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白銀の魔法使いの愛弟子  作者: 緑青海雫
第1章 ある少年と薔薇の話し
5/23

ある幽霊との邂逅。

旦那さんの登場です!

 幾日の日々を、私は此処で過ごしてきた。

 初めて眼が醒めたあの日から、私は“此処”に縛られていた。


 そうして、辛く耐えがたい日々が始まったのだ。


 なんども、なんども目の前で愛しいヒトが泣き崩れていた。

 耐え難い苦痛。

 それは、この腕の中に抱きしめて、慰められないもどかしさ。

 触れることのできない辛さ。

 愛を囁いても伝わらない悲しさ。


 目の前にいるのに、死を受け入れたはずなのに、こんなにも側にいるのに、見守ることしか出来ず。

 生前の未練が濃く尾を引き苛まれ、何度も苦しくて慟哭する。

 毎日欠かすことなく来る愛しいヒトが、ある日、数日ぱたりと来なくなった。

 私が死んでから、ちょうど半年がたった頃だったろうか?

 心配で、狂いそうな程胸がつぶれそうになった日が続いた。

 そうして苦しみしのいだある日、彼女は赤ん坊を抱いていた。

 驚愕に思考が真っ白になり、最大まで見開いた眼で、呆然と二人を見つめた。


「あなた…わたくしとあなたとの息子です。

 あなたのお陰で元気な子が生まれましたのよ…。」

『…えぇっ!?』


 嬉しそうに、誇らしげに微笑む彼女の美しさに、私は目を細めた。

 たとえ幽霊になっても、涙は出るようだ。

 赤ん坊は、とても美しい顔をしていた。

 あぁ、君に良く似ている!

 きゃっきゃっと、息子が声を立てて笑った。


「まぁまぁ! 笑ったわ! あなたにそっくりですわね!」

『いやいや、君にそっくりだよ!』

 ニッコリと微笑む彼女が愛おしい。

 嬉しさに溢れる愛しさに、彼女を、息子ごと包み込む。

 たとえ触れられなくとも、抱きこむように覆いかぶさった。


『よくやった! さすがは君だ! ありがとう! 本当にありがとう!

 愛している、あいしているよ…』


 辛く悲しく狂おしい日々に、喜びと幸福感が加わった。


 日に日に、彼女と来る息子が、健やかで賢く大きく育つのが楽しみだった。


 死んでしまって、君たちを置いていってしまって、悲しみと辛さに何度も自分を責め、そして運命や神々を恨み呪ったが、こうやって見守れるなら、それも悪くないと思い始めた。


 むしろ、最近では数奇なこの事象に感謝している。

 しかし、近頃、彼女の様子がおかしかった。

 もともと体が強い方ではなかったのだが…。

 だが、体調が悪いと言ったようなおかしさではないのだ。

 なんというか…、彼女を形作る輪郭が時々、空気に滲むのだ。


 息子が自立を迎え旅立った。


 そして薔薇を商品として貿易をし、経営が波に乗って成功をおさめ始めていると嬉しそうに報告に来た彼女の様子が、やはり少しおかしかった。

 ぼぅっと、彼女が花を見つめていると、身体の輪郭がぼやけて空気に滲む。

 墓石や花や草や丘は滲まない。

 しかし、やはり彼女だけが、彼女を形作るそれが滲むように透けるのだ。


 

