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白銀の魔法使いの愛弟子  作者: 緑青海雫
第1章 ある少年と薔薇の話し
9/23

薔薇の谷に降り積もる花びら。


気合を入れて書いたので(笑)、今回は少し長いです。

お待たせしました!

薔薇のお話、一応完了です!

 


 寝室は一面、白一色であった。


 とても細く儚い糸。

 よくよく見れば、それは魔力が纏った銀色に輝く糸であった。


 シャルロットがいたベットの上には、大きな繭があった。

 まるで、蝶が孵化する前の柔らかな繭のように、微動だにせず、静かにそこにある。


『…シャルロット…』


 複雑な表情をしたアルバが、繭に包まっているだろう妻に呼び掛けた。


『賢者さま…妻はいつ、孵化するのでしょうか?』


 先ほどまで喜びに泣いていたせいか、赤くなった目でクラトスを見やる。

 コクリとクラトスが頷く。


「実はもう、孵化してもおかしくないのです。どうぞ、そのまま呼び起こしてあげて下さい。最愛の方の声で目を覚まされる方が、きっと嬉しいでしょうから。」


 その言葉にアルバは力強く頷く。

 手はチャロにつないだままだった。

 チャロが、励ますように少し力を込めて握り締めた。

 それに微笑みで返すと、チャロもふわりと微笑んでくれた。

 視線を繭の上に戻す。

 繭の中で眠っているだろう妻を見つめる。


『シャルロット…シャルロット。」


 繭は依然として、静かにある。


「起きて? シャルロット…私の可愛いシャルロット。

 早く起きてよ…起きて、起きてよ、シェリー…』


 何度も何度も名を呼ぶ。


 愛称を呼んだ瞬間、ピクッと繭が動いた。

 ハッとして、アルバは二人に視線を向ける。クラトスもチャロも嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。

 アルバの目頭に涙が溜まる。

 嬉しさが、むくりと首をもたげて、胸の中で徐々に大きさを増す。


『シェリー、シェリー! 私のシェリー!

 会いに来たよ! やっと君に逢えるんだ!!

 だから、シェリー! どうか早く目を覚まして…!』


 アルバは、必死に呼びかけた。

 ずっとずっと届かなかった声が、今日、今と言うこの瞬間、やっと届くのだ。

 表現できない程の大きな喜びに、アルバは震えた。


『シェリー! 君の話しを聞かせて! シェリー、シェリー!』


 万感の思いを込めて、アルバは語りかける。

 何度も妻の名を呼ぶ。その度に、人の大きさの繭がもぞもぞと動く。


 …刹那―――、ピシッと繭の上部に亀裂が入った。



 ――――――――――――――――――



 あまりの激痛に、わたくしは叫び苦しみました。

 喉が裂け悲鳴がひび割れる頃には、体中が裂傷だらけで痛みやらと痺れやらがごちゃ混ぜになっておりました。

 これなら、出産の痛みのがましだったわ…と、脳裏に大きくなった息子の姿を思い描いて、小さく微笑みました。そして、旦那様の微笑む顔を思い出すのです。

( あぁ…この激痛が過ぎれば、またあの人と夫婦めおとになれるのだわ…っ!)

 わたくしは、身体を身の内から裂かれる激痛に何度も心を折られながらも、最後にはその考えに行き着くのでした。

 逢えるのは死ぬ時だけ…と、毎日ふとした瞬間、どこからか降ってくるように何度も悲しみにさいなまれておりました。死がわたくしたちを引き裂いても、死によってまた出会えるとは、この世は本当に皮肉で不条理だと、密かに神様を怨んでおりました。

