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白銀の魔法使いの愛弟子  作者: 緑青海雫
第2章 ある少年と猫の話し
15/23

小さな星に仕えた猫

 



 麗らかな日。


 別れは、突然訪れたのだ。




 **********




「 ねぇディー、紅茶が飲みたい。」



「はい、畏まりました、坊ちゃま。

 そうしましたら16時ですが、少し早めのアフタヌーンティーとしましょうかにゃ。」



 ディオティマは、書き物を止めて、チラリと左腰に吊り下げた懐中時計を見ながら、返事をした。

 そっと立ち上がると紅茶を取りに給仕室へと歩いてく。


 木製のワゴンに、熱湯の入った銀製の給茶器サモワールと陶器のティーポット、銀製のティーカップに茶筒と茶器を乗せる。

 そして、右手を空中で一掻きする。パッと現れたのは、今朝焼いて、熱々の内に亜空間へと保存していたクッキーやケーキ類。


 お菓子が、溢れんばかりに乗った銀製の大皿をワゴンへ積む。ワゴンはキュルキュルと音を立てながら動き、ディオティマは早足で主の部屋へと向かった。


 ノックをして部屋へ入ると、待ってましたと言わんばかりに笑顔をキラキラさせた主が、ベットから身を起き上げて出迎えた。


「うわぁいっ! いい香りっ!

 ふふふ! 今日のお菓子もディーが作ったの!? 」


「にゃふふ、そうですよ、坊ちゃま。

 坊ちゃまが喜んで褒めてくださるから、焼き菓子が良く焼けました。」


「あははっ! ディーは、ホントに口がうまいね!

 あぁ、そうか! 口が上手いから舌も肥えているのか!

 ディーが作るものや淹れてくれるお茶は、だからビックリするほど美味いんだね!」


「にゃふふふ!

  あれま、坊ちゃまのおだても大変お上手で御座います。 これは、更に精進させて頂きますればにゃ!」


 そう言い合って、猫と主人は笑い合って紅茶や焼き菓子に舌鼓を打った。


 そっと、窓の外を見やれば、抜けるような蒼に染まった天空が広がっていた。





 此処は、天空城の奥ノ宮おくのみや


 女帝陛下が住まうプライベートゾーンの一室。


 女帝陛下に連なる貴い血の者が住まう宮殿。


 北側にある静かで過ごしやすい此の部屋に、少年はいた。


 か細い手足、青白い顔。

 力ない静かな声から、ディオティマが仕える此の少年が、病に冒されているのは明らかだった。



「ねぇ、ディー?

 折角だから場所を移して、世界樹の若木の側でお茶をしようよ!

 こんなに晴れていて、美しい日なんだからさぁ!

 どう? …ダメ、かな…?」


 そう言って顔を傾げると、艶やかな紫の髪がサラサラと肩を滑って鎖骨に落ちた。


 不安げに揺れる金の瞳が上目使いに、ディオティマを覗き込んでいた。


 控え目なおねだりに、ディオティマは苦笑した。


「…坊ちゃまが望むのにゃらば、我輩は何処へでもお供致します。」


「えっ!? ホントに!? 良いの!? 」


「しかし、少しだけですからね?

 折角のお日様ですから、しっかりと日光浴をしましょう。籠ってばかりでは、にゃお身体に悪いでしょうからね。」


「やったぁ~っ! ディーっ! 大好きだよっ! 」


「これこれ、坊ちゃま! そう、興奮されてはお身体に障りますにゃ! 落ち着いてくだされ…。」


「えへへ! うん、ごめんなさい。気を付けるね!

