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思念強化系少女轟天丸  作者: 下総 一二三
11/20

ソレナリオ、北海道にて

「それじゃ、お母さん。行ってきます」


 通学用の鞄を背負い、画材道具入り鞄を小脇に抱えた奏が玄関を出ると気配を察したゴンが見送りに犬小屋から出て来てワンと一声放ち、母の美奈子は通りまで奏の後をついてきた。

 季節はすっかり冬となり庭の桜も枯れ葉が落ちて、数枚の枯れ葉が枝にしがみついているだけの寂しげな姿となっている。

「もう、お母さん。玄関まででいいよ」

 そうでも言わないと、どこまでもついてきそうな雰囲気だったので、奏は苦笑混じりに立ち止まって振り返った。美奈子は心痛な表情を浮かべている。

 アングランドのアジトを脱出してから二ヶ月。奏自身も周囲も落ち着きを取り戻していたが母はまだ変わらない。


「わざわざ歩いて行かなくても、学校まで送って行くわよ? お父さんだって心配してたじゃない」

「だって、私は元々、あの人たちとは無関係なんだから大丈夫だよ。それに、いつまでもビクビクしているのなんて嫌だし」


 奏が言う〝あの人たち″とはアングランドを指す。死にそうな目にあわされたにもかかわらず、性分なのか奏は蔑称を使うのを避けていた。

 母にはそう言ったものの、奏の本心では必ずしも大丈夫だとは思っていない。

 アングランドによる新たな襲撃を警戒していたが〝轟天丸″の力を得た今、どんな相手が襲ってきても自分の身くらいは守れるという自信がある。だが正直に話したところで奏の正気が疑われるだけだろうし、話が漏れてアングランドに伝わるおそれもあった。それに人間を巻き込みたくないという想いも強く、奏は「でも……」と言い掛けた母に奏は心配しないでと笑った。


「私は負けないからさ」


 握り拳をつくってみせる娘の言い分に母はそれ以上言う言葉が無く、力なく微笑んだ後いってらっしゃいと言った。遠ざかっていく小さな背中が頼もしく思えて母の瞳が涙で滲み、奏の姿がぼやけていった。

 奏は母の姿が見えなくなると、一枚のはがきをポケットから取り出した。それはとある病院からの絵ハガキだった。

 奏の誘拐事件とその脱出劇は、国内のマスコミどころか全世界を巻き込む大騒動となっていた。

 岩淵史郎という兵器開発者や軍事会社のウーレセンとテロ組織と認定されているアングランドが日本に潜伏していたという事実に世間は驚愕し、国際問題にまで発展したため一時期はマスコミや野次馬が自宅周辺を取り囲んで、外出さえも困難な状況に陥ったが、ひと月ふた月経過し新たな事件やスキャンダルが起きると、次第にマスコミの数は減ってゆき今ではゼロとなっている。

 奏にとってマスコミは煩わしい存在だったが、「岩淵さんがやってくれたことなので、詳しいこと私は知りません。わかりません」と答えてネタを少し提供しておけば彼らが勝手に脚色してくれるだけなので面倒はなかった。事実、アングランドから脱出するまでの一連の出来事は岩淵の手引きによるものだからだ。それから先のことは岩淵との打ち合わせ通りに「岩淵さんはどこかに消えました」と言っておけば良い。

 面倒なのは、落着いた頃を見計らって訪問してきたアメリカ軍や日本政府の関係者への対応だった。彼らは岩淵の居場所のヒントを少しでも得ようと、言葉は柔らかだが油断なく目を光らせて奏に質問してくるのには閉口した。


「いえ、あの、その……」


 もじもじと返答に詰まる奏に、見かねた母がもう良いでしょと助け舟が入ったくらいだった。

 岩淵は「アングランドを倒すために、いつか軍や政府の協力が必要になることがあるかもしれない」と前置きしつつも、居場所については「僕の怪我が治るまではと知らないふりをしてほしい」と頼まれ、〝轟天丸″や〝スレッド″の存在は絶対に黙っておくようにと強く言われている。

 岩淵が奏をこれ以上関わらせないようにしているのは口ぶりからも明らかだったから、奏としてはマスコミに話した内容のものと同様の話をする以外になく、やがて、もごもごと怯えた様子で答えにならない答えを返すしかなかった。

