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白銀の魔法使いの愛弟子  作者: 緑青海雫
第2章 ある少年と猫の話し
16/23

空へ吼える猫

猫の過去編、第2話です。



 



 いつも、リィルステラは恐れていた。



 このまま命を落とせば、今まで身の内に封じ込めていた魔力が嵐となって暴走し、この華奢な身体を内から弾き飛ばせば行き場を失って、更に美しい天空城を破壊してしまうと言うことを。


 誰も、その事実をリィルステラには教えなかった。


 けれど、リィルステラは分かっていた。


 一年のほとんどをベットの上で過ごし、暇さえあれば本を読んでいた賢い彼が、沢山の本の中から学んで導き出した推測は、これから起こりうる未来だと彼は知っていたのだ。


 愛しているものを、傷付けてしまうかもしれない恐怖。


 毎晩、眠りにつくその瞬間まで、その事を恐れて、リィルステラは毛布の中で震えて泣いていた。


 制御不能な力を持った、恐ろしい子供と知っていても、あの麗しい伯母はリィルステラを大切にしてくれて愛してくれて……、唯一の肉親として、寂しくないように側へと引き取ってくれたのだ。


 そして、献身に仕えるディオティマ。

 毎日言葉でじゃれあい、そして毎日たくさん甘えた。

 両親の変わりに、側で支えて育ててくれるディオティマの、惜し気もなく注いでくれる愛情に、リィルステラは全身全霊でもって受け止めようと誓っていた。

 そして、リィルステラも自分が持ちうる全ての愛情や幸福を、全力で伯母とディオティマへ向けていた。


 激痛に何度も心を折られても、ディオティマが側で支えてくれたから、なんとか此処まで生き長らえたのだ。


 リィルステラにとって、大切な二人。


 二人にとっても、リィルステラが特別で有ることは、身に染みて分かっていた。


 だからこそ、一番被害を被るのは、伯母とディオティマだとリィルステラは思った。


 少しでも、愛してる二人に負担を掛けたくなくて、リィルステラは自分の最後を必死に模索した。





 そうして見付けたのは、死に方・・・



 自分の飲んでいる薬が、劇薬で有ること。


 自分で納得できる死を見付けた時は、ここ数年の間で一番安堵し狂喜した瞬間だった。



「 ぼくね、世界樹の若木の側で…魔水晶に、なりたいんだ……。

 そうしたら、大好きなおば様の大切な、この島を、世界樹と一緒に、潤す事がね、出来るんだょ……!

 ねぇ、ディー…ぼく、すごい・・・でしょ…?

 やっと、役に立てるんだよ! 」


 すごいでしょ!と、とても嬉しそうに語るリィルステラの言葉に、ディオティマは嗚咽を堪えきれなかった。

 ぐぅっぐぅっと嗚咽に鳴る鼻。

 溢れる涙がディオティマの拳とベットのシーツにボタボタと落ちた。


「ディー…、誉めてよ…。泣かないで…。

 あのね…ぼくね、ずっとね、寂しかったんだ…。」


 ハッとして、ディオティマは涙でぐちゃぐちゃな顔を上げた。


 いま、自分の主が『寂しい』と言った!


 どんなに辛くても、どんなに痛くても、恨み言も弱音も吐かなかった立派な主が、ここに来て始めて『寂しい』とのたまったのだ。


 ディオティマは、驚きと絶望が入り交じった眼差しで、食い入るようにリィルステラを見詰めた。


「あのね、ぼく、ヒトだから、病気じゃなくても…先に死んでしまう事がね、とっても寂しかったんだ…。


 だから、図書館の古い本の中で、魔水晶で数百年…大地に在り続けるって、書いてあったのが…本当に、嬉しかったんだ。

 おば様とディーと、一緒の時間を、生きられるって!

 魔石として、だけどね、はははっ! その瞬間ね…!

 今だと、笑っちゃうんだけどさ…、嬉しすぎて、興奮しちゃってね。 …そのまんま、死んじゃうかと思って、後で恐くなって、ドキドキしたんだよ…!

 ぼくって、馬鹿だよねぇ~…。」


 息も絶え絶えに話すのに、嬉しそうに笑う小さな主の愛しい願いに、ディオティマはワナワナと唇を震わせた。


「いいえ! いいえ!! 馬鹿なものですか!

 我輩のご主人様は、立派な方ですにゃ。

 我輩のリィルステラ様に、愛をもって仕えることが出来るこの喜びに、変えるものは御座いませんよっ!」


 叫ぶように、諭すように宣言した言葉に、リィルステラは嬉しそうに顔をくしゃりと寄せて笑った。


「ぼくも、ディーのこと、だぁい好きっ!

