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スクランブル

この世のなかに偶然はない。すべては予定調和。過去世からの約束を果たすために生まれた二人は、はたして結ばれるのか。


渋谷のスクランブル交差点を渡るのは十年ぶりだった。


わたしは、旧友の結婚式に招かれ、


その帰りみちに久しぶりにひとりで渋谷の


北口に出たのだ。


とりたててあてもなく歩いた。


交差点の向かい側に109のビルが十年前と変わらない姿で


立っていた。


日曜日なので、人が多かった。


旧友の結婚式は昨日の土曜日に、新宿のホテルで終わっていた。


とてもきれいな花嫁姿だった。


今度は幸せになってくれたらいいな、と思う。


今度、というのは、彼女はこれで二度目の結婚だからだ。


三十五歳で二度目の結婚というのは悪くない。


子供も持とうと思えば待てる。


ただし、子供を一緒に育てていける能力のある夫であれば、の話だが。




彼女の以前の夫はまるで甲斐性がなかった。


仕事はそう悪い仕事ではなかった。


一部上場の電機メーカーの開発室に勤めていた。


プラズマテレビを開発するチームに所属していたらしいが、


昨今のテレビモニタの購買欲の減少につれて仕事は目減りし、


ついに、開発チームは事業縮小のため解消した。



それが原因ではなかっただろうが、彼女は離婚した。


子供がいないのが不幸中の幸いだった。



新しい彼を紹介される前の日、わたしは彼女がなぜ前夫と離婚したか


その真相を知って驚いた。



彼女は前夫に暴力を振るわれてたのである。



そりゃ、ひどかったわよ。


と、彼女は言った。


特にはっきりした理由もないの。


たとえば、帰ってきたときに、テーブルの上の新聞がちょっと斜めになっていたから、


とか、スーツの袖のボタンを付け替えたときに、ちょっと布が毛羽立っていたとか、


洗濯物をたたんでいたときに電話がかかってきて、話に夢中になっていたら、


ちょうど、彼が帰ってきて、洗濯物をたたんでから電話しろ、とか。


そういう、ささいなことに、いちいち腹を立てられて、こっちが神経参っちゃって。


それで、あるひ、まったく体が動かなくなって、家事ができなくなって、心療内科に行ったら


お前は、たるんでいるんだ、だれのおかげで召し喰えてると思ってんだ、って怒鳴られちゃって。


仕事に出ようとしても、出してくれないし、かといって、不思議なのは、


わたしの誕生日とかいちいち覚えてて、年齢の数のバラの花束くれたりするの。


一緒にワインも買ってきてくれて。


ああ、これでまたうまくやれるなあって、二週間くらいはそういうの続くけど、


だめ。ある日突然、またもとに戻るのよ。


きのうは、かわいいねって言ってたくせに、翌日は、ばばあのくせに何化粧してんだ?


ちゃらちゃらしてる暇があったら、家の中のことをちゃんとしろよ。


って怒鳴るの。


理不尽だわ。


すごく理不尽で耐えられなくて、離婚しようと思って、弁護士事務所を訊ねたら、


そこで働いていたのが、彼だったの。



旧友は、大学でもミスキャンパスに推薦されるくらいの美貌で、


一緒に歩いていると、こっちが引き立て役になってしまうほどのオーラを放つタイプだったが、


その美しさは相変わらず健在で、新しい夫になるという人も、すらりと背が高く、銀縁めがねに


知的な光をたたえたおだやかそうな人物だったので、わたしはすっかり安心して


よかったね。といえたのだ。



スクランブル交差点は、人ごみでごった返している。


たくさんの人波が、押し寄せて、むっとする気配がただよう。


都会独特の、人の気配の塊、ともいうべきものがわたしの全身を圧迫する。


こんなところで毎日は暮らせない、と思う。


自分が保てない。大きな見えないたくさんのひとの意志が押し寄せてきて


人の気配だけでぐったりする。



五月の最終の日曜日は、初夏というよりもむしろ、真夏の日差しであふれている。



わたしは、旧友の笑顔を思う。


あの友達が、自分と同じような境遇だったとは。


新鮮な驚きと、ひそかなねたみが満足というかたちに変化したのを、


わたしは自分でも情けないと思う。



嫉妬、いやな言葉。


嫉妬するのもされるのもごめんだ、と思う。


いつもわたしは誰かに嫉妬されていたから。


家族に、友達に、恋人に、夫に。



彼らがなぜわたしを嫉妬するのか、よくわからない。


わたしは、ふつうの人間だ。


普通の三十五歳の平凡な主婦だ。



ごめんなさい、



後ろから背の高い男の子が、わたしの背中にぶつかってきた。


え?


わたしは不意をつかれて振り向いた。



あ?


この子だ、と一瞬思った。


会ったのは初めて、声を聞くのも初めて。


そしてわたしはもうすぐ、田舎に帰る。


だけど思った。


瞬間、わたしはわかった。



このこには、また会える。


会わなきゃいけないと。












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