 実際、強面にすごまれて怯えを感じていたからさほど演技も必要としなかったのだが、彼らも奏から得るものは無いと判断したらしい。

 少し雑談した後でねぎらいの言葉を奏に掛けるものの失望の色を隠さないまま帰って行った。

 その岩淵は現在、群馬の片田舎に潜んでいる。

 学生時代に懇意にしていた後輩が小さな病院を開いており、そこでリハビリに努めていた。

 奏を自宅付近まで送ってくれたのもそこの院長で三田村という細見の男だ。

 不用意なメールや電話はアングランドに傍受されるおそれがあるので、病院の広告を模した絵ハガキで、その裏に〝S・I″という岩淵のイニシャルと〝二ヶ月でなんと山登りまで!″と文言と岩淵に似せた登山服姿の老人のイラスト付きで昨日、自宅に送られてきた。もちろん病院の所在地は奏が住む県内にしてある。消印に気づけば家族も不審に思うだろうが、広告のハガキにそこまで注意を払わない。

 岩淵の回復も順調そうだと安堵する思いで奏は絵ハガキをそっとポケットにしまった。ちょうど学校の校舎が視界に入ってくる。校門には先生が数名立っていて、生徒達に声を掛けている。

 見慣れた朝の光景のはずだったが、戻って来たんだなと改めて思い直すとつい目頭が熱くなるほどで、胸が詰まり高まる心拍数を落ち着かせるために何度も何度も深呼吸をした。

 再び顔を上げた時には、奏の瞳には明るさが戻っている。

 身体と同じ大きさの画材道具が入った鞄をよいしょと一つ揺さぶり、奏は他の生徒達とともに校門へと向かった。


※  ※  ※


 その頃、ソレナリオとコワイネン、ヨワルスキーの三人はひと仕事を終えて、漁港市場の定食屋で他の労働者に混じって朝の定食メニューである目玉焼き定食に箸をつけていた。

 3人ともグレーの帽子にぶ厚いジャケットに身を固め、長年、重労働に携わる外国人労働者にしか見えない。ソレナリオが朝食を摂っているこの定食屋は値段も安くて味も評判が良いのだが、年老いた夫婦が経営するこの薄汚れた狭い店は、十人も店に入ればそれで店内は一杯となってしまう。


「こんなバイト、いつまでやらなきゃならないんだい。身体はキツイし眠いし、魚臭くなっちまうよ」


 綺麗にたいらげられた皿に箸を投げ捨てるように置いて、コップに並々と注がれた日本酒に口をつけた。

 北海道の漁港の朝は刺すように冷える。酒でも入れておかないと凍えて身体が動きそうもなかった。ソレナリオが日本で活動するようになってから数年になり、箸も日本語も流暢に扱えるようになっていたが日本酒の辛さには未だになじめないでいた。だが、そのせいか酔いにくく身体を温めるにはちょうどいいと思い、仕事終わりの朝食に決まって注文していた。


「もう少し辛抱して下さい。ここなら我々と同様、外国人労働者も多いからさほど目立ちません」


 ヨワルスキーが疲れ切った顔をして言った。

 これまで本格的な肉体労働などやったこともないし向かない男である。今日までの数カ月、飯は他の二人と同じ様に食べているはずなのにストレスですっかりやつれきっていた。隣のコワイネンは元が炭鉱夫だっただけに、一向に平気な顔をして箸をすすめている。


「〝木は森に隠せ″かい?ま、脛に傷を抱えているのは私らだけじゃなさそうだしねえ」


 皮肉混じりにソレナリオは周囲を見渡した。黙々と飯を口に運ぶ男たちは誰もかれも一癖も二癖もありそうな面構えで、単に、働くためだけにここにいるとは思えないような連中ばかりである。


 ――だけど、どいつも小物だよ。


 人手が足りず、一人でも欲しい状況ではある。しかしこれまでの数カ月間、何人かの男と接触したものの、小賢しい守銭奴レベルでどれもせいぜい下っ端の警備兵と似たり寄ったりの連中ばかりで〝轟天丸″と岩淵を相手では戦力になりそうもない。

 本部から人の応援が来ない今、三人でやるしかないかと失望気味に周りを眺めていたソレナリオだったが、店の天井隅に設置されているテレビから流れている〝女子中学生誘拐事件″のニュースが彼女の耳を捉え、しばらく日本酒をすすりながら無言でテレビを眺めていた。

 画面には音無奏の姿が映し出されている。内容はこれまでと大して変りがなく、アングランドの監禁をいかに堪えたかを奏本人のインタビューや大袈裟なBGMを交えて垂れ流している。特に目新しい情報も無く、これだけの騒ぎにも関わらず自分たちが指名手配もされていないのが不気味だったが、公開されていないというのが収穫といえば収穫だろうか。警察が犯人を明かしていない状況にも関わらず、犯人の顔を知っている被害者をテレビで公然と大衆に晒す。

