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放つとき

作者: 七曲リンダ

 サークルに提出した作品です。お題は「能力」でした。自分のジャンルとかなり方向性が違ったので、とても苦労して書きました。ご指摘あれば加筆訂正します。

 僕には秘密がある。母親が魔女なのだ。現代において、魔女の存在を信じる人は稀だし、ごく稀にいたとしても、ただ『いたらいいのに』という希望的観測が入っているに違いない。でも事実である。母は飛べるし、傷を癒すこともできるし、その気になれば人を操ることもできるだろう。でもその能力は使わない。何故なら、僕のためだ。

 僕は魔法が使える素質を持つ。というより、魔力を受け継いでしまった。魔力を受け継ぎし者は、その魔力を使う方法を一度覚えてしまっては本当に魔法使いになってしまう。

方法は、魔力を授けた血の繋がった者が力を使い、その連鎖反応で能力を呼び覚ますことだ。それさえ防げれば、一生人間と同じでいられるし、後世に魔力は引き継がれない。そういうことで、母は絶対魔法を使わないのだ。

「こんな能力要らなかったのに」

 そう、母が漏らしたことがある。

「私は人間でいたかった」

 母は、生まれてくるとき難産で命の危険があったため、母の母親、つまりは祖母の魔法によって救われ生まれたのだ。要は祖母も魔女だった。

「人間でいられなければ、生まれてこなければ良かった」

 そう言って母は泣いた。僕は良くも悪くも無力だった。


   ▽▽


「ねえ、そういえば、あなたなんで一なんて適当な名前にされたの?」

「え?」

「だって考えたら聞いたことないもの」

 中学からずっと付き合っている幼馴染の亜依は言う。もう『恋人』として付き合って五年以上になる。二人の間では将来は約束されているようなものだった。みっちりテストをやったあと補講を受けたあとの帰り道、夕陽が照らす僕たちの通う高校を背にして歩いていた。

「適当ではないよ、まあちゃんと意味があるんだ。」

「西山一ってテストの答案に書くとき超楽そうでいいよね。私のフルネームは画数多くていちいち書くのが面倒だもの。勅使河原亜依。まず長いのよこの名字。亜依、は簡単なのに」

「その点ではいいのかもな。僕はいちいち、ではなくいち、って書けばもうおしまいだからな」

「微妙にうまいこと言わないでよ」

 笑って名前の話題には触れないようにしたのだった。


「この呪われた血を清めて、人間として生きられる最初の一人になって欲しい」

 名前に込められたのは、母の願いだった。僕は自分の運命を呪えばいいのか、母のこの切なる願いを受け止めて生きていけばいいのか、わからなかった。できれば魔力のことは忘れて生きたかった。でも、母が僕に告白したあの日から、忘れることができなかった。


   ▽▽


 あれは中学生の頃。交通事故に遭った。頭を強く打ち、二週間ほど経ったあとに目が覚めた。真夜中過ぎだったようだ。

「気がついたのね」

 母はずっと付き添っていたらしい。気がついた時、母は今まで見せたことのない不安な表情を見せた。

「亜依ちゃんは、ついさっき帰ったから、明日連絡を入れておくわ」

 中学生が丑三つ時まで付き添っていたとは。明日大丈夫なのだろうか、と思っていると、母がいきなり言った。

「ごめんなさい……」

「え」

 意識が戻ったばかりなせいでうまく反応できず、乾いた声になってしまった。

「私のせいで、あなたは災難を引き寄せることになってしまった」

「どういう、こと……」

 絞り出すように言葉を出した。


 母の独白が始まる。自分が魔女であること、魔力が僕に受け継がれていること、自分が魔法を使うと連鎖反応で子どもの僕も能力に目覚め、魔法使いになってしまうということ、そして、今回事故に遭ったのは、溜まっている魔力が災厄を引き寄せたためだということ。嘘でもなんでもないことは分かった。


「あなたは人間として生きたい? 魔法使いとして生きたい?」

「……」

「人間として生きて子どもができてその子が生まれれば、呪いは解かれるの。でも、それまでにまた魔力が溜まって災厄を引き寄せてしまったら、事故や事件に遭うかもしれない。魔法使いになったら、運命を背負わなければいけない」


「運命って、なに」

 もう意識ははっきりとしていた。


「年に一回、魔力を補給しに行かないと、生きられない。それに、魔力の補給には、代償が必要なの」

「代償?」

「愛する者の寿命よ。配偶者もしくは家族、血を引く者や親族の寿命を半年分。私は今、あなたのお父さんから、命をもらっているの」

祖父はその前の年に亡くなり、祖母も祖父の半年後に亡くなっていた。僕は何も言えない。母は続けた。

「お父さんは私を愛して、生かしてくれようとするの。でも、それが私には辛いの。私もお父さんを愛しているし、生きていて欲しい。でも、相手は私がいないと生きられないって、命を差し出すの」