 秋の陽射しのような美しい豊かな金色の髪に、白いものが混ざり始めたころ、それは突然だった。



 彼女の身体から“何か”が湯気のように立ち昇ったのだった。

 湯気が立ち昇るたび彼女の“中”から、ぴしりぴしりと何かが軋むような、はたまた、何かにひびが入っているような音が聞こえてきた。


 恐ろしかった。


 彼女と、とうとう会えるのかと嬉しいような。

 …いやそれよりも、やはり恐ろしさが勝った。

 彼女が、死んでしまうのではないかと…恐ろしかった。


 この軋むような音がし始めてから、彼女の顔色が悪くなっていった。

 相変わらず、彼女の身体が空気に滲む。

 心配で、彼女の生が失われるのかと恐ろしくて絶望し怯え…悶々とした日々だった。


 いよいよ、軋む音が大きくなり、立ち昇る湯気の量が全身からあふれ出るようになってきた頃。


 戦々恐々としていたそんなある日、儚くも美しい彼のお方が現れた。

 一度だけ、伺ったことが有る美しくも尊きお方。


 この島の賢者のひとり、“白銀の君”。


 偉大なる魔法使い。数多の伝説と武勇伝をその身に連ね、世界に轟く聖なる賢者。

 彼女を診て下さり、治療を始められたと聞いたときは、嬉しくて。

 うれし泣きしながら、その寛大で慈愛に溢れたお方に感謝した。


 彼女から軋む音は変わらないが、溢れていた湯気のようなものは止まった。

 どうやら、あれは彼女の生命力だったと、彼のお方が説明していたのをこっそりと聞いた。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、その後の言葉に、無いはずの心臓がずきりと痛んだ。


「薔薇の姫、貴女は稀な方だ。

 生まれ持った力と運命により、あと数年後、人から精霊へと羽化される。

 その時、いくつかの脅威が貴女を襲いますが、僕が護り羽化を手伝いましょう。

 どうか恐れないで。そして、覚悟をしていてください。」


 彼女は、ヒトで無くなってしまうのか!

 彼女が精霊になってしまうのならば、もう二度とあの世でさえも会うことが出来なくなるのか!

 あまりの衝撃と絶望に打ちのめされて、呆然と日々を過ごす。


 そうこうしているうちに、今日がやってきてしまった。


 空から舞い降りた賢者様とお弟子様。

 相変わらず麗しくも儚げな賢者様。

 その後ろに隠れるように控えるお弟子様。



 その姿を見たとき、息が止まった。



 濡れたような漆黒の髪は、光を受けて艶めいていた。

 大きな双眸は稀な紫。

 遠目でも分かるほど整った容姿に、キメの細かい肌は象牙のように白い。

 祝福するように、神秘的な傾国の美少女の周りを飛び交う妖精たち。

 そしてなによりも、身体の内側から滲み出る柔らかな“光”。

 なぜか、とても惹かれる光だった。

 そばに寄りたいような、頼ってしまいたいような、とても好ましい光。


『はあぁぁぁ…、なんて美しくて暖かい光なんだろうっ… 』


 思わずため息がこぼれた。

 その瞬間、パッと美少女がこちらに振り向いた。

 目があったような気がして、心臓がドキリと高鳴る。

 きょろきょろと視線を巡らせ、首をかしげる。

 …まさか、いまの声が聞こえたのだろうか?

 淡い期待が、胸の中を駆け回る。


『 おぉーいっ! 聞こえるかぁーい!? 』


 ドクドクと鼓動が跳ねているような気がする。

 賢者様と別れて、美少女がトコトコと歩きまわっている。

 心なしか耳を澄ますような仕草をしている様に見えた。

 …これは、やはり聞こえているのか?

 おーい、おーい! と、何度も声を張り上げる。頭の上で、大きく手を振る。

 徐々に、美少女がこちらに向かってくる。

 おぉ! なんということだ! やはり、やはりそうだ!

 これは、聞こえているのだ! 彼女は、まさに魔法使いの弟子!

 あまりの嬉しさに大粒の涙が、ぼろりと頬に落ちた。


 そうして、とうとう目が合った。


『 お~いぃ、そこの美少女ぉ~! 聞こえるかぁ~!? 』


 よどみなく、こちらに向かって歩いてくる美少女の奇跡に歓喜する。

 彼女は、私から、私の座っている墓石から三歩程離れた位置で立ち止まった。

 近くで見ると、その可愛らしくも驚くほど美しいのが際立つ。

 まるで天使のようだ。


『 うわぁ! やっぱり、私の事が見えるのか!

