山頂に佇む十字架
御機嫌よう〜!
さて、幕間です。
第1章の続きではなく、完全に独立した短編となります、が…。
幕間は、クラトス視点でお贈りします。
時々、挟ませて頂きます!
「なんだ…白、おまえか…。
珍しいでは、ないか…。
何の用だ…?」
下腹に響く、少し掠れた低い美声。
その声の主は、岩の上に座り片膝を抱えていた。
すっと、流し目を僕にくれるが、この目付きの悪さなら、他の人から見たら睨んでいるようにしか見えないだろう…。
僕は、ふぅ…と溜め息を吐いた。
「青の…。貴方はまだ、此処にいるのか…」
ふぃっ、と青の賢者が顔を背ける。
「俺は、待つと決めたのだ。」
ボソリと、聞落としてしまいそうなほど小さな声で、彼は苦々しく呟いた。
「待っていても、あの人は帰って来ないだろうに…。貴方は、なぜ此処に居続けるの?もうすぐ…300年になるよ…?
諦めて、降りといで、青…。」
「だまれっ、クラトス!!
お前がっ! !
お前が其れをいうのか!?」
ぎりっと、音がしそうなほど奥歯を噛み締めて、彼は憎々しげに、僕を睨んだ。
「クラトスっ!お前は見つけたのだろう!? 数百年もの間、地上の穢れに時狂いの身を投げ出して、お前は成したではないか!!
俺は知っているぞっ!!
鳥達が話しているのを聞いたのだ!!
お前が血反吐を吐きっ、身を削り…!
絶望に泣き喚きながらも地べたを這いつくばって探していた者を!!
恋い焦がれて待ち続けた者を!!
だから、俺とて見つけるのだっ!!
俺は約束を反故にはしないっ!!」
「…エヴァンジェリ…」
ぐっと、僕は言葉を飲み込んだ。
そうだった。
僕だって、ずっと待ち続けて、ようやくあの子に出逢ったのだ。
青の賢者、エヴァンジェリの慟哭に同調し、あの頃を思い出して、僕は身が引き裂かれるような気持ちになった。
天空の城「太陽の翼」。
此処は、僕たちの城。
僕たち、時狂いの七人が創り上げた最後の楽園。
岩の上から、エヴァンジェリが小さく…咽び泣く声が聞こえた。
僕は、ジッと足元を睨み付けていた。
青の賢者エヴァンジェリ・セトは、美しい男だ。
流れる水のような、青く透き通った長い髪。
腰まである髪を頭上で一纏めにし、朱い紐で結っている。
サラサラと、髪が肩を流れる様は、河を覗き込んだ錯覚に陥るほど艶めいて綺麗だ。
しかし、目付きの悪い男だった。
アーモンド型の眼は、吊りあがり気味で涼しげだ。深い紺色の瞳は、魅入りそうになるのに、なんとも冷酷な光が宿っている。
鼻は高く、肌は褐色。
ただ座っているだけでも、全体的に色気の漂うのが、このエヴァンジェリと言う男だった。
冷静で冷酷で…。
周りにも自分にも厳しいが、僕の知っているエヴァンジェリは、一途だ。
疑っても、哀しくても寂しくても、何があっても…ずっと彼の友人を待ち続けている。
それが、亡くなった友人との最後の約束らしいのだ。
必ず転生して彼の元に戻る、と友人が死の間際に約束をしたというのだ。
エヴァンジェリは、300年間…。
独りで、ずっと此処で待ち続けている。
此処は、島の最西端の山頂。
山頂には、友人の墓が建っている。
2メートルはある、大きな十字架。
金に輝く十字架が霧の中に、静かに佇んでいる。
其れは、とてと幻想的で神秘的で。
冒しがたい何かをまとっている。
雲と霧に囲まれた黒く鋭くて険しい岩山の山頂。
十字架に寄り添う、美しくも憐れな男は今も希望を捨て切れず、根気強く待ち続けている。
僕たち七人の時狂いは、何処か大事な何かが欠落している。
僕らは紛れもない、化け物。
僕も色々、酷いものさ…。
ふふん…っ、と自嘲した瞬間…。
( 師匠…、師匠…)
ふと、チャロ君の可愛らしい声が聞こえて来た。
必死に、僕にくっ付いて歩く姿。
本を真剣に読む姿。
とても美しい顔をしているのに、頭は寝癖だらけで服もヨレヨレで、自分の容姿に対して、とても大雑把で無頓着。
耳に優しい音程で、甘えるように僕を呼ぶ声。
僕の可愛い、一番の弟子チャロ。
僕の大切な養い子、チャロ…、シャロン・ヴァイオレット。
煌めく紫の瞳を思い出して、トクリと胸が高鳴った。
岩の上にゆっくりと飛翔して移り、未だ咽び泣くエヴァンジェリに、そっと近寄り肩を抱いて慰める。
「エヴァンジェリ、さっきはごめんね…。そうだよね、僕も逢えたんだ。
きっと貴方だって逢えるよ。
ただ、…独り寂しく待ち続けないで欲しかったんだ。時々で良いから、僕のアトリエにおいで?
