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思念強化系少女轟天丸  作者: 下総 一二三
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轟天丸、ゴー!

〝よくもまあ、私達をここまでからかってくれたねえ!″


 油断するんじゃないよと部下に指示する女の声が遠くから聞こえてくる。特徴的な険のある声はソレナリオのものだ。

 奏が身体を起すと、激痛が奏の身体を奔って思わず呻いた。どこか痛めたのだろうかとうつぶせのまま少しずつ身体を動かしてみる。痛みは酷いとはいってもが大きなリュックがクッション代わりになったおかげで骨折までは免れたらしい。

 リュックは破れて中身の着替えの衣服や食料などが辺りに散乱していた。呼吸を整え身体を静かに起すと、辺りの風景は一変し薄暗い。あの牢屋のようなごつごつとした岩肌が広がっていた。

 一瞬、またあの牢屋に戻されたのかと思ったが、傍には綺麗な川が流れているし、ソレナリオの声が聞こえてくる頭上からは眩しい光が射しこんでくる。

 どうやら爆風に吹き飛ばされて、崖の下に落ちたらしいと奏は判断した。身体を動かそうとして。近くに岩淵が呻き声をあげているのを見て、奏は痛みを我慢しながら傍まで這い寄った。


「岩淵さん。……岩淵さん」

「君は……、無事か?」

「全身が痛いですけど、何とか……」

「どうやら僕は足をやってしまったらしい。力が入らない」


 見ると、岩淵の左足だけが身体から離れた別物のようになって、だらりと寝そべっている。


「君だけでも逃げろ」

「でも、岩淵さんを置いてなんて嫌です。それに一人で逃げるなんて……無理です」

「……」

「まだ、何か次の手があるんですよね?手品みたいにあの人達を驚かすようなものがあるんですよね?」


 ないと言って、岩淵は力なく頭を振った。


「僕の手品はあのロボットでタネが切れているんだ」

「……」

「肝心のこいつも起動しないしな。最後の最後が失敗作か……」


 岩淵は制服の下から最後の頼みと言っていた数珠を取りだすと、自嘲気味に放り投げた。


〝岩淵史郎、聞こえるか!″


 コワイネンの声が響いた。スピーカーでも使っているのか音が割れている。


〝ソレナリオ様との協議との結果、貴様は不穏分子として排除することとなった。大人しく我々に従っていれば良いものを!だが、これも貴様の自業自得によるものだ。そのガキもろとも地獄に堕ちるがいい!″


 コワイネンの言葉が終わると、光の中に染みのような黒点が浮かんだ。やがてその染みは広がりを見せ、染みは四本足の獣姿を形成し、白い毛むくじゃらの獣が轟音とともに地面に着地した。

 犬と表現した方が正しいだろうが、目の前にいるその獣はあまりに大きすぎた。見開いた瞳は紅く妖しい光を放ちながら岩淵と奏を凝視してくるが、獣特有の唸り声も上げずに能面のような無表情さで見据えてくる。


「〝アイ″をここで投入してくるとは、あいつらも趣味が悪いな……」

「〝アイ″てあの飼っていたワンちゃんの名前ですよね……?」


 そうだと力なく頷く岩淵の頭上で今度はソレナリオの声が聞こえた。


〝岩淵博士。あんたを失うのは残念だけど、私らにもプライドというものがあるのよねえ。どうせだから、あんたの最後の発明品である人工知能型兵器A・Iで人生を終わらせてあげる。ちょっと改造しちゃったけど、可愛がっていたロボットだものね?これなら私の身体より満足できるでしょ? 私を随分とイカしてくれたけどさ″

「孫の前だぞ! 言葉を慎め!」


 岩淵が顔を青ざめさせて崖の上に向かって叫ぶと、ソレナリオの高笑いが響いた。


〝その子がアンタのお孫さんじゃないてことは、本部の調べで聞いたわよ。本当に色々と恥をかかせてくれちゃって〟

「なら、この子は関係ないだろ。この子は何も知らないんだ。解放してやってくれ!」

〝やだね。私は弱いのをいたぶるのが好きなんだ。今までは博士の孫だというから見逃していたけど、その子もA・Iの餌食になってもらうよ〟

「クズが……!」

〝じゃあ、最後のひと時を堪能しなさい。さよなら博士″


 愛してたわと言ってソレナリオのマイクが途切れた。途切れると同時にA・Iが静かに近づいて来る。もはや反撃する力も無く、獲物に照準を合わせあとは引き金を引けば仕留められるとA・Iは判断しているのだろう。無防備にゆっくりと近づいて来る。


