第1話:天使は眠りの中に
歩くだけで、足が重い。
夕方の帰り道は、誰もいない。
私もいないほうが、たぶん正解なんだろうなって、そんなことをぼんやり考えていた。
笑うことができなくなってから、どれくらい経ったんだろう。
何を見ても、何を聞いても、心の中にはずっと、ヒリヒリした空洞がある。
塞がらないまま、腐っていくみたいな感覚。
死にたかったわけじゃない。
でも、生きてる理由なんて、もうどこにもなかった。
家に帰る。体はずぶ濡れたように重い。
ドアに体重をかけて押し開けた。
「……澄羽なの……?」
お姉ちゃんが駆け寄ってくる。肩を強く掴まれた。
…また? その心配してるフリ。もう気づいてる。
「私、心配してたんだよ!? 何日帰ってきてないか覚えてるの!?」
数日いないくらいで何。
どうせお姉ちゃんも、私の存在を持て余してるくせに。
腕に触れられた瞬間、私は喉の奥から声を絞り出した。
「……触らないで」
袖に隠れたズタズタの腕で振り払うと、自室へと逃げ込む。
後ろから呼びかける声なんて、もうどうでもいい。
部屋の匂いは変わらない。染みついた鉄の匂いが落ち着く。
あれ……ナイフがない。
お姉ちゃん、また隠したんだ。もういいや。
ベッドに倒れ込む。
呼吸をするだけで痛い世界なんて、もういらない。
「お姉ちゃんも私も、消えればいいのに」
呟きながら、目を閉じた。
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目を覚ます。
外は真っ暗。0時をすぎている。
窓を開け、そのまま外へ飛び降りた。
夜気が肌を刺す。落ちるはずの体が、ふわりと軽くなる。
星空へ跳ぶ。
街がみるみる小さくなる。
違う。
私が大きくなってる。
腕を見る。鋭い刃を握っている。
鏡のように光を撥ね返す、見たことのない形。
その瞬間、空が裂けた。
白く脈打つ光が雨のように降り注ぐ。
触れるものすべてを焼き尽くす、生命というより現象。
本能が告げる。
あれは——生きている。
刃を振るうと、光は悲鳴のような波紋を残して消えた。
夜空が揺らぎ、亀裂が走る。
次々と、光が落ちてくる。
すべて斬り裂く。
下を見る。
怯えた人たちが空を見上げている。
私が守ってる。
私がヒーローだ。
その実感だけで、胸が満たされる。
——生きてる。
轟音が響いた。
戦闘機が飛来する。巨大な武装。明らかに準備していた動き。
もしかして——
あの光を追ってきた?
迎撃は一瞬だった。
光は消えた。
でも戦闘機は、私を「敵」と定めた。
避けなきゃ。
私は矢のように森へと飛ぶ。
急速に小さくなる街の光。
地面に落ちた瞬間、視界が揺れた。
疲れた。
ヒーローって、大変だな。
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見慣れた天井。
白鷺澄羽は、眠りから目覚めた。
「……夢、だったの……?」
開け放たれた窓から朝日が差し込む。
風はやけに優しい。
「……昨日のこと、お姉ちゃん怒るかな」
布団から出て、固まった。
「……なに、これ……」
布団が真紅に染まっていた。
服も。
でも——
身体に傷が、一つもない。
昨日までズタズタだった腕も、
綺麗な肌に戻っている。
「お姉ちゃんが見たら……」
布団を隅に押しやり、布で覆うように隠す。
逃げるように部屋を出た。
部屋には、
熱を失った 細長い黒い棒が二本、転がっていた。
それがかつての自分の腕だと——
澄羽はまだ知らない。




