【連載版始めました】転生した灰汚れ少女、成り上がる~あなたが捨てたものに、こんなに価値があるなんて思わなかったでしょう? 今更気付いても、もう遅いです~
「うわー、今日もやってるよ。ゴミ集めとか、きったないよなあ」
仕事をしていると、人々がヒソヒソ話す声が聞こえてくる。
「底辺の仕事だよね~。私には絶対無理~」
私の仕事は、掃除人だ。
主な仕事内容は、街中のゴミを集めて分別し、所定の場所へ運ぶこと。
ただ、この国において掃除人は、最下層の仕事とされている。
「あんな仕事しなきゃ生きていけないなんて、かわいそうになぁ」
(……かわいそう、か)
それこそゴミを見るような視線に晒されながら、思う。
この、掃除人という仕事……。
私にとって、天職である!
何を隠そう、私、レーラには前世の記憶がある。
前世の私は、新卒で接客業をしていたものの、度重なるカスハラにより、精神が削られた。そのうえ職場の人間関係も最悪で、人が怖くなり、二年で退職した。
働かなくては生きてゆけない。しかし、もう二度とクレーマーに延々と怒鳴られるのはごめんだったため、清掃の仕事なら接客しなくていいのでは? と思い、清掃のパートを始めた。
それが、私には合っていた。
黙々と、掃除さえしていればいいのだから。
確かに、清掃の仕事は大変な面もある。空調のある現場じゃないと夏場は地獄だし。汚い場所、トイレだって毎日掃除する。
だけど別にトイレは怒鳴らない。単にストレスをぶちまけたいだけのような、意味不明なイチャモンをつけてこない。
便器さえ磨いていれば人間と会話しなくていいんだぞ! 前の職場で人間不信になった私にとって、最高の仕事といえた。
そんなわけで前世の私は清掃のパートを長年続け、やがて正社員になった。まあお給料は少ないんだけど、いくら高給でも精神を壊してしまったら意味がない。将来は不安だが細々と堅実に暮らし、娯楽としては無料のネット小説を読む。そんな毎日を送っていた。
だけどある日、通り魔殺人によって私は人生を終えた。
やっぱり人間は怖い。人間よりゴミのほうが百倍マシ。
そんな私は、気付けば異世界に転生していた。前世でネット小説をよく読んでいたおかげで、異世界転生の知識があったため、すぐ状況を呑み込めて助かった。
異世界転生といえば王族や貴族に転生するのがポピュラーだけど、私は平民として生まれた。それで、私はこの世界では十歳だけど、今は掃除人として働いているというわけだ。
(いや~でも、定番の悪役令嬢とかに転生しなくてよかったぁ)
破滅エンド確定の悪役に転生したくないというのはもちろん、私は、王族や貴族なんて絶対ごめんだ。
だって令嬢なんて、社交が大変に違いない!
嫌だ! 貴族の上下関係とか腹の探り合いとか、ドロドロした人間関係は絶対ごめんだ! 小説として読むぶんには大好きだけど、断じて自分がそうなりたいわけじゃない! フィクションと現実は別です。
幸いこちらの世界での家族は、概ねいい感じの人達だった。冒険者の父さんに、冒険者ギルドで受付の仕事をしている母さん、あとは双子の妹と弟。五人家族だ。
概ね、というのは、母さんは優しいし双子もいい子なんだけど、父さんはちょっと問題のある人だった。
父さんはちゃらんぽらんで、お酒とギャンブルが好き。賭博に耽った結果、我が家の貯金を全額を失ってしまったのだ。そして「賞金のかかった魔獣を狩って大金を持ち帰る!」と言って旅に出たまま、もう半年ほど帰ってこない。なんの便りもない。魔獣に殺されたのか、逃げたのかさえわかっていない。
母さんはギルドの受付という安定職に就いているため、父さんがいなくなっても家庭が崩壊するわけではないけれど、なにせ父さんが貯金を使い果たしてしまったうえ、双子はまだ小さい。だから、私も働くことにしたのだ。
私は十歳だけど、前世では大人だったし、掃除の仕事は嫌いじゃないし。
それに――前世の私は家族とも上手くいっていなかったけど。この世界の母さんと双子は、優しくて温かくて、愛おしいと思えるんだ。
ゴリゴリの人間不信だった私に、こんな感情を抱かせてくれた人達なのだ。少しくらい役に立ちたい。だから私は、今日もゴミを集める。可愛い妹と弟の将来のために!
(お、魔灰がいっぱいゴミに出されてる)
この世界には、ネット小説の定番のように「魔石」というものがある。
火や水の魔石が最も一般的で、それらを用いたコンロや水洗トイレ、お風呂などもあり、異世界とはいえ文明レベルは高い。他に風や氷の魔石などもある。
魔石というのは、古代の魔法生物の死骸が、石となったものらしい。だから、元となった魔法生物の属性が火なら火の魔石、水なら水の魔石になっているのだという。
他に、どの属性にも当てはまらない「特殊魔石」というものもあるらしい。とても希少だが、「治癒魔石」とか、「変化魔石」なんてものもあるそうだ。
……ともかく。そんな魔石の、魔力が空になった状態のものが「魔灰」と呼ばれ、穢れたゴミとして扱われる。
魔力を宿している魔石は宝石のように美しく、火の魔石なら赤、水の魔石なら青、それぞれの色に輝いている。
だが魔力を使い切ると、全て灰色と化す。この世界では灰色は不浄の色とされているため、魔灰は皆すぐに捨てるし、誰も触りたがらない。
「あいつ、また魔灰をあんなに集めてる! きったね~」
「汚い汚い『灰のレーラ』だろ? ああはなりたくねえよなあ」
同い年くらいの男の子達が、ニヤニヤと私を見て笑う。
まあ、前世の私から見たら幼い子どもだ。別に腹も立たない。
元の世界のクレーマーや同僚達は、もっとエグイ罵倒で私の心を抉ってきたからね! その程度の侮辱、ぬるいぬるい!
