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1.エリオット伯爵家 跡継ぎの誕生

華もなにもない家をめぐる地味な話です

 その日、エリオット伯爵領に花火が打ち上がった。

 待望の男児が生まれたのだ。


 派手な宴会が連日続き、領民には酒が振る舞われ、税金も一部免除された。

 教会の鐘が鳴り響き、嬰児(みどりご)の元へは続々と家臣が集まり列を作った。将来の主君へ贈り物を手渡すのだ。


 赤子はレオナルドと名付けられた。赤子は輝く金の髪を持ち、美しい緑の瞳だった。


 名門エリオット伯爵家は、男児が生まれにくい女系一族だった。そのため伯爵家にレオナルドが長男として誕生した時には、お祭り騒ぎになった。家の未来が開けたのだ。恵まれたことに、二番目に生まれたキングズレーも男の子で、レオナルドとともに将来の主君として大切に育てられた。


 エリオット伯爵家は人材の教育に力をいれる家で、本家・分家にかかわらず、生まれた子どもたちは手厚い教育を受けた。それが評判で、子どもたちは時代や派閥に関係なく、官吏や学者として求められるという強みがあった。家に頼らず、個人の能力を伸ばすことで、『天秤の家』と呼ばれるようになったのだ。エリオット伯爵家の強みである独立性を維持するため、なるべく現王朝の家系には近づかないように、慎重な縁組みを行っていた。


 レオナルドは明るくてほがらかな子どもだった。

 周り中に愛され大事にされ崇められた。自分が大事にされているように、みんなも大事にされていると考える無邪気な子どもだった。


 しかし雲行きがあやしくなったのは、八歳くらいの頃だった。親族の子どもたちが顔合わせで集まり、これから一緒に勉強することになると紹介し合った。その中の一人の少女の顔に痣があったのだ。こめかみに小さい痣。目立つものではなく髪型で隠せるだろう。だが嫁入りには致命的だった。そのため早い内から少女の親は、嫁入り以外の道筋をつけようと、熱心に勉強させていた。少女はトマス伯爵家のマーガリートと言った。

 

 レオナルドは無邪気に聞いた。


 「ねえ、それなあに? どうしてそんなのがあるの?」


 マーガリートは覚悟していたので、諦めたように言った。


 「生まれた時からあるのです」

 「近くで見せてくれ」

 「……はい」


 近くにいた子どもたちは、なんだか心の中がもやもやした。たとえ跡継ぎとは言え、少女に無体を働くのはどうかと感じたのだ。レオナルドはいくつか質問し、しげしげと近くで見た後、無邪気に笑顔で言った。


 「まるで罪人のようだ」


 じっと耐えていたマーガリートの目から光が消えた。

 一人の子どもが部屋の入り口で話していた、ベンジャミンとロウを呼んできた。ベンジャミンは有力なサレン家の長男で、ロウも主要なウォルポール男爵家の長男だった。二人ともレオナルドと年が近く、将来の側近の地位が確定していたのだ。この場でレオナルドを諫められる立場であり、子どもから声をかけやすい年齢でもあった。


「レオナルド。いけません、このようなことをしては」


 ベンジャミンはマーガリートを部屋の隅に逃がすと、レオナルドに言い聞かせた。

 しかしレオナルドは、不思議に思ったことを、ただ質問しただけなのだ。そして思った感想を言ったまでだ。だからなにが悪いのかわからなかった。


「本当のことを言っただけだ」

「いいえ。あなたの発言一つで、あの少女の人生が変わることもあるのです。発言は慎重になさらないと」


 ロウも続いて言い、ベンジャミンとロウは、こんこんとレオナルドに言い聞かせた。また後から話を聞いた侍従も侍女も、レオナルドに言い聞かせた。だが根本的なことがどうにも伝わらなかった。


 それからマーガリートが勉強会に参加するようになると、レオナルドは物珍しさに、痣を見に行くようになった。まわりは厳しく咎め、レオナルドがマーガリートに近づけないようにした。

 最初は優秀だと言われていたマーガリートは、だんだん成績が下がり、小さな物音にびくびくするようになった。


 ある日、大人たちが手を離せない隙に、レオナルドは無邪気にマーガリートに近づいた。そしてまるで親切を施すかのように得意げに言った。


「お前の痣のことをあれこれ言ってはいけないと、みんな言うんだ。だから私もなにも言わないと約束するよ。

 褒めてくれ。

 だっていけないことなんだろう。お前の痣のことを口に出すのは」


 そう言われたマーガリートはゆらりと立ち上がり、部屋から出て行った。

 子どもが勝手に部屋から出るのは、危ないから許されていない。だからベンジャミンとロウはあわてて後を追った。部屋の入り口にいた護衛は、マーガリートの様子を見てぎょっとすると、人をやってマーガリートの父親トマス伯爵を呼んできた。

 トマス伯爵が来てみると、マーガリートは護衛の傍らで泣いていた。ただ黙って突っ立ち、無表情のまま目から涙をこぼしていたのだ。たった十歳の子どもが声も出さず、泣いている姿は異常だった。


