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思念強化系少女轟天丸  作者: 下総 一二三
16/20

それぞれの正月の過ごし方

 十二月二十四日に行われたアングランドのテロ活動により、国内には非常事態宣言が発令され、神林町にはあちこちで武装した自衛隊や機動隊の姿が目立つようになった。

 ソレナリオが占拠していた芦ヶ原公園には臨時のレーダー基地が設置されるようになり、日中帯に自衛隊ヘリが旋回している。市民団体から「自衛隊反対、市民の安全を守れ」とデモが各地域で起きたが、アングランドの無差別攻撃に対する恐怖を体感した市民には効果は薄く、寒空の下、警備にあたる隊員たちをねぎらう声の方が強かった。

 そんな物々しい雰囲気の中、奏たちは正月を迎えていた。

 奏と由実は申し合わせて、四丁目の唐立神社へ初もうでに行っていた。

 例年だと静かな境内も、クリスマスでのテロ事件が起きたためにもっと減少して閑古鳥が鳴いているかと思いきや、苦しい時の神だのみといったところか参拝者も倍の数に増え、奏と由実は押し合いへしあいな人の群れに辟易しながら参拝を済ませた。


「疲れたねえ」

「ほんとにねえ」


 奏の向かいで着物姿の由実はうんと背伸びをして、テーブルの下で足をばたばたと揺らした。

 紅の生地に梅や絵柄が施されている。由実の祖母が若いころに着ていたものらしいが、体形もぴったりで羨ましいなと奏は思った。


「でも、由実ちゃんの和服姿、素敵だよね」

「ほんと?」

「うん、凄く似合っていて大人っぽいよ」

「ありがと」


 由実はにっこりほほ笑むと慈しむように自分の着物を撫でるような手つきで触っていた。


「この着物、お母さんも私と同い年頃に着たんだって」

「……」

「だから今日、お母さんと一緒になれた気がして嬉しいんだあ」

「そっかあ……」


 しんみりとした表情で由実は着物を見つめていたがそこで我に帰ったかのように顔を上げゴメンねと謝った。


「せっかくのお正月なのに暗い話なんかして」


 奏はいいんだよと言ってコーヒーカップに口をつけた。

 初もうでを終えた後、どこかに寄ろうという話しになったのだが和服の由実をいつものバーガーショップに連れて行くのは何だか勿体なく、ちょっと背伸びしたい気分で二人は小さな喫茶店に立ち寄っていた。

〝あんとれ″という静かな店で雰囲気も大人っぽい。初めは背伸びし過ぎたかなとドキドキしていたが、店のマスターらしき髭面の男は入って来た二人を見るとニッコリと微笑んで窓の席を案内した。

 カウンターに男女のカップルがいるだけで他に客はいなかった。

 奏と由実はコーヒーの他にモンブランとショートケーキを注文した。

 窓を挟んで二人の横を、盾を脇に抱えヘルメットを着用した機動隊の分隊が通過して行く。

 とんでもない騒ぎになってきたねと隊員たちの背中を見送りながら奏は溜息をついた。


「……また、あの連中襲って来るのかな?」


 由実はフォークでモンブランを分けながら言った。着物が汚れないよう背を伸ばし欠片を刺して慎重な手つきで口に運んでいる。着ているもののせいなのか、由実の姿は優雅で大人びた仕草のように映る。


「かもしれない、……ね」


 奏は物憂い気分になって、頬杖をつきながらショートケーキをつっついていた。

 自衛隊や警察がこれだけ大掛かりに警戒する中、すぐには襲ってこないだろう。だが、時期はわからなくても必ずソレナリオはやってくると奏は確信していた。

 ソレナリオの狙いはおそらく、いや、間違いなく轟天丸を倒すことだ。

 岩淵を逃がし、日本支部を壊滅されたという大失態を演じている。とっとと国内から逃げ出せばいいもののそれでも国内に潜伏していたのは、逃亡の方がソレナリオ達にとってはリスクが大きく、窮地に追い込まれているソレナリオが汚名返上するには壊滅した原因を作った轟天丸を倒し、自分の実力を組織にアピールする方法しかないだろうというのがクリスマス以降、奏なりに考えて出した結論だった。


「でも、あの轟天丸さんがいたら、どんな敵でもやっつけちゃいそうな気がするんだけどねえ」

「……」


 由実は轟天丸を何故か〝さん〟付けで呼ぶ。

 由実が言う通り、轟天丸だけでならどんな敵でも倒せると思っている。

 だが、クリスマスのようにソレナリオを始めとしたアングランドの連中は、手段を選ばない。

 今回は奇跡的に被害者が一人も出なかったが、次に攻撃を仕掛けてくるとしたら大規模な戦闘になって町にも甚大な被害が及ぶことは奏にも想像がついた。その時、由実や家族は、町の人々はどうなるのかと考えると陰鬱になり、暗い気分が重石おもしのように頭の中にもたげてくる。

 唯一の頼みは、一昨日に届けられた岩淵のポストカードだった。

 いつもの広告に模したポストカードの内容には、新しい病院施設の紹介という表題があって、明日の午後に神林町三丁目で待つと示唆する内容の文章が砕けた調子で書かれている。住所を確認すると、市の博物館があるところで今は自衛隊と警察の合同対策本部があるところで、目印代わりに犬を連れてくるよう指示してある。

