第10話:折れた心と、進む者たち
夕暮れの居間。澄羽は色の抜けた畳の上に座っていた。
テレビの音だけがやけに大きく響いている。
「……お姉ちゃん」
そう呼ぶと、夜美はちらりとこちらを見た。
笑わない。頷きもしない。顔や腕の痣が目立つ。
ただ、面倒そうに視線を戻す。
「なに」
それだけ。
それでも澄羽は、少しだけ胸が軽くなるのを感じていた。
同じ部屋にいる。
同じ空気を吸っている。
それだけで、十分だった。
「今日ね……」
言葉を続けようとすると、夜美はわずかに眉をひそめた。
「聞いても、どうせ意味ないでしょ」
その一言で、胸がきゅっと縮む。
けれど澄羽は、黙って俯かなかった。
「……それでも、話したかった」
夜美は一瞬だけ、何か言いかけて、やめた。
代わりに、視線を逸らしたまま言う。
「……勝手にしな」
その言葉も、澄羽の心を満たすには充分だった。
澄羽はゆっくりと瞬きをする。
天井は見慣れた自分の部屋で、カーテンの隙間から差し込む光がやけに眩しかった。
胸が、重い。
夢の余韻ではなく、現実の重さだった。
(……私)
思い出そうとした瞬間、喉がきゅっと縮む。
血の色も、感触も、はっきりとは浮かばない。
けれど「取り返しがつかない」という感覚だけが、体に張り付いて離れなかった。
真紅の布団を強く握りしめる。
隅に追いやられた肉体と同じ腐敗臭がする。
自分の手が、ひどく汚れている気がした。
そのとき、控えめにドアがノックされる。
「……澄羽」
夜美の声。
柔らかくて、心配そうで、正しい姉の声。
「……」
返事ができない。
声を出したら、全部こぼれてしまいそうだった。
ドアが少しだけ開き、夜美が顔を覗かせる。
「無理しなくていいよ。学校も、今日は休んでいいから」
優しい言葉。
責める気配は一切ない。
それなのに澄羽の胸は、さらに締め付けられる。
(やめて……)
そんな資格、ない。
守られる側でいる資格も、心配される資格も。
夜美は、そっと距離を保ったまま澄羽を見ている。
触れない。踏み込まない。
完璧な気遣い。
それが、なぜか――怖かった。
そう思ってしまったことに、澄羽自身が驚く。
夜美は何も言わず、ただ微笑む。
「……何かあったら、呼んでね」
その笑顔を直視できず、澄羽は視線を逸らした。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響く。
一人になった部屋で、澄羽は布団に顔を埋める。
脳裏に、昨日の光景が否応なく蘇る。
――螟ゥ菴ソ繧医?よ?繧峨→蜈ア縺ォ縺ゅ?譁ケ繧呈爾縺吶◆繧√?√◎縺ョ莠コ髢薙?菴薙r謐ィ縺ヲ繧九′濶ッ縺??
怪人となったクラスメイトの声。
理解できるはずのない、意味を持たない音の羅列。
それなのに――。
――□□よ。□を取り□び□々と□□□い□う。
歪んだ言葉は、いつの間にか人の言語へと形を変えていた。
怪人の言葉すら理解できてしまう自分に、澄羽は小さく息を吐き、心の中で自嘲する。
布団の中で身を起こし、ゆっくりと顔を上げた。
視界の端、壁際の棚に飾られた玩具が目に入る。
幼い頃、ヒーローの話で盛り上がっていた友達から貰った、オレンジを模したアイテム。
「……いっそのこと、私なんか倒されればいいのに」
ぽつりと零れた声は、思ったよりも静かだった。
「怪人として」
A.E.O.I.司令官の部屋は、無機質だった。
無駄な装飾はなく、壁一面に並ぶモニターと資料棚だけが、この組織の性質を雄弁に物語っている。
「正式に迎え入れる」
司令官は、青年と少女に淡々と告げた。
祝福の言葉も、激励もない。
それが、この場所のやり方だった。
「両者とも、燈朝市という場所から来たのだな」
資料に目を落としたまま話す司令官を前に、青年と少女は直立していた。
桜庭玲司と花守燈莉。
司令官の言葉に反応し、二人は一瞬だけ視線を合わせる。
「燈朝市にも支部はあるが……配属先は、個人の希望だけで決まるわけではない」
その言葉を聞きながら、玲司は無意識のうちに燈莉を見つめていた。
(……顔つきが、花守と似ているな)
その視線に、司令官が気づく。
「知り合いか?」
玲司ははっとして、司令官に向き直った。
「直接的な繋がりはありません。ただ……クラスメイトに、少し似ていて」
すると燈莉が、静かに口を開く。
「……もしかして、美空のことですか?」
玲司は目を見開いた。
「ということは……妹さんか。……美空と一緒に過ごす選択肢も、あったんじゃないかな」
