タイムリープ彼女の不運
蝉がうるさい。
もう8月31日が終わるのにも関わらず、だるような暑さと真っ赤な血のように沈みゆく太陽の中で、今まで誰にも見つかること無くその機械はあった。
雑草が伸び放題伸びた堤防に、雑草に隠されるよう、手のひらサイズの四角い金属は夕陽を吸い込むように川の流れる音を反射するように真っ黒く輝いていた。
その装置はタイムマシン。
未だ人類が創ることの出来ないその圧倒的な能力を秘めたそれは、今まさに発見者に出会い、そして壊されようとしていた。
「まったく、夏休み最後が弟の子守だなんて、まーもうこれで終わりか。夏休み、ずっと終わらなきゃいいのに。」
呟いたのは今年で5歳になる女の子。流行りのクマがキレてるようなキャラクターがムスっと片手を上げたTシャツにふわっとした水色のスカート。
類い稀なる美少女だった。
「なんだろ、これ。」
長いツインテールを傾けて顔の前に拾い上げるとどこかからとうふ売りのトラックのサイレンがした。
「……。」
「ねーねー、ぼくもー。」
子分のように付いてきた弟が触りたそうにしていたがそんなのを気にせず女の子は装置をいじくり出す。
「ねーねー、ぼくにもー。」
「…………。」
「ねーねー、ってばー。」
弟を無視して横側のピカピカ青色に光っていたスイッチを押し込むと装置は肌がビリビリするくらいの音量で警告音を立てながらよくわからない言葉でしゃべり出した。
「きゃー、しゃべったー。」
「ぎゃああああああああああああ!!」
楽しそうな女の子に対して弟はガチでびびってぎゃんぎゃん泣き出す。
「まったくもー、うるさい。」
とつぶやきながら女の子は装置の真ん中の赤く光る丸いボタンをグリグリ押し込む。
と、途端に音は止んで周りは急に静かになった。さっきまで遠くで鳴いていた蝉の声も聞こえない。
なにより、弟の泣き声が全く聞こえなくなった。
振り返るとさっきまでの弟の格好によく似た石像が立っていた。
「えっ?」
そして周りの景色も一変していた。雑草も真っ白くなり、川の水はまるでガラスのように冷たく光る。なにより不気味だったのは太陽がドロドロした紫になっていたこと。
「えっ、えっ?なにこれ?」
手に持っていた装置を投げ捨てて石像を触る。ひんやりと硬い感触。
そして投げ捨てた装置が地面に辿り着くと、取り返しのつかない音を立てた。
混乱する女の子が驚きではなく怯えからくる声を出したそのとき、遠くで何かが割れる高い音がした。
慌てて振り向くと空がヒビ割れ始め、だんだんこっちの方へ近付いてくる。
えっ?今までのは?えっ?この世界はなに?
慌てているうちにもヒビ割れはどんどん近付いてくる。
逃げなきゃ!危ない!弟!