 ねぇ、ディー…、『混沌の水晶の欠片』、煎じて飲ませてくれない? …お願い…。」


 はぁ…と、またリィルステラは大きく溜め息を吐いた。


 額の汗が、すぅ…と輪郭にそって落ちていった。


 じわじわとした痛みが、主の身体を苛んでいるのだと分かり、ディオティマは苦し気に顔をしかめた。

 ディオティマは、亜空間からタオルを取り出して、リィルステラの顔中の汗をソッと拭き取った。



 リィルステラのお願いは、あまりにも残酷だった。



 ディオティマの手で、毒薬を飲ませろと言うことなのだから…。

 戦くディオティマを、リィルステラは上目使いにベットから覗く。


「ディー…、お願い…。

 ごめんね…辛いこと…、とっても酷いお願い、しちゃって、…ホントに、ごめんね…。

 でも、もぅ、ぼくね、腕が動かないんだ…。

 だから、お願い…、ディー、お願いします…。」


「…リィル、ステラ坊ちゃま…っ!」


 騎士としてディオティマは、感情を殺して任務を遂行する訓練を受けたことがあった。

 しかし、この激情の前には、あの辛い訓練も無意味に等しい。

 溢れる慟哭、溢れる悲しみ、行き場の無い怒り、無力な己の情けなさ。

 主の健気で憐れな姿に、ディオティマは涙を流して打ち震えるしか出来なかった。


 あまりにも切なく残酷な願いを叶えるため、ディオティマは亜空間から、『混沌の水晶の欠片』を取り出した。



 小さな灰色の、水晶の欠片。



 殻の付いた胡桃と、同じくらいの大きさの石。



 砕いて磨り潰し、粉にして飲みやすいようオブラートへ包む。


 震える手を叱咤しながら、作る薬。

 主を助けるために鍛えた、薬を扱う知識と煎じる腕。

 まさか最後に、主を殺すために使うとは思いもしなかったと、ディオティマの胸の中で様々な激しい葛藤が吹き荒れた。


「…坊ちゃま、出来ましたよ…。」


「わぁ…すごいよ、ディー…!

 手付きが本当に、鮮やかで、見とれちゃったや…。

 だけど、こんなこと、させて、ごめんね…。

 ありがとう、ディー。

 お水と薬、ちょうだい。 」


 ディオティマの手は、ぶるぶると震えていた。

 水の入った吸い飲み器と薬を、震えながら主に差し出した。


 ニッコリと微笑んで、リィルステラは口を開けた。


 ディオティマは、ぎゅっと目を瞑って堪えた。

「それで、いいのか!? 他に救いは無いのか!?」と、身体中を駆け巡る、苦しみや叫びの言葉。騎士としての矜持や信念が抵抗するように慟哭をあげていて…吹き荒れる様々な言葉の嵐を、胸の中に留めようと堪えた。



 何度も何度も躊躇いながら……。


 幼い主の小さな口の中の、無防備に晒された…その更に小さな舌の上に薬を置いて、ゆっくりと水を流し込む。



 ゴクリと、躊躇いもなく薬を飲み込む主の姿に、とうとうディオティマは膝から崩れ落ちた。



「ありがとう、ディー…。

 さぁ、早く、若木の側へ連れてって…。」


「リィル、坊ちゃまぁっ!?」


 ディオティマは、鋭い悲鳴を上げた。


 パキ……と、リィルステラの可愛らしい頬から、少し紫がかった小さな水晶が、音を立てながら生え始めていた。


 ディオティマは、リィルステラを魔法で浮き上がらせると、窓を飛び越えて北の庭を全速力で掛けていった。


 世界樹の若木の側へ駆け寄り、その根本に寄り掛かる様にリィルステラを座らせた。


 辺りはまだ暗く、夜が明けていなかった。



 ふぅっ、ふぅっ、と苦し気に息をするリィルの手を握りしめて、ディオティマは反対の手で、頭を撫で続けた。


 闇と静櫃せいひつが支配する世界の中で、パキ……パキ……とリィルステラの結晶化の音が悲し気に響き渡る。



「ディー…、そこに、いるの? 」


「はいっ! 坊ちゃま!

 我輩は、ずっとお側におりますよっ! 」


「ディー…、ぼくね、幸せだよ…。

 あのね…、また、明日も、ディーの、焼き菓子が、食べ、たいよ……。」


「はいっ! 坊ちゃま!

