1本目
亜音は17歳の誕生日に、これから毎日1本ずつ48本のマッチを擦ることを決めた。
17歳の誕生日は、大人になる前の最後の誕生日。その日、亜音はまず最初の1本目を火に変えた。
= 48本のマッチ = Aju
『誕生日おめでとう 冷蔵庫にケーキが入っています』
亜音が学校から帰るとテーブルの上にメモが一枚、縁にそろえて真っ直ぐに置いてあった。
銀色の取っ手のついた白い冷蔵庫を開けてみると、上から2段目の透明な棚の上に小さな白い箱が乗っていた。赤いリボンのシールが貼ってある。
亜音は少し口の端を上げる。
大事そうに箱を取り出してテーブルの上にそっと置く。
この大きさだったら、もちろんホールケーキではないだろう。それでもこれを買うのに母が奮発したであろうことは想像がつく。その気持ちが亜音には嬉しい。
母は今日も仕事で帰りが遅い。
小学生の頃から、亜音は母の顔を見ることが少なかった。母は授業参観日にも運動会にも、来ることはほとんどなかった。
経済的にうちが苦しいのは子どもなりにわかっていたから、亜音は不満をもらしたことはない。
たまの休みに母と一緒に過ごせるときは、いつもにこにこと母にまとわりついていた。
置き時計の液晶画面が、ぱたり、と音を立てるみたいに変わって、午後6時ちょうどを示した。
晩ご飯はいつも冷蔵庫に作り置きが入れてある。
ご飯を先に食べようか。それともケーキにしようか。
亜音ははずむ気持ちを楽しむように、2つの選択肢の間で揺れて迷った。
しばらく楽しげに迷ったあと、やっぱりケーキを先にしよう——と決めた。
それからご飯を食べて、満ち足りた気持ちでベッドに入って今日を終わりにするの。
紅茶のティーバッグとフォークを用意して、ケーキの白い箱の赤いリボンのシールをはがす。
それから宝箱でも開けるように、切り込みで組まれている白い厚紙の留めを外してふたをそっと開けた。
中には、白いホイップクリームに赤い宝石みたいな苺が乗ったケーキが入っていた。三角に切られたものではない。
小さいけれど四角なひとつのケーキで、1枚だけ乗せられたチョコレートのプレートに白いお砂糖で『おたんじょうびおめでとう』と書かれている。
一般的に言うホールケーキではないけれど、小さくても切り分けられたものでないなら、これも「ホールケーキ」と言えるのかもしれない。
ふたの裏に、1本だけ赤い蝋燭がセロテープで留めてあった。お尻の方に銀紙が巻きつけてある。
「ふふ……」
亜音はふたを破らないようにセロテープをそうっと剥がした。
蝋燭を指でつまんで、ケーキの上を彷徨わせる。
どこに立てようかな?
銀紙の巻かれた先を、ゆらり、ゆらり、と彷徨わせながら小さくハミングをしている。
やがて、チョコレートプレートのすぐ後ろに場所を決め、銀紙の巻かれた部分をホイップクリームの中に沈めた。
えーと、マッチがいるな……とあたりを見回す。
マッチなんて最近使うことがない。どこにあったっけ? と少し考えてから、蚊取り線香の箱の中にあったことを思い出し、ふたを開けてみると案の定そこに向日葵の花の柄をあしらったマッチ箱が入っていた。
赤い頭のついたマッチを1本取り出して……亜音はそこで手の動きを止めた。
しばらく何かを考えるようにじっとしている。
アパートの外の夜のどこかで、イタチ科の獣の鳴く声が聞こえた。
今日が大人になる前の最後の誕生日。
「うん。そうしよう。」
亜音が小さくつぶやく。
「今日から毎日1本ずつ、48本のマッチを擦っていく。」
これが、最初の1本目。
シュッと音を立てて、亜音は燃え上がったマッチの火を蝋燭に移した。
ハッピー バースデイ 亜音——。