(にしても、魔灰ってそんなに嫌なもんかねえ?)
魔灰は別に臭いわけでもない。無臭だ。皆が便利に使っている魔石が灰色になっただけ。
(この世界では灰色が不浄の色っていうけど、アッシュグレーっていい色じゃんねえ? 異世界の価値観ってよくわかんないな~)
この世界の掃除人は誰もやりたがらない仕事だけど、誰かがやらねばならない仕事なのだ。おかげで常に人手不足なため、人を集める苦肉の策なのか、お給料はそう悪くはない。
いやあ、この世界でも私にできる仕事があって本当によかった!
ガタゴトと荷車を押し、その後もゴミを集めながら歩いたのだった――
◇ ◇ ◇
「ただいま~……って、あれ⁉」
仕事を終え、家に帰ると――懐かしい人の姿があった。
「父さん⁉ 生きてたの⁉」
冒険に行ったまま行方不明になっていた、父さんだ。
もう二度と会えないと思っていたから、さすがに感動する。
父さんも、ニコニコ笑って私の頭を撫でた。
「ああ、レーラ! ひさしぶりだなぁ、ちょっと背が伸びたか?」
「もう、父さん! 今まで何してたの、みんな心配してたんだよ!」
(よかった、父さんが生きて戻ってきてくれた……!)
じんわりと幸せを味わっていたのは、束の間。
ふと、母さんの顔が暗いことに気付く。
そして、父さんの存在に気をとられて、今まで気付かなかったけど。
父さんの隣に、若く綺麗な女の人がいる。
――指先まで冷えるような、嫌な予感がした。
「あの、父さん……こっちの人は、どなた?」
父さんはまったく悪びれることなく、その女性の肩を抱いた。
「ああ。この子はリヒューティと言ってな。父さんの大切な人なんだ」
「……大切な友達、ってこと?」
「いやぁ、その……半年前、父さん、魔獣に襲われてる彼女を助けてさ。そのとき俺、ちょっと怪我しちゃったから、彼女の家で世話になってたんだ。あ、彼女の家ってのがすごいんだよ! なんと、あのオルデュール商会だぞ⁉ この国一番の大商会だ。彼女はそこのお嬢様ってわけ。実家が金持ちなうえ、こんなに美人だなんて、最高だよな~」
父さんは喋っている間、ずっとリヒューティさんの肩を抱いたままだった。そしてニコニコと笑ったまま、母さんに言い放つ。
「そういうわけで、エリー。俺と離縁してほしくて」
私は、絶句してしまった。
ちゃらんぽらんな人だとは思っていたけど、まさかここまでだったなんて。
私は基本的に人間を信じないから、確かに逃げた可能性もあると思っていた。だけど、本当に魔獣に殺されてしまった可能性や、事件や事故に巻き込まれた可能性も考えて、心配していた。
母さんや双子は、もっと心配していた。それでも「いつか父さんが帰ってきて、また皆で笑って暮らせるようになる」と信じて、一生懸命生きてきたのに。
なのに父さんは、妻や子どもの前で、他の女の肩を抱いてへらへらと笑っている。
(ああ……やっぱり、人間はゴミだ)
いや、ゴミの方がマシだ。ゴミは何も喋らない。こんなふうに、人を傷つける言葉を吐き出さない。
母さんも絶望している様子だけど、それでもなんとか現状をもっと理解しようと、震える声で父さんに尋ねる。
「……待って。そもそも、生きていたなら、どうしてもっと早く帰ってこなかったの」
「それは……俺とリヒューティは出会ったときから、真実の愛を感じて惹かれ合っていたんだけど。俺だって既婚者として、ちゃんと悪いって思ってたんだぜ? だからそのー、お前らに会わせる顔がなかったし、自戒の意味も込めてっていうかさぁ……」
(……ぐだぐだ言い訳してるけど、ようは私達に責められるのが嫌で、逃げていたかったんでしょう)
「でもやっぱり、リヒューティと結婚するなら、エリーと離縁しなきゃならないし。男として、ちゃんとけじめをつけようと思ったんだ!」
「…………ふざけないで」
母さんは、静かな声で言った。
「言いたいことはいろいろあるけれど……子ども達の前でする話じゃないでしょう」
母さんの声はまだ微かに震えていて、自分の感情を必死に制御しているような……怒鳴りつけたいのを我慢しているようだった。
それはきっと、私や双子の前だから。
子どもの前で、大人の汚い話を聞かせたくないと思ってくれている。
こんな状況で、母さんだってすごく辛いだろうに、私達のことを一番に考えてくれているんだ。
「エリー、君のほうこそ。子ども達が見てるんだぞ? そんな顔しないでくれよ。笑ってお別れしようじゃないか。そのほうが子ども達のためだよ」
母さんと対極的に、父さんは、子ども達の前なら母さんから口汚く罵られることはないと、わかったうえで言っているみたいだった。
私達のことは、子どもではなく、自分が怒られないための盾として利用しているだけ。
どこまでもやることが汚い父さんも、それを止めない女にも、腹が立った。
「ふざけんな」
気付けば私は、怒りをそのまま口にしていた。
母さんが、私達のために怒らないでいてくれているというのなら、私が怒る。
「私達はずっと、父さんのことを心配してたのに。その間、父さんは私達のことを考えもせず、その女とイチャイチャしてたんだ。私達のことをなんだと思ってるの。どうして、人の気持ちを踏みにじって、そんなふうにヘラヘラしていられるの⁉」
「やめて! 彼をいじめないで!」
「……は?」
ずっと父さんに肩を抱かれていたリヒューティが、父さんを庇うように前に出てきた。
「そもそも、あなた達が悪いんでしょう?」
「………………はい?」
「彼は、ずっと家族が冷たくて、寂しかったと言っていたわ! 彼から話は全部聞いているの。あなた達は家族なのに、彼のやることを否定してばかりだったそうじゃない。かわいそうに!」
