空と鳥の物語
illustrated by marry
区切られた破片の空がいつもありました。
それでもやっぱり空は美しいと鳥は思います。
時と共に変わりゆく色や雲の形を予想するのはとても楽しく、毎日飽きることなく空を眺めていました。
鳥にとって空は未知の存在であり、憧れだったのです。
空に尋ねてみたいことがいくつもありました。
『空の色はどのように作られるのですか?』
『雲はどこから来てどこへ行くのでしょう?』
『空はずっと繋がっていて、東に飛べば昨日へ、西に飛べば明日へいけるのでしょうか?』
鳥はじかに空に会いたいと思いました。
しかし、それは夢のまた夢なのだと分かっていました。
空はとても遠くにいることをハトの噂で聞いていたからです。
この命がある間に一目でも本当の空に会えたなら。
そうしたら空の前でこの羽根で舞ってあげられるのに……。
鳥は叶わないと分かっていても、毎日舞の練習を欠かしませんでした。
そうすることで自分をなぐさめていたのかもしれません。
鳥は一点の曇りのない、真っ白な体をしていました。
時々カラスが妬んで籠を襲いに来ることもありました。
鳥自身そんなことはつゆ知らず、怯えて鳴いたりしました。
誰も助けてくれる者はありません。
ただ風だけが鳥を優しく撫でてくれました。
鳥はずっと一人ぼっちでした。
親の顔を知る間もなく、今の家に引き取られました。
物心ついた時にはもう籠の中にいて、少しの水と食べ物、止まり木だけが並べてありました。
今日も静かに空が暮れてゆきます。
青が褪せると柔らかな朱鷺色が辺りに満ち、やがて橙に燃え茜の炎になり、
藍色がそれらを消し去る前に、闇が全てを覆いました。
それは刻々と変化する美しいモザイク画のようでもあります。
鳥は心を震わせました。
なぜ、空にはこんなにもたくさんの色があるのでしょう?
そしてなぜ、自分はこんなにも空に惹かれてしまうのでしょうか?
鳥は羽根を広げ舞い始めました。
汚れのない純白の羽根は、星の光を受けてぼうっと浮かび上がりました。
それはとても幻想的な光景でした。
雲一つなく晴れたある日、鳥は今日も空に向かって舞っていました。
すると突然、カラスがギャアッギャアッと籠を揺らし始めました。
カラスはいつもよりたくさんいました。目は一斉にこちらを見つめていました。
鳥はゾッとしました。
逃げたくてもどこへも逃げる場所はありませんでした。
鋭く長いくちばしが四方から襲ってきたので、鳥の羽根は傷つき、
白の中に赤がいくつも滲みました。
カラスの中でも凶暴な一羽が籠を強く揺らすと、吊るしてあった籠はたちまちに落ち、
かろうじて木の枝に引っ掛かりました。
鳥は籠ごと打ちつけられ、ひどい痛みと共に意識が遠のいていくのが分かりました。
しばらくの後、鳥はやっとのことで体を起こし、
恐る恐る辺りを見回しました。そしてハッとしました。
籠が開いていたのです。
鳥は迷いませんでした。
ただ空に会いたい一心で外へ飛び出していました。
しかし、鳥は舞うことができても、飛ぶことを知らなかったのです。
鳥は宙を仰いでそのまま落下してゆきました。
その時です。風が鳥を支えるように流れました。
『舞を見せて下さい……』
優しい声が鳥を呼び覚ましました。鳥はありったけの力で羽根を広げました。
気がつくと家や木が点に見えました。
田があり川があり、遥か向こうに海も見えました。
鳥は空を飛んでいました。何もしなくても風に乗り、浮くことができました。
鳥は最後の力を振り絞って羽根をひるがえしました。
練習通りに、いえそれ以上に、たおやかに舞いきることができました。
鳥の目の前には空がいました。
真っ青な中に白く赤い羽根が美しく映えます。
鳥は今やっと分かりました。
かつて怯えていた鳥に優しく触れていてくれたのは、空自身だったことを……。
空は風に姿を変えて、いつも鳥の側にいたのです。
鳥は祈らずにはいられませんでした。
『神様、どうか空が永遠に美しくありますように。
この世の生きとし生けるもの、すべてが空を求めているのですから。
そして叶うなら……空が生まれ変わった私を見つけてくれますように。
ずっと一緒にいたいのです……。』
羽根が風でさわさわとなびきました。鳥はもう動きませんでした。
目には青く澄んだ空が映っていました。
空は泣きながら鳥を包みました。
すると、鳥の羽根は空の色を吸い込んで青に染まりました。
そして日の光を含んで碧になり、
羽根は葉へと形を変え、四方へ散ってゆきました。
空はもはや、鳥の姿をどこにも見つけることができませんでした。
鳥はどこへいったのでしょう?
鳥は幸せだったのでしょうか?
空は今も風になって鳥を探しています。
時々、空が抜け殻のように透きとおるのは気のせいではないのかもしれません。
空を見つめる人がよく〝空には何も無い〟という虚無感にさらされるのは、
空の悲しみを自ずと感じているからでしょうか……。
-fin.-