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白銀の魔法使いの愛弟子  作者: 緑青海雫
第1章 ある少年と薔薇の話し
8/23

ある少年と魔物。

「 ヴェントよ…、ヴェント円月輪チャクラゥム!」




 チャロが一言、そう叫ぶと、チャロの周囲に風が巻き起こる。

 びょうびょうと吹き荒れる風が、チャロの髪をさらうように巻き上げていた。


 密度をあげた風が収束し、円を描いて空中に留まる。

 まるで円月輪えんげつりんのような、鋭く冴えた風の刃が出来上がる。


 チャロは、空中にいた。


 ヴォラックスを上から見下ろし、狙いを定めていた。

 左足をほうきそうにかけ、左手で柄の上部分をしっかりと握りしめる。いつものまたぐような乗り方ではなく、これが戦闘用の乗り方だった。右手を体の横にまっすぐと伸ばし、その掌に風の円月輪が静かに回って留まっている。

 ヴォラックスが怒り狂って、クラトスが張った結界を砕かんと恐ろしい手足と鋭い顎牙を打ち付けている。


 チャロは、ぐっと顎を引いた。

 あちらは、こちらにまだ気づいていない。

 考えさせる間もなく、攻撃を追撃することを考え、計画し予測する。

 ふぅぅ…と息を整える。

 心臓が早鐘を打つ。目を閉じて、自分をそっと落ち着かせる。

 恐怖している気持ちも不安も考え無いよう、感情に蓋をする。


「 …いざ… 」


 ゆっくりと眼を開ける。

 チャロの紫の瞳が、気の高ぶりに合わせて深い赤に染まる。

 炎のように輝き揺らめく。


 刹那、風の円月輪を、ヴォラックスの後ろ脚へと投げた。

 刃は風をまとい、迷うことなく高速で飛ぶ。




――― ザンッ! ―――





 右後ろの脚が二本、半ばから切り落ちる。



 ぐらりとヴォラックスが傾く。



 ヴォラックスが、驚きと怒りに叫ぶ。

 後発に、また刃を打ち込む。

 前足が切り飛ぶ。

 隙を与えないように、どんどん打ち込む。

 脚は残り少ない。


『 グゥ、ギャアァァァァァァァッ!! 』


 ヴォラックスが怒り叫ぶ。

 残った三本の長い脚を振り回し、鋭い牙が並んだ顎を最大限、伸ばして打ち鳴らす。

 その度に大地が、無残にもえぐれる。

 4、5mはあるであろう、あの顎につかまらないよう、チャロは距離を保つ。


 これまでより、更に威力と密度をあげた風の円月輪を用意する。

 耳元でビョウビョウと風が鳴る。

 チャロの身長と同じくらいの大きさの円月輪が、チャロの頭上で回っていた。

 ぐっと目を凝らして、狙いを定める。


 ぎゃあぎゃあと怒り狂って叫ぶ魔物が、宙に浮かぶチャロを見つける。



 憎悪と殺意に満ちた目で睨めつけた。



 いつもなら、その恐ろしさに怯えて泣いてクラトスに縋り付くのだが、感情に蓋をした今のチャロの思考は、冴え切っていて冷静だった。


『 グギギギギギギギギギィィィィッ!!! 』


 ガチンガチン!と顎を打ち鳴らす。

 その度によだれが撒き散っていた。


「これで、とどめです!」


 右手を、上から下へと振り下ろす。 


 特大の風の円月輪が、高速でヴォラックスの首をとらえた。


 … 瞬間 ――― 静寂が訪れた。

 

 ずるりと、ヴォラックスの首が胴体から滑り落ちた。


 ――― ゴト…ン ズシャアァァァ… ―――




 ヴォラックスの目から光が失われたのを確認すると、チャロはゆっくり地面に降り立った。


 もう一仕事、残っている。

 下腹に力を込めて、気合を入れ直す。

 箒を逆さまにして、体の前に構える。

 柄の先を地面に二度、コンコン!と打ち付けた。




 それが魔法の合図。




 かぁっ! と地面が光り、複雑な模様の魔法陣が展開される。

 途端に、地面やヴォラックスの屍から黒い湯気が立ち昇る。

 これは一般に“穢れ”と呼ばれるものだった。


 この島の魔法使いたちに課される義務の一つに“浄化”があった。


 魔物の死体や強い負の感情を抱いた屍や遺物によって生み出される“穢れ”。

 それが留まれば災いや危険を呼び込み、増殖し更に濃さを増す。


 浄化を怠れば、どのような結果が得られるか?

 地上で例えるなら、古戦場に留まった“穢れ”。

 それが招くのは、疫病である。

 放っておけば疫病は増殖し、災いの濃さを増し、生きとし生けるものに猛威を振るう。


 だからこそ、魔法使いの行う“浄化”は重要であるのだ。


 島であるラピュタが“穢れ”の被害に遭わず、今日まで殆ど平和であるのは、“浄化”という義務が、女帝の整える法の中でも、より優先度が高いものであり、なおかつ徹底しているからだ。


 しかし、この世界で“浄化”を行える白魔法使いは稀少。

 一つの国に五人居れば御の字である。


 実際、この島に居る白魔法使いはクラトスとチャロを含めて9名いる。

 稀少な白魔法使いが地上のどの国より多いのは、やはり魔法使いたちの憧れ、最高峰に名高いこの島の名のせいなのは言わずと知れているだろう。


 そして比類なき“白銀の賢者”たるクラトス。

 数少ない白魔法使い達の頂点に君臨しているばかりか、その膨大な知識と魔力とカリスマ性により、世界中の魔法使いたちが畏怖を抱く存在でもあった。


 故に、愛弟子たるチャロの技量は想像にかたくないだろう。




「“現地点より半径500m圏内に執行…

  ―― 浄化プリフィカティオニィス!”」 




 浄化の魔法。

 チャロの宣言に従って、魔法陣がひと際輝いて青白く発光する。

 黒い湯気が音もなく、白く色を変え空中に溶けて行った。

 すべての浄化を見届けると、緊張に凝り固まった身体から力を抜いて、ふおぉぉぉ…と盛大に息を吐いた。瞼を閉じると、目の奥の熱が徐々に引いていくのが分かる。





――――――――――――――――――




「うわぁぁぁ~! チャロく~ん!

