2 白黒の世界
サンとエンナは二人同時に、ルーブの見ている空へと視線を動かした。
今日は朝から快晴だった。自然の美しいパラディナは空も美しく、靄も霞もかからない澄み渡った青色をしている。その空が――まるで生気を失っていくように、灰色へと徐々に変化していくのを、二人は目にした。
「な……何、これ……」
変貌していたのは空だけではなかった。草木、花、山、湖、鳥――すべての自然、虫、動物たちの色が徐々に消え、白黒に変わっていった。
「どうなってんだ⁉草木が全部、白黒に……‼」
「花も、山も、湖も、動物まで……‼」
突然の異変は見える景色全てを白黒に変え、更に広がり続け、止まるところを知らなかった。
「とにかく学校に戻ろう、先生は何か知ってるかもしれない」
エンナ、ルーブ、サンは学校から草原までの道を引き返した。
「すげえ……何もかも、白黒じゃねーか」
サンは道端に咲いている花を眺めながら言った。
「気付いたけど、あたしたち……人間の色はそのままね」
エンナはルーブやサン、自分の体を見て言った。着ている服は白黒になってしまったが、肌や目、髪は色が失われていない。
三人が学校に着き、校舎へ入ろうとすると、玄関から栗毛の男性が出てきた。
「ブラウニ先生!」
「あっ、お前ら……まだ校内にいたのか。女王様が緊急集合の令を出したんだ。急いで王宮に行け。みんなもう集まってる」
「わかりました」
エンナは返事をし、ルーブとサンを促して学校をあとにした。
三人は王宮の前に赴いた。
たくさんの国民がざわざわと話していた。ほとんどの者が、不安と混乱に顔を曇らせていた。
「どうなってんだ、色が全部消えて……」
「何かの奇怪現象か⁉」
「ねえママ―、なんで色が消えちゃったの?もとに戻るの?」
周りを見渡したエンナは、クラスメイトもちらほらいることに気が付いた。
「皆さん」
柔らかく繊細な、それでいて芯のあるはっきりした女性の声が王宮のバルコニーから聞こえ、民衆はそちらに目を向けた。
「女王様だ」
「女王さま!」
パラディナの女王、ミルフィーネが姿を現した。白いロングドレスを身にまとい、ウェーブがかった軽い金色の髪を肩までおろしている。肌はきめが細かく色白だ。瞳は青く輝き唇は紅色に光っていた。
「王宮の前にお集まり頂いた国民の皆様、今から私が話すことを心して聞いてください」
女王の透き通った声が広場に響き、民衆から発せられる話し声や雑音が小さくなった。
「既に皆様がご存じの通り、このパラディナの色彩は全て消えてしまいました。しかし、被害はこのパラディナだけではないのです。北国のスノーストリーム、東のウィンドラ―、南のフラウ・バルノまで……このカラフィリアの、ほぼ全ての色彩が消えてしまったのです」
「なんだって⁉」
民衆は驚きの声を上げた。
「この国だけじゃないのか……」
「そして、色彩の消えていない国が一つだけあります」
女王の言葉に、民衆はざわついた。
「それは、隣国の小国、ダークネス王国」
カラフィリアは海を隔てた八つの国に分かれており、パラディナの北西に位置する島国がダークネスという国なのだ。
「どうやら原因は、その国の一部にあるみたいなのです。そこで、城から離れられない私の代わりに、原因を突き止めるべく何人かの方々でダークネスに調査に行ってきてもらえないでしょうか」
民衆はしーん、と静まり返った。
「もちろん、旅に出るためのお金など、援助は惜しみません。食糧、装備、武器など、揃えられるものは全て用意します」
「武器って……」
「た、戦いに行くってことか?」
パラディナは戦争とは無縁に近い国だ。国民も穏やかな者が多く、喧嘩や博打はほとんどしない。戦い慣れしていないのだ。
「子どもでも、大人でも構いません。どうか、パラディナの民たちよ、自分こそはという方、今ここで名乗りを上げてほしい」
「おい、どうする?」
「調査って言われてもなぁ……」
中年ぐらいの大人の男性二人は何やらボソボソと話していた。先ほど周りを見渡した時に見かけた、クラスメイトの女子たちも数人で話をしていた。
「ちょっと……これって世界の色彩がこの中の誰かにかかってるっていうこと?」
「でも、いくらなんでも荷が重すぎるっていうか」
「私たちの手に負える問題じゃないよね……」
遠くの方で、また聞き覚えのある声がした。同じ学校の、隣のクラスの男子だ。
「どうする?お前、行くか?」
「無理むり。俺、そんなすごいやつじゃねーよ」