まとまらない考えが頭をぐるぐる回す。
弟の形をした石像を引っ張っても女の子には重い。
石像から手を離さないまま近付いてくるヒビ割れを眺めながら女の子は、ああ、これが死ぬってことか。となぜか思った。
ヒビ割れは止まることなくすべてを飲み込み、そして女の子は消えた。
目を開けるといつもの天井だった。
パンが焼ける香ばしい匂い。1階ではお母さんが朝飯だから早くおりてきなさーい、と呼んでいるのが聞こえた。
弟はぐずぐず言いながら横で寝ているのが見えるし、そとはもう快晴だった。
今日から学校か。久々にやな夢見たわー。と言って伸びをしようとして、体が動かなかった。
体が思うように動かない。まるで自分の体じゃないみたいに感じる。
「はーい、いまいくー。ほらあんたも起きな。」
口から出たのは自分によく似た声。
でもどこかで聞いたことのある言葉だった。
そして、1日は繰り返され、夕方。
巻き戻されて朝へもどる。
何周しても何しても同じ何周しても何しても同じ同じことを繰り返さなきゃいけないから、同じことを繰り返す。
繰り返すごとに少女の心はすりへっていった。死にたくない。
そんな中、思うことだけは自由であったが、思っている彼女もまた昨日の彼女であり明日の彼女であり今日の彼女である。
動かせない体が諦めを生み、諦めが彼女の心を平にしていった
そうして彼女は考えることをやめて過去の自分をなぞるだけの機械となっていった。
ヒビ割れに飲み込まれ過去に戻る
行動をなぞる
ヒビ割れに飲み込まれ過去に戻る
行動をなぞる
ヒビ割れに飲み込まれ過去に戻る
行動をなぞる
ヒビ割れに飲み込まれ過去に戻る
行動をなぞる
どうしてもヒビ割れから先に行けない
次に消えるの はわたしだ
そして何周も何周もしたあといつものように初めてヒビ割れに飲み込まれるその時、
「よう、元気か。」
場違いに楽しそうな声がした
彼女の前に
あらわれたのは 知らない女の人、彼女は混乱した、なぜならこんなこと初めてだったからだ。
今日起きることで私が知らないことは完全にない。
つまり これは私が私の中の何かを使い果たしてとうとう、消える時が来たのだ。と。
だから返事なんかしても無駄だ。幻覚なんだ、と。
「助けて欲しいか?」
だからもうほっといてよ。
もうすぐ私は消えるんだから。
しかし その女の人は言った。
「あきらめるな 私
お前がしているのはタイムリープ
タイムトラベルでもタイムジャンプでもない
今の力じゃあ無理 でも未来の力なら可能かと思わないか
どうにもできないなら誰かにたよるんだ
こうして私は成功した。その結果が今ここにいるってことなんだ
あきらめるな
どうにもできないなら助けてやる
助けて欲しいならそう叫べ!」
その時彼女中にあふれたのは
喜びと怒りであった
なぜもっと早く来なかったのか
なぜ解決策を教えてくれないのか
なぜ私は消えていないのか
彼女は叫ぶ
なら今すぐ助かる方法を教えてよ
そして 女は言う
「気持ちは言葉にしろ!
それが生きるっちゅーことだ!」
そして彼女はつぶやく
そんなの分かんないよ
わたしは考える
わたしはまだ消えたくない
わたしは明日がどうなってるのか知りたい
わたしははじめてをはじめてと言いたい!
「たすけて。」
かすれた声が自分の口からこぼれた。
その事実に女の子は驚き、口を抑えて動いていることを確認した。涙が流れる。
そんな彼女にかまわず女は楽しそうにただ一言、
「任せろ!」
そして続ける。
「助けるにはお前の力が必要だ、助かるための努力をするんだ、なぁに、お前ならできる!大丈夫だ!
これから先の未来のことは誰にも分からない。でもな!
私がここにいる!それが答えだ!」
女の子によく似た女の人が悪い顔で笑う。
「太陽に向かって走れ。
弟のことなら気にすんな。この私が直々に助けてやる。
まったく、ただで助けてやるなんて大サービスなんだぜ?これがほんとの家族サービスってやつだ!
ほんとは助けたくねーんだけどな!あっはっは!
まぁなんだ。任せとけ。ほら、振り返らず走れ!」
走る、走る。
自分の足を自分で動かすなんて何週間ぶりだろうか。
もつれそうになる足を必死に抑えて前へ進む。
生きたい、生きたい、生きたい!
未来へ!未来へ!…………明日へ!
「だああああああああああああ!」
そして世界は反転した。
気付くといつの間にか立ち尽くしていた。
さっきまで全力で走っていたのに。
「ねーねー、どーした?」
振り返ると、弟が服を引っ張っていた。
新しい時間に飛び込めたのか。
なぜか涙が止まらなくなって女の子は弟をぎゅっと抱きしめてただただ静かに泣く。
「ねーねー、大丈夫?どっかいたい?」
この柔らかな塊をはなさないようにもう一度ぎゅっと抱きしめ、女の子は弟の顔を見る。
「帰ろっか?」
「うん。」
暖かな太陽がいままさに沈み、優しい風が吹く。
もう秋はすぐそこまで来ていた。