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第9話 一方その頃、元婚約者は

朝日が差し込む寝室で、俺、カイル・ロランドは目を覚ました。

隣には愛しいミシェルが眠っている。

絹のような金髪、透き通るような白い肌。

彼女こそが、この国を照らす真の「聖女」だ。

魔力を持たない出涸らしのレティシアとは大違いである。


「……ふん、あいつがいなくなって清々したな」


俺は独り言を呟き、ベッドから降りた。

レティシアを追放してから一週間。

俺の人生は順風満帆だ。

邪魔な女はいなくなり、俺の優秀さが際立つ時が来たのだから。


「おい、カーテンを開けろ」


俺は控えていたメイドに命じた。

この部屋のカーテンは、防音と防魔のために特殊な金属繊維が織り込まれた特注品だ。

非常に重厚で、王族の威厳を示す素晴らしい調度品である。


「は、はい! ただいま!」


メイドが慌ててカーテンに駆け寄る。

彼女はタッセルを解き、布を引いた。


「んぐっ……! 重っ……!」


メイドの顔が真っ赤になる。

カーテンはピクリとも動かない。

まるで壁に固定されているかのようだ。


「何をしている。早く開けろと言っているんだ」


「も、申し訳ありません殿下! レールが……錆びついていて……!」


「言い訳はいい! たかがカーテン一つ開けられないのか!」


俺は苛立ち、自分でカーテンを掴んだ。

俺は魔法剣士としての訓練も積んでいる。

女の力では無理でも、俺なら容易いはずだ。


「ふんっ!」


俺は腕に力を込めた。

動かない。

びくともしない。

レールの滑車が完全に固着している手応えがある。


「な、なんだこれは……?」


俺は額に汗を浮かべた。

毎朝、レティシアがここに来て「おはようございます、殿下」と言いながら、片手でシャッ!と開けていたはずだ。

彼女は優雅に、軽々と開けていた。

それがなぜ、こんなに重い?


「……ちっ、整備不良か。怠慢だぞ」


俺は諦めて手を離した。

朝から不愉快だ。

レティシアが管理を怠っていたツケが回ってきたのだろう。

あいつは魔力がないくせに、掃除や設備の点検といった雑用だけは得意だったからな。

いや、それすらもまともに出来ていなかったということか。


「ミシェル、起きろ。朝食の時間だ」


俺はミシェルを優しく揺り起こした。


「んぅ……カイル様ぁ……おはようございますぅ」


ミシェルが目をこすりながら起き上がる。

その愛らしい仕草に、苛立ちが少し和らぐ。

やはり彼女こそが俺の癒やしだ。


「行こう。食堂へ」


俺たちは腕を組み、寝室の扉へと向かった。

重厚なオーク材の扉だ。

俺はノブを回し、外へ向かって押した。


ガッ。


扉が動かない。

数センチ開いたところで、何かに引っかかったように止まってしまった。


「……なんだ?」


俺はもう一度、体重をかけて押した。

ガンッ!

やはり動かない。

蝶番が悲鳴を上げている。

まるで扉そのものが歪んでいるか、床が隆起しているようだ。


「開きませんわ、カイル様……」

「大丈夫だ、少し建付けが悪いだけだ」


俺は焦りを隠して笑ってみせた。

しかし、内心では冷や汗をかいていた。

この扉も、以前はレティシアが開けていた。

彼女はいつも、少しコツがいるような仕草で、扉の下の方を蹴り上げながら押し開けていたような気がする。

あれは作法ではなく、歪んだ扉を物理的に矯正しながら開閉する技術だったのか?


