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第5話 帝国へ!入国審査の水晶を割ってしまいました

小鳥のさえずりと共に、私は目を覚ました。

森の朝は早い。

空気はひんやりと冷たく、深呼吸をすると肺の奥まで浄化されるような清々しさがある。

私は毛布を跳ね除け、その場で立ち上がった。


「ん〜っ!」


両手を空へと突き上げ、大きく伸びをする。

背骨がポキポキと小気味よい音を立てた。

筋肉たちが「おはよう、今日も暴れようぜ」と挨拶してくるのが分かる。

最高の目覚めだ。


まずは朝の日課であるラジオ体操(独自アレンジ版)から始める。

屈伸、伸脚、そしてスクワット千回。

準備運動としてはこの程度でいいだろう。

身体が温まったところで、私は馬車の扉をノックした。


「クラーク様、朝ですわ。生きてらっしゃいますか?」


「……おはよう、レティシア嬢。おかげさまで、かつてないほど快眠だったよ」


扉が開き、クラーク様が顔を出した。

昨夜の幽霊のような顔色はどこへやら、肌には艶があり、黄金の瞳も生き生きと輝いている。

やはり森の空気(と私のオーラ)が体に合ったようだ。

足元からは白い毛玉――ポチが転がり出てきた。


「ワフッ!」


「おはようポチ。今日も可愛いわね」


私はポチを抱き上げ、もふもふの毛並みに顔を埋めた。

朝の癒やしタイムだ。


「さて、レティシア嬢。昨日の話だが……」


クラーク様が期待に満ちた眼差しで私を見た。

帝国への招待の件だ。

私はポチを地面に下ろし、居住まいを正した。

一晩考えた結果、答えは出ていた。


「お受けいたします、殿下。帝国へ連れて行ってください」


決め手はやはり「ダンジョン」と「肉」だ。

それに、このひ弱な皇太子を一人で帰すのは、道端に捨てられた仔猫を見捨てるようで寝覚めが悪い。

護衛として送り届けるくらいは、筋肉を持つ者の義務ノブレス・オブ・マッスルだろう。


「ありがとう! 君ならそう言ってくれると信じていた!」


クラーク様は私の手を取り、満面の笑みを浮かべた。

朝日に照らされたその笑顔は、破壊力が強すぎて直視できない。

もし私が普通の令嬢なら、この時点で恋に落ちていただろう。

残念ながら、今の私はときめきよりも空腹の方が勝っている。


「では、早速出発しましょう。朝ごはんは移動しながらで」


私は馬車のシャフトを掴んだ。

昨日の残りの干し肉を口に咥える。

エネルギー充填完了だ。


「出発進行!」


私は地面を蹴った。

馬車が軽やかに(当社比)走り出す。

目指すは帝国の国境、鉄壁の要塞都市「ガラルド」だ。


数時間のランニングの後、森が開けた。

視界の先に、巨大な城壁がそびえ立っているのが見えた。

黒い石材で積み上げられた、無骨で威圧感のある壁だ。

高さは二十メートルほどあるだろうか。

壁の上には武装した兵士たちが巡回しており、物々しい雰囲気が漂っている。


「あれが帝国の入り口、ガラルド要塞だ」


馬車の窓からクラーク様が説明してくれた。


「大陸でも屈指の防衛力を誇る。入国審査も厳しいから、少し面倒かもしれない」


「審査……ですか」


私は少し不安になった。

私は追放された身だ。

身分証であるパスポートも持っていない。

あるのは、このボロボロにリメイクされたドレスと、規格外の筋力だけである。


「大丈夫だ。僕がいる」


クラーク様は自信ありげに言った。

頼もしい言葉だ。

皇太子権限で顔パスできるのだろう。


私たちは城門へと近づいた。

馬車を引くのが人間(女性)であることに、門番の兵士たちがギョッとしてこちらを見ている。

当然の反応だ。

私は平然とした顔で馬車を止めた。


「止まれ! 何者だ!」


槍を構えた兵士が鋭い声で尋問してきた。


「身分を明かせ! その馬車は……帝国の紋章が入っているようだが、どうやって手に入れた!」


兵士たちの視線は険しい。

盗難車だと思われているらしい。


「ご苦労。私だ」


クラーク様が窓から顔を出した。