「家族を蔑ろにして酒に溺れたり、賭博で借金したりしていたのは父さんです。家族として注意することは、そりゃあありました。当たり前でしょう」
人に迷惑をかけなければ、どんな生き方だって自由ではある。だけど父さんは、実際に家族に迷惑をかけていたのだ。
周囲のことを考えず何もかも自分の自由にしていたいなら、独り身でいればよかったものを。家庭を持ち、人の親となる決断をしたのは父さんだ。それでいて好き勝手ばかりしていたのだから、それは注意されるだろう。
「彼はあなた達にいじめられて傷ついて、だからお酒や賭け事で自分を癒していたのよ。あなた達はいつも、彼を罵倒したり、粗末な食事ばかり与えたりしていたんでしょう⁉ 彼の心は本当に弱っていたの! あなた達は酷いわ!」
「…………」
私達は、父さんを罵倒したり、粗末な食事を与えたりなんてしていない。
素行について注意をしたり、お酒やジャンクな食べ物ばかり好む父さんのために、健康的な食事を多くしたりすることはあった。おそらく父さんは、それを誇張して話していたのだろう。
妻が酷い仕打ちばかりする。子ども達が冷たくて悲しい。
だからそんな家族に別れを告げて、優しくて俺のことをわかってくれる君と再婚したい。
父さんの中では、そういうストーリーになっているのだ。
「彼はかわいそうだわ。私ならあなた達なんかと違って、彼をわかってあげられる!」
「私達は父さんをいじめていません。あなたは騙されているんです。父さんは、自分で全財産を失ったから金を稼ぐと出ていって、半年も家族に連絡をとらず、その間別の女とイチャイチャしていたような男ですよ。そんな人間の言うことを、なぜ信じるんですか?」
「だから、そんな酷い言い方しないで! 彼は傷ついていただけ! 私達は真実の愛で結ばれているのよ! 私は彼を信じてる。悪いのはあなた達のほうだわ!」
「…………」
おそらく父さんも、不貞が悪いことだというのは、なんとなくわかっている。
だからこそ自分の罪悪感を誤魔化すために、私達を悪人ということにして、それを裁くことで罪から逃れようとしている。あいつらが悪い、だから不貞しちゃっても仕方ない、自分達は悪くない! と。
彼女の方も、本当にただ騙されただけなら、被害者とも言えたけど。
相手が既婚者であると知ったうえで、真実を知らされても聞く耳を持たず一方的にこちらを悪人にして被害者ぶるようなら、ここからはもう彼女の自業自得だ。同情の余地はない。
母さんがため息を吐き、冷めた目で父さん達を見た。
もう母さんは、震えてはいない。最初は絶望や怒りがあったようだが、ここまでの父さんとリヒューティの言葉を聞いて、完全に呆れが勝ったようだ。
「もういいです。そんな人、いりません。捨てて差し上げます。離縁届になら署名しますから、早く出ていってください」
「はあ⁉」
母さんの言葉に、父さんもリヒューティも眉を顰めた。
いや、何その反応? 離縁してくれって言ったのはそっちだろうよ。
おそらくこの二人は母さんに、泣いて縋るとか、悔しがるとかしてほしかったんだろうな。自分達のほうが「上」だと思うために。
「長年連れ添ったのに、最後にそんな態度をとるなんて、やっぱりお前は冷たいな。離縁して正解だ! 言われなくても、こんなボロ家出て行くさ! オルデュールの屋敷は、ここよりずっと広くて綺麗だからな!」
ボロ家って、それは父さんの稼ぎに合わせて家賃を決めたからだろうよ。オルデュールの屋敷が広くて綺麗なのは商会の力であって自分の手柄ではないのに、なんで自慢げなんだろう?
「いや、待ってよ父さん」
「おお、レーラ! やっぱりお前は、父さんがいないと寂しいよなあ⁉」
「そうじゃなくて、慰謝料は? 私達の養育費は? もう二度と顔も見たくないし早く消えてほしいけど、そういうことはちゃんとしてよ。今から役場に行って、魔力契約書を作成しよう」
私が冷静にそう言うと、父さんは舌打ちしたあと、誤魔化すように笑った。
「いやあ、そういうのは、ちょっとな。ほら、俺にも、愛する人との新しい生活があるし?」
「ちょっとな、って何? そんな曖昧な言葉で誤魔化さないで。父さんにお金がなくても、オルデュール商会なら、お金はあるでしょう?」
「え? なんでオルデュール商会が、あなた達のためにお金を出さなきゃいけないのよ」
「子持ちの既婚者と不貞して、子どもから父親を奪ったんだから、慰謝料を払うのは当然でしょう」
「慰謝料を払うも何も、傷つけられたのは彼のほうよ⁉ それに養育費だって、あなた達は私の子どもじゃないもの! それをオルデュール商会が払う理由がないわ!」
堂々と胸を張って言われ、開いた口が塞がらない。
そんな私を見て彼女は、ふん、と笑った。
「ほら。正論だから反論できないんでしょう?」
正論⁉ それが正論のつもりなの⁉
言葉が通じなさすぎて、呆れ果てて言葉が出てこなかっただけだよ⁉
「正論言われて黙るなんて、本当に子どもね! 大人には大人の事情があるんだから、生意気なこと言うんじゃないわよ」
私は中身こそ成人してるけど、この世界では子どもなわけで。この人、そんな子ども相手に勝ち誇って恥ずかしくないんだろうか。
「……そうですか、正論ですか。では、私も正論を言って差し上げますね」
怒りも呆れも通り越し、もはや乾いた笑いしか出てこない。
私は笑顔のまま、言った。
「相手が既婚者で、子どももいると知っていながら手を出すなんて、すごい神経ですね。人の家庭を壊しておいて被害者面できるってどういう思考回路なんでしょうか。それだけでもどうかと思うのに、よりにもよってその子ども相手に心ない言葉をぶつけるなんて、恥ずかしい人間ですこと。私、あなたのような大人には絶対になりたくありません」