「……衛兵! 衛兵はおらんか! 外から開けろ!」


俺は大声で叫んだ。

廊下から「はっ!」という声がして、数人の衛兵が扉に体当たりをする音が聞こえる。

ドシン、ドシン。

数分間の格闘の末、ようやく扉がバキリという音と共に開いた。

蝶番が一つ外れていた。


「朝からこれだ。城の管理はどうなっている!」


俺は衛兵を怒鳴りつけた。


「も、申し訳ありません! 一週間ほど前から、城中の扉や窓が開閉不能になる事例が多発しておりまして……!」

「整備班は何をしている!」

「それが……『油を差しても直らない、以前はどうやって動いていたんだ』と匙を投げておりまして……」


「ええい、無能共め!」


俺はミシェルを連れて廊下を歩き出した。

どうもおかしい。

城全体が、俺たちを拒絶しているような気がする。


食堂に着くと、すでに父上(国王)と母上が席に着いていた。

しかし、二人の表情は険しい。

テーブルの上には、豪華な食事が並んでいるが、誰も手をつけていない。


「おはようございます、父上」


「……遅いぞ、カイル」


父上が低い声で言った。


「すいません、少し扉の調子が悪くて」


「扉だけではない。今朝から城内のあらゆる機能が麻痺しておる」


父上はナプキンを苛立たしげに放り投げた。


「地下の氷室の扉が開かず、食材が取り出せん。跳ね橋の昇降機が動かず、商人の馬車が入ってこれん。さらには、大浴場の排水栓が抜けず、湯が溢れかえっておる」


父上はため息をついた。


「すべて、レティシアがいなくなってからだ。……カイルよ、お前は本当に正しい判断をしたのか?」


「もちろんです!」


俺は即答した。


「あのような魔力なしの欠陥品、王家に不要です! 今の不具合は、すべてレティシアが退去する際に仕掛けた嫌がらせに決まっています!」


「嫌がらせだと? 魔力のない娘にか?」


「魔道具か何かを使ったのでしょう。性格の悪い女でしたから、呪いのアイテムを隠していたに違いありません!」


俺は断言した。

そうに決まっている。

あいつは俺に捨てられたことを根に持ち、この国に復讐しようとしているのだ。

なんて浅ましい女だ。


「ご安心ください、父上。私にはミシェルがいます」


俺はミシェルの肩を抱いた。


「ミシェルは『光魔法』の使い手。その浄化の力があれば、レティシアの呪いなど一瞬で解けます」


「ほ、本当か?」

「はい! やってみせましょう!」


俺は自信満々に立ち上がった。

まずは手始めに、そこにある開かない瓶の蓋を開けてみせよう。

テーブルの隅に、高級ジャムの瓶が置かれている。

メイドたちが開けられずに放置していたものだ。


「ミシェル、頼む」


「はい、カイル様。……光よ、我らを導きたまえ。浄化ピュリフィケーション!」


ミシェルが杖を振り、可愛らしい呪文を唱えた。

淡い光が瓶を包み込む。

幻想的な光景だ。

これぞ聖女の力。

邪悪な呪いは消え去り、蓋は軽やかに開くはずだ。


「さあ、開けてみろ」


俺は瓶を手に取り、蓋を回した。


「ぬぐぐ……!」


固い。

岩のように固い。

全く回らない。


「な、なぜだ……? 浄化されたはずでは……?」


「も、もしかして、もっと強い呪いなのかもしれません!」


ミシェルが涙目で訴える。


「そ、そうか。レティシアめ、どれほど強力な魔道具を使ったんだ……!」


俺は瓶をテーブルに叩きつけた。

ガシャン、と音がしたが、瓶は割れもせず、蓋も開かなかった。

この瓶の蓋は、気圧差で完全に密着しているのだ。

以前レティシアは、これを「少し握って変形させて空気を入れる」という荒技で開けていたのだが、そんなことを俺が知る由もない。


その時、食堂に伝令の騎士が転がり込んできた。

鎧は泥だらけで、肩で息をしている。


「報告します! 緊急事態です!」


「騒々しいぞ! 食事中だ!」


「それどころではありません! 『西の森』から、魔獣の大群が王都に接近中です!」


「なに?」


俺は耳を疑った。

西の森は、王都に隣接する魔物の生息地だ。

しかし、ここ数年は目立った被害はなかったはずだ。

衛兵たちの定期報告でも「異常なし」と聞いていた。


「バカな。結界があるだろう」


「それが……結界魔道具は何の反応も示していないのです! しかし実際には、オークやオーガの群れが街道を埋め尽くしております!」


騎士は悲鳴のような声を上げた。


「以前は、森から出ようとする魔獣は『謎の衝撃』によって頭部を粉砕され、駆除されていたのですが……一週間前から、その現象がパタリと止まりました!」


「謎の衝撃……?」


俺は首を傾げた。

そんな防衛システムなど導入した覚えはない。

宮廷魔導師団の自動迎撃魔法だろうか?


