表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思念強化系少女轟天丸  作者: 下総 一二三
12/20

轟天丸と友達と強盗と

「……それでね。このキャラを使ってさ、アンリちゃんみたいなキャラと闘わせたいんだあ」


 奏が描いた漫画の構想ノートを読み終えると、隣の菅原由実が凄いねと感心したようにノートを返した。


「名前は、決まっているの?」

「ゴウ……」


 轟天丸と言い掛けて奏は口をつぐんだ。


「どうしたの?」

「まだ……、これと言った名前が浮かばなくて」


〝轟天丸″に関わるものは一切、口にしないほうがいいと岩淵に言われたことを思い出している。

 どこから漏れてアングランドに知られるかわからないからだと。奏は考えすぎではないかと不満を持ったが、アングランドから無視されているのは自分が何も知らないからだということを考えれば、岩淵の言うことも一理あった。由実に見せたイラストも轟天丸と被らないよう、何度も書き直しをしている。

 放課後になり、部活を終えた奏は途中のバーガーショップに立ち寄り、互いの設定付きイラストを見せあっていた。夕方の店内は奏や由実だけでなく、下校途中の他校の学生たちの姿も見え、彼らの喧騒で溢れ返っている。図書館も考えないではなかったが、今日は同志を見つけた喜びもあって何か祝いたい気分でもあった。

 菅原由実は同じ美術部に所属し、学年も同じのD組の生徒である。

 奏も大人しい性格だが、由実は更に輪を掛けて大人しい性格で挨拶してもすぐ傍の生徒にも気づかれないような、奏から見ても蚊トンボよりも頼りない女の子だった。

 似た雰囲気を感じつつも互いに接点がなかったのは、二人とも自分の殻に籠っていたために接触する機会がなかったからだが、ふとしたきっかけで意気投合することとなった。

 奏と性格は同質の人間ではある。

 しかし、異なるのはほんの少しの大胆さで、先生から下校途中の買い食いや立ち寄りを厳しく注意されているのに、バーガーショップに寄ることをためらわなかった奏をすごいなあと尊敬する眼差しで見つめている。


「でも、由実ちゃんもアンリちゃんファンだったなんて知らなかったな。そのキーホルダー、懸賞じゃないともらえないやつでしょ?私と同じ〝アニコミ″を買っているんだ」


 奏は由実の鞄につけられている二頭身キャラのキーホルダーのことを言った。〝学園アンリちゃん″に登場する主要キャラの一人〝ルシィちゃん″という女の子キャラで、ファンの間でも人気が高い。アニメ雑誌〝アニコミ″の懸賞にあったもので、奏も応募したのだが見事に外れている。


「良いな、良いなあ。私も今度は当てたいな」

「良かったら、あげようか?」

「え?いいよ。由実ちゃんが当てたものなんだし」

「でも……」

「こうやって〝アンリちゃん″のお話できるきっかけを作ってくれた大切なものなんだから、勿体なくて貰えないよ」

「私もうれしいな……」


 もじもじして赤面しながら、由実はシェイクをすすった。

 会話のきっかけは、今日の部活で席が隣同士になったことが始まりだった。

 いつもは二人とも気持ちが落ち着く両端にそれぞれ席をとるのだが、遅れて来た奏の場所は既に埋められていて空いているのが由実の隣だった。遅刻した詫びを入れて準備を始めようとした際、由実の鞄につけられている〝ルシィちゃん″のキーホルダーが目に入った。「それ、〝ルシィちゃん″だよね?」と尋ねた時、目を輝かせて奏を見た由実の顔が忘れられない。


「でも……、私はお話を考えるのが苦手だから奏ちゃんは凄いと思うよ。あのいかついキャラなんて私じゃ思いつかないもん」

「あれ、本当は他の人のアイデアだから私自身のオリジナルじゃないんだ」

「でも、あのライバルキャラは迫力あるイラストだったよ。私の絵は繊細すぎと言われるから、豪快なタッチで描けないなあ」


 由実の描く絵は微に入り細を穿つといった画風で、特に風景画でその特徴が出ている。陽の光の暖かさやそよぐ風の薫りがキャンバスから伝わってくるような美しさがあったが、一方で息が詰まるような繊細さや閉塞感が持ったのも確かだった。


「奏ちゃんは、漫画家目指すの?」

「うん。出来たら、由実ちゃんに最初に読んでもらいたい」


 岩淵の顔が頭を過ったが、もう気軽に会えるような間柄では無い。それに、こんなことで岩淵も怒ったりがっかりしないだろうと奏は思った。

 ふと外を見ると空がすっかり暗くなっている。店の時計は六時を示しているのに気が付くと、そろそろ帰ろうかと奏が切り出して二人は店を後にした。

 店内からでは気がつかなかったが、外に出ると何やら通りが慌ただしい。

 子どもも大人も会社員も高校生も帰宅途中の多くの人間が一方向に向かって駆け、もしくは足早に歩いている。奏が帰る方向とは反対だが由実が乗って帰るバス停がその先にある。


