クリスマスイヴにて
ソレナリオに新しいアジトの連絡が来て、それが廃工場と知った時に一番喜んだのはコワイネンだった。
それまで、ソレナリオたちのアジトは小樽市の小さな木造アパートにあって、1kの一室に大人三人で暮らしていた。といっても居間はソレナリオが占拠していて、男二人は押入れを使って寝室代わりにしていた。巨漢のコワイネンには日本の建物は何もかもが小さすぎて合わなかったが、この押入れの狭さには特に困惑し、身体を折りまげて寝ているために、起きると身体の節々が痛くてたまらなかった。だが、それも昨日までで、新しいアジトは兵器を管理する為にずっと広く、手足を思いっきりグッと伸ばしても壁に当たらない。
「だけど、こいつは当て馬のつもりだからね。あまり情を持つんじゃないよ」
ソレナリオは職場から戻ると、ずっと青い光沢を放つボディや細長い六本の足を磨いているコワイネンに向かって言った。
カナブンにも似たこの機体は、岩淵の家に残っていたデータを元に作られ、数日前に本部から届けられた新兵器で、まだ試作段階だったがソレナリオが頼み込んで要請したものだ。コワイネンはこいつのおかげであのアパート出ることが出来たと毎日手入れに励んでいる。
「なんで、カナブンなんだい?」
さあ、と隣のヨワルスキーは首を傾げる。
「研究チームもその点はわからないようです。死と再生の象徴と言いますから、岩淵もゲンを担ぐつもりで、あのデザインにしたんじゃないですか?」
「相変わらず、岩淵の頭の中がどうなってんのか、ちっともわからないねえ」
ソレナリオは呆れ混じりに溜息をつきつつも、おおよその見当はついていた。
カナブンには死と再生の象徴だという。
或いは恵みを与え、時には無慈悲な災害を与える天候というもに重ね合わせたのかもしれないが、しょせんは推測でしかない。
「……で、お前はあれをどう思う?本部の指令部に計画を話してあるから今回に限っちゃ失敗しても大したお咎めはないだろうけど、開発部はかなり自信を持っていて当て馬扱いに怒っているみたいだからさ」
隣のヨワルスキーに尋ねると、おびき出すにはちょうどいいでしょと答えた。
「結局、試作ですから。エネルギーの放出量も膨大だし、効果を発揮するまでには時間も随分とかかる。一部の地域に限定すれば効果はあるでしょうけど、長くは持たない。ぼやぼやしているとアメリカの衛星監視カメラで居場所を突き止められちゃいます。その時にはこちらで破壊しないといけませんし、まあ、今の段階では〝奴″を慌てさせて引っ張り出すくらいがせいぜいでしょう」
「時間も限られる、か。となると、こいつは賭けになるねかえ」
賭けでもないでしょうとヨワルスキーは古い木造のテーブルを引っ張り出し、その上に地図を広げた。関東圏を表したもので、手書きの地図にはところどころに赤い点が記されている。新兵器とともに3Dホログラフィーの地図が現れる携帯端末も渡されていたから、こんなアナクロな方法などとらなくてもいいのだが、ヨワルスキーはこの半年近くの潜伏生活で、改造した小型通信機以外だとほぼ鉛筆と紙と足を使っての調査活動の日々が続いたせいで、手書きによる資料作成は半ば習い性となっていた。
「最近の〝奴″の動向を見ていると、出没した地域が限られてきているんですよ。ほとんどが関東圏。しかも北関東に偏っています。最初に現れたのが神林町での強盗事件ですが、昨日の路上強盗で現れたのもほぼ同じ地域ですし、他の現場との距離も半径数十キロくらいしか離れていない。気になるのが一度だけ長崎県に出没していることくらいですかね」
「長崎ね。何かあったっけ?」
「小学校のバスがジャックされて、〝奴″が現れたようですが……」
三日前、長崎の国道でバスジャック事件が発生していた。男数名による犯行と劇的な結末にテレビでも大々的に報道されたはずである。ニュースを見ていないのかと、どこか非難が混ざるような声にソレナリオは気がつかないふりをし、地図の付近に見込みをつけたほうが良さそうだねと話を逸らした。
「ええ。ある程度の分析に基づいたものです。ですから賭けじゃないですよ。言ってもせいぜい当てが外れたくらいでしょ」
当てが外れて奴が出て来なければ、町に死人が何十名か出るでしょうがねとヨワルスキーはそっと言い添えた。
「で、決行は〝あの日″で良いんですか?せっかくの聖夜なのに」
「みんな家かどっかの屋内にいるんだろ。浮かれて邪魔も少ない。それに、私はサンタ役なんてやったことがないからね。たまには変わったことをやってみたいのさ」
※ ※ ※
「奏ちゃん。クリスマスおめでとう!」
三角帽を被った由実がクラッカーを鳴らすと、奏もおめでとうと返してクラッカーを鳴らした。クラッカーから放たれた紙吹雪を払うと、母が奏たちのために作ってくれたケーキに舌鼓をうちながらプレゼント交換を行った。
一二月二十四日、クリスマスイヴ。