「済まない……」


 岩淵が奏の手を握った。

 贖罪の意識が岩淵の温かな手から伝わって来る。

 何故、この人が謝らなければならないのだろうと思うと、奏が抱いていた恐怖は怒りに変わっていた。岩淵は静かに暮らしたいだけだった。それをアングランドが勝手に踏み荒らし、勝手に殺そうとする。この理不尽さはなんなのだろう。なんであんな連中が威張っているんだろう。なんでこっちがいるかいないかわからない神様に祈らなきゃいけないんだろう。


「音無君……?」


 奏は岩淵の手を振りほどくと、立ち上がって岩淵をかばうようにして前に立ちふさがった。岩淵の問いも返さずA・Iの鋭い視線を跳ね返すかのようにじっと睨み返した。勝つ見込みも無いのはわかっているはずなのに死への絶望も恐怖も無かった。胸の内に怒りという感情だけ湧きあがってくる。

 ムカつく。

 あの人たちを全員ぶっ飛ばしたい。

 力があれば。

 力があれば。

 私に力が欲しい。

 A・Iが真っ赤な口を開き、照準を奏に合わせると白い巨体が猛然と襲いかかって来る。自分の身長ほどもある太い牙が奏の身体を切り裂こうとした時、青白い稲妻が周囲に張り巡らせられ、A・Iの巨体を端まで弾き飛ばした。地響きとともに大地が揺れ、黒い砂塵が崖の上まで立ち昇った。脆い岩肌が崩れ落ち、雪崩のようになって岩岩が奏や岩淵に降り注ぐ。しかし、それらも光の壁に阻まれて、ぽっかりとした空間を作っていた。


「これは……」


 奏と岩淵が呆然と見上げるなか、足元に小さな光が浮かんだ。

 見ると、岩淵が持っていた数珠がほのかな光を帯びて輝いている。


「君の意思に反応して〝スレッド″が起動したのか?」


 数珠のことを岩淵は〝スレッド″と呼んでいるらしい。

 掛けてくれないかと岩淵が言い、奏が〝スレッド″を首に掛けると、目の前に3Dのホログラフィーが浮かび上がっていた。パソコンのインストール画面に似ていた。


「岩淵さん。何か映像が見えます」

「それが轟天丸になるためのインストール画面だ。終えた時、君の身体は轟天丸に変身する」

「私が……轟天丸に?」

「そう。黒曜石とヒスイを繋ぐその糸には〝思念強化″という特殊な技術が施してある。意思と〝スレッド″を繋ぎ思念を増幅させることで肉体を変質させることで強大な力を得ることができる。工房に置いてあった轟天丸の像は、計算した結果なるであろう変身した時の姿だ」

「……」

「発案したのは随分と昔なんだが、脳波にも影響して性格も変わってしまう。自我崩壊にもつながりかねないから途中で取りやめたんだ。ここに拉致された時、未完成の状態だったからアングランドの目を盗んでひそかに完成させたつもりだった。だが、僕に反応せず、君の意思に反応するとは思わなかった」

「私があんな姿になるんですか?」

「抵抗があるのはわかるが……」


 工房に置かれていた轟天丸の像を思い出す。燃えるような赤い蓬髪に破れかけたような袈裟姿に仁王のような形相。筋骨隆々とした身体付き。マッチョマンはタイプだし、お気に入りのキャラではあったが自分があんな姿になるには流石にためらいがあった。

 しかし。

 普段の奏なら即答で断っていただろうが、今、奏がいるのは瓦礫の下である。バリアが張られて辛うじて生きてはいるものの、いつまで持つかわからない。現に光が先ほどよりも弱くなってきている。それに奇跡的に外へ出たところでアングランドの連中が手ぐすね引いて待ちかまえていることだろう。それを考えればこのままだと確実に死が待っているのは明白だった。

 わかりましたと奏が小さな声で言った。


「……岩淵さん。私、やります」

「……そうか」


 岩淵は沈痛な面持ちで頷いた。本来なら自分がやるべきことなのに最後の段階で少女に責任を押し付けてしまった自分の無力さを恥じているかのようだった。画面の説明する声にも力が無く、時折、言葉が詰り手で顔を覆った。


「……岩淵さん。〝音声入力してください″という文字がでました」

「それは変身するための音声パスワードだ。〝音声入力″と言った後に、赤い丸が出てくる。そこでパスワードを入力すれば、それが変身時のパスワードになって轟天丸へと変身することが出来る」

「はい、わかりました」

「いいのかい? 止めるなら今のうちだよ」

「止めるも何も、私しかいないじゃないですか」

「……そうだね」

「早く、あんな人達やっつけて帰りましょ?」

「……うん。そうだね」


 岩淵は優しく微笑んで何か言おうとしたが、それ以上は言葉にならずそっと俯いてしまった。

 負けない。絶対に家に帰るんだ。


「音声入力」


 と奏が言うと、赤い丸が画面に浮かび上がった。

 入力するパスワードは決まっている。静かに深呼吸をし大きな声で叫んだ。


〝轟天丸、ゴー!″

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