子どもである私の口から、こんなにすらすらと責める言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。彼女はピシッと固まっていた。
「それに、父さん……ううん、もう父さんなんて呼びたくもない。トラッシュさんもありえない。せめて、もっと早く私達に知らせて、慰謝料や養育費のこともちゃんとしてから離縁するべきだったでしょう? 真実の愛とか言うなら、彼女に手を出す前に誠実な対応をするべきだったよね。トラッシュさんも、リヒューティさんも人として最っっっ低。ゴミ以下だよ」
「あんたねえ、黙って言わせておけば……!」
「わっ!」
リヒューティが、私を突き飛ばした。
母さんが「レーラ!」と受け止めてくれたけれど、母さんがいなかったら思いっきりお尻を床にぶつけていただろう。
「なんて礼儀知らずなガキなの、母親に似たのね! 私にそんなことを言ったこと、後悔させてやるから!」
そう言って、トラッシュとリヒューティは出ていった――
◇ ◇ ◇
数日後のこと。
母さんと、お店で魔石を買おうとしたときのことだ。
「すみません。火と水の魔石をください」
「……もう、あんたのところに魔石は売れないよ」
「え? どうしてですか?」
「あんたらの家の人間に魔石を売るなと、ある人から言われたのさ」
「……オルデュール商会が手を回したんですか? うちの家族に魔石を販売するな、と」
いつも普通に魔石を売ってくれていた店主が、煙たがるように私を見下ろす。
「何があったのか詳しいことは知らないが、大商会のお嬢様を敵に回すような真似をするのが悪いんだろう。自分の立場を弁えていればいいものを」
……詳しいことを知らないし、知ろうともしないのに、説教だけはするらしい。
まあ、人間はゴミ以下だからね。そんなことよくわかっていたはずなのに、まだ怒りが湧いてくるなんて、私はいまだに人間に期待していたんだろうか。いけないいけない。人間に対する希望なんて、ちゃんとゴミ箱にポイしなきゃね!
「ニンゲン……オロカ……」
うっかり魔族のような言葉が口から漏れてしまう。私自身も人間なんだけどね。
結局私達は魔石を売ってもらえないまま、家へ帰ることになった。
「……レーラ。ごめんね、辛い思いばかりさせて」
「母さんが謝ることじゃないよ! 悪いのはトラッシュとリヒューティなんだから」
……とはいえ。
火の魔石がなければ、魔導コンロで調理をしたり、魔導暖炉で部屋を暖めたりもできない。
水の魔石がなければ、魔水道から水を出すことも、洗濯をしたりお風呂に入ったりすることもできない。
魔石の販売を禁じられるということは、インフラを止められたようなものだ。
(私が、余計なことを言ったせい?)
母さんは私達のことを考えて、辛かっただろうに怒りを抑え、穏便にすませようとしてくれていた。
トラッシュとリヒューティの怒りに火を点けるようなことを言ったのは、私だ。
(いやいや、向こうが悪いんだから、逆ギレするほうがおかしいでしょ)
それより、今後どうするべきか考えたほうがいい。
ずっとこの状況が続けば、私達は水さえろくに飲めない日々を送ることになるのだから。
(魔灰だったら、いくらでも手に入るのに。はーあ、魔灰を再利用することができたらいいのになぁ)
――ん? 再利用?
なんとなく思いついただけのアイディアだけど、興味が湧いた――
◇ ◇ ◇
翌日、家族が寝静まった頃。
私は台所で、とあることを試していた。
用意したのは、いくつかの魔灰。これはただのゴミだから、持ち帰っても咎められることはないのだ。
魔灰は全部同じ灰色だけど、私は毎日掃除人の仕事をしてきたため、指先の感覚で、なんとなく元の魔石がなんだったか判別できる。なので魔灰を「元はなんの魔石だったか」で分別してゆく。
そして分別したものを、まずは砕いた。魔灰の硬度はガラスくらいだ。割れた欠片が散乱しないよう厚めの布で包んで、金槌で叩く。一個だけじゃなく、何個か粉々に砕いた。それを小鍋に入れ、魔導コンロの火にかける。液状になったものを、買い置きがあった氷の魔石を使用して冷却する。すると……。
(……!)
もとは魔灰だったものが、小鍋の中で、艶やかな青い固形物になっている。
(色は、魔石そのものだけど……ちゃんと使えるかな?)
魔石を発動させるには、「起動石」というものを使う。
魔石を使うような人間には魔力がないから呪文など唱えても無意味だし、念じるだけで魔石が発動してしまうなら誤作動もありえるので、便利だと思う。
なお、魔道具の場合はもともと道具内に起動石が組み込まれているのが一般的で、スイッチを入れることで起動石が魔石に触れて稼働するようになっているそうだ。
私は起動石を取り出し、試しに作った水の魔石に触れさせた。すると……。
「!」
魔石から、問題なく水が出てくる。
再度起動石を触れさせれば、普通に水が止まった。便宜上「起動」石と呼ばれているけれど、ようするにスイッチのオン・オフを担う石であり、起動中の魔石に触れさせれば効果終了させることができるのだ。
(すごい! ただのゴミである魔灰から、魔石が再生できるなんて……)
一体、どういう原理なんだろう。
正直、ダメ元で試しただけで、本当に魔石ができるなんて思っていなかった。
だって魔灰は魔力を使い果たしたカスみたいな物質じゃあないのか。空ペットボトルの容器はリサイクルはできたって、ペットボトルに元々入っていたジュースを元に戻すことなんて不可能だろう。やはり魔石は普通の宝石や結晶と違い、ファンタジーな物質なんだなと、あらためて実感する。
(もしかして……魔灰はそもそも、魔力を失ったゴミなんかじゃなかった、とか?)