兵士たちの顔色が変わり、一斉に直立不動の姿勢を取る。


「こ、これはクラーク殿下! ご無事で何よりです! 行方不明との報告があり、捜索隊を出そうとしていたところでした!」


「問題ない。優秀な護衛を見つけたのでね」


クラーク様は私を指差した。

兵士たちの視線が私に集まる。

「この華奢な嬢ちゃんが護衛?」という困惑の声が聞こえてきそうだ。


「直ちに開門しろ。城へ戻る」


「はっ! ……しかし殿下、規則ですので『水晶検査』だけは受けていただかねばなりません。特例は認められないと、皇帝陛下より厳命されておりまして」


兵士が申し訳なさそうに言った。

クラーク様が眉をひそめる。


「ふむ……父上の命令か。ならば仕方ないな」


彼は馬車を降りた。

私もそれに続く。


「レティシア嬢、すまない。形式的なものだ。あの水晶に触れてくれればいい」


彼が指差した先には、台座に乗せられたバスケットボール大の透明な水晶があった。

王国の学園にあったものよりずっと大きく、複雑な魔法陣が刻まれている。

内部には七色の光が渦巻いており、見るからに高価そうだ。


「これは魔力測定水晶ですか?」


「ああ。帝国の入国審査に使われる最新型だ。対象者の魔力量と属性を瞬時に判別し、危険人物や指名手配犯でないか照合する。ついでに、偽装魔法を使っていないかもチェックされる」


私は固まった。

魔力測定。

それは私にとってトラウマスイッチだ。

王国の学園で「魔力ゼロ」と判定され、嘲笑の的になった記憶が蘇る。

もしここで「魔力ゼロ」と出たら?

「魔力を持たない人間など怪しい」として、入国を拒否されるのではないだろうか。


「あの……私、魔力がほとんどないのですが」


私は小声でクラーク様に耳打ちした。


「問題ない。魔力が微弱でも、水晶は反応する。光れば合格だ」


「光らなかったら?」


「その時は僕がなんとかする。信じてくれ」


クラーク様がウィンクした。

何とかするとは、具体的にどうするつもりなのだろう。

賄賂だろうか。


私はおずおずと水晶の前に立った。

兵士が見張っている。

失敗は許されない。


(頼むわよ、私の体。少しでいいから魔力を出して)


私は祈るような気持ちで、右手を水晶にかざした。


シーン……。


水晶は沈黙を守っていた。

内部の光すら、私の手が近づくとスッと引いていくように見える。

まるで、私の体内にある「魔力を貪り食う筋肉」を恐れているかのようだ。


「……反応なし、ですか?」


兵士が怪訝な顔をした。


「おかしいな。故障か? いや、今朝点検したばかりだぞ」


兵士が私の顔と水晶を交互に見る。

その目が、次第に疑惑の色を帯びていく。

魔力反応がない人間など、この世界には存在しない。

いるとすれば、それは高度な隠蔽魔法を使っているスパイか、人外の化け物だけだ。


「おい、この女を拘束しろ。何か細工をしているかもしれん」


兵士たちがざわめき始め、槍の穂先が私に向けられた。

まずい。

このままでは「怪しい筋肉女」として投獄されてしまう。


(光らせればいいのよね? 魔力を流し込めば!)


私は焦った。

感覚的には、体内のエネルギーを指先に集めるイメージだ。

普段は筋肉に自動変換されているエネルギーを、無理やり外部へ放出しようと試みる。


「んんっ……!」


私は歯を食いしばった。

指先に力を込める。

水晶の表面に触れている指が、じわじわと食い込んでいく。

物理的に。


「反応しろ……反応しなさいよ……!」


私は念じた。

もはや魔力を流そうとしているのか、水晶を脅しているのか自分でも分からない。

ただ、必死だった。

ここで捕まるわけにはいかない。

美味しいお肉とダンジョンが私を待っているのだ。


ミシッ。


小さな音がした。

おや?

光る前兆だろうか?


「おお? 何か音がしたぞ!」


兵士が身を乗り出した。


「いけっ! 光れぇぇぇっ!」


私は最後のひと押しを加えた。

全身の筋肉を連動させ、指先一点に破壊的な圧力を集中させる。

握力計を振り切る要領だ。


パキィィィィィィィン!!