僕の愛弟子が作るシチュー、本当に美味しいんだよ?
暖かいシチューも焼き立てのパンも、香りの良い珈琲も用意するから。
ねぇ、エヴァンジェリ。
貴方の大切なヒトは、きっと君が少しでも笑っていてくれる事を…、どんなに小さくても得られる祝福を、きっと望んでいるよ。
お願いだから、自分を無碍にしないで…エヴァンジェリ。」
「クラトス…、俺は、愚かだ。」
「…どうして?」
「あいつを待つ事が、罪の償いだと思ってしまっていたんだ!
違うんだっ! 本当は違うっ!
待つと約束したのは、俺だっ!
自分を忘れて幸せになれ、とあいつは言った!!
きっと転生して、私が貴方を見つけるからと、言った言葉に、哀しくて寂しくて狂いそうになるくらい嬉しくて、俺は、俺がお前を待ち続けてやるっ、何があっても待ち続けると!!
俺がそう言って、約束したんだっ!
俺は、愚か者だっ!!
俺は、本当にっ…!!」
ぐっと、エヴァンジェリの背中が大きく持ち上がった。
身体を折り曲げて、号泣する。
僕は、何度も背中をさすった。
世界で持て囃され、伝説と謳われる僕たちの実態は、みんな似たり寄ったりだ。
狂った獣を身の内に飼っていて、時折、制御が効かなくなる。
何処か歪で思考がねじ曲がっていて、其れなのに揃って力が巨大で学問や策略に優れ、容姿が恐ろしく美しいせいか、酷く人目を引いてしまうのだ。
だからか、より孤独感を味わうのだ。
賢者と言う名とて、ヒトから一線を引かれてしまったという事。
ふふ、と自嘲する。
時狂い…。
そうだ。何百年と生きる化け物は、やはり僕ら七人しか居ないのだ。
しかし…、その長い永劫の狂った時間の中で、少しの間でも寄り添ってくれるナニカは、本当に貴重で得難い宝物で。
時狂いの僕らは、みんながみんな、形こそ違うけれど、その宝物を既に手に入れていた。
至高の宝玉。真の宝。
しっかりと胸に抱いて、大切に、大切にしまい込んでいるのだ。
僕の真の宝は、僕らの家で暖かいご飯を用意して待っていてくれているだろう。
ただいまと言えば、嬉しそうに顔を綻ばせてお帰りなさいと返してくれる。
僕の、大切な宝もの…。
「エヴァンジェリ…。
葛藤して反省し、必死に生きる者は、愚か者だなんていわないんだよ?
其れは、悪い事じゃないよ。
格好悪い事でも、見苦しくて情け無い事でもないからね。
エヴァンジェリ、古き友よ。
どうか、自分を蔑んで貶めないで。
僕の掛け替えのない旧友を、これ以上、虐めないでおくれ…。」
エヴァンジェリは、何度も袖で涙を拭っていた。
「クラトス…、すまない…。
そうだ…、俺は大切な約束を、寂しさや悲しみで拗らしたんだな…。
俺は…、時が進むに連れて、俺が己を許せず許そうともせず、荒み…。
そうやって俺の心が、これは罰だと…己を責めてわざと罪の雫を生み出して、巨大な湖を作り上げていたのだな。
その湖を覗き込み、ただ待ち続け、反省するだけなら良かったのに、俺はいつの間にか…贖いたいと意固地になり、足を滑らせ自ら作った罪の湖で溺れていたのか…。
そうだ、あいつはそうじゃない…。
逆に、俺が無理して待ち続けているなら、やっと逢えた時に問答無用で蹴り飛ばして来るだろうさ!
そうだ…!
あいつは、必ず俺の元に還って来る!
其れは、この墓標ではないっ!!
俺と言う魂の元へ還って来ると約束したのだっ!!
俺は、墓標という物質にしがみ付いて、縋ってしまっていたんだな…。
クラトス、すまないっ!
