1 ことの始まり
世界の色が、消えていく。
空も、山も、海も、花も、湖も、動物さえも。
一人の少女は、その様子を立ちつくしたまま眺めることしかできなかった。
広い宇宙の片隅に、小さな星があった。
名は「カラフィリア」。宇宙に存在する惑星の中で最も色彩豊かな美しい星である。
星が生まれてから数百年ほどしか経っておらず、戦争も貧困もない平和な星だ。
その星の中心にある王国、「パラディナ」。人口はさほど多くなく、中心部の街以外は自然を多く残した土地になっており、四季をめぐるごとに様々な花が表情を輝かす。
「おーいこら、午後の授業だからって寝るなよー‼」
六年一組の担任・ブラウニ先生は天然パーマが特徴の栗毛の男性だ。
先端に茶色いプラスチックのクマがついている差し棒で左の列から二番目の席に座っている男子をたたいた。
「うぅ……ん……」
授業は五時間目。五月の中旬、十四時頃と、ひだまりがポカポカ気持ちいい。うたた寝する
には最高だ。教室の生徒の半分が机に伏せているかこっくりうなずいているかのどちらかだった。
「えぇーと何だっけ。そうそう、七百七十年、PWS結託がありました。これはバケット・ギアの国民たちをティックウィックから解放するために――」
五時間目は社会だ。よりによってこんな、ひだまりが「もういいから眠ったら?」と誘惑してくる時間にそんな教科を組み込まなくても良かろうに、とエンナは思った。ていうかもう、過去の歴史なんてエンナは興味がない。小学生は今を生きることに必死なのだ。友達関係、好きな人のこと、宿題、毎日着る服、今流行りのアイドル――。
金髪のツインテール、正面から見て右の結び目に赤いスカーフをリボンのように巻いた、エンナ・シャロラハートは十二歳だ。少しつり上がった目はやや細く奥二重。鼻は筋が通っていて普通の高さ。赤いインナーに肩紐付きの半袖の黄色いプリントシャツを重ね着し、青いデニムのショートパンツを穿き、膝下に黒いニーハイを着用している。席は教室のちょうど真ん中で、座っている様子からは分かりにくいが、身長はおよそ百五十センチほどだ。
「八百三年にもPWS結託があるけど、これはさっき言ったのとは違うからな。ティックウィックの独裁政権を破ったのが七百七十年で――」
エンナは授業は真面目に聞く方だったが、社会、特に歴史だけはどうしても入ってこなかった。ナントカ条約が何年だとか、略すのにアルファベット使ったり、めんどくさいったらありゃしない。つか、誰だよティックウィックって。長ったらしいし、変な名前――。
ああ、もうだめだ。倒れてしまった生徒の半分に仲間入りしなければならない――。
エンナはとうとう、机と言う顔用のベッドにうつぶせてしまった。
五時間目終了のチャイムと共に目が覚め、エンナはハッと顔を上げ涎をこすった。
「このキャミソールかわい――っ」
帰りのホームルームが終わった午後四時過ぎ。教室の廊下側で、女の子達が机を寄せて雑誌を広げながら楽しそうに話していた。
その群れを遠ざけるようにしてエンナは教室から出た。
エンナには女子の友達がいない。趣味も違うため、いまいち女子の中に入りきれない。幼い頃は男子と遊ぶことが多かったせいもあるが、女子特有の恋バナや噂話が苦手だった。
くだらない……と心の中で言いかけた時、二、三メートル離れた廊下の奥から二人の男の子の声が聞こえた。
「なんだ、エンナ、また一人か?」
最初に声をかけたのはルーブ。エンナより少し背の低い男子だ。髪は暗い青色で、目はきれいな二重で鼻も高く整っている。全体的に端正な顔立ちをしていた。黒いシャツに青いデニムの上着をはおり、濃い緑色のズボンを穿いていた。足元は黒いスニーカーだ。