 いよいよとんでもないことになってきたと慄然とする思いがしたが、一方で自分一人はおろか岩淵だけでもどうにもならず、会って今後の方向を見出すしかないように思えた。


「心配しなくても、大丈夫だよ」


 奏の暗い表情を見てアングランドを怖がっていると思ったらしい由実が、明るい声を出して奏を励ました。


「きっと、あの轟天丸さんが町のみんなを守ってくれるって」


 屈託のない由実の笑顔に、そうだねと奏はぎこちない笑みを浮かべて頷くしかなかった。


※  ※  ※


 あけましておめでとうございますとヨワルスキーとコワイネンがソレナリオの事務所兼寝室に入って来ると、ニコニコと何かをねだるように両手を差し出してきた。

 何の真似だとソレナリオは不審に思ったが、日本の風習である〝お年玉″を思い出し、良い歳をした中年親父がと呆れるとともに舌打ちして事務机の中をごそごそと漁った。


「ほら、〝おとし玉″だよ」


 ソレナリオは机の中から何かを取り出すと、ヨワルスキーとコワイネンの手のひらに、それぞれひとつずつ赤色と青色の玉を落とした。二人は怪訝そうに互いの玉を見比べている。


「なんですか、これ?」

「おとし玉だよ、〝落とし玉″。私の飴だまを有難く受け取りな」

「いやいや、日本の風習ではですね……」


 飴を口の中に放りこみながら、ヨワルスキーが不満を訴えようとした。


「うるさいね。とっとと出て行きな!」


 ソレナリオの怒声に二人の男たちは足を絡げて逃げ去って行く。

 しょうもない奴らだとぶつぶつ言いながら付き合う自分にも呆れ、ソレナリオは椅子の背もたれに身を預けた。二人が何故子供じみた行為をしてきたのかだいたいわかっている。

 要は暇なのだ。

 クリスマスのテロ事件はソレナリオの計画通りに終了したが、三人は国際捜査手配されテレビにもしばしば取り上げられるようになった。職場である漁港から警察に目撃情報があり、北海道にも捜査員が続々と集まってきている。

 前回の轟天丸との闘いでは一定の成果を収めたのだから、今後の対応を練るために本部に戻されて、年末年始は国外でひと息つけると期待していたのだが、あてがはずれて呼びもどされる話など出ずそのままで、指名手配として公開された身では表も満足に歩けない。完全に身動きが取れない状況となっていた。

 轟天丸と〝テンコーン″との戦闘データも、脱出した後すぐに仲介役の男に渡したのだが、その後の連絡が何も無い。データの送信でも郵送でもなく、仲介役が警備の目を掻い潜って本部まで運ぶのだから時間が掛かるのも承知の上だが、こうも待たされて身動きが取れない状況だと必要以上に気を揉んでしまう。

 憮然とした表情のまま目を閉じていると、机に置かれた通信機から甲高い電子音が鳴り響いた。ソレナリオは慌てて跳ね起き、通信機のスイッチを押した。

 ソレナリオが〝一方通行″と揶揄して呼んでいる通信機は本部側からしか送れないシステムになっている。

 通信機から3D映像が浮かび上がり、映像には白髪に細面の男性が映しだされた。どこかの南国らしい。南国風に彩られたカクテルを手にしたアロハシャツ姿の男は〝やあ!″と爽やかな声を発した。


〝久しぶりだね。ソレナリオ″

「お久しぶりです。ボス」

〝君の戦闘データと報告書を読ませてもらったよ。大したもんだね。その轟天丸という奴とそれを生みだした岩淵史郎という男は。うちの研究チームが総出で当たっても誰も岩淵には勝てないだろうね。君が岩淵にしつこく惚れこんだのもよくわかる″

「……」

〝君に貸し与えたテンコーンも思ったほどの性能ではないし燃費が悪すぎる。あんなものをよく使いこなしたなと感心するよ。研究チームには一からやり直させるよう命じたところだ″

「……」

〝私はね、一旦は君を本部に戻すことも考えたんだが、君の顔が知られた今、日本みたいなスパイ天国の国でも出国はなかなか難しい。このまま日本専属の幹部として働いてもらおうかと考えていたところなんだ″

 ひと息ついて喉を潤すつもりなのか、ボスは失礼と言ってカクテルを一口飲んだ。

〝もちろん本部は君に出来るだけの支援を約束する。以前のような大量の増員は無理だが、兵器の密輸やアジトの手配も今日にでもしよう。資金も今まで以上のものを与える。全面的にバックアップもする。その代り、ひとつ任務を遂行して欲しいんだ″

「なんでしょうか?」

〝僕も岩淵に惚れた。轟天丸も面白いが、岩淵の頭脳の魅力には敵わない。だからどうにかして奴をここに連れてくること。彼の頭脳は世界征服のためにもきっと役に立つ″

「……了解しました。必ずや連れてきましょう」


 ソレナリオは頭を深々と下げた。


〝頼むよ。さっそくパシリオに新型機を手配させる″


 パシリオとは、ソレナリオと本部を行き来する仲介役の男の名だ。

 映像の途切れる音がし、辺りには静寂が戻って来た。ソレナリオは頭を下げた姿勢のまま、じっとコンクリート製の床を見つめている。


「惚れた、か……」


 ボスは男色家だという噂が一部にある。岩淵に惚れたと言った時のねめつけるような陶然とした表情。それは数多くの男たちが自分を求める時に見せる顔を思い出し、その噂は事実なのではないかと思わざるを得なかった。

 振られたらどうするつもりかねとつい想像して頬を歪めたが、ボスの残忍性はソレナリオも良く知っていて考えるまでもないことだ。ソレナリオは顔を上げるとヨワルスキー達に新たな指示を与えるべく事務所を後にした。


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