年齢的に「子ども」だが大人と同じような考えを持てる十二歳前後の者たちは、それぞれ友人や知り合いなどと話していた。だが、「自分には無理」「大人の方が適任」などと言い遠慮し、誰も一向に名乗りをあげようとしない。
大人の方も似たようなもので、「体力がないから」「自分より適した者がいる」と言い、自分以外の誰かを待っているようだった。
「だいたい、何で原因がダークネスだって女王様はわかるんだ?」
「そうだ、パラディナ以外の色彩も消えているって、それもどうして分かるんだ」
「仮にダークネスが原因だとしても、装備して武器持ったところでなにをどうしろっていうんだよ」
一部の大人たちは女王様の言うことに納得せず、反論しだした。
「事情は後で詳しく説明します。どなたでも構いません……‼誰か、どうかお願いします……‼」
――なにこれ。
女王さまが必死に人を求めてるのに、誰も動こうとしない。
大人たちは文句まで言い出した。
結局みんな、無責任なんだ。
「はい」
エンナは右手を、高々と空へ向かって突き出した。
周りにいた民衆はざわめき、エンナから微妙に距離を取った。
「エンナ⁉」
「お前、まさか……⁉」
隣にいたルーブとサンも、エンナの予想だにしない行動に驚いた。
「あなたは……?」
女王は瞳を潤ませながら訊ねた。
「エンナ・シャロラハート。十二歳です」
エンナは背筋を伸ばしたまま右手を真っ直ぐ上げ、はっきりとした声で答えた。
「十二歳の女の子が⁉危ない、やめなさい」
近くにいた、ひげを生やした四十代ぐらいの男性が後ろからエンナの肩をつかんだ。
「じゃああなたが行くの?」
振り向くエンナの鋭い目に男性は目線を下にそらし、黙り込んだ。
「じゃあオレも行く」
エンナの横に立ち、スッと手をあげたのはサンだ。エンナと同じように瞳を真っ直ぐ女王様へ向けている。
「サン⁉」
「エンナが何考えてんのか知らねーけど、お前一人にまかせられないだろ」
サンは自信に満ちた笑みをエンナに向けた。
「じゃあ俺も」
続いて、ルーブが何の躊躇いもないかのように手をあげた。エンナを見て、口元をニッと吊り上げている。
「ルーブ……」
「お前らが二人だけでダークネスに行くなんて、考えただけでため息が百リットルぐらい出そうだからな。だから、俺も行く」
ミルフィーネは大きな拍手をし、王宮のバルコニーの上から身を乗り出した。
「勇気ある三人の子どもたちよ‼私はこのような者を国民に持てたことを大変誇りに思います。どうか皆様方、三人に拍手を‼」
国民は困惑と混沌と敬意がまじった、何とも言い難い拍手をエンナたちに送った。
エンナはダークネスに行くことを母に報告するため家に帰った。
エンナの家は小さな一軒家で、本来なら屋根の色は深い赤、壁は清涼感のあるクリーム色だ。全体的に小じんまりとしており、庭にはガーデニングが趣味でもある母が手入れをしている花が並んでいた。
「ただいま……」
エンナは玄関のドアを開けた。
「おっかえりー‼」
台所から底抜けに明るい声が聞こえ、癖のある髪を後ろでポニーテールに束ねた、くりっとした二重の女の人が玄関まで出てきた。手には濃い灰色の液体(色彩が消えているため何色なのか分からないが、多分トマトとオレンジとピーマンを混ぜた野菜ジュースだろう)が入ったビーカーを持っていた。流れからもう分かるように、彼女がエンナの母親である。名前はアカネ。色彩が消えているというのにテンションはいつもと変わらない様子だ。
「まあまあ、どうしたのそんなに深刻そうな顔して⁉ああ、やっぱり突然色がなくなっちゃったから⁉」
「そうなんだけど……そのことで話があるの……」
エンナは女王の支援で色彩を取り戻すためダークネスに出かけなければいけないことを話した。母はエンナが話し終わるまで質問を挟まず、黙って話を聞いていた。
「――ってわけで、すぐにでも出発しなくちゃいけないんだけど……」
母は話を聞き終わった後、いつものおちゃらけた表情を完全に消し、真っ直ぐにエンナを見つめた。
「……どれくらいかかるの?」
アカネは心配そうに尋ねた。
「……分かんない」
アカネは考え込むように黙ると、しばらくしてから口を開いた。
「エンナは、何で自分が行こうと思ったの?」
「……女王さまが困ってたから……誰かが行かなきゃいけないのに、誰も手をあげないんだもん……」
アカネは口の両はじを上げ、エンナを見つめながら目を細めた。
「サンくんとルーブくんも一緒なのね」
「うん」
「絶対、無事に帰ってくるのよ」
アカネはエンナをぎゅうっと抱き締めた。温かみがあり強い、愛のある抱擁だった。