 トマス伯爵はマーガリートに対して苛立ちを覚えた。

 マーガリートの存在はトマス伯爵にとって、いや家族にとって悩みの種だった。女と言ったら、使い道はまずは婚姻外交だ。それなのにこの娘は、大事な顔に痣があるのだ。しかし救いはエリオット伯爵家に属していることだ。エリオット伯爵家では男女問わず、高度な教育を受けさせることができる。だからトマス伯爵は厳しく仕込んで女官にするつもりだったのに、跡継ぎのレオナルド卿とうまくやれないのだ。いろいろ言われるらしいが、そんなものは受け流せばいい、気にしなければいいことだ。


 しかしトマス伯爵には目の前の娘が、普通の状態ではないのもわかった。

 娘に無理をさせて、おかしくさせても意味はない。

 『現実に文句を言っても始まらない』のだ。

 トマス伯爵は大きなため息をついた。そして娘に言った。


「帰ろう」


 無表情だったマーガリートの瞳に光がともった。


「勉強なんて家でもできるさ」

「いいの?」


 トマス伯爵は久しぶりに……、娘を抱っこした。抱きかかえてはじめて、ずいぶんと久しぶりだったことを思い出し、マーガリートに申し訳ない気持ちが沸き起こった。マーガリートはぼろぼろと泣き出し、何度も言った。


「ごめんなさい。ちゃんとできなくて、ごめんなさい」


 それを聞いてトマス伯爵は思い知らされた。マーガリートの顔に痣があるのは誰のせいでもないのに、なぜかマーガリートの顔を見る度に、自分が責められているような罪悪感を覚えたのだ。それを感じたくないからマーガリートの顔を見なかった。そしてそうやってマーガリートを一人にしている後ろめたさを、何の責任もないマーガリートにぶつけていた。マーガリートのために必要な教育だとうそぶいて、過酷な環境に置いたままにしていた。

 そう思うと意固地になっていたトマス伯爵の口から、自然とこんな言葉が出た。


「いいや、お前はよくやっていた。偉かったよ」


 トマス伯爵がそう言うと、マーガリートは手放しで泣き始めた。

 それを横でずっと見ていた、ベンジャミンとロウは複雑な表情をしていた。




 この出来事から、レオナルドには思いやりや共感性が、欠けていることがわかった。当然周りは何とかしようとした。しかしレオナルドは頭が良く親切な性格でもあった。ただおそろしく想像力がないのだ。完璧な人間が主君になるわけではない。だから周囲の人間が支えることで、伯爵家を盛り立てようという流れになった。


 レオナルドに人の外見について、あれこれ言ってはいけないと教えると、わかったと答える。


 テストはいつでも合格なのだ。


 だが実際に外見に特徴がある人間を見ると、「なぜだ?」と聞いてしまう。その時のレオナルドの心の中は、疑問で一杯になってしまい、それを解消したいという欲求が勝ってしまうのだった。レオナルドは心の中に曖昧模糊としたものを飼えない。曖昧さを受け止める器量がないのだ。それは生来持って生まれた器質で、教育では改善することが出来ても、治すことは出来なかった。

 そして最終的にはそれがレオナルドの人生を壊すことになったのだ。


 その後も似たような出来事が起こった。


 ある日レオナルドたちは歴史の授業を受けていた。

 今日はスーナンの戦いが題材だ。スーナンの戦いは、今から四十年前に起こった悲劇的出来事で、様々な授業の題材になっていた。当時の政治情勢も、地理的趨勢(すうせい)も、行軍計画や戦法など、あらゆる面で後世の教訓になる戦いだったのだ。だがなによりまだ生きて当時のことを覚えている人たちが、口伝で教えられるというのが授業の題材として良かった。そしてあまり勉強に興味を持てない子どもたちにも、身近な出来事として教えられたのも良かった。

 そしてスーナンの戦いにおける軍事作戦は、見事としか言いようがなく、戦記好きの子どもたちの語り草だったのだ。

 同じように戦記好きなレオナルドは、その日の授業に興奮していた。そして教師に質問した。


「この時代に生きたかったなあ。ワレント先生は覚えているんだろう。どうだったんだ?」

「……そうですねえ。当時はそういった戦いが起きていることは、知らされませんでしたからね。後で知りました」


「まったく知らなかったのか?」

「実は父親が作戦に参加していました。そこで戦死し、報せがあったんです。大分後になってから、それがスーナンの戦いだと知りました」


「いいなあ! うらやましい」


 レオナルドは大きな声で言った。

 授業にはたくさんの人がいた。教師、生徒たち、中には側近のベンジャミン・サレンや、ジーニアス・トマス、ロウ・ウォルポールもいる。三人ともレオナルドと年が近く、既に側近として立ち働いている。それに控えている侍女、侍従、護衛たち。