  声も聞こえるなんて、すごいね、きみ! 』 


 喜びと興奮に身を任せ、早口にまくし立ててしまった。

 美少女が、むぅぅぅっと頬を膨らませた。


「ぼくは、おとこだっ!」


 美少女が、叩きつけるよう言い放った。

 あぁ、声も恐ろしく魅力的だ。

 少しだけ舌っ足らずがまた可愛らしく、しかしなぜかとても聞き取りやすい。

 言われたことを考えて、思考が停止した。





―――――――――――――――――――



 また、間違えられたと、チャロは頬を膨らます。

 かなりの頻度で性別を間違えられる。

 毎日、筋肉を鍛えようと運動に取り組み努力し、師匠のようにカッコいい男性を目指しているというのに!

 たしかに、同じ年くらいの子供たちに比べると線が細い。

 食事の量も、どうしても多く取れない。

 骨も太くならず、毎日、アトリエの横にある薬草畑で薬草の世話をしているというのに、長時間日に当たっても肌も一向に焼かれず…生白い。

 目指す男性像は、竜の荷運び屋にいる屈強な猛者たちのような筋肉むっきむきの体躯だ。

 だから尚更、少女に間違えられるのは腹が立った。


『…え? おと、このこ!? えぇ!? 本当に!?

 あぁ…それは、申し訳なかった…。 』


 墓石に腰掛ける男が、地面に降りるとぺこりと頭を下げた。

 チャロは、少しだけ機嫌を直した。


「…どうせ、いつも間違えられてしまうので、慣れっこです…。」


 そう言うと、今までの間違えられた多くの過去を思い出し、少し遠い目になった。

 男は顔をあげると、拗ねるような表情のチャロを見て苦笑した。


『あぁ…本当に申し訳ない。 そういえば、自己紹介がまだでしたね。』


 にこりと微笑むと、男はしゃがんで視線をチャロに合わせた。


『私は、アルバ・ノーザンホース・ランダン。

 生前は植物学者をしていました。』


「ぼくは、チャロです。 魔法使いクラトス・マリアベル様の弟子です。」

『えぇ! 賢者様の事は、存じ上げておりますよ。

 彼の尊いお方が、私の最愛の妻を救ってくださいました。

 先程も空からお二人で降り立つ姿を、遠目ながら拝見していました。』

「そうでしたか。 …あの、つかぬ事を伺いますが」

 チャロは、言いづらそうに、まるで苦虫でも噛み潰したかのように顔をしかめた。


「アルバさんはどうして“此処”にいらっしゃるのでしょうか?」


 アルバは、その言葉を噛み砕くように、しばらく視線を彷徨わせた。

『……それは、私にも分かりません。

 目が醒めた時には、“此処”に縛り付けられていました。屋敷までは何とか力を振り絞れば行けますが、あとは殆どこの墓石から離れられません。

 幽霊とは、総じてこういうものなのでしょうか…? 』

 チャロは、さらに眉を寄せて首を横にふった。

「…いいえ。 ぼくの知っている限りの幽霊とは勝手が違います。

 それと、たぶん…アルバさんは、幽霊ではありません…。」


 ギョッとして、アルバはチャロを見た。


『私は…幽霊、では、ないのですか!? しかし、私は確かに死んだのです…。

 この墓石の下には、私の亡骸が物言わず横たわって、棺に納められています。

 私は、自分が、死んだことを、知っています…。』


 戸惑いながら話す男を見て、チャロは首を振る。


「ヒトとして人生の最後を迎えられたとは思いますが、今、此処にいらっしゃるアルバさんは幽霊ではないと思うのです。」

『…と、言いますと、なぜですか?』

 怪訝そうに首をかしげる男に、チャロはこくりと頷く。


「まず、幽霊であれば、このように大地に縛り付けられないのです。」

『 どういう、ことでしょうか? 』

「貴方はお気づきでは無いかもしれませんが、…両方の手足に、大地から伸びた鎖が、たくさん繋がっているのが…ぼくには見えるのです。」

『 …え!? 』

 バッ! と両手両足を見つめたが、アルバには、ただ変わらず生前と同じ手足が在るだけだった。


「とても大地の気が…えっと土の魔力と言った方がいいかな…?

