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第五話


 あの後、ベロニカを連れて湖で水遊びをして遊んだ。それまで話していた事が無かったかの様に平穏な時間だったが、俺の胸には何か棘が刺さった様な気持ち悪さがあった。


「あー……ベロニカ可愛かったなー」


 部屋で独り言を漏らすと、執事長リカルドが動揺したのかテーブルに足をぶつけた。


 この屋敷には使用人が三人いる。メイドのキャロット。そして執事長のリカルド。最後に庭師のヴィンセント。


 貴族のイメージだともっと山ほど使用人がいる様に思えるが、この屋敷はそこまで大きくないし、どうやら三人で事足りるらしい。


「あの……坊ちゃん? ベロニカというのは……あの村はずれの少女の事ですかな?」


「そうそう。黒髪で赤い目の子」


「坊ちゃん……差し出がましい事を申し上げますが、あの少女とはあまり関わり合いにはならない方がよろしいかと」


 リカルドの言葉に、俺は視線を向ける。


「なんでだ?」


 冷静に理由を訊ねた様に見えるだろうが、実際腹の中は煮え繰り返っていた。


「それは彼女が移民だからです」


「移民と関わっちゃいけない理由を聞いてるんだけどな」


 ベロニカはこの王国出身の人間ではない。それは俺も知っているし、事実だ。移民があまり好まれておらず、差別意識というものが根付いてるのも知っている。


 だが、現代から転生した俺にとってはナンセンスで、しかも相手はあのベロニカだ。寧ろ誰よりも人に愛されるべき人間の筈だ。


「黒髪に赤い瞳は不吉です。魔族の血を引いている可能性があります」


 魔族はストーリー上ではあまり登場する場面はないが、大昔に人間と争った過去がある。今はほぼ絶滅危惧種で数もいないという設定だったが。


「元はと言えば俺たちも巨人族と同じ祖先を持っていたんだろ? それと何が違うんだ?」


「む。坊ちゃん。どうやら学ばれたご様子ですな。そうです。我々と巨人族も同じ祖先を持つ者ですが、その在り方は大きく違いがあります」


 皮肉を込めた反論だったのだが、リカルドには通用しないらしい。


 この後に続く言葉も容易に想像できる。


「──我々人間は大いなる女神の祝福を授かっていますが、巨人族は違いますので」


 そう。女神を信仰している人間と、巨神を信仰している巨人族との対立構造がこの世界には存在している。


 それをいうならベロニカは女神の祝福を授かっていないと言うのだろうか。そんな訳がない。むしろ、彼女は誰よりも女神から祝福される人間なのだから。


「はいはい。わかったよ。それより、聞きたいことがあるんだけど」


「はい。なんでもお訊きください」


 リカルドは神妙な顔で胸元に手を当てる。


 自分より遥かに年上の人間に畏まられると居心地が悪いが、今の俺は騎士の息子で貴族だ。


 ヴァンが別人に変わった事を悟られると何が起きるかわからないため、できるだけ不審な言動は避けている。


 だが、これからする質問はそれに該当しないだろうか。少し悩んだが、思い切って訊ねてみる事にした。


「──俺って何か得意な事あるっけ?」


「得意な事……ですか?」


 困惑した表情のリカルドだったが、この質問をしたのには理由がある。


 ヴァンの事についてあまりによく知らないためだった。ベロニカを手助けするにも、俺に何が出来るのかを知らない事には始まらない。


 そう思って長い付き合いであろうリカルドに聞いたのだが、彼は視線を右往左往させながら吃るのみである。


「……あ、あのさ? 一つくらい無いの?」


「うほん……ええ、そうですな。坊ちゃんは剣術がお好きですよね?」


 まあヴァン自身もあの剣王ロアと謳われる男の息子なのだから騎士には憧れはあるだろう。俺もそのイメージは勿論ある。


「……よし。ちょっと庭に出る。悪いけど訓練用の木剣用意してくれるか?」


「あの……坊ちゃん」


「いいよな? お前も一緒に来てくれ」


 リカルドは少し逡巡していた様子だったが、すぐに諦めたのかため息を吐いて頷いた。


 その態度に俺は多少不信感を持ったが、すぐに気持ちを切り替える。


「これでも運動神経はよかったんだ。見てろよ……」



 ――――――――――――――



 大好きなゲームの世界に転生してチート無双。そんな事を考えていた時期もありました。


「くっ」


「坊ちゃん。その調子です。あ、それだとあまり力が伝わらないので」


「こう?」


「いや、まずは持ち方からですな。そうです。あまり力を入れてはいけませんよ」


 言われた通りに脱力したら、握っていた木剣が飛んでいった。


「……」


「……坊ちゃん……あまり気になさらないでください。むしろ剣は中々飛んでいきませんので……」


 リカルドが気を遣っているのは痛いほど理解できた。


 なるほど。どうやらヴァンには剣の才能が皆無らしい。


「ええ……まじで? なんで? だって」


 ──あのロアンドールの息子なのに?


 俺は少し振っただけで絶望的にしっくりこない手元を見る。少しだけタコがあって、俺が転生する前にもヴァンが剣を振ってきたのがわかった。


「気を落とされる必要はございませぬぞ。誰だって得意不得意はございます」


「気休めならいらないんだが。てかまじかよ……期待してたのになあ……」


 リカルドの言い方を鑑みても、どうやら俺に剣術は無理らしい。ベロニカの横でお互いに剣を持って共闘できないと知って脱力感に襲われる。


「坊ちゃん……あの」


「……」


 こんなんではベロニカを手助けするどころか、当面の問題を解決する事すらできそうにない。どうしてヴァンなんかに転生してしまったのかと、自分の境遇を呪いたい気分だ。


 俺が明らかに落ち込んでいるのを見て、リカルドが躊躇いながら口を開く。


「もし宜しければ、魔導を学んでみるのは如何でしょうか?」


「魔導……?」


「ええ。坊ちゃんは騎士になることが夢だったので、これまで魔導士としての鍛錬をされた事が無かったではありませんか? もしかしたらそちら方面で得意な事が見つかるかもしれません」


 魔導士はゲームの中でも割とメジャーな存在だ。ベロニカが率いる所謂主人公パーティにも一人だけ魔導士がいたのを思い出す。


「でも、どうやって魔導を学ぶんだ?」


「一応初歩的な書物がございますので、それをお持ちいたします」


「う、うーん……」


 正直気が乗らない。魔導士が気に食わないとか、剣の才能が無かったから自暴自棄になっているというわけでは無い。

 シンプルに原作のヴァンの意志を捻じ曲げていいのか、という葛藤だ。ヴァンは剣士になりたかった筈だから。


「……」


 だが、現状は藁にも縋る思いでできる事を見つけないといけない。そうしなければこれから迫るベロニカへの問題に対処する事ができない。


「……わかった。じゃあ、その書物とやらを部屋に持ってきてくれるか? 俺はもう戻るわ」


「……はい坊ちゃん。道具は私が片付けておきます」


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