この世界では、魔力を使いすぎた人間や魔獣は、一時的に意識を失うことがある。
そして魔石の元となっているのは、古代の魔法生物だ。つまり魔石とは、「石化した魔法生物」である。
これは私の仮説にすぎないけれど、魔灰はもしかして、生物が魔力を使いすぎて休眠状態に陥っているような……「一時停止状態」みたいな感じなのでは?
魔灰の状態でも魔力自体は奥底にまだ眠っていて、ただしそれを引き出すことができない、ロックされてしまっているような状態。
そこに何らかの外的刺激を与えることで、休眠状態が解除される、とか。
加熱や冷却が引き金となるのか。あるいは、魔力不足で休眠しているのであれば、他の魔灰数個融合させることで、少なくなった魔力同士も結合し、再度効果を発動できるようになるのかもしれない。
(これって、大発見なのでは……⁉)
◇ ◇ ◇
「おはよう。朝ごはんできてるわよ」
翌朝、起きると母さんが朝食を用意してくれていた。
テーブルの上には、私と双子の食事……パンとサラダが並んでいる。
「あれ? 母さんは食べないの?」
「ええ。お腹が空いていなくて」
嘘だ。魔石の購入を禁じられ、危機感を抱いて、少しでも節約しなきゃと思っているんだろう。うう、健気な母さんだよ。
でも、母さんが我慢する必要なんかない! 私は、昨日再生した魔石を取り出して見せた。
「ねえ、母さん。これ、見て」
「これって……魔石でしょう? でも、ちょっと歪ね。こんな魔石、買い置きしてあったかしら?」
「実はね、昨日の夜、魔灰を再利用して作ったの。形はちょっと歪だけど、ちゃんと使えるよ」
起動石を用いて、水の魔石を使ってみせる。
妹も弟も、目を輝かせた。
「すごい! これ、姉さんが作ったの?」
「魔灰から、魔石を復活させたってこと⁉ ホントに?」
「もっちろん。大発見でしょー」
可愛い妹と弟にキラキラした目で見られて、お姉ちゃんとして嬉しくて、胸を張ってみせる。
「魔灰なら、いくらでも手に入るもん。だから母さん、もう心配しないで。あんなゴミどものせいで、母さんが我慢したり苦しんだりする必要なんてないんだよ!」
そう言って笑うと、母さんはじわりと目を潤ませた。
「……レーラ。ありがとう」
「母さん……?」
「あなたはトラッシュ達の前でも、私のために怒ってくれた。それに、私が悲しまないように、こうして魔石が買えなくても困らない方法を試してくれたのよね。……本当に、優しい子……」
「え、べ、別に。私は、そんな……」
前世で人の悪意に晒され続けた私は、優しくされると、逆にどうしていいかわからない。
思わずもじもじしてしまうが、照れながらも、なんとか言葉にした。
「だって私……母さんに、感謝してるから」
私は前世では親からも愛されず、人間不信だった。
この世界で初めて、家族の愛というものを知った。
母さんが笑いかけてくれること、頭を撫でてくれること、抱きしめてくれること。
その一つ一つに、いつも救われていた。
「だからこっちこそ、いつもありがとう、母さん」
「もう、レーラ……! 本当にいい子なんだから!」
母さんは私を、ぎゅっと抱きしめてくれた。
(あ~。こうして、子どもとして親に甘えられるのって、いいなぁ)
「いいなー! 姉さん、わたしもぎゅーってする!」
「ふふ、おいでおいで」
「うん! ほら、シンも来なよ!」
「お、俺も? うーん、まあ、ちょっと恥ずかしいけど……」
妹と弟もこちらへやってきて、皆でぎゅっと抱きしめ合う。
「ふふ。皆、いい子ね。母さん、幸せよ。本当に……」
「わたし達も、幸せー!」
「皆でいれば、何があっても大丈夫だよな!」
笑顔溢れる、幸せな光景。
私は、人間はゴミだと思っているけれど、今この時間は素直に幸せだと思える。
胸がじんわりと温かくて、ちょっぴりだけ目の奥が熱い。
「魔石が買えなくても、魔灰を再生できるし、何も困らなくなった。でも皆、このことは、他の人には秘密だよ」
「どうして?」
「リヒューティ達にバレたら、今度は食品とかを売らないように手を回されちゃうかもしれないし。それに魔灰が再生できるなんて広めちゃったら、魔石をたくさん売りたい商人からも、余計なことしやがってって目をつけられちゃうかも。不用意に目立つと、敵を作る可能性があるから、黙っていたほうが得策だよ」
「そっか。姉さん、頭いい!」
こうして魔石の再生が可能になり、今まで以上に魔石を贅沢に使えるようになった。
そして、何度も失敗を重ねたものの、いくつか特殊魔石の生成にも成功した。
特殊魔石の魔灰を再生したのではなく、別の魔石同士を掛け合わせると、稀に特殊魔石と化すことがわかったのだ。
ただし、どういう法則で特殊魔石ができるのかは、まだわかっていない。
特殊魔石の生成が成功したのとまったく同じ種類の魔灰、分量、手順で試しても、同じ魔石ができる確率は低い。大体は失敗して謎の物体になってしまい、起動石に触れさせてもなんの効果も発揮しない。