「何だろ?」

「表通りの方だよね?」


 お互い顔を見合わせていたが、由実が心配なのが半分と好奇心が半分で二人は人々に混じって小走りに駆けた。表通りは奏たちがいる通りとは違って小さいながらも銀行や証券会社が建ち並び、一種のビジネス街といった様相を呈している。表に出てみると通りは人で溢れており、とある白い外壁の建物を囲むようにして眺めている。人だかりの向こうには警察官の制帽がちらちらと見えて、近づかないようにと野次馬に注意している声が聞こえて来た。

 宝石店で強盗が人質とって立て籠もってんだってよとどこからか男の声が聞こえると、思わず奏は人を掻き分けて前に進んでいった。


「奏ちゃん……」


 由実の声にも構わず群衆の前に出ると、物々しい装備をした機動隊が宝石店の出入り口付近を取り囲み、私服姿の刑事数名と機動隊の隊長らしき男が厳しい顔つきで何ごとか話をしている。次に宝石店内に目を向けると、鉄格子のようなシャッターが降りた店内には黒マスクを被った男数名いて、その一人が女性店員を捕まえて包丁を突き付けている。

 細長い包丁で、刺身を切る時に使う刺身包丁だろうと奏は思った。他の強盗は拳銃のようなものを手にしている。だが、本物かどうかまでは奏にはわからなかった。

 おそらく女性店員が防犯スイッチを作動させて犯人を閉じ込めたのだろうが、自分達も犯人と一緒に閉じ込められた後のことまで想定していなかったらしい。

 強盗の人質となった女性店員は、泣き叫んで外に向かって何か叫んでいた。まだ若いのだろうが涙で化粧が崩れ、恐怖のせいで見るも無残な顔となっている。

 奏が見たところ、店員は一人に対し強盗は三人だけのようだった。


「ねえ、奏ちゃん。もう帰ろうよ……」

 漸く追いついた由実が怯えた様子で奏の袖を引っ張った。来た道を戻り、通りに出ると奏ちゃんも怖いところには近づかないほうが良いと思うよと心配そうに呟いた。

「奏ちゃんも、あんな怖い思いをしてきたばかりなんだし……」

「……うん。そうだね」

 由実はアングランドに拉致された事件のことを言っているのだと奏には伝わった。先のバーガーショップでも会話の流れで当時に起きた二、三のエピソードを話したら苦しそうな表情をし涙を浮かべて聞いていた。

「お巡りさんに任せて帰ろうよ」


 由実はその時と同じ表情をして奏を促した。

「……」


 うんと頷きかけた時だった。

 奏の脳裏にさっきの女性店員の顔がフラッシュバックする。

 自分もソレナリオ達にさらわれた時、怖くてたまらなかった。どうしたらいいかわからず、ただ絶望と恐怖に震えるしかなかった。今の彼女もきっと同じ思いをしているのだろう。自分には岩淵さんがいた。岩淵さんが手品みたいな手段でアングランドを翻弄してくれた。だけど、包丁を突き付けられている今の彼女には……。


「由実ちゃん、ちょっとコレ持っててくれる?」


 別れる際に、自分以外のことで力を使うなという岩淵の言葉が響く。

 だが、今の奏には胸の内から溢れてくる感情が抑えられそうもなかった。


「え?どうしたの」


 通学鞄と画材道具が入った鞄を奏から手渡され、由実はキョトンとして奏の顔を見た。


「ちょっと、さっきの店で忘れ物したから」


 言い捨てて走りだす奏に、方向が違うよと慌てて声を掛けるも聞かないまま走って路地を曲ってしまった。

 おっちょこちょいだなと思う一方で、置いてきぼりにされた心細さもあって由実は強盗が立て籠もっているはずの建物と、奏が曲っていった路地の角を何度も何度も見返していた。

 そんな由実の視界の端に黒い影が奔ったように思えたのだが、見上げても夜空に浮かぶ数少ない星々が淡い光を放っているだけだった。

 一方、宝石店では店の奥からガタンと物が倒れる音がし、強盗たちは顔を見合わせた。


「おい、まだ誰か中にいたのか?」


 包丁を突きつけている男が女性店員に尋ねると、女性店員は首を激しく横に振った。店内は仲間に確認させてある。導火線の短い海外の警察ではあるまいし、この早いタイミングで強行突入するとは考えにくい。それにこの店の頑丈な防犯シャッターは外に逃げるのも難しいが外から突入することを困難にさせている。しかし、万が一の場合もありうるため、仲間の一人においと言って物音がした方に確認しにいかせた。


