化け物の温情伴う同情
人間であることが幸せだと誰が決めたのだろう
ライアーはもう動かない。怜さんがライアーに近づこうとするが、栞奈が弓矢を構えて、怜さんを威嚇する。
「頸目の贋作なんかに言われるよりは、マシだけど――そうね、殺すのが少し惜しいわ。人間ども特有の人間が勝っているという価値観を変えたくなったわ。いいわ、チャンスをあげましょう。八葉様にも、花嫁には心の準備が必要だって言えば判ってくださるわ。十日後で道明寺の坊やにだけ、八葉様と一対一で戦わせるチャンスをあげる。それまでに刺客は送るけど、それで死んだら貴方達はそれまで。お互い情報が未知数だし、いい取引だと思わない? 御劔家の坊や」
「……条件があるんだろ、綾さんの人質以外に」
御劔様は栞奈をじっとりと睨み付ける――栞奈は、美しい笑みを携えてライアーの頭をひっつかんだ。
「この男の弱味、私達を見下す根性をたたき直すの――どの種族も人間になりたいなんて酷い傲慢よ」
ライアーの頭をひっつかんだ後に、その頭を地面へ叩きつける。意識がないのが栞奈は不満のようだった。
「……綾さんを傷つけるな。ライアーは綾さんへの思いが高ぶると、死んでしまう。ライアーが死んでも、綾さんが死んでも、その瞬間アンタが死ぬのを覚悟してろよ。いや、アンタだけじゃない、あの大蛇も……」
「……口だけは、一丁前に育ったわね、牛の坊や? そう、じゃああの僧侶を傷つける動画を送るわ」
女性は警戒を解き、にやりと笑ってからライアーを思い切り蹴って去って行った。
――御劔様を振り返る。御劔様を見やると、悔しさが表情に思い切り表れていた。唇を噛みきっていて、血がつつーっと垂れていた。
怜さんがぼろぼろの体のまま、御劔様へ近づいて、頸の目がかっと見開くと弓矢は消え去った。
「――君、を、守りたい、のに」
怜さんは、ぎっと奥歯を噛み、御劔様の手を掴んで座り込む。肩でぜぃぜぃと呼吸をしていて、力を振り絞って僕らを弓矢から解放してくれたのだと知る。
怜さんもライアーも未だに弓矢を負っているのに。
唸るような声で、怜さんは体裁を取り繕うのさえ忘れて、御劔様の手を握りしめる。
「君、を守る力が欲しくても、いつも手に入らない」
「怜、大丈夫か、怜?」
御劔様がしゃがみ込んで、怜さんの視線と合わせるようにする。
心底心配そうな御劔様の姿は、傷ついた村人を癒やす天女の姿を彷彿とさせた。
「君、だけを、守りたいのに――何故、力が君のように手に入らないのだろう」
怜さんの泣き入りそうな声が、場に溶けると御劔様は笑みを浮かべた。
「俺が怜を守りたいからだよ」
御劔様は、さて、と僕へ振り返る。
「君を鍛えないと。君の手で大蛇を倒せるチャンスだぞ」
「そんな……貴方達でも勝てないのに……」
「――オレだけは勝てるよ。オレはあいつの真名を知っている。でも、名前を解放するのは、……できれば避けたい」
「どうして?」
「――君の手で、仇を取れるチャンスをくれた、向こうがわざわざ。どうしてか、なんて今はまだ考えなくていい。今は兎に角強くなろう。俺の刀になってくれるなら、君にも手伝って欲しい。綾さんを取り返すのを」
「……――僕は……」
兄さんの思いを、御劔様に託して任せるのではなく、もしも自分で晴らすことができたとしたら?
僕は本当に強くなれるか、なんて不安に思うな――御劔様の瞳が物語っている。
不安に思うとすれば、これから毎日襲い来るだろう筋肉痛への不安だけだ。
怖くても怖くても、僕は武士の家の者だ――。一度は、竹刀を手に取った者だ。
あの時怖くて動けなかった無念を晴らせると言うのなら――!
頷くところなんだろうけれど――僕はかっこ悪くも、半泣きで「おねがいしまぁす!」と叫んでしまったんだ。
怜さんがようやく敵意無く笑った気配がした。