 でもでもっ、嬉しくって!」


 満面の笑みを浮かべる愛らしい主に、ディオティマも思わず慈愛の籠った笑みを浮かべてしまう。


「では、お支度致しましょう。」


 あっと言うまに車椅子の支度をすると、魔法で主を浮かせて衝撃が無いよう細心の注意を払ってソッと座らせる。


「ありがとう、ディー! さぁ、行こうか! 」


 車輪の外輪に手をかけて力をいれて回すと、車椅子が動き出した。


 ディオティマはワゴンを手に、少年は車椅子を回して、部屋の大窓から庭に降りた。




 奥ノ宮、北棟の更に奥。


 その庭には細い若木が一本、悠然として立っている。


 小さな鳥たちの歌う声。


 風に吹かれて擦れた木々の葉のさざめき。


 遥かに広がる蒼い青い空。


 まるで、その静かで美しい光景の主と言わんばかりに凛と佇む世界樹の若木。


 細い樹の幹だが、枝を大きく広げ、その枝という枝に惜し気もなく繁る、青々とした葉。


 その一枚一枚が、まるで翡翠のように美しく輝いていた。




「あぁ…、なんて綺麗なんだろう…。」


「さようで御座いますね、坊ちゃま。」


 少年は、ほぅ…と感嘆の溜め息を吐いた。

 生命力に溢れる若木。

 自分もこんな風に生きられたらと、少年は思っていた。


 凛と佇む美しさに、いつからか抱いたのは憧憬。


「…あぁ…もし、生まれ変われるのなら…。

 ぼくは、この世界樹の若木を支える、葉の一枚に成りたい…。」


「…っ! リィル坊ちゃま…っ。」


 あまりにも切ない願いに、ディオティマの心が震えた。


 毎晩のように、内に秘める強大な魔力に苦しめられ、身体を引き裂かれるような激痛にのたうち回る小さな少年。


 少年『 リィルステラ 』は、女帝陛下の甥っ子であった。


 の賢者たる女帝陛下の弟君、の賢者は地上で出逢った人間の女性と恋に堕ちた。


 その恋の末に産まれた少年は、人の器に賢者の魔力を持っていた。

 人の身に有り余る巨大な魔力は、小さな身体を否応なしに内側から破壊し魂を蝕み、少年を死に至らしめようとしていた。

 両親の懸命な看護を嘲笑うように、その魔力は少年を蝕み、身体は日に日に弱っていった。


 そして、とある事件から母親が亡くなり、紫の賢者は妻の死の衝撃から立ち直れず、息子を置いて世界をさ迷った。


 女帝陛下は、可愛がっていた哀れなリィルステラを天空城へ引き取り、そして現在に至る。


 この天空城に、女帝陛下の血に連なる子供が居るのは、ごく一部の者しか知らない機密事項。


 よって女帝陛下の勅命から、天空の騎士でも上位にあるディオティマ・スティフェルが、 護衛と執事ナイト・バトラー としてリィルステラに仕えていた。



 仕え始めて、およそ6年。



 最近では、発作の期間が短くなって来ている。


 リィルステラの呟きに、ディオティマは…胸の奥が抉られるように傷んだ。


 サヤサヤと掠れる葉の音が、今は虚しい。


 風に揺れる紫色の艶やかな髪が、寂しげに見えて、ディオティマは手を握りしめた。






「…ひゅうっ!? あ"、あ"ぐうぅぅっ!!」




 リィルステラの苦悶の呻き声に、ハッとしてディオティマは慌てて駆け寄った。


「 っ!!? 坊ちゃま!? 発作ですね!?

 お気を確かにっ! 坊ちゃま!

 おい! 誰かっ! 誰か、陛下をお呼びしろぉっ!!」


 そう叫ぶと、遠くから此方を見守っていた部屋付きメイドたちが、小さな悲鳴を上げながら、大慌てで女帝陛下を呼びに走る。

 北の棟が、突如として慌ただしくなった。


「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!! う"あ"っ!! 」


「坊ちゃまっ! 薬をっ! 薬をっ!! 」


 身体をくの字に曲げて、激痛の苦しみに身を悶え大粒の涙を溢し、口の端から涎をボタボタと垂らす少年の姿に、ディオティマは叫びたくなった。


( 神は、あまりにも残酷だっ!!

 こんなにも、いたいけな少年に度重て、

 なんたる仕打ちっ!!

