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思念強化系少女轟天丸  作者: 下総 一二三
3/20

素敵な老人との出合い方?

 駄犬のゴンはパワーだけはある。


 いつも散歩に出掛ければずるずると引きずられる格好で町を徘徊しているのだが、そのうち飽きて道端で寝そべったりしてしまうので、奏は大汗をかきながらゴンを引きずるようにして自宅に戻って来る。信号ではきちんと待てるし、触ってくる子どもにも噛みつかない。

 いたずらしてくる子どもにはワンと吠えて追い払うだけだ。他の犬とすれ違っても喧嘩をすることも無いからそこそこ頭は良いのだろうと奏は思っている。

 しかし、その一方で自分が馬鹿にされているというのもゴンの行動から充分に伝わってくるのだった。

 馬鹿にしてないなら、散歩に付き合う飼い主にもうちょっと気を使うものだろう、と。


「ちょ、ちょっと……。どこ行くの?ゴン!」


 その日の夕刻、いつものように奏はゴンに引きずられる格好で神林町内を徘徊していた。

 ただ、今日はそのいつもとルートが随分と違う。

 先の十字路付近に野良犬がうろうろしていて、ゴンの雰囲気から察するに相手はどうやら雌犬らしいと見当がついた。尻尾を高速で振り回し、いつもにも増して強い力で奏で引っ張ろうとする。


「もう、おとなしくしなさい、てば……!」


 奏が重石代わりになっているために駆け出すまでには至らなかったが、身体をグンと伸ばして、普段のゴンからしたら信じられないような力でずるずると引きずりながら坂を上っていく。

 買い物途中の親子連れが通りがかり、微笑ましい笑顔をこちらに向けて見送っている。傍から見ると珍妙な光景なのだろうが、当の本人はそれどころではなく「笑ってないで手伝ってくださいよ」と叫びたいくらいだったが、紐を離さないよう掴んでいるのが精一杯で声を出すことも出来なかった。

 坂を上がったところで野良犬はどこかに消えてしまっており、フンフンとしばらく鼻を鳴らしながら周囲を見渡していたが諦めがつくと、いつもの駄犬に戻って、そこで疲れが出たのか、道の脇まで動いてゆるゆると寝そべってしまった。


「……何やってんのよ、ゴン」


 世話の掛かる犬だとうんざりしながら紐を引っ張ったがゴンは岩のように動かない。奏も疲れきっていてすぐに息が切れてしまった。

 腕が鉛のように重くて力が入らない。文句を言う気力もなく、奏もゴンの隣でしゃがみこんで体力の回復を待つことにした。


「ここ、三崎町だっけ?」


 ある種の懐かしさに誘われて奏は周囲を見渡した。小学校時代に唯一、仲の良かった友達がいて絵が上手かった。彼女も漫画家を目指していて、よく誘われて家に遊びに行ったものだが、その後、彼女は転校してしまったからこの町に足を運ぶことはなくなっていた。壊れて外れかけた門の家も変な小人の像を置いている派手な造りの家もそのままで、六年前にタイムスリップしたような感覚があった。

 あの子の家はどうなったんだろうとそんな想いが過ると、急に好奇心が沸いて彼女の家を観に行きたくなってきた。もしかしたら彼女がひょっこり戻って来ていて、また六年前のように一緒に遊べるかもしれない。再び一緒に絵を描きお話が出来るかも知れない。

 単なる好奇心が願望へと変化し、奏はいてもたってもいられない気分になっていた。観に行ってみようと立ち上がったところで、ゴンをどうするという思案が頭を過った。だが、ここから歩いて五分程度の距離だ。ちょっと覗くだけだからと自分に言い聞かせ、紐を近くのカーブミラーに結ぶと、今までの疲れも忘れて小走りに彼女の家へと駆けだした。

 その一〇分後、彼女の家からとぼとぼと引き返す奏の姿があった。

 二階建ての木造家屋も、春には庭一杯に咲き誇っていた花壇も、小さな池もあったはずだが、全て消え去り、一面に生えた雑草と用途不明のプラスチック製のケースや誰かが投げ込んだゴミ袋が紛れて転がっているだけだった。雑草は夕方の秋風になびき、さらさらと音を立てている。


「去年、火事があってねえ」


 通りがかった近所の住人が奏に教えてくれた。家の向かいに住んでいる老人で、彼女の家に遊びに行った際、何度か顔を合わせて挨拶を交わしている。それで老人も奏の顔を思い出したらしく同情するような口ぶりで語った。


「誰かが捨てたタバコの火の不始末らしくてね。いや、もう酷い騒ぎだったよ」


 消防車五台出動し、それでも手が足りなくて老人も消火活動の手伝いをした当時の状況を説明し始めた。だが、奏は老人の話を半分も聞いておらず、呆然と空地を眺めているだけだった。

 

 ――行かなきゃ良かった。


 帰り道、背を丸めて俯きながら自分の思いつきに後悔していた。火事がなくても、寂れて廃屋と化した家屋や誰かが代わりに住んでいても、現在のように落ち込んでいただろう。奏が期待していたのは、友人とのまさかの再会だったから。悪い癖だと自分を殴りつけたい気分だった。妄想が先走り、漫画のようなありもしないドラマティックな展開を期待し裏切られ、そして傷つく。