 すごいよ! お見事! お疲れ様ぁ~!」


 背後から声をかけられて振り向くと、満面の笑顔のクラトスが杖に腰かけて空中にいた。


「ありがとうございます、師匠…」


 チャロは褒めてもらえた嬉しさに、ぽっと頬を染めた。

 クラトスは、ゆっくりとチャロの側に降り立つと、チャロの小さな頭を撫でまわした。

 

「うはぁ~…! 照れてるチャロ君、可愛すぎる!

 ふふふ、ヴォラックス程度の魔物なんて、チャロ君に敵うわけないって分かってたけどね~。それでも心配はしちゃうんだけど…っと、さてさて、じゃあ採集をパパッとやっちゃおう~!」


 にっこりとクラトスが微笑む。

 チャロは更に嬉しくなって、笑みを深めた。


「はい! 師匠! 」


 ヴォラックスは、無残な姿をさらしていた。


 頭は全くの無傷だったのは、ひとえにチャロの戦闘能力の高さの賜物たまものであろう。

 八脚の脚は三脚になり、大事な内臓が傷つかないよう中心の体幹を避けて傷が付いている。

 しかし、それでも致命傷になるように狙ってあるところから、やはりチャロの戦闘能力の高さがうかがい知れた。


 

 クラトスとチャロは手際よく、ヴォラックスの四つの眼と心臓と肝臓を採取し、羽を剥ぎ取った。



「…あっ!? アルバさんは!? 」


 ハッとして、チャロは振り向く。

 あらかた採取が終わるとアルバの事を思い出した。

 うっかりしていた!と、慌てて、アルバの元へと駆け寄ろうと走り出す。

 「おっと、待ってて…」と、クラトスも慌てて結界を解く。

 墓石の側でぐったりと仰向けに倒れているアルバがいた。


「わぁ! アルバさん!? 大丈夫ですか!? 」


『あ、あぁ、お疲れ様でした…。いやはや、何というか、本当に…す、すごかったですね… 』


 青い顔をして、ぐったりとしているアルバを上から覗き込む。

 チャロは眉を八の字にして、心配そうに見下ろした。


「すみませんでした。…アルバさんも、本当にお疲れ様でした… 」 


 チャロは労わりの表情で、はにかむ。

 すると、アルバがホッとしたように笑い返してきた。


『ありがとうございます…ところで妻は…? 』


 むっくりと起き上がると、アルバはクラトスを真剣な眼差しで見やる。

 こくりとクラトスがうなずく。


「今、寝室にいらっしゃいます。

 …行きたいですか? 」

『 っ!?

 行けるものなら、ぜひとも行きたいですっ! 』


 必死なアルバに、クラトスはニコリと笑う。

「では、チャロ君に助けてもらいましょう。チャロ君、良いですか? 」


 え?と、困惑気味にチャロへと視線を移す。

 チャロがニコニコと笑っていた。


「えぇ、アルバさん。僕の能力は色々と便利なんですよ?

 実は、僕と手をつないでる間、今のところ、行けないところは殆どないんです。 」


『 っ!! で、では…っ!? 』


 今にも泣きだしそうな表情で、顔をぐしゃりと歪める。


『本当に、何から何まで…!

 あなた方の存在は、神様からの贈り物です…! 』


 目頭が熱くなり、アルバは目元に手を置いた。

 嗚咽交じりに、小さく『ありがとう…』と何度も呟く声が聞こえて、チャロは嬉しくてニコニコと笑みを深めた。


「さぁ、アルバさん。時間がありませんよ?薔薇の姫のもとへ行きましょう。 」 


 クラトスが優しい声で囁いて、そっと肩を叩いて立ち上がるように促す。

 はい…と、涙の滲んだ声の返事が返ってくると、ふらふらとアルバがゆっくり立ち上がった。


「アルバさん、さぁ、僕の手を。 」


 チャロが微笑みながら手を差し出す。

 それを見て瞬間。アルバは、めまいに襲われた。


 チャロの微笑みの慈悲深い暖かさと、その容姿の美しさがまるで天使の様だった。

 本当に、とうとう天使が迎えに来たのか、と錯覚するほどに。

 いや事実、アルバにとってチャロもクラトスも、幸福を呼ぶ神の御使いに変わりはなかった訳だが。


 眩しそうに眼をすがめると、アルバはチャロの手に、戸惑いながらも自分の手を乗せた。


『本当に、ありがとう… 』

「ふふふ、どういたしまして。

 さぁ!シャルロット様がお待ちですよ! 」

「そうですね。では、行きますよ~。

 あ、アルバさん。絶対、チャロ君から手を放してはダメですよ?

 強制的に、この墓石ぼせきまで戻ってしまいますから。 」

『はい。分かりました。 』



 そうして三人は、えぐれた地面と掘れた深い穴を避けつつ、早足で丘を後にした。


 視界に映る館の中、最愛の妻を思って、アルバは甘美な喜びに酔いしれていた。

 思わず、握る手の力が強くなったが、チャロは嫌がらず、逆に励ますように握り返してくれた。




 そうして一行は、薔薇の館へと足を踏み入れたのだった。











次回で、第1章終わりの予定です!

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