 アルバさんの身体に雁字搦めで巻きついていて…。

 此処の谷の、ちょうど魔力の吹き溜まりに、蓋をしている様にアルバさんがいるのです。

 これは、…これは、まるで…」


 チャロが困ったように顔をしかめた。

 アルバは口が渇いたように、ごくりと生唾を飲み込む。

『これは、…まるで?』

 先を促すように、チャロを覗き込む。

 チャロは渋い顔をした。



「これは…まるで、“精霊”のようです。」



 アルバが、驚愕に眼を見開いて、チャロの言葉を反芻する。


「お師匠様なら、なにか御存じかも…。 ぼく、ちょっと聞いてきますね。」

『待って、待って!? ど、どうして、そう結論づいたか、説明してって!』

 走り出しそうなチャロを呼び止めて、アルバは慌てて疑問をぶつけた。

「あ、そう、ですね。すみませんでした…。

 えっと、ぼくには精霊や自然界の魔力や幽霊を見る力があるんです。

 それで、この島のいろいろな所で、“番人”がいるのを見たことがあるのです。」


『 “ 番人 ”とは…? 』


 こくりと、チャロが頷いた。

「“番人”は“聖域”と呼ばれる場所を護り、そして“聖域”から溢れ出る魔力の栓です。」


『“ 聖域 ”、ですか…? 』


「“聖域”とは、自然界の要であり、大きなほころびです。

 魔力が溜まりやすく、また魔力が噴き出ている場所を総じて“聖域”と呼びます。

 “聖域”では、溢れた魔力が一定量を超えると、大きな災いとなって暴れだします。

 そうならないよう適度にこの力を循環させ、消費し、形を与えたり役割を与えたりするのです。

 それ故、魔法を扱うモノたちは、此処に集まって力を高めたり磨いたり、と進んで利用します。


 ですから、そうして自然と世界との調和を図るために、魔力の調停役である力ある精霊が“聖域”に留まり“番人”として役割を果たすのですが…。」


 精霊とは、世界樹から生まれ、大気に溶け込んで世界を巡り、世界中を余す所なく魔力で満たすモノ。精霊が通り過ぎる残滓が、魔力であると言われている。そして、寿命を迎えた精霊は、また、須らく世界樹へと還っていくと言われている。


 精霊は、一定の場所に殆ど留まらず、常に様々なところを巡り存在する。

 風、然り。水、然り。火も土でさえ、然り。その性質に拘らず、巡り動いて世界中を旅する。それこそが宿命であり、世界の理だった。

 彼らが居ることで、世界には魔法が有った。

 世界中が魔力で満ちているため、どこでも平等に、その威力が変わることなく魔法が発動できるのだ。

 もしそこに精霊が留まる例外が有るとするならば、精霊王の眷属でその場を守護する者か、魔力の循環を担う番人のみであろうか。


 う~ん、と言いながら困ったように首をかしげてチャロは呻った。


「どうして、ヒトで、更に幽霊だったはずのアルバさんが、精霊の役割を“果たせている”のかが、分からないのです。ヒトでは、力不足なはずなのですが…。」


 そんな大変なことになっているとは知らなかったと、驚きおののきながらアルバは弱々しく呟いた。


『私は、ただの植物学者だった。 魔力等級も低く、普通の一般市民でした…。

 祖先にも、力ある者など、全くおりませんでしたよ。』

「う~ん、やっぱり分かりませんね…。

 そういう事なので、師匠ならご存知かもしれませんから、伺ってきますね!」

『はい。 私も大いに知りたいです。 宜しくお願いします。』


 チャロは、クラトスに報告するため、急いで屋敷へと走って行った。














誤字脱字があれば、ご指摘ください。

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