俺の大切な古き良き友よっ!!」
エヴァンジェリの慟哭は、叫びに変わり、苦しげな表情も泣いてはいるものの、今は少し落ち着いていて。
どうやら無事、拗れが解消されて、正しい道に戻った様だった。
すまないと、謝って僕にしがみつく友人に、ふふふ、と笑みが零れる。
ポンポンと、優しく彼の背中を叩いてやった。
「気にしないで、エヴァンジェリ。
持ちつ持たれつってヤツだろ?
こちらこそ、なかなか踏み出せずにいてゴメンね…。
ああっ!
でも、ホントに家においでよね!
今回のお詫びとして、僕の愛弟子の自慢、しぃっかり聞いてってよね〜っ!
ホントにすっごくすっご〜っく!!可愛いんだから!僕のチャロ君は!!」
抱き付いていた身体を離して、エヴァンジェリは怪訝そうな顔を僕に向けた。
「クラトス…、いつからそんなに弟子馬鹿になったんだ…。」
「…あぁ〜…たぶん一目惚れして…その瞬間から…かな?」
残念なヤツを見る眼で、こっち見んな!
僕は、ぷぅっ!と頬を膨らまして眉間に皺を寄せた。
睨み合う僕ら…。
「ぶっふぅっ!!」
「ぷはっ!!」
可笑しくて、僕らは笑い合った。
エヴァンジェリが笑うのは、本当に久しぶりだ。
僕は嬉しくて、更に笑い声をあげる。
すると、エヴァンジェリも目尻に涙を引っ掛けながら腹を抱えて笑った。
スッと、顔に陽の光が当たる。
霧と雲の隙間から陽が射して、大きな光の階段を創り上げた。
光の階段が、十字架に降り注ぐ。
霞む景色の中、光によって浮かび上がり、ひっそりと静寂を抱いて佇む十字架の幻想的な美しさに、僕らはジッと魅入っていた。
「…僕のチャロ君は、精霊や幽霊がみえるんだ。」
エヴァンジェリは、ジッと十字架を見つめ続けて、静かに僕の話しを聞く。
「時々、縁で結ばれるヒトの魂の軌跡が、光として見えるらしいよ?」
ハッと、青が息を飲んで僕を凝視する。
そっと、視線を合わせると、エヴァンジェリの瞳が揺れていた。
「あの子が言うには、縁と言う光が見えるのは稀らしいけれど…、もし…嫌でないなら、僕の愛弟子に君の話しをしてみてよ。
きっと、力になってくれるから。
エヴァンジェリ、僕も君を助けたいんだよ。」
エヴァンジェリは、ぐっと顔を歪めた。
ボロリと、大粒の涙が落ちると、破顔した。
「クラトス…腹が減った。
とても…暖かいシチューと焼き立てのパンが食べたい…。」
僕は微笑んで、うん、と頷いた。
「挽きたての珈琲もあるよ?」
くくっ、とエヴァンジェリが笑った。
「俺は紅茶派だよ、クラトス。」
「そうだっけ?
ふむ。紅茶派なら、チャロ君と話しが合うね〜!
チャロ君の事だから、お客さんが来るとなると、張り切ってパイも焼いてくれると思うよ〜!」
「おぅ、…それは凄く楽しみだな。
…パイは、リンゴか?」
「うん、この時期だからね、リンゴだろうさ。」
そう言って、クスクスと僕らは笑った。
そっと、笑い声を納めると、エヴァンジェリが泣きそうな微笑みで、僕と目を合わせた。
「ありがとう、クラトス…」
「お安い御用だよ、エヴァンジェリ。」
300年…。
この静謐に佇む十字架のそばで、己の全てを犠牲にして待ち続けた男が、やっと一歩、未来に踏み出した。
友人の、大きな一歩が本当に嬉しい。
チャロ君に逢うまで、僕は彼を見守っていた。
彼に、なにも出来ないだろうと歯痒く思い、なにも言えずに見守り続けていた。
僕は、彼の心の深い所に、関わってしまう事が怖かったのだ。
それは、他の時狂い達とて同じ。
僕らは互いに無関心を装う。
だけど、今日。
僕は、旧友のために大きく踏み出した。
慟哭し、叫び続ける剥き出しの心に触れる恐怖に、四肢が震えながらも。
これは、僕にとっても大きな一歩。
チャロ君と言う存在が、引き起こしてくれた切っ掛けという奇跡の一つ…。
さぁ、行こう…と声をかけると、本当に嬉しそうに彼は笑った。
僕らは、山頂にひっそりと佇む十字架を背に、東へと飛び立った。
第2章には、続きませんが、いつか…とある章の中へと続く予定となっています。
乞うご期待っ!!
次回もどうぞよろしく!!
読んで頂き、感謝感激雨あられ!
風邪など召されないよう、皆様お大事に!