「暇んだろ?いつもんとこで、遊ぼーぜ」
もう一人の方はサン。髪をツンツンに立てた、ルーブより少し背の低い少年だった。髪の色は黄色で、目はいきいきとしたブラウンだ。中心がぐるぐる巻きになっている落書きのような太陽のプリントが入った黄色い半袖のシャツを着ており、下は茶色い半ズボンだ。白とオレンジのボーダーの短いソックスをはき、白いスニーカーを履いていた。手にはボールを抱えている。
「ルーブ、サン……」
エンナは答えるように話し出そうとしたが、先ほど出てきた教室を気にすると二人を目線で促すようにして校舎の外へ出た。
「なんだよ、興味があるなら話に入ればいいのに」
ルーブはエンナの背中に向かって後ろから話しかけた。
「別に……あたし、ファッションなんてキョーミないもん」
「素直じゃないなー」
ルーブは口元を歪ませ苦笑した。
「だいたいあたしは、あーゆー女の子たち苦手なの!ショッピングとかカラオケとか行くよりは外で遊ぶ方が好きだし……人付き合いだって……あんたらとの方が……」
「そんなこと言ってるから……」
「まあまあルーブ、その辺にしとけよ」
余計なことを言いそうになるルーブを制したのはサンだ。
「せっかく晴れてんだ、いつもんとこ早く行こうぜ」
エンナ、ルーブ、サンは学校から少し離れた草原まで歩いて行った。草原には青々と茂った一本の大きな木が立っており、近くには湖がある。吹き抜ける風が三人の頬をひんやりと撫でた。
「ボール持ってきたからバレーしようぜ」
サンは両腕に抱えたボールを頭上にあげエンナの方へ投げた。エンナは両手を組みボールをレシーブする。
「じゃあ邪魔する役は俺だな」
ルーブは二人の間に入り、ボールを止めようと球の飛ぶ方向に跳び始めた。
「なあエンナ」
ルーブは邪魔する役をしながらエンナに話しかけた。
「なに」
「今、エンナと俺らは違うクラスだろ?中学になったって同じクラスになれるとは限らないんだしさ、今のうちからもっと他の友達作っておいた方が……」
エンナはボールに視線を集中させたまま何も言わない。黙っているエンナにルーブは笑いながら顔を曇らせる。
「ほら、特に女の子――」
「うるさい‼」
丁度返ってきたボールをエンナは思い切り弾き飛ばした。ボールは物凄い速さで宙を描き、ルーブの頭を飛び越え向かいのサンの顔面に直撃した。
ドゴッ‼
「おうっ⁉」
「エンナ……」
サンは奇声を発し、ルーブは呆れた顔でサンを見た。
「ごめん……」
サンは大木の陰で濡らしたタオルを顔に当て、木にもたれかかって座っていた。
「まったくエンナも、怒りにまかせて打つなよな……」
「悪いのはルーブだから」
「あのさあ……」
そっぽを向くエンナに、ルーブは困り頭を掻く。
「しょうがないじゃん」
エンナの滅多に出さない寂しげな声に、ルーブとサンは顔を向ける。
「昔からずっとあんたらと遊んできたあたしが、女の子たちの中に入るなんて難しいんだって。体育のバレーだって、勝利にこだわるあたしとみんなで楽しくやりたい女子たちとじゃ違う。趣味だって、外で遊ぶのが好きなあたしとリリアニーやビーズアクセサリー作りが好きな女子たちとじゃ違う」
エンナは人差し指で地面に着いたボールをクルクルといじった。
強い風が大木の葉を揺らす。風に吹かれて木の葉が舞う。
「……ま、エンナはエンナだもんな」
サンは腫れがひきはじめた鼻にタオルをあてながら言った。
「……おい」
ルーブは瞳孔を開き、顔を上に反らし、ある一点を凝視していた。
「なんだよ?」
サンは怪訝そうにルーブの顔を見た。
「空が……灰色に……」
『え⁉』