「そう言うってことは、命を魔法で元に戻すことはできないんだね」

「そうよ。自分に命を分けている者には魔法をかけてはいけないの。そうしたら永遠に生きられてしまうでしょう? だからその掟を破ったら極刑。その他にも魔法を使うのには様々な掟があって、魔法を使えるものはそういう意味でも重たいものを背負うの。だからあなたには絶対に魔法使いにはなって欲しくないの……」

 母は泣いていた。泣かずにはいられないだろう。僕には想像もできなかった過去が、きっとある。


   ▽▽


 ある日。父が病で倒れた。寿命、かもしれない。毎日付き添いをしている母は、涙も枯れて、深い悲しみの中にいた。

 僕は何もしなくていいのか。僕だけのために全てを犠牲にする、二人の親心。でも、僕だけ何も背負わないなんて、僕にだけ何もできないなんて、嫌だった。

 僕は全てを決めた。


「母さん」

「どうしたの……?」

「魔法を使って。僕を魔法使いにして」

「何を、言ってるの」

「僕は父さんから命をもらっていない。だから父さんを救えるじゃないか」

 母は目を見開いて言った。

「そんなの絶対ダメよ! あなたは誰から命をもらうの」

「こんな風に生き延びたって、僕が幸せじゃない。それに命は亜依から貰えるだろう、配偶者ならいいんだろう? どうせ将来は一緒になるつもりでいるんだ、結婚の予定が少し早くなるだけだ」

 もちろん、亜依に迷惑はかけるつもりは毛頭なかった。

「そんな、あなたはこれからも人間として生きて欲しいの。亜依ちゃんと人間として幸せになって欲しいの」

「僕は何も望んじゃいけないのか!」

 必死に訴える。

「私たちの願いを受け取ってくれないの?」

「受け取るさ。受け取ったから、この道を選んだ。亜依もきっと受け止めてくれる。だから、魔法を使って。僕を魔法使いにしてくれ。僕が父さんは助けるんだ」

「……」

「僕は決して誰も不幸にはしない。約束する。母さんの気持ちが分かりたいんだ。家族なんだよ? 一人で背負って欲しくないし、父さんを救いたいんだ。この僕の手で、救いたい」


 重く、とてつもなく長い沈黙が流れた。


「……わかった。じゃあ、あなたの手で助けて。後悔、しないわね。」

「するわけない」

「魔法を、使うわ」

 母は頷くと、辺りを見回したあと、見繕って、窓の外に向かって呪文を唱え、雨を降らせた。

 とたんに、僕の中に何かが入り込んでくる。脳内に激しい閃光。呪文と思しき言葉の渦。体の底から何かが湧き出てくるような感じ。僕が本当の僕になっていくような感じ。ああ、これが自分の魔力が目覚めるということなのか。

 僕は探した。生まれたての自分の魔法能力の中に、僕が欲しているそれがないか、瞳を閉じたまま集中して。


 僕の答えは、やはりあった。


「じゃあ、母さん、父さん。僕のためにこんなに今まで辛い思いをさせてしまってごめんなさい。僕も母さんと父さんを愛してる。家族だから」

「あなたまさか……、やめ――」


 僕はもう呪文を唱え始めていた。全ての魔力よ、母から去れ。捧げた命よ、父に戻れ。魔の血よ清められよ。僕の全てと引き換えに――

 全てを、放った。


   ▽▽


 人間には人間の天国があるように、魔法使いと魔女の天国がある。

僕は、使えば死後に極刑であるとされる、命と引き換えに他者の魔力を奪う禁断の魔法を使った罪によって、地獄に行くはずだった。僕もわかっていてやったことなので、覚悟はしていたのだ。

 よく聞くと、長い歴史の中で、この魔法を使った者は僕が初めてらしい。確かに皆、進んで他者の魔力を奪って命を落としてまで、地獄に行きたいとは思わないだろう。

 しかし大天使が、その魔法を使ったことより、親を救った事実をもっと考慮するべきではないかと主張し、長い長い審議が行われたのち、最終的に天国行きの切符を手にした。


 母と父は子を授かった。男の子だ。名前は『新』という。僕の弟だ。大切な家族である。亜依がしょっちゅう遊びに来ては、可愛がっている。

 僕のいる世界に、僕の家族と亜依が集うことはない。皆人間なのだから。僕は地上を見下ろすしかできない。でも僕は幸せだ。僕は、血を清め、救い救われた、初めの一人になれたのだから。


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