 しかし、白銀の君が奇跡を下さいました。

 幼き頃より、わたくしの体質は異常でした。

 魔法が使えないのに、体内に大きな魔石があったのです。

 数か月前のあるとき、体内で魔力の暴走が起き、そこに偶然、白銀の君が通りがかりました。

 親切にも、丁寧に治療をしてくださった彼の方はおっしゃいました。

「貴女の体内には、小さな“聖域”が出来上がっています。これは生まれ持ったものです。

 滅多にある事ではないのです。

 この年まで生きられた貴女は、非常に稀で、なおかつ幸運なのです。

 “聖域”は世界の歪み、魔力の渦です。それを貴女の魂が自分を護ろうと蓋をしているのですが、漏れ出て凝り固まってしまったものが魔石となっているのです。」


 魔石は、ヒトの身には過ぎて有り余るモノ…と、白銀の君は悲しそうにおっしゃいました。


「貴女と言うヒトの魂が、それによって変質してしまっています。

 このままでは魂が摩耗し消滅してしまうけれど、これは消滅しないように起きた防御反応が暴走してしまったのです。このままでは、またいずれ、黄泉の世界に近づいてしまう…。」

 また、治療に伺います。とおっしゃって、彼の君は去られました。

 出逢えたのは幸福。診ていただけたのは奇跡。

 魔石の暴走の兆候が表れ、胸が苦しむ頃に、白銀の君は診察にいらして下さるようになりました。


 そうして、来たるべき今日この瞬間―――。


「魂が、耐えうる為に起きた事。だからこその、精霊への変容なのです。…どうか痛みに負けませんよう…」

 麗しい目元を伏せて、静かにお話し下さいました。


 そして、ふと痛みが止まり…。

 しかし手足は麻痺して動かず何処に四肢があるのか感覚も鈍り、瞼も重く持ち上がりません。

 突然、乱れて浅かった呼吸が止み、自分の意志とは関係なく自然と、ふぅぅ…とため息を吐きました。


 しゅる…と鳴る音。

 身体の裂傷と言う裂傷から暖かくて大事な何かが、しゅるしゅると音を立てながら飛散して行く感覚に、あぁ…これが、半精霊への…と、思い至ったのです。


 しゅるしゅると音を立てながら出ていく其れが、これから繭になるモノなのだ。

 ならば、もう激痛はやってこないのね…。

 ホッと、安堵の息を付くと、次第に意識が遠のいたのでした。


 繭が光を遮り、すっかり真っ暗闇となった安寧の場所で、美しい未来の夢を見ました。


「精霊同士であれば、お互いが見ることも触れ合うことも出来るのです。

 そして、夫婦になることも。」


 優しく響く、低くて美しい賢者様の声が、頭の中に振ってきました。

 あぁ…、旦那様も精霊になっていたなんて!

 なんという奇跡! なんという廻り合わせ!

 じぃんと痺れるような幸福感に、胸が熱くなりました。


 大きく立派に成長した息子と美しくて気立ての良い嫁と可愛い孫。

 そのかたわらには、精霊となってしまった自分と旦那様。

 気高く麗しく瑞々しい薔薇の森の中、憩いの我が家の前で家族二世帯が笑い合って寄り添う。

 本当に美しい夢のようなひと時…。素晴らしく胸が高鳴る情景!

 その甘美で大きな幸福に、シャルロットは酔いしれる。


『…愛しのシェリー! さぁ、起きて!私のシェリー…』


 はっ!として、耳を澄ませます。

 懐かしくて、愛しい声。

 もう一度聞きたいとずっと願っていた、優しい旦那様の声。

 何度も何度もわたくしの名を、狂わしいほど必死に呼ぶ声。

 愛しさがにじみ出る声に、眼が熱くなり、ぽろりと涙が落ちました。


 急激に、はっきりとしてくる思考。

 やはり聞こえてくる旦那様の声に、わたくしは喜び打ち震えました。


 起きなくては! 早く起きて、あの人の首にすがって沢山のキスを贈るのだ!


 重怠いうえに、まるで他人の体になってしまったように、上手く動かせない身体を必死に動かします。

 何度も力を入れるのに失敗し億劫になりますが、ふと…、あぁ…息子が赤ちゃんの時、あの子もこのようにバタバタと必死に体を動かしていたわね…と、考えてしまい、ふふっと、笑ってしまいました。


 そうなのです。

 わたくしは今、生まれようとしているのです。

 新たに生まれるために、必死に手足をバタつかせているのです。

 自然と、胸が高鳴りこれから起きうる幸多き事柄に思いをはせます。

 あぁ! 早く打ち破らねば!