 個人情報がやかましくなった日本でもマスコミのドラマ仕立てな脚色の前には被害者の人権とやらも吹き飛ぶような軽率な風潮はいまだに残っているらしい。これまでの映像から音無奏の家族構成や住所も大まかに判明しているが、ソレナリオは奏にそれほど関心を示さなかった。

 奏は岩淵にとって足手まといでしかない。

 それでも一緒に脱出したのは巻き込んだことによる岩淵の贖罪の意識からだ。

 脱出が成功した今、接触を断つことが互いにとって一番プラスとなるので、どんな過酷な拷問を奏に加えても知らないのだから答えなど出てこないだろう。

 ソレナリオは奏について、そんな見方を持っていた。


「……で、本部はなんだって?」


 コップの中の日本酒をひと息に飲み干し、ソレナリオはふうと息をついて空となったコップを置いた。本部には轟天丸を倒す為に新型機を要請している。今朝の終業間際に連絡が来たのだが、ソレナリオはフォークリフトで荷を運んでいて近くにいなかったために、ヨワルスキーが対応に出たのだ。


「新型の到着は一ヶ月位かかるそうです」

「一ヶ月? それじゃよぼよぼの魚臭いばあさんになっちまうよ」

「しかし、今の状態ではよほど慎重にやりませんと。まだ日本政府もアメリカ軍も我々に対する警戒や監視を弱めていないでしょう」

「わかったわよ。で、場所と時間は?」

「場所は……」


 言い掛けて、それまで無言だったコワイネンがしっと口を挟んだ。

 コワイネンが横目で合図をすると、コワイネンの斜め後ろに陣取っている四名のロシア系外国人の小太りの男がソレナリオの話に耳を傾けている。素人目にはほんの僅かな仕草だろうが、ソレナリオ達にしてみれば下手くそも良いところで、手品のタネがばれているのに気づかないでいる手品師のように滑稽だった。

 帰るよとソレナリオが促して三人が立ち上がると、ソレナリオは店の主人におあいそと明るい調子の日本語で言った。アンタ、日本語が上手だよねえと店のおばさんが感心しながらお釣りを渡すと、おばちゃん美味しかったよと微笑んでソレナリオ達は店を出た。戸を閉める瞬間、男がのっそりと立ち上がる姿が戸の隙間からチラリと見えた。

 漁港を出たところで、ソレナリオら3人は右の路地に曲ってゆっくり歩いた。

 この道は金剛山に向かう田舎道と繋がっている。いつもなら左に曲って町の隠れ家に戻ってひと眠りするのだが、今日はルートを変えた。


「後ろ、来てるかい?」


 正面を向いたままソレナリオが尋ねると、コワイネンがはいと呟いた。

チラリと僅かに後方を確認すると、定食屋の四人組がつかず離れずの状態で後ろからついてくる。


「ここだとまだ目立つからね。まだだよ」


 銃を取り出したヨワルスキーを見て、ソレナリオは小声で叱った。

 特殊な光線銃で、一瞬で身体を燃やし尽くす。

ここではまだ人の往来がある。向こうも人気の無い場所を望んでいるはずだと考え、現在の宝来町から作間へ行くことに決めた。周囲は田んぼと雑木林ばかりで人家もなく、冬となった今では通る人間などほとんどいないはずだ。

 しばらく仕事の愚痴をこぼしながら雑談して歩く内に周りの風景は次第に寂れてゆき、まばらに点在していた民家も次第に数が減り、作間という地区に差し掛かるころには田んぼ道を異様な外国人の集団が歩いている格好となっていた。これで住民に見られれば通報されるのは間違いないだろうが、ソレナリオにはどうでも良かった。

 柔らかな日差しが辺りを照らし、長距離を歩いたせいで身体が温まって、どこか観光地を散歩している気分となっていた。

 だが、後方の男はそうは思わず、しびれを切らしたようである。

 人気がないのを見計らって、急にソレナリオ達に向かって駆け出した。ソレナリオ達は予想していたことだから慌てる様子もなく悠然と振り返った


「……さっきから、しつこいねえ。何の用だい?」

「ちょいと、さっきの話が気になったもんでよ」


 ロシア語で尋ねたソレナリオに対し、男がニタニタ笑いながらイタリア語で返した。地理的にロシアからの労働者が大多数と考え、三人のやりとりは関わりの薄いイタリア語と決めていたのだが理解出来る者がいたらしい。