 神の、なんと無慈悲なことかっ!! )


 腸が煮え繰り返すような焦燥が、身のうちを焼く。


 必死に少年に薬を飲ませて、落ち着かせようと抱きかかえれば、11歳にしてはあまりに細い身体で…。


 力を入れれば折れそうな、小さな小さな子供の背を撫でれば、ディオティマの視界が涙でにじんだ。





 その翌日の早朝、ソッと目を覚ますリィルステラに、ディオティマは酷く安堵した。


「 あれ? ディー…、外が真っ暗だ…。」


 かすれた声が何時もより弱々しくて、水の入ったコップをトレーに乗せながら、慌ててベットサイドに駆け寄った。


「リィル坊ちゃま、お加減はいかがですかにゃ?

 今は、4時を過ぎた頃です。

 お腹は減っていらっしゃいますか? 」


「…朝なの…? もぅ…そんなに経ったんだ…?

 また、発作だった…。

 折角、ディーとの…アフタヌーンだった、のに…。

 ごめんね、ディー…。」


「いいえ、いいえ、坊ちゃま!

 アフタヌーンは、また明日も明後日も有りますから、我輩は気にしておりませぬ!

 だから、どうか謝らないでくださいませ。

 さぁ、お水です。 飲めますか?」


「…うん、ありがとう…。」


 こくり、こくりと喉を小さく鳴らして水を飲むと、リィルステラは深い溜め息を吐いた。


「ねぇ…ディー。」


「はいにゃ、坊ちゃま。」


「昔、読んでくれた『星になった少女』の話し、覚えてるかな…?」


「は、はい…覚えておりますよ。」


「ぼくね、ディー…。

 あの女の子は、亡くなって…お星様になったけど…。

 ぼくはね、世界樹の…若木の糧に、なりたいんだ。」


 ディオティマは、その瞬間、背筋が ぞわりとした。

 主は、死期を悟っているのだと感じて、ディオティマは恐怖に震えた。


「…リィル、坊ちゃまっ…!」


 噛み締める牙の隙間から、悲鳴のように小さく叫んだ。


「ディー、もぅ…こればっかりは、仕方無いんだ…。

 ねぇ、お願い、ディー。

『混沌の水晶の欠片』を、出して……。」


「 ……っ、くうぅ……っ!! 」


 ボタボタと、ディオティマの毛むくじゃらの手の甲に涙が落ちた。




『混沌の水晶』は、リィルステラの薬だ。



 女帝陛下からの依頼で、白銀の賢者が世界中を廻ってやっと見付けた、リィルステラの為の劇薬・・



 灰色で透明な水晶を粉にしたモノが、身体の成長と伴に巨大で濃厚になる魔力を封じる、唯一の薬。



 魔力を体内に水晶化させて、抑え込む魔石くすり



 ティースプーン一杯が、小さなリィルステラの用量。


 それ以上を含薬すれば、たちまち水晶に喰われてしまう。


 これはもともと、地上の魔物退治に使っていた希少な魔石だった。

 ヒトより大きな魔力を宿す、魔物の傷口へ『混沌の水晶の欠片』をねじ込むと、たちどころに魔物は内側から水晶に魔力を喰われ、更にその血肉を喰われ、巨大な水晶柱に変わると言われている。


『混沌の水晶』と宿主・・から産まれた『魔水晶』は、大気中の魔力を集め、何百年という長い間その土地を潤して様々な恩恵を与え続ける。


 そうしてある日、世界を調停する役目を終えれば、水晶は砕けて土へと還り、植物の温床となり世界を形作る一端を担うのだ。



 その事をリィルステラは、知っていた。



 リィルステラが魔水晶に成れること。


 リィルステラは、イルミンスール図書館の数多ある古い文献の一節から読み解いて、自分にとっても愛する家族たちにとっても、『 唯一の救い 』を知ることが出来たのだった。









ディオティマ君の、過去の傷に触れる回でした~。


致命傷に程近い、心の傷。

クラトスの訪問によって、辛い思い出が甦りました。

あと、2話程続きます。


ディオティマの過去編は全部で三話を予定してます。


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