 そう意気込んだ瞬間、ピシッと音を立てて、目の前に光が差し込んできたのでした。


 やったわ! 繭が破れたのだわ!

 喜びの勢いに任せ、光に向かって手をし延ばしました。

 腕が繭を付き向けた瞬間…、ピシッ!パシッ!パキパキパキっ!と、まるで竹を割ったように縦に裂け、繭が真っ二つに破れていきました。


 グッと、一気に身体を起こすと、一瞬、眩しい世界に眼がくらみ、ぎゅっと目をつぶってしまいました。



 ―――――――――――――――――


 チャロは、息をのんだ。


 繭から起き上がった薔薇の姫の姿に、呆然と見惚れた。


 先程までの薔薇姫は、凛とした老女だった。

 それが、精霊化したら一体どうなるかなんて元から予想がついていなかったが…。


 波打つ、まるで月光のように柔らかな光を帯びた金の髪。

 すっきりとした目元は涼やか。

 大きなローズクウォーツ石をはめ込んだようなあかに近い薄桃色の潤む瞳。

 透き通るような白磁の肌。

 そして、二対四枚、虹色硝子にじいろガラスのように煌めくステンドグラスのような薄い羽。

 整った上品な容姿はシャルロットのものだが、その顔に刻まれた歳の積み重ねで増えていたはずのしわがひとつと無く、明らかに若返っていて瑞々しい乙女の姿となっていた。


 幻想的な繭が織りなす白銀の世界。

 動くたびにシャラシャラと硝子が鳴る様な音がする、虹色に輝く四枚の羽。

 光りが乱反射して、ステンドグラスのように部屋を柔らかく照り返し、まるでシャルロット自身が光っているような錯覚を覚えた。

 目覚めたばかりの精霊の美しさに、呆然と見惚れる。


 薔薇姫のお話しでさえ御伽噺おとぎばなしと思っていたチャロにとって、精霊の誕生と言う、この幻想的な情景に、感動しすっかり圧倒されてしまっていた。


『…旦那、様…!』


 鈴のように震えた涙混じりの声が、シャルロットの口から零れ落ちた。

 止まっていた時が、ハッとして動き出す。


『シャっ、シャルロットぉっ!!』


 涙をぽろぽろと零し、必死に両手を伸ばすシャルロットに答えるように、アルバは愛する妻を強く抱き寄せる。

 言葉もなく、互いに涙が滲む瞳で見つめ合い、もう二度と離れないと固く口付けをした。

 長く深く口付けを交わし合うと、今度は確かめ合うようにお互いがむさぼる様にキスをする。


「あっ! アルっ、むぐっ!」


 うっかり手を離してしまったアルバに、チャロは慌てて駆け寄ろうとしたが、クラトスに後ろから口をふさがれ、そのまま抱き寄せられて行く手をはばまれた。


「大丈夫、強制送還はされないよ。口付けが夫婦契約になるから。さてチャロ君、少し休憩がてら、客間でゆっくりお茶でも飲もうね~。」

 よいしょと軽々抱き上げられて、チャロは顔を真っ赤にした。

「し、師匠っ! また僕の事、子供扱いして…!?」

 静かに廊下へ出ると、クラトスはチャロを腕の上に座らせて、抱き上げたまま歩き出す。

 不安定にならないよう、遠慮しつつクラトスの首に腕を巻きつける。

 師匠は時々、スキンシップが激しいなぁと、チャロは嬉し恥ずかし、照れながら思った。

「んん? してないよ~? ただ、あんなに情熱的な再会にてられちゃって、羨ましくなっただけ~。」

「えっ?! 師匠が?!