奏の部屋に溢れていた本や雑誌類はこの日のために綺麗に片付けられ、代わりに飾りのついた小さなモミの木や小さなテーブルの上に母が作ったケーキが置かれている。
クリスマス会の話を持ち掛けたのは奏からで、最初はためらっていたのだが母が誘ってみなさいよという後押しもあって、思い切って由実に提案してみると由実はもちろんと明るい笑顔で承諾してくれたのだった。一晩、由実は奏の家で泊まることになっている。
以前から絵を描く時に前髪を掻きあげるのが由実の癖で何となく気にしていて、奏は由実に花柄模様のヘアピンをプレゼントしたのだが、かなり気に行ったらしくさっそく前髪につけている。そして由実からのプレゼントが、〝学園アンリちゃん″のイラスト画集だった。いささか値段が張る本だったのでお年玉での購入を考えていたのだが、ここでプレゼントされるとは思ってもみなかった。
「いつか本屋に行った時、とても欲しそうにしていたから」
「これ、大事にするね……」
「私も。奏ちゃんのプレゼント、一生の思い出だよ」
私だってと奏は本をギュッと抱きしめた。
「由実ちゃん。私ね、あなたに出会えて本当に良かったと思ってる。これまで、一人でいること多かったから、毎日楽しくて、今日みたいな日が過ごせて凄く嬉しい」
「私も楽しかった。奏ちゃんと色んなとこ行ったよね。その分、色々あったけれど」
「何かしら、トラブルに巻き込まれちゃっていたね」
由実が可笑しみを込めて笑ったのに対し、奏は自嘲気味に寂しく笑った。
巻き込まれたと言いつつも、首を突っ込んだのは奏からだった。
由実と友達づきあいするようになって、土日祝日に外出する機会がうんと増えたものの毎回ではないにしても強盗事件やひったくりに誘拐事件などと出くわし、その度に〝轟天丸″へと変身して犯人を拘束し事件解決をしてきた。長崎に修学旅行へと行った際にはバスジャック事件と遭遇している。小学生が乗ったバスに犯人グループが時限爆弾をつんだまま暴走し手を焼きながらも、怪我人一人も出さずに犯人らを制圧し事件を解決させた。ただ、その時、ほんの僅かに後ろ姿が映像に残されていてニュースにも流れた。ネットでも北関東圏に出没と話題になり始めていた頃だったから、このニュースで火が付き分析サイトなどがそこかしこで乱立するようになっている。
岩淵もニュースで知ったのだろう。前のような病院広告に模したポストカードが自宅に何通か続けて送られてきた。遠まわしな文面で自重を促し正体が知られた場合に周りへの被害をほのめかす内容だった。奏もニュースやネットの騒ぎで調子に乗り過ぎたと痛感して以来、変身を控えている。
「でも、こういうことも共有できる友達がいるて良いよね。一人だと辛くても、奏ちゃんとなら耐えられる気がする。」
「由実ちゃん……」
神妙な面持ちで二人が見つめ合う。
これまで家族以外でクリスマスパーティなど経験が無い二人にとっては、何か途方もない一大イベントを過ごしているようで、奏と由実は自分たちが醸し出す雰囲気にすっかり酔ってしまっていた。
なかなか涙が止まらず、母の命でフライドチキンを運んできた弦太の前でも構わず、二人ともめそめそと涙ぐんでいて、弦太は部屋に入った時にその光景を見て呆然と立ちすくむしかなかった。
ありがとねと奏や由実が目を真っ赤にして礼を述べてくるのが何だか居心地が悪くて気恥かしく、弦太はいそいそとフライドチキンを置いて退出して台所まで戻ると、無言で冷蔵庫を開けて自分のジュースを取り出した。
「どう? あの子たち楽しんでた?」
母の問いに良い答えが浮かばず、「ウン」とだけ答えジュースを飲んで誤魔化した。母が「友達とお泊まり会なんてねえ」と嬉しそうに話しかけてくるのを、弦太は生返事をしながら居間のソファーに寝そべった。
類は友を呼ぶて本当なんだなと、さきほどの奇妙な光景を思い浮かべながらテレビをつけた。テレビの傍の窓から、闇に紛れて白い光がチラチラと反射する。
昼からちらつき始めた雪はいよいよ勢いを増し、テレビのテロップにも近くの線路が積雪で通行止めになっている。あまりの雪の勢いにゴンを玄関に入れていて、時折、玄関の方からゴンのあくびや鼻を鳴らす音が聞こえてくる。
さっきも父からも電車が通行止めでまだ帰れそうもないという愚痴と嘆きの電話があったばかりだった。タクシーも長蛇の列で電話口の父は奏の友人に会いたいと残念がっていたが、電話を切り終わった後、弦太は異様な不自然さを感じていた。
〝こっちは雪が全然降っていないし積もってもいないのに″
確かに父は電話口でそう言っていた。足止めを喰らった父が電話してきた神園駅はいつも利用する神林駅の二つ隣でそれほど距離があるわけではない。しかし、神園駅周辺では少しも降っていないという。同じ市内でそんな極端なことってあるのだろうかと不審に思いながら、弦太はチャンネルをバラエティ番組に切り替えた。