轟音が響いた。

光ではない。

破砕音だ。


私の目の前で、国宝級の魔力測定水晶が爆発四散した。

まるで散弾銃で撃たれたガラス細工のように、細かい破片となって周囲に飛び散る。

キラキラと舞い散る破片は、皮肉にもダイヤモンドダストのように美しかった。


「…………」


その場にいた全員の動きが止まった。

兵士たちは口を開けたまま硬直し、飛んできた破片が鎧に当たってカツン、カツンと音を立てている。


やってしまった。

また、やってしまった。

力の加減を間違えた。

これでは入国拒否どころか、器物破損で即逮捕ではないか。


「あ、あの……これ、脆かったみたいで……」


私は震える声で言い訳をした。

説得力ゼロだ。


「す、水晶が……粉々に……」

「馬鹿な……測定限界を超えただと……?」


兵士の一人が、震える声で呟いた。


え?

私は耳を疑った。

測定限界?


「あり得ない……この水晶は、宮廷魔導師団長の全力魔法すら受け止める強度があるんだぞ……」

「それを一瞬で破壊するなんて……どれほどの魔力量だ!?」


どうやら彼らは、「物理的に握りつぶした」という可能性を考慮していないらしい。

「水晶が割れる=魔力が強すぎてキャパシティオーバーした」という解釈が、この世界の常識なのだ。

私の握力が、魔法の常識を超えているだけなのだが。


「……ふっ、やはりこうなったか」


静寂を破ったのは、クラーク様の声だった。

彼はやれやれといった様子で肩をすくめ、兵士たちに進み出た。


「見たまえ。彼女の魔力は規格外だ。この程度の水晶では測りきれないと言っただろう?」


「で、殿下! この方は一体……!?」


「彼女は、私が直々にスカウトした『聖女』だ。その力は未知数。帝国を守るための切り札となる存在だ」


聖女。

いつの間にか私のジョブチェンジが行われていた。

筋肉聖女ということだろうか。


「せ、聖女様……!」


兵士たちの見る目が一変した。

疑惑から、畏怖と尊敬へ。

彼らは一斉にその場に跪いた。


「ご無礼をいたしました! まさかそのような高貴な方とは露知らず!」

「直ちに通行を許可します! 門を開けろー!!」


ギギギギ……と重厚な音を立てて、巨大な城門が開いていく。

私は呆気にとられたまま、クラーク様の顔を見た。

彼はニヤリと笑っていた。


「うまくいったね。これで君は、帝国のVIPだ」


「……殿下、わざとですか?」


「まさか。君ならやってくれると信じていただけだよ」


とぼけているが、確信犯だ。

彼は私が水晶を壊すことを予見し、それを利用して私の立場を一気に確立させたのだ。

「魔力測定不能の聖女」という肩書きがあれば、どこの馬の骨とも知れない私が皇太子の側にいても、文句を言う者はいないだろう。


恐ろしい人だ。

でも、その手腕には感謝しかない。

私は罪人にならずに済んだのだから。


「さあ、行こう。父上が待っている」


クラーク様が馬車に戻るよう促した。

私は再びシャフトを握った。


「はい、殿下。……ちなみに、あの水晶の弁償代は?」


「経費で落とすから心配いらない」


太っ腹だ。

帝国、好きかもしれない。


私は軽やかな足取りで、開かれた門をくぐった。

石畳の道がまっすぐに続いている。

その先には、活気に満ちた帝都の街並みと、まだ見ぬ美味しい料理たちが私を待っている。


「ポチ、着いたわよ!」


「ワフッ!」


馬車の中からポチの元気な声が返ってきた。


こうして私は、派手な破壊音と共にグラン・マレ帝国への入国を果たした。

「物理聖女」という、不名誉なんだか名誉なんだか分からない二つ名を背負って。

これから始まる新生活が、平穏無事であることを祈りたい。

まあ、私の拳がある限り、大抵のトラブルは粉砕できるだろうけれど。


私は前を向いた。

帝都のメインストリートを、馬車を引いて爆走する令嬢。

道行く人々が驚愕の表情で道を空けていく。

まるでモーゼの十戒だ。


「急ぎますわよ、殿下! お腹が空きました!」


「ははは、お手柔らかに頼むよ!」


私の第二の人生は、最高に騒がしく幕を開けたのだった。

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