 なんで羨ましいんですか?」

「う~ん…、僕もチャロ君に、あんなふうに甘えられたいと思っただけ~。」

 ぶわっと、一気に体の熱が上がった。

 瞬間、顔から火が出たかと思うほど頭が熱くなり、チャロは動揺した。

 恥ずかしさに、眼が潤む。

「あ、あんなふうに、ですか!?

 ぼ、ぼくが師匠にキスをするんですか!?」

「ふふふ、それも良いけど。

 もっとチャロ君から甘えに来て欲しいんだよ~」

 ニッコリと笑うクラトスの顔を間近に見て照れが勝り、チャロは、ふぃっと顔をそむける。

「じゅ、充分、あ、甘えてますけど…」

「ええ~? 足りないよぉ~!

 もっと甘えてよ~!」

 ぷんぷんと怒ったふりをしながら、クラトスはチャロを覗き込む。

 カァァァっと、また熱がぶり返す。

「そ、それに僕は、立派な男の人になるのでっ!」

 必死に言うチャロに、むぅ…とクラトスがむくれた。

「チャロ君、まだ性別は“決めないで”。」

「で、でも…ぼくは…」

「ゆっくりで良いんだよ? 考えが、凝り固まってもダメ。チャロ君は性別が選べるけど、決まったら選び直せないんだから。

 慌てないで、ゆっくり世界を見つめて、生き方を選んで、それから決めるんだよ?生き急いで、順番を間違っちゃダメ。ムキにならないで。

 きっと後悔して、そしてチャロ君が泣くなんて、僕には耐えられないよ…。」

 ハッとして、チャロはクラトスを見つめ返した。

 クラトスの真剣な眼差しに、心配されていのだという申し訳なさと、ジィンと胸にみるような喜びが広がった。




 チャロは、無性だ。



 身体には、性の象徴がなく、全くの中性体だった。

 なぜ、無性なのか。

 自分が、いったい何の種族なのか…ヒトなのか、自分が何者だったのか。

 チャロには、ひとつとして思い出せない。




 クラトスがチャロを拾ったとき。



 着ていたボロボロのその服装は、古き善き時代に栄えた民族、神族が末裔の羽織る独特のものだった。


 チュニックのような…ワンピースのような服は膝丈まであり、夜闇のような漆黒。それは一枚の反物たんものから出来ているが、縫い目がどこにも無い。現在もその作り方は謎だった。

 さらにキラキラと輝く、透けた羽衣のようなたっぷりと長い一枚の布を、右肩に引っ掛け前後に垂らし、それを緑の縄状の腰巻で留めていた。

 薄くともオリハルコン並みに強度のある羽織り物。

 それがボロボロと言えば、持ち主がどんな目にあったか想像絶する。

 しかも、竜のファイヤーブレスにさえ軽々と耐えしのぐオリハルコンと言えば、その羽衣がどんなものか分かるだろう…。


 当時、クラトスは大いに驚き慄いた。


 故在ってクラトスは長い年月、世界中を巡り彷徨って、ずっとずっと彼の一族の末裔を探していた。

 やっと見つけた彼の一族の末裔。

 しかしチャロは満身創痍で虫の息、まさに死の瀬戸際にいた。

 泥にまみれ身体中の骨が折れ、白い肌が見当たらぬほど打撲で黒ずみ傷だらけ。

 川の水のせいか体温が低く呼吸も浅く乱れ、伝説級の衣は襤褸切ぼろきれの様で。


 クラトスの胸中は、吹き荒む感情の嵐によって大変なことになっていた。

 とうとう、探し求めた彼の尊いヒトを見つけられたという、狂喜と興奮と畏れ。

 しかし、彼の末裔のそれが黄泉の入り口に立っている事、血の気が無く真っ白と紙のような顔色への恐怖と焦りと驚愕。


 虫の息ながらこの子が生きている安堵と充足感と喜び、美しいこの子をこんなにも痛めつけたモノへの憤怒とどうしてこうなってしまったのか、この子以外にも彼の一族の生き残りが居るのかと言う疑問と期待と不安。それ以外にも様々な感情が吹き荒れて叩きつけるようだった。