「気になるって何がさ?」

「上手い話があるんだろ?〝漁港から仕入れる″とか聞こえたぜ?」

「……」

「麻薬に銃に盗難車。……俺達も色々とルートを知ってんだ。できれば噛ませて貰おうかなと思ってよ。なあに、分け前はちゃんとするからさ」


 何だそのことかと気が抜けるような思いがした。

 男はソレナリオを密輸業者と勘違いしているらしい。


「あいにく、うちらは3人で間に合っているんでね。これ以上は組む気が無いから他を当たってくれよ」

「おいおい、姉ちゃん。それで良いのかよ」


 小太りの男は眉をしかめ、口元は歪めて笑うという外国人特有の表情を示した。


「俺たちの誰かが警察に知らせれば、アンタらはすぐにお縄だぜ?前からアンタらがちょいと気になってたんで、事務所でパスポートや登録証を拝見したことがあるんだが偽物だよな、あれ。精巧であれだけのものを作れと言われたら難しいけれど、俺も昔やっていたから偽造かどうかくらいかはわかるんだわ。……ここまで言えばわかるだろ?」

「……」


 貴様らと前に出ようとしたコワイネンを、ソレナリオの細腕が押しとどめた。


「わからないね。どういうこったい?」

「アンタらは俺の支配下にあるということだよ、姉ちゃん」

「……」

「俺は捕まるヘマをしない。こういうことは慣れているんでね。ここじゃ上手い話が転がっているからよ。上手い話を見つけて、分け前を気前良くいただくというのが、俺達のやり方だからな。俺が黙っていればウィン・ウィンの関係だぜ?」

「知っているのはアンタだけかい?」

「競争相手はたくさんいるんだ。他に言う訳ねえだろ?」

「……そうかい。そんなにウチらの話に加わりたいのかい?これはアンタらが考えているような儲け話じゃないんだが」


 ソレナリオはヨワルスキーを一瞥した。視線が合いヨワルスキーが僅かに頷く。

 殺した場合、仲間の存在が気がかりだったが、こういった連中は何かの危険を感じて急に行方をくらましたりすることだってあるだろう。これまでの行いから恨みだって相当買っているはずだ。心配して探す人間など皆無だろうとソレナリオは考えていた。


「構わないよ。〝儲け話じゃない″なんて良く聞く話さ」

「アンタら〝アングランド″という組織は知っているかい?」

「……」

「そこから新型兵器が届く手はずになっていてね。一週間後の深夜一時に小樽港で受け取ることになっているんだ。何かしら成果を収めないと私らが組織に消される。そこで私らに恥をかかせた岩淵という男と轟天丸というふざけた奴を殺すことにした。岩淵って奴はニュースでも流れていたから知っているだろ?こんな身になったのもあいつらのせいだけど、私らも日蔭者の身だから自由が利かなくってね。ここまで来るのになかなか苦労したのよ。そんな時にアンタらがノコノコとやってきたわけだ。頼みもしないのに」

「……」


 男たちは皆、一様に押し黙ってしまった。


 アングランド。


 鉄よりも硬く氷のように冷たい掟と強大な兵器で世界を席巻するテロ組織。裏稼業に携わる人間はアングランドとトラブッたら尻尾巻いて逃げるのが鉄則とされている。

 寒さよりも恐怖が男の身を震わせた。

 先程までは一人の女としか思わなかったのに、今は処刑宣告でもされているような、あるいは悪魔と会話しているような気分になっていた。


「なんで……、なんでこんなことを俺に話す?」

「関わったことを後悔してもらわないとね」

「関わらねえよ。……誰にも言わねえよ」

「駄目だね。もう遅いよ」


 ソレナリオが蒼ざめた男たちの後方をそっと指した。


 振り返ると、いつの間にか太陽を背にしてコワイネンとヨワルスキーが立っている。コワイネンは拳を鳴らし、ヨワルスキーは光線銃を手にしていた。 恐怖に顔を歪める男をコワイネンとヨワルスキーの影が覆った。


 ※  ※  ※


 事が全て済み、男を山中深くに埋める作業が終わるとソレナリオは急にお腹が減ってきた。

 見上げるといつの間にか陽が高い。穴掘りという肉体労働と、長い距離を歩いたせいで息も軽く弾み身体には汗が流れていて、そっと流れる冷たい風が心地よいくらいだった。

 ふうと深呼吸すると、ソレナリオはまだ土を固めているコワイネンとヨワルスキーに振り返り、帰りにどこか寄ろうやと言った。

ソレナリオの頭の中から、男のことなど既に忘れていた。

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