第12話:外なる力を、その身に
モニター室に満ちる緊迫した空気は、玲司の胸を静かにざわつかせていた。
無数の情報が飛び交う中で、ただ状況を見つめることしかできないもどかしさが残る。
そんな中、司令官が玲司に告げる。
「あれらが攻撃を仕掛けてくるかどうかは、我々にも分からん。だが、想像できないからこそ、備える必要がある」
一拍置き、司令官は踵を返した。
「これから、必要事項の一つを果たしに行く。
桜庭玲司、着いてこい」
司令官はそのままモニター室を後にする。
玲司は短く息を整え、何も言わずにその背を追った。
白く均一な通路を、玲司は司令官の半歩後ろを歩いていた。
天井の照明は一定の明度を保っているはずなのに、奥へ進むにつれて空気が重くなる。
施設の中心部に近づいている――それだけで、身体が無意識に理解していた。
「緊張しているか?」
前を向いたまま、司令官が問いかける。
「……正直に言えば、はい」
司令官は短く息を吐いた。
「当然だ。これから行うのは訓練ではない。接続だ」
自動扉が静かに開き、観測用モニターと拘束装置に囲まれた広い部屋が現れる。
中央の隔離フィールド内に、異形の影が伏せられていた。
「コードネーム、サーベラス。複数の攻撃衝動を内包する宇宙外生命体だ。危険度は高いが、性質は単純。力は外向きで、扱い方を間違えなければ制御は可能と判断されている」
司令官は淡々と説明を続ける。
「お前は力が足りない。だが、器としては悪くない。サーベラスは、お前の不足分を埋めるための存在だ」
玲司は視線を逸らさず、隔離フィールドの向こうを見つめた。
そこにあるのは、敵でも味方でもない。
ただ利用される力だった。
「拒否権は、ありませんよね」
「ない」
即答だった。
「これは選択ではなく、必要事項だ。力の底上げと、新たな能力を取得するためのな」
玲司は一度だけ目を閉じ、短く息を整えた。
「……わかりました」
それで十分だとでも言うように、司令官は頷いた。
一方、別区画。
燈莉は、ローゼの少し後ろに立っていた。
ここは観測室ではなく、より静かな隔離室。
白を基調とした壁の中で、中央のフィールドだけが異様な存在感を放っている。
「これが、あなたに接続される宇宙外生命体よ」
ローゼは穏やかな声で言った。
「コードネームはカイメラ。複合的な性質を持つ個体だけれど、現在のところは安定していると判断されているわ」
フィールドの内側には、ほとんど動きのない影があった。
暴れもせず、威圧もない。
むしろ、そこに従っているかのような静けさがある。
「……思ったより、大人しいんですね」
燈莉がそう言うと、ローゼは微笑んだ。
「ええ。少なくとも、今は」
その言葉には、どこか含みがあった。
「力を得るというのは、安心を得ることではないわ。それでも――この先へ進むには、素のままでは足りない」
ローゼは燈莉の方を振り返る。
「あなたは、それを理解している。だからここにいるのでしょう?」
燈莉は小さく肩をすくめた。
「誰かを守るために、必要なら。それだけです」
ローゼは何も言わず、再びフィールドへ視線を戻した。
カイメラは、沈黙を保ったまま、微動だにしない。
まるで――自分がどう扱われるかを、すでに知っているかのように。
隔離フィールドが解除されると同時に、室内の空気が一変した。
司令官の合図で、玲司は装置の中央へと進む。
床下から伸びた拘束リングが足首と手首を固定し、逃げ場を奪う。
「接続を開始する」
無機質な声が響いた直後、サーベラスが動いた。
——重い。
それが、最初に感じたことだった。
視界の端で、異形の影が膨れ上がる。
咆哮のような衝動が、直接頭の内側に叩きつけられた。
『―――――』
声ではない。
だが、確かに意思だった。
骨の奥を掴まれる感覚。
筋肉が軋み、心臓の鼓動が一拍ごとに重くなる。
「——ぐっ……!」
叫び声は、喉の奥で押し潰された。
力が流れ込んでくる。
否応なく、押し付けられるように。
逃げることも、拒むこともできない。
ただ、耐えるしかなかった。
「意識を保て。主導権を渡すな」
司令官の声が、遠くで聞こえる。
玲司は歯を食いしばる。
——奪われるな。
——呑まれるな。
サーベラスの衝動が、何度も内側から暴れる。
だが、それ以上に、身体が応えてしまっているのが分かった。
