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第六話

 俺は部屋のテーブルに置かれた書物を見つめる。


 いかにもな雰囲気である。おどろおどろしいというか、深い紫の装丁に余計な飾り気もない。カルト宗教の聖書みたいである。


「魔導士入門Iか。この世界の文字が難なく読めて助かったな」


 ヴァンの体に転生したからなのか、文字自体は問題なく読む事ができた。ヴァン自身の学習の賜物なのかもしれないが。


「えーと。初めに、魔導とは女神の奇跡とは非なる物である。神殿が秘匿する奇跡とは違い、人間が遥か昔、魔族の魔法から着想を得て独自に開発したものである。と。これは知らなかったな」


 つまり大昔の魔族戦争の間に開発されたということか。ストーリーには魔族はあまり関係がないから目から鱗である。


 のっけから女神の奇跡との差別化を執拗に説いてくるのは少し、いや、かなり匂うが。


 なんと言っても女神の奇跡はベロニカの扱う力だからだ。


「そして魔導士としての素質は内なる魔力に左右されると。主人公パーティの魔導士もMP管理が必要だったもんなあ」


 しみじみと主要キャラの事を考えがら先を読み進めていると、前置きが終わってようやく魔導を扱うための項目に移った。


 書物によると、魔導士は内なる魔力を活性化させるところから始めるらしいが、この時点で魔力が知覚できない人間は素質なしとして篩にかけられるとの事。


「魔力ねえ……ヴァンにそんな物がある気がしないんだよなあ」


 本編のムービーの中でも、最後に呆気なく命を散らす時でも、ヴァンは魔導士としての力を見せた事はなかった。


 それ即ち、ヴァンは魔導師としての訓練などしていなかったということだろう。


「魔力は血液と共に身体中を循環している……じゃあ血をイメージすればいいのか?」


 自分で言ってて想像がつかないが、とりあえず心臓の鼓動によって全身へと送られる血液を想像してみる。


 集中するために瞼を閉じて送り出された血液がつま先から頭のてっぺんまで行き渡るのをイメージする。


 最初は何も変化は起きなかったが、根気よく続けてみると、次第に身体の中心から全身に渡って何か熱が広がっていく様に感じた。


「……?」


 自分の心臓の音が聞こえる様な浮遊感と、川の流れの様に穏やかで、留まる事を知らない力を感じたところで、俺は目を開ける。


 すると、身体に光を放つ電子基盤の様な模様が浮き出ているのを見た。


「これって、魔導回路だよな……?」


 魔導士が魔導を扱う際に浮き出る模様だ。集中が途切れてしまったせいか、すぐに模様は消えてしまったが、確かに魔導を用いるのに必要な魔導回路だった。


 俺は慌てて書物の続きを読む。


 そこには、一般的には魔力の知覚に半年、回路の発現に3年の時を要すると書いてある。


「10分で出来たんだが……もしかしてヴァンって魔導士としての才能があるのか?」


 俺としては嬉しい限りだが、なんとも皮肉な話である。


 剣の達人であり、騎士であるロアンドールの息子なのに剣の才能には恵まれず、全く逆の魔導士として才能があるとは。


「まあでも浪漫しかないな……まさか俺が魔法使いになれるなんて」


 前世でもどちらかと言うと、剣士キャラよりも、魔法使いキャラに憧れるタイプだった。


 そうと決まれば、俺は魔導を扱うために書物に没頭するのであった。




 ――――――――――



 そして数時間後。俺は初めての魔法を発動させる事に成功した。


 それは──。


「キャロット。廊下にゴミが落ちているぞ」


「あ、すいません! リカルド……さん? あれ? 坊ちゃん?」


「よおキャロット。元気か?」


「元気ですけど。今、確かにリカルドさんの声がした気がしたんですけど?」


「気のせいじゃないか?」


「うーん。確かにリカルドさんの声だったと思うんですけど……」


「リカルドなら厨房にいたぞ」


 尚も納得できてなさそうなキャロットを尻目に、俺は笑いを堪えられなかった。


 そう。これこそが俺が初めて習得した魔法。それも『変声の魔導』である。


 変声。つまり、声を変える事ができる魔導であり、その効果時間は魔力が尽きるまで。


 俺は天を仰いで深く息を吐いた。


「使えねえ! なんだこの魔法!?」


 初めて魔法を使ったからか、最初はかなり舞い上がったが、実際には何の役にも立たなそうだ。気分としてはヘリウムガスを吸って声を高くしたようなものだ。


 どうやら声のチューニングをして、いろんな人の声真似をしたりも出来るらしいが、執事長のリカルドの声真似をしてキャロットに悪戯をするくらいしか使い道が思いつかなかった。


「くそ! これでどうしろって言うんだよ……」


 それに加えて、書物にはこれ以外の魔導については書かれていなかった。入門書だとは言っても、さすがに火の玉を撃ち出すくらいはできると思っていたのにだ。


「はぁ……」


 魔導士としての才能があるとは言っても、扱い方がわからなければ無用な長物である。期待感が大きかったが故に落胆も大きかった。


「仕方ないな……とりあえず魔導回路の練習だけでもしとくか」


 魔導を扱うために必要な魔導回路は、全てにおいて必須な技術だ。魔導回路を素早く発現させられる様に練習するのは無駄にはならない筈だ。


 前向きに考えようと思い、俺は尚も首を傾げているキャロットから視線を外して部屋に戻る。


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