特殊魔石についてはまだまだ研究していく必要があるけれど、普通の火や水の魔石については、もはや完全に再生できる。
「じゃーん、また火の魔石と水の魔石がいっぱいできたよ!」
「姉さん、すごーい!」
「てか、魔灰から、もとはなんの魔石だったのか判別できるのがすごいよ」
「うんうん。姉さんは触った感じでわかるっていうけど、わたし達には全然わかんないんだよねえ……」
「あはは、慣れだよ、慣れ!」
「わたし達も、姉さんみたいに掃除人のお仕事したほうがいいのかな?」
妹と弟は今八歳で、掃除人としての仕事はしていない。
だけどうちは母さんが冒険者ギルドで働いていることもあり、そのツテで、ギルドの雑用などをこなして、少額だがお金を稼いでいる。賃金だけでいえば掃除人のほうが上だから、それを気にしているのかもしれない。
「掃除人の仕事は、私には向いてるってだけ。二人は自分の好きなことをすればいいんだよ。適材適所!」
魔石は今後無限にゲットできるし、私達には仕事もある。
トラッシュとリヒューティは、私達が苦しんで「すみません、私達が悪かったです、もう勘弁してください」と音を上げることを望んでいるんだろうけど。あなた達の望み通りになんて、ならない。
私は、今傍にいてくれるこの家族達と、幸せになってみせる。
◇ ◇ ◇
ある日のこと。私は、森を訪れていた。
今後リヒューティが、魔石以外、どこまで他の商人に手を回してくるかはわからない。
だから今のうちに食料を確保して、保存食でも作っておこうかと考えたのだ。
今は秋。森に行けば、野草や茸、果物も採れる。
たくさん食べ物を持ち帰るために、今日の私は変化魔石で、十代後半くらいの女性の姿になっている。この姿なら普段より体力もあるし、歩幅も広い。
そんなわけで、せっせと食料を集めていると――
「ん?」
森の中に、人が倒れているのを発見した。
小さな男の子だ(といっても、この世界での私よりは年上そうだけど)。何者かに襲われたのか、血を流して倒れている。
その横では、男の子の家族なのか……黒髪の青年が、ひどく心配した様子で男の子に声をかけ続けている。
私は、彼らのもとへ駆け寄って、声をかけた。
「大丈夫ですか⁉」
こちらを振り向いた青年は、悲愴な表情を浮かべていた。
だから私は、言った。
「どうせ人間にやられたんですよね⁉ 人間ってほんと愚かですから!」
「……君は魔族か何かか?」
「はっ⁉ いえ違うんです、私は人間です! だから私も愚かなんですぅ!」
人間は愚かだ。そんな中で、自分だけ違うと思うのは傲慢だ。
人間は愚か、つまり私も愚か! 驕るつもりはありません、平等です!
ただ、人間が愚かであっても、目の前で死にそうになっていたら、放ってはおけない。
「この子は、俺の弟なんだが。……魔獣に襲われたようなんだ」
あ、原因は魔獣でしたか。人間じゃなかったんですね。
弟がもう助からないと思っているのか、青年の顔は深い絶望で染まっていた。
「待っててください。今、治しますから!」
「え……?」
私は鞄に入れていた治癒魔石を取り出す。
この森は食料になるものも多いけれど、魔獣も多いため、襲われたら自分で治癒できるように、持ってきておいたのだ。
起動石を使って効果を発動させると、少年は真っ白な光に包まれて――
次の瞬間、その身体から傷は全て消え、苦痛に震えていた吐息も落ち着いた。
「あ……れ……? 痛くなくなった……」
「フェリル……! 大丈夫なのか⁉」
「うん……! すごい、痛いのも苦しいのも、全部なくなったよ……!」
「よかった……本当によかった……!」
青年は、少年を抱きしめて涙ぐむ。いい光景だなあ。
なんて、もらい涙していたら、青年はこちらを振り返った。
「今のは、治癒魔石か? しかし、これほど強力な効果があるとは……?」
えっ? もしかして私が再生した魔石、普通の魔石より効果が強いの?
普通の治癒魔石の威力を知らないので、よくわからない。今使った魔石も既に、魔灰と化してしまったし。
「あなたは、一体……?」
青年がじっと、私を見つめる。
……ていうか、あれ? この人の服装、明らかに上質じゃない?
人間に興味がなさすぎてあまり容姿を見ていなかったけれど、身に着けているものが明らかに高価そうだ。
髪は艶があって黒絹みたいだし、瞳は青い宝石みたい。人間は皆ゴミだから造形とかどうでもいいけど、多分この人は一般的に言う「美形」なんじゃなかろうか。
いやまあ、美形とかそういうのはともかく。
この人、貴族じゃないか?
そう気付いて、さーっと血の気が引いていく。
どうしよう。目の前で小さい子が死にそうになっていたらそんなの嫌すぎて、とっさに魔石を使っちゃったけど。
この状況、やばくない? 私みたいな平民が治癒魔石を持ってるなんて、明らかにおかしい。盗みを疑われるかも。
ていうか、身分の高いお貴族様とか、関わりたくない!