力が、自分のものになりつつある。
その代わりに、身体の感覚が一つずつ削られていく。
——これが、底上げ。
甘いものではないと、嫌というほど理解させられる接続だった。
一方、燈莉の隔離室は、異様なほど静かだった。
装置に横たわりながら、燈莉は眉をひそめる。
「……始まってます?」
「ええ。もう接続は進行しているわ」
ローゼの声は、変わらず穏やかだった。
だが、燈莉の身体には、痛みも圧迫もない。
むしろ、何も起きていない。
心拍も、呼吸も、普段と同じ。
違和感があるとすれば——無さすぎることだった。
「……来ないですね」
「何が?」
「力が流れ込んでくる感じとか。もっと、こう……危ないものだと思ってました」
燈莉の視線が、フィールドの内側へ向く。
カイメラは、相変わらず沈黙している。
こちらを見ているのかどうかすら分からない。
——なのに。
身体の奥で、確実に何かが変わっている。
説明できないが、分かる。
空間が広がったような感覚。
力が増えたというより、
力を受け入れる余地が作られた、そんな感じだった。
「……ねえ、ローゼ上官」
燈莉は、ふと思い出したように口を開いた。
「上官は、どんな宇宙外生命体を接続したんですか?」
ローゼは一瞬だけ、視線を逸らした。
ほんの一瞬。
気づく者がいれば、という程度の間。
「そうね……」
それから、微笑む。
「結果だけを言えば、必要なものよ」
「結果?」
「ええ。力を得て、今もこうして戦えている。それが全て」
燈莉は首を傾げた。
「名前とか、性質とかは?」
「覚えていないわ」
嘘のようには見えなかった。
「融合の過程で、不要になったものは切り離したから」
それもまた、事実に見えた。
だが、その説明を、ローゼがすることはない。
「大事なのは、何を得たかじゃない」
ローゼは静かに言った。
「何を残したかよ」
燈莉は、その言葉を完全には理解できないまま、黙ってフィールドを見つめた。
カイメラは、何も語らない。
だが、その沈黙が、どこか不自然に感じられた。
——まるで、
最初から、奪う気など無かったかのように。
接続処理が完了し、施設内に設けられた隔離区画の空気がゆっくりと落ち着いていく。
玲司は、自分の身体の内側に残る違和感を確かめるように、無意識に拳を握っていた。
力が増した、という実感はある。
だがそれ以上に、何かが中で動いているという感覚が拭えない。
その様子を見ていた司令官が、一歩前に出た。
「桜庭玲司」
低く、しかしはっきりとした声だった。
「理論上、接続は成功している。だが――机上の数値と、戦場での挙動は別物だ」
司令官はモニターの一つを指差す。
そこには、上空に漂う光の反応と、それに付随する座標情報が映し出されていた。
「現在、地表近くまで降りてきている宇宙外生命体が複数確認されている。これを実戦想定テストとして扱う」
一瞬だけ、司令官は玲司を見据える。
「無理をする必要はない。もし、歩くことすら困難だと感じた場合は、その時点で撤退し、宿舎に戻れ。これは命令ではない。――自己判断だ」
それは突き放すようでいて、確かに配慮のある言葉だった。
「……分かりました」
玲司は短く答えたが、内心では別の感情が渦巻いていた。
(行けない、とは言えないな……)
燈莉はローゼと向き合っていた。
ローゼは、先ほどまでの柔らかな雰囲気を抑え、教官としての表情を浮かべている。
「花守燈莉」
名を呼ばれ、燈莉は背筋を伸ばした。
「あなたの場合、力の流れはとても安定しているわ。……ええ、少し出来すぎなくらいにね」
ローゼは小さく息を吐き、続ける。
「でも、安定しているからといって、安全とは限らない。外で、実際に力を使ってみなさい」
ローゼの視線が、自然と施設の天井へ向く。
「今、空に浮かんでいる光。あれはまだ完全な形を持っていない。あなたにとっては、ちょうどいい相手になるわ」
燈莉は一瞬だけ迷い、それから頷いた。
「……はい。やってみます」
ローゼは微笑む。
「大丈夫。あなたは、まだ自分がどこまで届くのかを知らないだけ」
そう言って、背を向けた。
「準備が整い次第、外に出ましょう。これは訓練であり、同時に――警告でもある」
二人の会話を聞きながら、施設内の警告灯が静かに明滅を始める。
A.E.O.I.は、すでに次の段階へと進んでいた。