 これまでに何度失敗してきただろうか。

 自責の念にかられながらゴンを繋げている場所まで戻ると、誰かがゴンの前にしゃがみ込んでいる。

 驚くべきことに、先程まで寝そべっていたあの怠惰な飼い犬が立ち上がり、なにやら嬉しそうに尻尾まで振っていた。ゴンの遊び相手は奏からだと背を向けているために誰かは分からなかったが、身体付きからどうやら男性のようだと見当がついた。

 飼い犬を放置していた後ろめたさもあって、叱られるかもしれないとおそるおそる男性の背後に近付いた。


「あの……」

「ん?」


 振り向いた男性の顔を見て、奏は思わず声を上げそうになった。

 公園で犬とショーを披露していたあの老人がそこにいた。


「この犬……、君のかね?」

「あ、そうです。すみませんでした」


 奏は頭を下げて謝った。多くは飼い犬を放置していた反省という気持ちが奏の胸の内を占めていたが、奏に謝り癖がついていてそれが口に出てしまったというのもある。

 いやいやと言いながら老人は立ち上がり、フウと小さくため息を漏らした。以前、見掛けた時よりもやつれ元気がない。まばらな不精髭を生やして目が厚ぼったく、目の下にクマが浮かんでいた。姿格好から散歩みたいだが、あの柴犬は連れてきていないのだろうか。


「あの……、今日はあのワンちゃんを連れてないんですか?」

「ワンちゃん?」

「公園で、いつも柴犬を連れ来てましたよね?あの芸の上手いワンちゃん」

 ワンちゃんと言われて、怪訝な顔していた老人が急にああと明るい声をだした。

「〝アイ″のことかね?」

「アイちゃんという名前なんですか?」

「うん。……君もいたんだ」

「あそこ、私の通学路なんですよ。帰り道にあのワンちゃんが芸をしているのを良くお見かけして……」

「そうかあ……。でも、あいつはもういないんだよ」

「え……」


 まさか死んじゃったんですかと言いかけて、奏は口をつぐんだ。

 今の一言は独り言だったらしく老人は苦い表情を浮かべて空を見上げている。眉をひそめ沈痛な面持ちで睨む老人の雰囲気に呑まれ、それ以上訊ねることができなかった。

 公園に姿を表さなかったのも、やつれているのもおそらくそのせいなのだろうと奏は想像した。少しずつ話題の方向を変えようと奏は思った。


「でも、公園に突然来なくなってどうしたんだろうと思っていたんで、ちょっと安心しました。私、病気とか事故にでも遭ったんじゃないかと心配していたんですよ?」

「いや……」


 老人は奏をじっと見つめていた。能面のように無表情のまましばらく奏に視線を送っていたが不意に表情を緩めると、静かに首を振った。


「……僕は古物商しているんだが、傍らで工房の仕事もしていてね。作業に追われてずっと作業場に引き籠っていた。今日、やっと完成したところで外の空気を吸いたくてこうして散歩してきたんだよ」

「……そうなんですか」


 愛犬を失い、机に向かって一心不乱に作業に取り組んでいる老人の姿を想像していた。

 少しでも元気づけられたらいいなという奏なりの思いやりと、方向は多少異なるが同じクリエイターの道を歩く先輩だと思うと親近感が沸いていた。

 奏自身は気が付いていないが、いつもは消極的な奏を友人の家に向かわせたように、奏の思い込みは行動力の源となっている。「お仕事、見せていただいていいですか」と奏が思い切って聞いてみたのも、それが原動力となっている。


「それは構わんが……」


 老人はそう言って空を見上げた。

 先ほどのように悔恨に満ちた表情では無く、思案と懸念が入り混じったような表情をしている。

 陽は西の山に丘陵に近づき、夕暮れ時の町は朱に彩られている。まだ日の入りまでには時間があるが、帰りを心配しているような顔つきだった。


「ここから遠いんですか?」

「……いや、一〇分もかからないんだが」

「大丈夫です。私が住んでいるのはそこの神林町ですから。それに、ボディガードもいますし。このゴンて犬、普段は怠け者ですけど、これでも力はあるんですよ?」

「……」


 老人の不安を振り払うために紹介したゴンは退屈そうに大あくびをしている。

 こら、ゴンと叱る奏に苦笑しながら、帰りは車で送るからついてきなさいと背を向けた。


「あ、ありがとうございます!ええと……」


 おじいさんと呼ぶのも変な気がして、何と呼んだらいいかと戸惑っていると老人は静かな口調でイワブチと言って振り返った。


「……僕の名前は岩淵史郎といいます」

「私、音無奏です!よろしくお願いします!」


 よろしくと言って差しだした岩淵の手のひらを、奏はしっかりと握り返した。どこにでもあるような大きさだったが、指一本一本に力強さを感じる頼もしい手のひらだと奏は思った。

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