 たくさん、たくさん、食べてお茶も、たくさんっ、沢山、飲んでくださいませっ!

 我輩、腕によりをかけて作りますにゃっ! 」


「ま、水晶に、なって、…世界樹の、一部になったら、何百年も、おば様と、ディーと一緒、にぃ…いられ、るん、だね! うれ、しいなぁ…! 」


「…っ! 我輩も嬉しいですよ…坊ちゃまっ。」


「ふふ……っ、ディー! だぁい、好きっ! 」


 はあっ、ふうぅ……と一際大きな深呼吸をすると、リィルステラはコテン……と息を引き取った。


 あまりにも呆気なく、リィルステラは旅立った。



「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!! 」



 パキパキと次第に大きな音を立てながら、紫がかった透明な魔水晶が若木の根本を覆うように育った。


 リィルステラの小さな身体は、瞬く内に水晶の中に溶け込んでしまった。





 東の空が、薄く白けて来る頃。



 悠然と佇む世界樹の若木の根本。


 大地に広がる薄紫の水晶柱の群生。


 まるで草原のように広がる薄紫の水晶柱が、控えめに朝陽を受けて煌めく。



 一部は樹と同化し、また一部は若木の成長を促進させる高濃度な魔力を集める機関として水晶の枝となり、空へ向かってめいいっぱい、その腕を伸ばしていた。


 世界樹の若木の一部として、リィルステラは同化し共生した。


 樹を傷付ける事なく…。


 そして、若い樹をすっかり護るように。


 透明で美しい紫水晶が、世界樹の根本の幹をしっかりと覆いつくしていた。





 朝焼けの薄蒼い空を背に、薄紫の水晶の草原へ佇む悠然なる世界樹。




 その神秘的な光景を眺めて。



 ディオティマは、泣き続けた。



 世界樹の葉になりたいと願っていた主は、最後に命を艶やかに燃やして、樹の一部に成り、樹を護る美しい紫水晶の草原と成り…その夢を叶えたのだ。



 ディオティマは、リィルステラが最後に居た所の、一際大きく美しい紫水晶柱にすがって、いつまでもいつまでも、涙が枯れ果てるまで、慟哭を上げて泣き続けたのだった。



 ディオティマの小さな星リィルステラは、こうしてお伽噺しのような夜に輝く星ではなく、天空の島を濃い魔力で潤す、紫水晶として世界樹の若木と同化してしまったのだった。





 貴い願いと、最愛の幼い主の死に…。


 朝陽が眩しく昇った後でも、ディオティマは空に吼えるように泣き続けた。








 

『 とある新入り研究員の手記 』


天空の島が、地上の何処よりも豊かな理由は、小さな少年の貴い願いと儚い死による恩恵でした。



大変栄誉ある、ラピュータ島の城下町に住む事が許され、ここの生活にも慣れてきた今日この頃。

私は、とある本を読んで、なぜ研究員が毎朝、天空城へ拝礼するのかと言う理由を知ることが出来ました。


新入りの研究員が、読まなければならない必読本がいくつかあります。


『星猫の冒険紀行録』は、その中でも始めに読むべきバイブルであると、先輩方に言われておりました。


冒険者であり騎士である星猫ディオティマは、子供からご老人まで知らないものは居ないと言うほど、世界中で大変有名な方です。

彼の集めた物語や知識は、大変価値のあるものばかりで、いまだにラピュータ島の精鋭研究員たちが、狂喜乱舞、唸りながら内容の読解と検証を行っております。


あぁ、ちなみに余談ですが、実は私もそのうちの一人…。

閑話休題。


さて、イルミンスール図書館に奉納された何十冊とある、星猫ディオティマ冒険紀行録・原本の文献の中の一冊に、一時仕えた小さな主の話がありました。


これは、涙なしには読み進められない物語の筆頭ですね。

私の息子にも、是非とも読ませたい物語です。


この文献により、島にいる魔法使いの研究員たちは毎朝、天空城の方へ向かって感謝の祈りを捧げています。


リィルステラ坊ちゃまのおかげで、高濃度な魔力のもと研究と生活が出来る。

だから研究員も街の人々にも、『アメジストの小さな星さま』とリィルステラ坊ちゃまは、没後200年たった今でも慕われているのです。


私は今日も天空城へ拝礼し、リィルステラ坊ちゃまへ感謝と冥福を祈るのでした。



『イルミンスール図書館 今月のおすすめ本の紹介!

紹介本・星猫の冒険紀行録 第2巻

紹介者・とある研究員より~ 』



*******


余談話でした~。



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