 とにかく応急処置と治療を施し、急ぎねぐらに連れ帰った。


 二週間、チャロは高熱を出し続け、意識を失って昏々と眠り続けていた。

 やっと目覚めたころには、自分の名前さえも忘れ去っていた。


 あまりの不憫さに、記憶が戻るまで此処で暮らすことを強く勧めた。

 何よりずっと探し求めていた一族の幼子は、兼ねてから思い描いていたものより美しい容姿は、クラトスの好みのど真ん中を射抜き、素直な性格が可愛らしくていじらしく。

 更には生活力がしっかりとしていて、病み上がりだと言うのに自分の世話を焼いてくれる事に喜びを感じていた。


 本当に柄にもなく、クラトスはチャロを弟子として引き留めてしまった。

 余所余所よそよそしさが抜けきらない初々しいチャロに、胸をきゅんと高鳴らしつつも、なんとなく少し寂しいと思いつつ…。

 今日だって、もっともっとベタベタに甘やかしたかった。

 昼前に渡した守護防御のネックレスは、とある軍国の砦にかかっている結界防御なんか眼じゃない程の強度を誇っている魔法が、がっちりと付与されていた。


 チャロに教えている魔法は、地上の数多の魔法騎士団の団長でさえ敵わぬほどの上級魔法を習得させているし、毎日させている勉強は地上のどの国よりも最新で理論的で尚且つ膨大。知識だって、勉強を教えだしてまだ一年にも満たないのに、もうすでにそこら辺の学者統括の文官長の域に達している。まぁ、これは、チャロの出来が天才的であるのも理由の内だが…。


 何が起きても、どんな災厄に見舞われても、『もしも』『まさか』と言うその瞬間、チャロさえ無事であれば何でも良い。

 其の為には、チャロが自分自身を護れるようにと、クラトスはチャロを鍛え上げているのだ。


 人に対して、あまり興味を示さずある程度の距離を置き、おおよその人間には猫を被って接するクラトスにしてみれば、己の深いところまで見せても差しさわりの無いチャロのような存在は、本当に稀で、片手で数えるほどしかいない。


 故に、依存度も執着度も独占欲も高いのであった。


 チャロの一番近くで成長を見守り、ずっとそばでチャロの生き様を見つめたい。

 クラトスは、その感情が恋に近いものだと自覚している。

 だからこそ、チャロにはじっくりと性別を考えてほしかった。

 下心満載であるが、心配しているのも事実。




 林檎のように真っ赤な顔にゆだっているチャロが可愛くて、愛しいとばかりに微笑むと、チャロは恥ずかしがって俯いてしまった。

(あぁ~! なんだこの可愛いイキモノはぁ…っ!

 たまらん! けしからん! もっとくれっ!

 あぁっ、鼻血が出てしまいそう…)

