな機械もあって、僕は一瞬で夢から醒めた。
「な、何ここ!?」
僕はベッドに横になっていると思ったら、そのベッドの周りにあるのが体に悪そうな色のものばかり!
「おい、動くな、最初から行程をやり直しにしなきゃいけなくなる。まずはその空気を吸え。深呼吸してから、話せ」
「え?」
「早く。モルモットとしてきたんだろ? テメェは」
声の主は……ライアーだ。機嫌悪そうに、醤油せんべいをばりばりと食べている。
あまりにも声が真面目だったから、言うとおりにしたほうがいい予感がして、僕は深呼吸を三回する。
すると体が一気に浮いたみたいに楽になるから、驚いて男を見つめる。
「よし、体が慣れたな? ワクチン以外にもこういう手があるんだなー、へぇー」
ライアーは外国語で何かをメモして、パソコンに書き込んでいる。
ライアーの机はいかにも医者だ、と田舎者の僕でも判りやすいくらいのものだった。
「何だったの、さっきの……」
「ああ? あれは毒だ」
「毒?! アンタ医者じゃないのか!?」
「医者だ、ただ正規の医者じゃない。毒医者だ、毒を使って患者を治す。此処はオレの実験用の拠点でな、オレみたいに毒に慣れてないと一般人はワクチン打ってないと死ぬわけ」
「はぁ!? 殺されるとこだったの!?」
「実験体だ、何をされようと文句言えないだろ? 盗聴器で聞いたし、テメェのこと。御劔家を調べたい為に、オレの弱み握ろうって? 笑わせてくれる!」
おいおい……探偵さん、貴方の目論見この人に全部ばれてるんですけど。
しかも僕殺されるところだったとか……一気に背筋に悪寒が走って、ぞっとする。
ぞっとして視線を反らそうとしたのに、できなかったのは、ライアーには人を魅了させる力があるみたいだ。
ライアーの目は、悪の色だって判っているのに、ぞっとするほどかっこよくて、見つめていたくなる。
「サソリに、蛙に、コウモリに、ネズミに、蛇。それだけでもテメェは耐えられなさそうだなァ? テメェにとっちゃ無駄足だったが、そんなの関係ねぇ。世の中は狡猾なんだって知れてよかったねーぼく?」
「……――くっそ……何で……」
「何でって、騙される奴がいるから、騙す奴がいる。簡単な理屈だろ? そういう弱い奴らを足蹴にして絨毯にして暮らしていくのが、オレら強い奴の愉しみなんだよ」
僕が黙り込んで睨み付けても、益々愉悦の笑みを浮かべるライアー。
ライアーは蟻の通路を塞いで虐げる瞬間の、陰湿な片笑みだった。
「可哀想な子、にしても一体何しに御劔家に会いにきたわけ?」
「騙す奴に、教える義理はない」
「それは、これと関係あるわけ? 天女の末裔」
ライアーは懐から、羽衣を取り出して見せつけてにやにやと嗤っている。
僕は焦って、手を伸ばして「返せ!」と怒鳴って暴れようとするが、毒が頭に回りくらくらとする。
「――返せ」
「……道明寺家っていったら天女だよなァ? 天女が嫁入りしたっていう、世界で二つしかない家の……道明寺家は、武士の家だった筈だが、闘わなかったのか?」
「いいから、返せ!」
「闘わないで、守って貰って逃げて、御劔家に泣きでも入れて助けてって頼んでこいとか言われたのか?」
「そうだよ、僕は戦えなかった!」
ライアーを殴ろうとしたが、ライアーはひらりと距離を取って、椅子に座り直した。
羽衣をひらひらと片手に浮かばせる、羽衣は重力なんて無いようにふわふわと空中を舞っている。
「戦えなかったって、誇りより捨てられないもんでもあったのか?」
「怖かった、殺されるのが怖かっただけだ! 僕はどうせ何もできなかった臆病者だよ!」
僕は泣き叫ぶようにライアーに訴えた。
こんな男に何を言ったって通じないだろうに、僕は大声を気づけばあげていた。
「あんたには分からないだろ、死が目の前に見えた恐怖なんて! 誇りを守って死ぬことができるのが武士なんて、僕には信じられなかったよ! だって、怖いんだ。今にも喋れなくなるのも、笑えなくなるのも、未来が妄想できなくなるのも!」
「――命がこの世で一番大事だと?」
「それ以外何があるんだよ!」
「……それ以外の何かがあるから、テメェは死の恐怖を超えてまで、御劔を探そうとしてんじゃねーの?」
ライアーの言葉は僕の心を深く抉る――そうだ、兄が託してくれた思いをこのまま死なせたくないんだ。
兄の思いを、抱えている。
「……でも怖いんだ」
「じゃあやめれば? そうだ、この布高く売ってきてやるよ、それで帰れ」
「――駄目だ。ここで帰るわけにはいかない」
「命が一番大事なのに?」
「……僕にとっての命とは、人の思いだ。人の思いを殺したくない。僕は、兄さんに託されたんだ――だから、その布を返してよ」
ここで返してくれなかったら、刺し違える覚悟だった。
だってライアーは僕をからかっているのは、誰にだって分かる。
ライアーの戯れで、僕の信念を問うているだけなんだ。まじめに答える必要はない。
ライアーは、ほんの少し何か思案を巡らせてから、僕に羽衣を返してくれた。
「オレはな、この国の侍だと認めてるやつが、二人いる。一人は、いくら田舎武士であろうと江戸にきたら看板くらい見かける、木崎の嫡子だ。もう一人は誰だか分かるか?」
「……僕をからかうのはもうよしてくれよ」
「からかいで終わらせるかどうかは、テメェ次第だ。これから与える三つの毒に耐えたら、御劔に会わせてやる。オレには御劔と会えるコネがあるんだよ」
……ライアーの言葉は、選択肢を与えているようで、絶対に選ぶ回答は決まっているもので。
そんなのは、選択肢じゃない。隙間なく、三つの毒に耐えなきゃいけない試練を示している。
僕は羽衣を握りしめて、頷いた。
「耐えたら、テメェも侍だって認めてやるよ、ジャパニーズ」