「とにかく、このままでは一時間以内に王都に到達します! 城壁の門を閉じて迎撃態勢を!」


「ええい、分かった! 私が指揮を執る!」


俺はマントを翻して立ち上がった。

ちょうどいい機会だ。

ミシェルの聖女の力と、俺の魔法剣で、魔獣どもを一掃してやろう。

そうすれば、父上も国民も俺たちを認めるはずだ。

レティシアの嫌がらせなど、実力でねじ伏せてやる。


俺たちは城壁へと急行した。

城壁の上からは、地平線を埋め尽くす黒い影が見えた。

魔獣の群れだ。

予想以上の数に、俺は少し怯んだ。

しかし、ここには王都を守る最強の防壁がある。


「正門を閉めろ! 鉄格子を下ろすんだ!」


俺は衛兵に命じた。

正門は巨大な鋼鉄製で、重量は五十トンを超える。

これを閉めれば、オーガの棍棒でも破ることはできない。


「そ、それが……!」


操作盤の前にいた兵士が、蒼白な顔で振り返った。


「閉まりません!」


「なんだと!?」


「ウインチが回りません! 錆びついているのか、歯車が噛み合っていないのか……とにかく動きません!」


「なっ……!?」


俺は操作盤に駆け寄った。

巨大なハンドルがある。

俺は両手で掴み、渾身の力で回そうとした。


「ぬおおおおおお!」


動かない。

ミリ単位すら動かない。

完全に固着している。


「嘘だろう……? 以前はスムーズに動いていたじゃないか!」

「は、はい……レティシア様が、たまに点検ついでに『少し固いわね』と言って、グルグル回しておりましたが……」


またレティシアか!

あいつは何だ、油差しか何かなのか!?

なぜあいつがいなくなった途端、鉄の塊が反乱を起こすんだ!


「カイル様、魔獣が来ます!」


ミシェルが叫んだ。

先頭のオークキングが、もう目と鼻の先まで迫っている。

開いたままの門に向かって、一直線に突進してくる。

このままでは市街地に侵入される!


「くそっ、こうなれば魔法で無理やり閉めるしかない!」


俺は杖を構えた。

俺は火属性の特級魔導師だ。

力技なら負けない。


「燃え上がれ、紅蓮の炎! 爆裂エクスプロージョン!」


俺はウインチの歯車に向けて、爆裂魔法を放った。

衝撃で錆を吹き飛ばし、強制的に動かす作戦だ。

我ながら天才的な発想である。


ドカァァァァン!!


爆炎が上がり、黒煙が立ち込める。

やったか?

煙が晴れると、そこには無惨な光景が広がっていた。


歯車は回るどころか、爆発で溶解し、完全に使い物にならなくなっていた。

さらに、その衝撃で制御装置が破裂し、鉄格子を吊り下げていた鎖が千切れた。

しかし、鉄格子は落ちてこない。

レールが歪んで引っかかっているのだ。


「あ……あぁ……」


俺は膝から崩れ落ちそうになった。

状況が悪化した。

門は開いたまま、閉める手段を失った。


「カイル様! 敵が入ってきます!」


ミシェルの悲鳴が響く。


「おのれ……おのれレティシアぁぁぁ!」


俺は空に向かって絶叫した。

これもあいつの罠だ。

あいつは重要な設備のメンテナンス方法を誰にも引き継がず、自分だけが扱えるように細工していたのだ。

国の防衛を人質に取るなど、なんて卑劣な女だ!

魔力がないからといって、こんな陰湿な手段を使うとは!


「ミシェル! 光魔法で魔獣を追い払え!」

「む、無理ですぅ! 私の魔法は『癒やし』と『照明』くらいしか……!」

「なんだと!? 聖女だろうが!」

「聖女認定試験は、筆記だけ満点だったんですぅ!」


俺は愕然とした。

役に立たない。

誰も彼も、どいつもこいつも役に立たない!


「おい、誰か! レティシアを連れ戻せ!」


俺は騎士団長に怒鳴った。


「あいつに修理させろ! 今すぐだ! 土下座させて、この門を直させろ!」


「で、殿下……レティシア嬢は国外追放されたのですよ? 今頃は国境を越えて、遠くへ行かれているはず……」


「知るか! 馬を出せ! 追いつけ! なんとしてでも連れてこい!」


俺は半狂乱で叫び続けた。

目の前では、オークの集団が雄叫びを上げて門を突破しようとしている。

衛兵たちが必死に槍で応戦しているが、多勢に無勢だ。

王都の平和な日常が、音を立てて崩れ去っていく。


俺は知らなかった。

レティシアが毎朝の散歩で、投石によって魔獣を間引きし、その威圧感オーラで強力な個体を遠ざけていたことを。

彼女が去った今、この国を守っていた「見えざる物理障壁」は消滅したのだ。


「レティシアぁぁぁぁ! 戻ってこぉぉぉい!」


俺の情けない叫びは、魔獣の咆哮にかき消された。

一週間前、俺が得意げに突きつけた「追放」という切り札が、最悪の形で自分に返ってきていることを、俺はこの時ようやく理解し始めていた。


だが、時すでに遅し。

彼女はもう、俺の手の届かない場所で、最強の皇太子と最硬の絆を結んでいるのだから。


俺の目の前で、ついに一匹のオークが防衛線を突破し、市街地へと雪崩れ込んだ。

王都パニックの始まりだった。

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