1.王太子宮へ
先日、宋の国の王太子である 緋 紫蘭様がこられて正妃候補としてあがってほしいといわれて紫蘭が帰ると、すぐに家令の 江來を始め、使用人たちが主である李 斉蓮の名に恥じぬよう、とぬかりなく輿入れの準備をしていく。他に何か言われるようなことがあってはならない。慌ただしく数日がすぎ、輿入れの日となった。
「鈴音様、本日のめでたき日を迎えられましたこと、我ら心よりお祝い申し上げます」
「ありがとう、江來さん。皆さんも、短い間ですが、お世話になりました」
「ありがたきお言葉、しかと頂戴いたしました。琉香をお連れください。王太子宮へそば仕えの者をひとり連れてよいと、お達しがありましたので」
琉香が前に進み出て嬉しそうに微笑む。よかった、彼女にはついてきてもらえたらと思っていたし。見ず知らずの世界で、親しいといえるのは養父である斉蓮と琉香だけなのだ。婚礼の行列は厳かに、王太子宮へと出発したのだった。長い行列にほう、とため息がもれる。
(日本の花嫁行列みたい・・・おばあちゃんが、言ってたっけ。すごく長い列だったんだって)
鈴音はそんなことを聞いているだけで見たわけではない。しかし、それを彷彿とさせるものが、婚礼の行列にはあった。流れゆく景色の中で、前方にひときわ大きい建物が見えてきた。きっと、あれが王宮なんだろう。
「もうすぐですよ、鈴音様。つく頃には紫蘭様とお会いできると思いますわ」
「そうね。・・・にしても、この花嫁衣裳、派手すぎないかしら?こんなもの?」
「ええ。紅の衣装はお気に召しませんか?よくお似合いですよ。ああ、降りるときには裾を私が後ろよりたくし上げますから、ご安心くださいませ」
にっこりと微笑まれて、う、と言葉につまってしまう。元々、おとなしい性格の鈴音だ。やさしく言われるといやとは言えない。そうこうしているうちに、行列は王太子宮へとついたようだ。鈴音たちが乗る軒がゆっくりと、止まる。落ち着いてそうっと降りる。後ろはまかせて大丈夫だ。
「ようこそ、鈴音様。我ら一同、今日この日を心よりお祝い申し上げます」
一糸乱れぬ呼吸で王太子宮へ仕える者たちが跪く。最高礼をもって迎えられた。緊張のあまり言葉につまりそうになるが、口上をのべる。
「ありがとうございます。今日よりお世話になる李 鈴音にございます。よろしく」
「鈴音!来たか、待ちわびていたぞ!」
「きゃっ」
体が軽くなった、と思ったら突然現れた紫蘭に抱きあげられていた。正装に包まれた紫蘭はいつもより色気があり、はにかんだ笑顔に一瞬、どきっとした。顔に朱がはしるのがわかる。
「び、びっくりするじゃありませんか、紫蘭様」
「紫蘭でいい。私たちはこれから毎日、顔をあわせるのだから。ああ、今までお前という存在を知らずにいた日々はなんともったいないことか。だが、今日からは違う。私は鈴音という至宝を手に入れたのだから」
「し、紫蘭様・・・・・」
「紫蘭でいいと、いっておろう」
ちいさく、紫蘭、とつぶやくと彼はそうだ、と頷いた。今までこのような過剰にスキンシップや言葉をかけられたことがないのに、これがしばらく続くのだろうか。嬉しいようななんとも複雑な気持ちになった。