 皆絶句していた。

 最初に立ち直ったのは、教師のワレントだった。


「そうですねえ……。当時は世の中が貧しく情報も少なくて、生きるのに精一杯という時代でした。

 私は当時十才で、今のみなさんと同じ年頃です。父親の死で恩給も出ましたが、生活は楽ではありませんでした。ですが恩給のおかげで多少の余裕があり、歴史の教師になることができました。

 お金には苦労しましたから、『お金がなくても』という言葉を使う気にはなれません。

 それでも父親が生きて戻ってきたほうが、良かったと思っています。スーナンの戦いに参加せずに」


 レオナルドはほがらかに言った。


「私だったら、スーナンの戦いに参加できるほうを選ぶな」


 教師は何事もなかったかのように授業を続けた。

 だがレオナルドの発言の後は、授業の雰囲気は変わってしまった。その場にいる人々は、レオナルドを真っ直ぐに見ることができなくなってしまった。


 レオナルドはスーナンの戦いの世界に憧れるあまり、その戦いが現実の物で、人が死んだということが想像できないようだった。このようにレオナルドは、現実につきまとう悲惨さや割り切りなさよりも、想像上の様式美を優先する特徴があった。




 さて十歳になったレオナルドは、婚約者を探すことになった。


 婚約者探しに家臣たちは浮き足立っていた。女性の跡継ぎの場合は、早い内から親族内で男児の養子を用意したり、婿入りも親族内で行ったりする必要がある。どうしても女性の跡継ぎというのは立場が弱く、下手に外部から婿養子を取ると、お家乗っ取りも考えられるからだ。

 だがレオナルドは待望の男児の跡取りだ。だから制限なく伯爵家に有利な女性を探せるのだ。


 婚約者探しは長く紛糾した。家臣たちは張り切り意見を出した。親族たちが集まって相談をしていると、口げんかが始まってしまうほど、熱心だったのだ。

 ベンジャミンの父親で、重鎮のサレン卿は、今まさに相手に掴みかからんとしている親族たちを見て、笑い出してしまった。笑われた人々は面白くなさそうな顔をしている。


「なんですかな、サレン卿」

「いやいや、我々はすっかり贅沢に慣れてしまったようだ。跡継ぎに男児が生まれなければ、喧嘩すらできなかったのですぞ」


 そう言われた親族たちは、頭が冷え、少しずつ笑い出し、終いには大笑いを始めた。


「違いない。レオナルド卿がいるから、こんな幸せな喧嘩ができるのだな」

「我が君レオナルド、万歳」


 親族たちは声を揃えた。

 それからは厳しい意見の交換も、多少のユーモアを交えてできるようになった。



 そしてその結果、十二歳になったレオナルドは、同い年のアバン侯爵家の次女ロザリンドと婚約することになった。


 レオナルドとロザリンドの交流は上手く行った。レオナルドには欠点はあるが、人柄そのものはいいのだ。またロザリンドの立場が婚約者なのも良かった。家臣と違って気を遣わなければならない立場であり、レオナルドにもそういった意識が働いたからだ。たしかにレオナルドの未熟な点は目立ったが、年を経るごとに落ち着くだろうと期待されていた。

 ロザリンドは忍耐強い女性だった。レオナルドの妻となるには、おそらくそういった女性でないと無理だろうと皆思ったのだ。


 アバン侯爵家は「巻物の家」と呼ばれる家だった。


 アバン侯爵領には王立の図書館がある。古代の図書館の遺跡を一部利用して作り直したもので、領内で代々図書館を維持してきた。国内外を問わず研究者たちがそこで日夜研究し、様々な論文を発表してきたのだ。そのため領内では、本来厳格に分けられる宗教や国にかかわらず、自由な議論が許される風土があった。

 近年になって、その図書館の価値を認めた国が、税金を投入し王立としたのだ。


 アバン侯爵領の図書館は金の卵を産むガチョウだった。だがこのガチョウには欠点があり、研究をお金にするにはとても時間がかかる。そして研究にも図書館の維持にも途轍もない経費がかかるのだ。そのためアバン侯爵家はパトロンを探していた。国も無尽蔵に予算を出してくれるわけではない。しかし選択肢はほとんどなかった。侯爵領内で最も研究が進んでいる分野は神学だ。活発な議論が領内で許されているが、本来は神の聖典に疑問を唱えるなど許されないのだ。

 そうなると、侯爵家と似たような存在である、エリオット伯爵家しかなかったのである。伯爵家は個人の教育を充実させることで、それぞれが有名な学者や官僚、研究者となっている。個人の意見が強いことから、例えばアバン侯爵領内のような自由な雰囲気に、特定の思想を持ち込もうとはしなかったのだ。これは侯爵家にとってありがたかった。その上、裕福という点を考えれば、土下座してお願いしてもいいくらいだった。

 そういった流れがあり、身分はロザリンドのほうが高かったが、立場はレオナルドのほうが強く、しかしそのことにレオナルドが気づかなかったため、上手く行っていたのだ。


 だがその関係も、レオナルドの悪い方向への成長に伴い変化が訪れてゆくのであった。


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