無事でよかったとは思うものの、それとこれとは別。ニンゲン、コワイ!(※私も人間です)
「あの! 私、名乗るほどのものではありませんので!」
「待ってくれ! あなたは弟の命の恩人だ。何か礼をさせてほしい」
「え? いやその、えーっと」
冷静に考えれば、律儀に答える必要なんてなくて、何も言わず逃げてしまえばよかったのかもしれない。
だけど私は超コミュ症。知らない人、しかもお貴族様にそう言われて、混乱して、思わず口走ってしまったのだ。
「優しくしてもらったら、いつか自分も誰かに優しさを与えるのが、いいんじゃないでしょうか。……もし何か機会があったら、平民にも優しくしてください」
この世界は生活水準が高いほうではあるけれど、それでも身分制度の社会ではある。
リヒューティは貴族でこそないものの大商会のお嬢様で、それを利用して平民である私達一家を追い詰めているわけだ。
ただでさえ人間はゴミなのに、これ以上そんなゴミ人間が増えてほしくない。
身分を盾に、平民を軽んじるような真似はしてほしくなかった。いやこの人がそんな人なのかはわからんけど。
「それじゃ、私はこれで!」
もはや自分でも何を言っているのかわからないまま、猛ダッシュで逃げたのだった――
◇ ◇ ◇
●トラッシュ&リヒューティSIDE
オルデュール商会が、レーラの家に魔石販売を禁止するよう手を回してから、ひと月経った。
エリーとの離縁をすませ、隣の領地にあるオルデュール邸で新婚として暮らしていたトラッシュとリヒューティだが、レーラ達の様子を見るため、また彼女達の住む街へやってきていた。
「あいつら、魔石が使えなくて困ってるだろうな~。寒さに凍えているだろうし、コンロでスープを作って食べることすらできない」
「ふふっ、無様よね~。さすがにかわいそうだし、助けてあげましょうか」
レーラ達への魔石販売を禁止するよう命令したのは自分達なのに、「助けてあげる」と、まるで自分達が正義のような言い方だ。
この二人の中では、あくまで悪いのはレーラ達で、自分達は正義の鉄槌として罰を与えただけで、慈悲深いから最後には助けてあげる、というストーリーができ上がっていた。
二人は惨めな生活を送っているレーラ達を拝んでやるため、こっそり彼女達の家を覗き見る。すると……。
「皆~。お夕飯できたわよ。温めたチーズを載せたパンに、野菜と燻製肉のスープ。果物もあるわ」
「やったー、母さんの作るスープ、大好き!」
「チーズのっけたパンもうまい! チーズが溶けてトロトロだ~」
幸せそうに食卓を囲む一家を見て、トラッシュとリヒューティは呆然としていた。
魔導暖炉には温かな火が灯っており、テーブルの上には湯気を上げる食事。それを笑顔で食べる家族達。どこから見ても、困っているようには見えない。
「ど、どういうことだ……?」
「もしかして、魔石を大量に買い置きしてあったのかしら? 平民のくせに、小賢しい……!」
「……全然辛そうじゃないな。むしろ、幸せそうだ……」
言いながら、トラッシュの中に怒りが込み上げてきた。
「俺がいなくなったのに、なんで笑ってるんだよ⁉ もっと寂しそうにしてるべきだろ! 薄情な奴らめ!」
「そうよ。もっと悔しそうにして、惨めな生活送ってるべきなのに……! いやまあ、こんな庶民の生活、私から見たら惨めだけどね!」
身勝手なことをしたのは自分達なのに、レーラ達が幸せそうだと、腹が立って仕方がない。二人は、どこまでも性根が腐っていた。
「こうなったら、もっとあいつらを懲らしめてやりましょう!」
「そうだな! 薄情な奴らは、しっかり反省するべきだからな!」
◇ ◇ ◇
●レーラSIDE
「すみません、パンを四つください」
「……悪いけど、売れないんだ」
「え?」
ある日のこと。いつも通り街のベーカリーでパンを買おうとしたら、お店の人からそう言われた。
「うちも、あんたの家の人間に売るもんはないよ」
「とっとと帰れ!」
他のお店でも、冷たく追い出されてしまった。
昨日まで、魔石店以外では普通に買い物ができていたのに、明らかにおかしい。
(こんなことをするのは、確実に……)
「ふふっ、困っているみたいねぇ」
振り返ると、想像した通りの人物が立っていた。
リヒューティとトラッシュだ。
「この辺り一帯に、話はつけているわ。あんたは今後、どのお店も出禁よ、出禁!」
オルデュールは大商会であり、特に主要商品は、魔石を用いた最先端の魔道具だ。コンロやオーブン、冷蔵庫など。
この街でも、オルデュールが取り扱う魔道具を用いて商売をしている店は多い。
だからこそ、オルデュール商会を敵に回すわけにはいかない。
……だけど、私のような小娘を敵に回しても、痛くも痒くもない。
つまりは、そういう判断だったのだろう。
「いやあ、大変そうだなあレーラ! このままじゃ、この街じゃ暮らしていけないなぁ」
「あははっ、いっそこの街から出ていく~? それとも……今この場で、私達に頭を下げて謝る?」
「私があなたに、何を謝るっていうんですか?」
「決まってるでしょ! 私達への無礼な発言よ!」
「謝るのはあなたのほうでしょう。既婚者に手を出したうえ、こんな陰湿な手段まで使って追い詰めるなんて、恥ずかしい人ですね」
「この……!」
リヒューティは美しい顔を般若のように歪め、私に何か投げつけてきた。
……灰だ。
この国では灰は不浄なもの。つまり、私への嫌がらせのために、わざわざ持ってきたのだろう。
「きったない掃除人の分際で! あんたなんか、無様に灰を被っていればいいのよ!」
……馬鹿馬鹿しい。こんなことをすれば、私が泣くとでも思っているんだろうか?
灰を被るくらい、どうってことない。まるでシンデレラじゃないか。
もっとも、王子様なんていないし、いらないけど――
「おい」
――え?
声に驚いて、振り返る。すると、そこに立っていたのは……。
……この前、瀕死の少年の傍にいた男性だ。
その男性を見て、リヒューティが目を丸くした。
「こ……公爵様⁉」
って、公爵様⁉ この人、公爵様だったの⁉
顔は知らなかったけれど、名前だけは聞いたことがある。
ルヴェール・レヴァイゼ様。二十代半ばという若さで公爵となり、広大なレヴァイゼ領を統治していらっしゃる御方だ。
レヴァイゼはこの国で唯一の、魔石の鉱山を所有している領地である。
って……そんな御方に、魔石を勝手に再生してたとかバレたら、何らかの罰を与えられるのでは? 私、やばいのでは⁉
けれどルヴェール様は、私ではなくリヒューティとトラッシュに冷たい目を向けていた。
「オルデュール商会のリヒューティと、その夫だな。君達のことは調べさせてもらった。君達の勝手な判断で、そこの小さなお嬢さんの家に、魔石の販売を禁止するという非道な行いをしているそうだね」
「ご、誤解です、公爵様! その娘には問題がありまして、私は大人として、その子に礼儀というものを教えてあげるためにですね……!」
「この期に及んで言い訳とは、見苦しいな。調べさせてもらった、と言っただろう? そもそもの発端は、君達の不貞だそうじゃないか。それでその子を憎んで魔石の販売を禁止するなど、言語道断だ」
ルヴェール様は微笑を浮かべているものの、その目は、見る者を凍りつかせるように怖い。これがいわゆる「暗黒微笑」というやつでは?