 胸中、萌えに悶え転げ回りながら、取り繕うようにチャロの黒髪を撫ぜた。

 気持ち良さげに、小さく微笑むチャロの反応に、更に気持ちがヒートアップしていくが、何とか押さえつけて客間に到着した。

 チャロを抱いたままソファーに座ると、腕の上から膝の上にチャロを移動させる。

「し、師匠…ぼく、自分で座れます、けど…」

「えぇ~? だめ。たった今、チャロ君を愛でる会が発足されたから。」

「え? それは…いったい、なんでしょうか…?」

 クラトスは、ぎゅうぎゅうとチャロを抱きしめる。

 また、はじまった…と、チャロは少し遠い目をした。

 師匠にこうやって猫や犬のように可愛がられるのは、正直、とても嬉しい。

 しかし、同時にとても恥ずかしかった。

 頬に熱が上がっていくのを感じながら、チャロは困ったように微笑んだ。

「師匠、お茶を…」

「うん? 大丈夫だよ~、ありがとう。」

「…あれ、お茶を飲みに来たのでは…?」

「ふふふ、いいのいいの。よしよし、チャロ君。今日もよく頑張りましたね。」

 腕の中にすっぽりと納まるチャロの頭に頬ずりし、おでこや髪にキスを落とす。

 頭や頬を優しく撫ぜ回すと、くすぐったそうに体をよじる。

 それを見てクラトスは、至福のひと時と、ニコニコと満足げに笑う。

 また華奢で柔らかい体を抱きしめ、良い香りのする柔らかい髪と形の良い頭に頬ずり。

 あぁ、至福…と、小さな声で呟いてクラトスが悩ましい溜め息をつく。


 毎日、それも必ず数回、突如としてこのスキンシップが始まる。

 最初は思いっきり抵抗していたチャロだが、寂しげなクラトスの姿に罪悪感を感じ、毎度ついついされるがままになっていった。

 最近では、まぁいいかと慣れてしまったし、なによりコレが心地いいと感じてしまう自分も大概で、師匠大好き人間なんだと呆れて変な悟り方をしてしまった。 


 可愛い!んあぁ…っほんっとかわいいっ…と悩ましげに呟くクラトスの声を聴きながら、そうだ…深く考えるのはやめよう…と、恥ずかしさが込み上げるのを意識の外に放り投げながら遠くをみやる。

 それでも、むずむずと込み上げる恥じらい。

 熱い両頬に両手を当てながら、チャロはすでに涙目になっていた。




 クラトスが何度もチャロをかいぐりながら楽しんでいると、客間の扉にノックが鳴り響いた。

 返事をすると、扉が開き、精霊の夫妻が互いの腕を組んで寄り添って立っていた。


 ハッとしてチャロが立ち上がると、夫妻がニッコリと微笑んだ。


『白銀の君、そして愛弟子様…この度は本当にありがとうございました!』

 シャルロットが、また潤みだした瞳をそっと手で拭う。

 クラトスは静かに微笑みを浮かべながら立ち上がった。

『賢者様、そしてお弟子様。あなた方の奇跡と慈愛とこの御恩は一生忘れません。

 本当になんとお礼を言っていいのやら…』

 そう言うと、夫婦は互いに見つめ合って幸せそうに笑みを交わし合う。

「アルバさん、シャルロット様…どうぞ末永くお幸せに。」

 そう言って、ニコニコとチャロが笑う。

『はい、ありがとうございます、チャロ様…。どうぞ、いつでも遊びにいらして下さいね!

 もちろん、白銀の君も。 そのときには、とっておきのお茶を振舞いますから…。』

 シャルロットはそう言うと、より一層笑みを深めた。

「薔薇姫、アルバさんに悠久の幸福を…。」

 柔らかく微笑むクラトスが祝福を祈ると、夫妻の涙腺が決壊した。

『ありが、とう、ございます…っ!』

『本当にありがとうございます!

 どうか賢者様方にも、数多の幸福がこれからも訪れますように…』

「ふふふ、ありがとう。

 さて、薔薇姫。今回の報酬として、定期的に薬の材料となる水晶薔薇を頂くことになっていました。」

 ゆっくりと、クラトスが夫妻に歩み寄る。

 シャルロットは、赤くなった目元を指で拭いながら、少し困ったような表情をした。

『そうでしたわ、白銀の君。

 今回の報酬ですが、水晶薔薇では、割に合いませんこと?

 もっと、なにか差し上げたいのですが…。』 

 コクコクとアルバもうなずく。

 しかし、ふるふるとクラトスは首を横に振った。

「いえ、逆にもらい過ぎるているので、私からお二人に贈り物をしたいと思います。」

『え!? そんな、もらい過ぎるとは、どういうことですの?

 決して、もらい過ぎているようには思えません!』

『そうですよ! 遠慮せず、なんでもおっしゃって下さい!