その言葉に、燈莉は小さく首を振った。
「いえ……大切な誰かを守るために、自分が行くしかないって思ったんです。これ以上、大切な人が苦しまないように。そのための力が、必要なんです」
その瞳に宿る意思は、はっきりとした光を帯びていた。
「……花守妹。俺たちは、少し似ているのかもしれないな」
「えっ?」
玲司はすぐに司令官へと視線を戻す。
「司令官、失礼しました。話の続きをお願いします」
司令官は表情を変えぬまま、二人を見据えた。
「燈朝市といえば、天使と呼ばれる存在が現れた町でもある。特に、桜庭玲司――君は、その天使と交戦したと聞いている」
燈莉の表情が、わずかに強張る。
「君たちも、いずれ再び天使と相対する可能性があるだろう。人々のために。そして、君たち自身のためにも――我々は力を尽くす」
一拍置いて、司令官は告げた。
「今日から、よろしく頼む」
「「はい……!」」
二人の声は、ほとんど同時に重なった。
「このあとは、事前に希望していた部門に分かれてもらう。……何か質問はあるか?」
その瞬間、玲司の脳裏に天使との戦闘が蘇った。
「質問があります。天使と戦った際、私は虚界穿孔という能力を使用しました。本来、防御不可能のはずの攻撃が……通用しなかった。原因は、何だったのでしょうか」
司令官は、わずかに間を置いてから答えた。
「この世界では――力が全てだ」
玲司は、その言葉を反芻する。
「能力は、使用者の純粋な力に応じて、その強さを変える」
「……純粋な、力」
「極論を言えば、能力がなくとも、力さえ飛び抜けていれば何事にも対応できる。……今の君と天使とでは、その力に差があった。それだけのことだ」
「…わかりました。ありがとうございます」
司令官は無言のまま、小さく頷いた。
「他に質問は無いか?」
返事はない。
短い沈黙が、部屋を満たす。
「ならば、それぞれが希望していた部門へ案内しよう。桜庭玲司は私が。花守燈莉は――」
その時、司令官室の扉をノックする音が響いた。
「……来たか」
ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、燈莉と同い年ほどに見える少女だった。
「失礼します。司令官」
少女は一礼し、二人の前に立つ。
真紅の瞳が、静かに二人を見上げていた。
「ローゼ。ここでは、そう呼んで」
柔らかな声。
それだけなのに、空気がわずかに張り詰める。
燈莉は思わず背筋を伸ばした。
一方で、玲司は胸の奥に、言葉にできない違和感を覚えていた。
――どこかで、会ったことがある。
そう思った瞬間、心臓の奥が、ほんの少しだけ痛む。
「……すみません。俺たち、前に――」
その言葉を遮るように、ローゼは微笑んだ。
人差し指を唇に当て、軽くウインクする。
「気のせいよ」
それ以上を許さない仕草だった。
だが、その視線の奥に、玲司は理由の分からない懐かしさを見てしまう。
―その彼女の微笑みが、未来に何をもたらすのかを知る者は、まだ誰もいなかった。
ここから後書きです。
キャラ崩壊や作品の雰囲気が壊れてしまう可能性がありますので、閲覧の際はご注意ください。
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夜美「ねえ、作者」
作者「はい? 何でしょうか」
夜美「私の存在、忘れてなかった?」
作者「いやいや、忘れるわけないじゃないですか。ちゃんとこの話でも登場してるじゃないですか」
夜美「……キャラ・用語紹介(第一章まで)に、名前が載ってなかったんだけど」
作者「…………あ」
夜美「wikiならまだわかるよ。でも、読んでいく上で必ず目にするキャラ紹介に載ってないのは何なの?
澄羽の次に登場したキャラなのに?」
作者「すいません許してください何でもしますから」
夜美「ん? 今、何でもするって言った?」
作者「あ、待って、それは」
夜美「え? 今『何でもする』って言ったよね。じゃあ、キャラ紹介とwikiに私の情報、ちゃんと追加してきて」
作者「何だ……それで許されるなら今すぐにでも――」
夜美「だが個人的に作者は〇す」
作者「\(^o^)/オワタ」
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ということで、
(忘れられていた)白鷺夜美の設定を、
キャラ紹介および各種設定欄に追加します。