「そもそもこの国の魔石は、我が領地で採れたものだ。オルデュール商会も、レヴァイゼ産の魔石を加工して商品化していたはず。だが俺は私怨による勝手な魔石の販売禁止など何も聞いていないし、商会の力を利用して個人を苦しめる行いを、心から軽蔑する」
「お、お待ちください、公爵様! そもそもトラッシュは、その子の家で酷い扱いを受けていたのです! ねえ、トラッシュ⁉」
「そ、その通りです! 私は家庭内で冷遇され、孤独だったのです。心優しいリヒューティは、私を思いやってくれたのです!」
トラッシュは、まるで悲劇の主人公のように言ってみせる。その目には、涙さえ浮かんでいた。
けれどルヴェール様は、そんな芝居がかった言葉に惑わされない。
「大人が、まして実の親が、そんな理由で子どもを傷つけて許されると思っているのか? 離縁するにしても婚姻関係は正当な手段で清算すべきだし、慰謝料や養育費の支払いは当然の義務だ」
「そ、それはその……私はしがない冒険者ですので、生活に困窮しておりまして……。支払いたくても支払えないのです」
「ほう。それについて、オルデュール商会の娘である君はどう思っているんだ?」
「どうって……私は、過去は振り返らない主義です! 私が愛しているのは今のトラッシュであって、彼の過去の行いは関係ありません。トラッシュの子ども達のことだって、私の子じゃないんですから、養育費の支払い義務もありません」
「それによって罪のない子どもが困窮することになっても、胸が痛まないのか」
「私に関係ないことで、なぜ私が胸を痛めなければならないのですか⁉ 私がその子の家に魔石の販売を禁止したことは、間違っていません!」
「……そうか」
ルヴェール様は静かにそう言った。短い呟きだけど、ひどく冷たい響きのように感じた。
「では今後、レヴァイゼ領は、オルデュール商会との取引は行わない」
「――えっ?」
リヒューティは、目を真ん丸にしていた。
ルヴェール様は、淡々と告げる。
「個人の感情で権力を行使し、魔石の販売を禁止することが間違いではないと。君は今、そう言っただろう? ならば俺も同じように、君の家に対し魔石の販売を禁止する」
「そ、そんな! 私が何をしたというのですか! 横暴ですっ!」
「高貴な者の義務として、無辜の民が苦しめられているのを、看過することはできない。悪しき者が正しく断罪されないことは、社会を腐敗させる。この国の秩序を保つのも、貴族としての役目だ」
「そんな……嘘! 何か企んでいるのでしょう! あなたは民に無償の愛を捧げるような人間ではありません! あなたが腹黒だって噂は聞いているんですから!」
「ははは。とんでもない暴言に聞こえるが、ある意味俺という男をよくわかっているとも言える。けどね、今回は本当に善意でその子を助けたいと思っているんだよ?」
にっこりと微笑むルヴェール様。その笑顔はよく見ると、美しいけど胡散臭い雰囲気があって、確かに腹黒そうというのは感じる。
けれど彼は、ふっと真剣な表情を浮かべた。
「……先日、とあることを言われてね。困っている人を助けるというのも、悪くないと思って」
……………………ん?
なんとなーく心当たりがあるような気が、しなくもないんですけど。
いや、まさかね。そんなわけないよね。
「そういうわけで、今後我が領地はオルデュール商会と取引はしない。その噂は、他の領主にもすぐ伝わるだろう。……覚悟しておくことだな」
オルデュール商会の強みは、魔石を用いた魔道具の販売である。
この国で唯一、魔石の鉱山を所有するレヴァイゼ領に取引を拒否されることは、死活問題だ。まして公爵様と揉め事を起こしたとなれば、他の貴族や商人達だってオルデュール商会との付き合いは避けるようになるだろう。
「そ、そんなの勝手です、おかしいです!」
「自分の行いは正義で、同じことを他者がすれば悪か? 随分と自分を棚に上げるのが上手なんだな。これは決定事項だ。後日、正式に書面で商会長に通達する」
「そ、そんなあああああああああああああっ!」
こうしてリヒューティとトラッシュの破滅は、確定したのだった――
◇ ◇ ◇
あの後、ショックを受けたリヒューティは「こ、こんなの嘘……お父様に言えば、きっとなんとかしてくれるはず……!」と混乱した様子のまま、トラッシュと共に逃げるように去っていった。
この場には、私とルヴェール様が残された形だ。
彼は、灰塗れの私にハンカチを差し出しながら言った。
「君も災難だったな。この辺りの商店には、もう二度と不当な販売制限などしないよう、私から話をつけておく」
「あの……ありがとうございます」
「礼なら、とある女性に言ってほしい」
「……とある女性とは?」
「先日この近くの森で、とある女性に、弟の命を救ってもたったんだ。その女性に、言われてね。平民にも優しくしてほしい、と。……俺はその女性を探している」
ぎくーん。
やっぱりなんだか、身に覚えがあるぞ。
あのとき私は、変化魔石で大人の姿になっていた。だからルヴェール様も、あれが私だと気付いていないみたいだけど。
「ど、どうしてその女性を探しているのですか?」
「彼女は弟の命の恩人だからな。礼はいらないと言っていたが、それでは俺の気がおさまらない。そして、何より――」
ルヴェール様は、微かに目もとを染めて息を吐く。
美しいその姿はまるで、恋に憂う青年をモチーフにした芸術作品のようで……。
「初対面の相手を救ってくれた優しさ。そして、名も名乗らず去っていった謙虚さ。何もかもが素晴らしい。……俺は彼女に、恋をしてしまったんだ」
…………。
……………………。
いやいやいやいやいや、待ってぇー!
公爵夫人とか無理無理無理無理、無理ですからね⁉ 私は人間関係とか大嫌いだし、だから結婚願望もなくて、一生独身を貫くつもりなんだから! お貴族様からの求愛なんて困ります!
こうなったら、私の正体は、絶対に隠し通さなくては――!
読んでくださってありがとうございます!
連載版が始まりましたので、そちらもよろしくお願いいたします!