 出来うる限りのモノをご用意しますから!』

「ふふふ、お二人とも。本当に今回はもらい過ぎているのですよ。

 定期的にいただく予定の水晶薔薇、討伐したヴォラックスの剥ぎ取った素材、そして、薔薇姫の半精霊の繭。どれも大変珍しく高価なモノばかりなのですよ。ですから、ここはひとつ、貴重な素材を頂くお礼として…。」


 そう言うと、空中から突如、光をまとった杖が現れた。

 クラトスがその白く淡く輝く杖を掴み、床を二度、コンコンッとノックする。


 キィィィンッ!! 


 甲高い音を立てた光りと共に、床に魔法陣が描かれた。

 ノックした床の一点から光が円形に広がる。

 徐々に大きくなる光が突然、膨れ上がり屋敷を包む。

 驚きと眩しさに、クラトス以外の三人が反射的に目をつぶった。

 光はそのまま大きく広がり巨大な薔薇の谷の隅々に行き渡り、谷の境目で突如として天空を昇りつつ溶けるように消失した。


 アルバは、ゆっくりと眼を開けた。


『い、いまのはいったい…』

「今の魔法は、防御結界の魔法。範囲は薔薇の谷です。

 防御効果は、害意や悪意が有るモノの侵入の拒絶及び排斥。さらに、隠匿を付与しました。

 …それから、お二人にコレを。」


 呆然とする二人と隣りでキラキラと尊敬の眼差しを惜しみなく贈ってくる愛弟子に、クスリと微笑むと、クラトスは空中に手を伸ばした。

 突然、クラトスの手の中に小箱が現れた。

 少し黒が混ざったような、深い赤色のビロードが貼られた小さな箱。

 そっと、箱を開けると、そこには指輪が二つ納まっていた。


 ハッと、夫妻は息をのんだ。


 そこにあるのは、何十年前にアルバが贈った指輪だった。

 薔薇の模様が描かれ彫られた、金色の細身の指輪。

 アルバの指輪は墓の下、遺体の左の薬指に。シャルロットの指輪は、半精霊化の際に溶けて消えたと思っていた。

 しかし目の前には、くすみもせず傷も無く、贈られた当時のように金色に輝く対の指輪があった。

 動揺し、続いて大きな歓喜が胸を強くたたいた。

 ニコリとクラトスが微笑む。


「お二人の結婚指輪です。少し、磨かせてもらいました。

 そして勝手ながら、これに、人化の術を付与させていただきました。」

『…え?』

『…じん、か…』

 ハッとして、ぴょこんっとチャロが嬉しそうに跳ねた。

「うわぁっ! さすが師匠!

 そしたら、息子さんに会えますね!」


 チャロのその言葉に、さらに驚愕に眼を見開く夫妻。

 あぁ、そうだった…、精霊の姿では、最愛の息子に会えることも触ることも出来ないのだ。

 どちらからも、大粒の涙がボロリとこぼれた。


「しっかりと、抱きしめてあげられますね。」


 クラトスの言葉に、アルバがとうとう大きな声で泣きじゃくった。

 シャルロットはアルバの胸にしがみ付いて、おいおいと嗚咽をもらしていた。


 チャロが二人の姿に胸を熱くして右隣りのクラトスを見上げると、ニッコリと微笑まれた。

 このヒトが、ぼくの師匠だ! と誇らしさに胸が高鳴る。

 微笑みを返しながら、チャロはそっとクラトスの左腕に抱きついた。



 こうして、薔薇の谷の依頼が終了したのだった。



 チャロは、ふと窓の外を見た。


 風に乗って、様々な色の薔薇の花びらが舞い踊っていた。

 ひらりひらりと舞い落ちる様は、雪の様で美しい。

 もうじき真っ白で静謐な冬が来る。

 けれども、この薔薇の谷に咲く幾百万の色鮮やかな薔薇の花が、精霊の夫婦に愛でられて、この先何年もずっと季節を賑やかすのだろうと思うと、世界が鮮やかに見えた。

 ひらりひらりと、幾百の薔薇の花弁が舞い落ちる。




 今日も、薔薇の谷には花びらが降り積もる。















読んでくださり、いつもありがとうございます。

次回、薔薇のお話編のエピローグです。

うぅ…早めにあげられるよう頑張ります…

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