「でもよ。ここからどうやって逃げるんだ?」


 拳銃を持った男が、包丁を持った男に不安げそうな口ぶりで尋ねた。


「車でも何でも用意させるさ。人質は少ない方が楽でいいからな。それに……」


 包丁を持った男はひたひたと包丁で女性店員の頬を軽く叩くと下卑た笑みをこぼした。


「旅の慰みに女は必要だからな」


 拳銃の男は言葉の意味を察し、釣られるようにして女の身体を上から下まで舐めまわすように見ていると興奮が抑えきれなくなったのか、今から駄目かなと鼻息を荒くして言った。


「馬鹿。俺を差し置く気かよ」

「それもそうだね、センちゃん」

「名前を言うんじゃねえよ」


 二人の男が浴びせる卑しい嘲笑を、女性店員は屈辱の泥にまみれながらも、自分の精神の均衡を保とうと歯を食いしばって耐えていた。ただ必死に目をつむり、いずれ訪れる恐怖や絶望から精神だけでも逃れようとしていた。


「……それにしてもあいつ遅いな。何やってんだ?」

「もう一〇分くらいになるね」


 見てくるよと拳銃を持った男が、銃を構えながら奥の扉を開けた。何かに気が付き呆然と見上げている。「どうした?」と声を掛けるも返事が無く、恐怖におののき身体ががたがたと震え始めるのがわかった。震える手で拳銃を何かに向けようとした時、ゆっくりと扉が閉まり、その向こう側からゲフという耳を塞ぎたくなるような声がしたきり、辺りはしんと静かとなった。


「おい……。どうしたよ、おい!」


 男が何度も呼びかけをしている間に突然、店内が真っ暗となった。

 窓から差し込む光は宝石が置かれていたガラスケースの付近までで、裏口に通じる店の奥までには届かず不気味な闇と化している。男は警察がブレーカーを落としたのだと判断した。


「ち、近づくなよ!近づいたら、こいつを殺すからな!」


 扉に向かって男が叫び、刃の先を女性店員の頬に突きつけた。ぷっくりと小さな血の球が浮かんでたらりと流れ落ちた血を見て、女性店員がひいっと声を上げる。

 男がじっと扉を睨みつける中、ドアノブががちゃりと鈍い音を立てて廻った。ゆっくりと扉が開いてぬらりと現れたのはマスクをはがされた仲間たちだった。顔中腫れあがり夢遊病患者のような千鳥足でふらふらと二、三歩歩くとどっと音を立てて倒れ込んだ。


「お、お前ら……」


 男は正面に熱い風を感じた。

 はっと顔を上げると巨大な影が目の前に広がり、腕をぐっと掴まれた。信じられないような力で、何も抵抗できないまま包丁ごと引っ張り上げられたかと思うと、岩石の様な黒い塊が唸りを上げて男の眼前に迫った。


「え……」


 男は呆然と見ているだけしかできず、次の瞬間には黒い塊は男の顔面を砕き、店の出入り口付近まで吹き飛ばした。力を加減したせいか気絶まではしなかったようで、潰れた鼻と歯がほとんど折れて無くなっている口で激しく喘いでいる。


『……道を外れ罪を為す外道ども。獄において身を癒し、再四三省せよ』


 巨大な影が厳かに呟くと、掌を店の出入り口に向け〝阿!″と鋭い気合を発した。

 凄まじい衝撃波が頑丈な防犯シャッターと扉を吹き飛ばした。もうもうと立ち昇る煙の向こうに警戒態勢をとって盾を構える機動隊や悲鳴を上げている野次馬たちの姿が見える。

 その巨大な影、轟天丸は震えながら男を見つめている女性店員に『怪我は無いか』と声を掛けた。弾かれたように女性店員は轟天丸を見上げ、目を見開いたままぶんぶんと首を激しく振った。


『ならば好し。その身を自愛して過ごせ』


 轟天丸は背を向け、入って来た裏口へと向かった。鈍い音と呻くような声が後方から聞こえる。見ると男の股間を蹴りつけている女性店員と機動隊が突入を開始して乗り込んでくる様子が目に映った。轟天丸は慌てる様子もなく静かに店の奥に入り、その直後に機動隊員が入ったのだが轟天丸は既に消えていた。


※  ※  ※


 耳を塞ぎたくなるような爆音が響いた後、群衆からどっと声が上がると次に拍手が沸き起こった。どうやら事件は解決したらしいと由実は察したのだが、それよりも奏がまだ戻って来ない方が心配だった。携帯電話で連絡しようにも鞄に入ったままで、じれったい思いで周囲を見渡していた。

 そんな由実の肩をトンと誰かが叩いた。

 振り返ると奏が立っている。


「ねえ由実ちゃん。事件、解決したの?」


 満面の笑みを浮かべて、どこか誇らしげで達成感のある口調で奏が尋ねてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